第63話 夜を越える者たち
最終試験編 第四話/全五話
第63話 夜を越える者たち
帝政歴三四四年、三月二十八日。
午前零時十七分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、旧市街地総合演習場。
西部休息区画、旧穀物倉庫。
古びた時計塔が午前零時を告げてから、十七分が経過していた。
演習場の上空には厚い雲が広がり、月明かりのない街路を、点々と設置された街灯だけが照らしている。
旧穀物倉庫の内部では、候補生たちが交代で休息を取っていた。
壁際に並ぶ簡易寝台には、疲れ切った者たちが毛布を被って横になっている。防護装備の一部は指定された保管棚へ置かれ、床には整然と背嚢が並んでいた。
レイブン・S・クロウは、窓際の椅子に腰を下ろしていた。
黒い猫耳が、遠くの街路から聞こえる訓練弾の発射音を捉える。
昨日の午前八時に始まった最終試験は、すでに十六時間以上が経過していた。
それでも、終了予定の午後九時までは、まだ長い時間が残されている。
「……眠くないのか?」
隣から声が聞こえた。
カール・リヒターだった。
レイブンは顔を向けた。
「少し眠いよ」
「……なら、休んだ方がいい」
「カールもね」
カールは小さく笑った。
「……俺は、さっき少し寝た」
「そうだったね」
レイブンは窓の外へ目を戻した。
遠くの街区では、赤組と青組の候補生たちが拠点を巡って交戦している。
一方で、指定された休息区画には戦闘禁止の規則が適用されていた。
候補生たちは、交代で睡眠を取りながら試験を継続することが求められている。
「……レイブン」
「何?」
「……今日の夜、教官部隊と接触した時」
カールは少し言葉を探した。
「……俺、最初は身体が動かなかった」
レイブンは静かに聞いていた。
「……また、何か起きるんじゃないかと思った」
その言葉には、過去の出来事を思い出した者特有の重みがあった。
レイブンは無理に返事を急がなかった。
カールは続けた。
「……でも、ガイルが撤収を決めてくれた」
「うん」
「……お前も、無理に戦わなくていいって言ってくれた」
レイブンは頷いた。
「うん」
カールは小さく息を吐いた。
「……少し、安心した」
レイブンは微笑んだ。
「それならよかった」
二人はしばらく黙っていた。
やがて、レイブンが口を開いた。
「……俺も、怖かったよ」
カールは顔を向けた。
「……そうか」
「でも、みんながいたから、落ち着いて考えられた」
カールは静かに頷いた。
「……俺もだ」
その時、倉庫の奥からガイル・ベッカーの寝言が聞こえた。
「……飯……もう一杯……」
レイブンとカールは顔を見合わせた。
そして、思わず小さく笑った。
午前一時三十八分。
旧穀物倉庫、第一班休息区画。
ガイルは寝台から起き上がり、目を擦っていた。
「……あれ、もう朝か?」
オスカー・グラーフが隣で答えた。
「まだ夜中だ」
「……何時だ?」
「一時半過ぎ」
ガイルは少し考えた。
「……もう一回寝たい」
フェリックス・ブラントが毛布の中から笑った。
「お前、さっきまで寝てただろ」
「だから、もう一回だ」
ユリウス・ヴェーバーは眼鏡を掛けながら、通信端末を確認していた。
「……夜間の戦況報告が更新されています」
エミール・シュナイダーが顔を上げた。
「何か変化がありましたか?」
「市場広場は、まだ赤組が保持しています。ただし、青組が周辺の街区へ再進出しているようです」
オスカーが頷いた。
「……朝になったら、また争奪戦になるだろうな」
カールは静かに答えた。
「……その前に、休めるだけ休んでおこう」
ガイルは笑った。
「お前がそれ言うようになったんだな」
カールは少し眉を寄せた。
「……悪いか?」
「いや、いいことだよ」
ガイルは満足そうに頷いた。
レイブンは仲間たちを見渡した。
昨日の朝、最終試験が始まった時とは、少し雰囲気が違っていた。
疲労は確実に蓄積している。
しかし、その分だけ、互いの状態を気にかけるようになっていた。
レイブンは静かに言った。
「……みんな、無理しないようにしよう」
オスカーが頷いた。
「当然だ」
ユリウスも微笑んだ。
「明日の夜まで、まだ時間がありますからね」
フェリックスは小さく欠伸をした。
「……長いなあ」
ガイルが笑った。
「でも、ここまで来たんだ。最後までやろうぜ」
七人は静かに頷いた。
午前三時十二分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
大型戦況表示装置には、夜間の演習状況が映し出されていた。
赤組と青組の識別記号が、街区ごとに移動している。
市場広場は赤組が保持。
鉄道貨物駅は青組。
北部住宅区画は赤組。
運河倉庫群は、依然として競合状態だった。
試験統括官は、各班の休息状況を確認していた。
「……睡眠時間の確保は?」
評価担当教官が答えた。
「各班とも交代休息を実施しています。ただし、一部の班では、戦闘継続を優先して休息時間が短くなっています」
統括官は眉を寄せた。
「……そこは評価へ反映しろ」
「了解しました」
「試験は、単に相手を戦闘不能にするだけではない。長時間の任務で、部隊を維持できるかどうかも重要だ」
教官は頷いた。
「はい」
統括官は戦況表示装置へ目を向けた。
「……それに、疲労した候補生ほど、判断を誤りやすい」
その時、別の教官が資料を持って近づいてきた。
「大佐。第二介入試験の準備が完了しました」
統括官は顔を上げた。
「開始時刻は?」
「午前四時三十分です」
「予定どおりだな」
統括官は頷いた。
「ただし、第一介入と同じ条件にはするな。候補生たちが昨夜の経験を生かせるかどうかを見たい」
「了解しました」
統括官は静かに続けた。
「……今回は、戦闘だけでなく、情報の混乱も評価対象に加える」
午前四時二十六分。
旧市街地総合演習場、西部休息区画。
レイブンたち七人は、次の行動に備えて装備を確認していた。
休息時間を終えた候補生たちが、倉庫の中で静かに動き始めている。
ガイルは防護服の留め具を確認し、深く息を吸った。
「……よし」
フェリックスが隣で呟いた。
「……眠い」
オスカーが答えた。
「俺もだ」
ユリウスは通信機器を確認していた。
「……通信状態、正常です」
カールも端末を確認した。
「……こちらも問題ない」
エミールは全員の顔を見渡した。
「皆さん、体調はどうですか?」
ガイルが答えた。
「疲れてるけど、大丈夫だ」
フェリックスも頷いた。
「俺も」
オスカーは肩を回した。
「問題ない」
ユリウスは少し考えた。
「……少し眠気がありますが、行動には支障ありません」
カールも静かに頷いた。
「……俺も大丈夫だ」
レイブンは最後に自分の装備を確認した。
「俺も問題ないよ」
ガイルは七人を見渡した。
「……よし。全員、準備できたな」
その時、無線機から短い電子音が響いた。
『第二小隊第一班へ通達。市場広場北西側の状況確認を実施せよ。青組の再進出が確認されている』
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第一班。了解。指定区域へ移動します。どうぞ」
通信を終えると、仲間たちへ顔を向けた。
「……行くぞ」
七人は、まだ暗い旧市街地へ足を踏み出した。
午前四時三十七分。
旧市街地総合演習場、北西商店街。
街灯の光が、濡れた石畳を照らしていた。
夜明け前の空気は冷たく、建物の間には薄い霧が漂っている。
レイブンは周囲を見渡した。
昨日の夜、教官部隊と接触した時のことを思い出す。
あの時は、状況を把握する前にフェリックスとオスカーが戦闘不能になった。
今回は、同じ失敗を繰り返したくなかった。
しかし、無理に戦おうとも思わなかった。
ガイルが小声で言った。
「……何か、静かだな」
オスカーが頷いた。
「昨日と似てる」
ユリウスは通信機器を確認した。
「……周辺班からの報告が、少し途切れています」
カールが顔を上げた。
「……通信障害か?」
「分かりません。確認します」
ユリウスは無線機を操作した。
「こちら第一班。周辺班、応答願います。どうぞ」
しかし、返ってきたのは雑音だけだった。
フェリックスが眉を寄せた。
「……嫌な感じだな」
その時、遠くの街区から訓練弾の発射音が響いた。
続いて、別の方向からも音が聞こえてくる。
レイブンは耳を動かした。
「……複数の方向で交戦してる」
ガイルは頷いた。
「……教官部隊か?」
オスカーが答えた。
「可能性はある」
その時、無線機から断片的な音声が聞こえた。
『……こちら……第三班……黒色腕章……確認……』
ユリウスが顔を上げた。
「……教官部隊です」
ガイルは深く息を吸った。
「……来たな」
レイブンは静かに言った。
「……落ち着いて行こう」
七人は互いの顔を見合わせ、頷いた。
午前四時四十八分。
北西商店街、旧書店前。
街路の向こうに、黒色の腕章をつけた教官たちが現れた。
レイブンは、その姿を確認した。
昨日の夜と同じ識別標識。
しかし、今回は最初から相手が教官部隊だと分かっていた。
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第一班。教官部隊を確認。現在位置、北西商店街。どうぞ」
返答はすぐには来なかった。
ユリウスが通信機器を確認した。
「……通信状態が不安定です」
カールは記録端末へ目を向けた。
「……周辺班の位置情報も更新されてない」
オスカーが低く呟いた。
「……情報が足りないな」
レイブンは頷いた。
「うん」
その時、教官部隊の一人が、訓練銃を構えた。
短い発射音。
直後、近くの壁に訓練弾が命中した。
ガイルは声を上げた。
「接敵!」
七人は、安全規則に従って交戦区域内の指定された遮蔽物へ移動した。
レイブンは相手の動きを確認した。
教官たちは、候補生たちよりも落ち着いていた。
しかし、今回は違う。
七人もまた、昨日の経験を覚えていた。
ガイルは仲間たちへ声を掛けた。
「……無理に勝とうとするな! 状況を確認するぞ!」
オスカーが頷いた。
「了解!」
ユリウスは通信機器を確認し続けた。
カールは周辺班の記録を整理している。
エミールは全員の状態を確認した。
フェリックスは小さく息を吐いた。
「……今度は、簡単にはやられないぞ」
レイブンは微笑んだ。
「うん。でも、焦らずにね」
午前五時零六分。
北西商店街、旧書店周辺。
教官部隊との接触は、短時間の交戦と移動を繰り返す形で続いていた。
候補生たちは、教官部隊の動きを完全に把握できているわけではない。
しかし、昨日よりも落ち着いて行動できていた。
その時、ガイルの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……くそっ!」
ガイルは訓練銃を下げた。
レイブンが振り返った。
「ガイル!」
ガイルは端末を確認した。
「……俺、判定が入った」
第一班、戦闘継続六名。
ガイルの復活権、残り二回。
ガイルは少し悔しそうに笑った。
「……悪い。後は頼む」
レイブンは頷いた。
「分かった」
ガイルは退場用の識別灯を点灯させ、監視教官の誘導に従って復帰区画へ向かった。
班長が一時的に不在となった。
レイブンは小さく息を吐いた。
そして、六人の顔を見渡した。
「……俺が、班長代理を務める」
オスカーが頷いた。
「了解」
ユリウスも答えた。
「了解しました」
フェリックスは小さく笑った。
「頼んだぞ」
カールとエミールも頷いた。
レイブンは静かに続けた。
「……まず、全員の状態を確認しよう」
六人は互いの装備と体調を確認した。
その時、無線機から短い音声が入った。
『……こちら第二小隊本部……第一班……応答……』
ユリウスが顔を上げた。
「……通信が戻りました!」
レイブンは頷いた。
「よし。状況を報告しよう」
ユリウスは無線機を手に取った。
「こちら第一班。教官部隊と接触。班長が戦闘不能判定。現在、六名で行動中。副班長が指揮を継続しています。どうぞ」
『了解。無理な交戦は避け、指定された確認地点へ移動せよ』
ユリウスは復唱した。
「了解しました」
レイブンは六人を見渡した。
「……戻ろう」
オスカーが頷いた。
「了解」
六人は、指定された経路を通って交戦区域から離脱した。
午前五時二十一分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
大型戦況表示装置には、第二介入試験の状況が映し出されていた。
試験統括官は、第一班の行動記録を確認していた。
「……班長が戦闘不能になったか」
隣の教官が頷いた。
「はい。ただし、副班長が指揮を引き継ぎ、残存六名で撤収しています」
統括官は静かに頷いた。
「……それでいい」
教官が尋ねた。
「評価は?」
「指揮の継続ができている。通信障害が発生した状況でも、状況を確認しようとしていた」
統括官は続けた。
「……ただし、課題もある」
「何でしょうか」
「班長が戦闘不能になるまで、指揮の交代について十分に確認していなかった。結果として対応できたが、事前の準備は必要だ」
教官は頷いた。
「了解しました」
統括官は記録へ目を戻した。
「……まだ試験は続く。次にどうするかを見よう」
午前六時十八分。
旧市街地総合演習場、西部連絡区画。
ガイルが復帰してきた。
「……戻ったぞ!」
レイブンが振り返った。
「お帰り」
オスカーも頷いた。
「早かったな」
ガイルは苦笑した。
「……待機時間が長く感じたよ」
ユリウスは端末を確認した。
「復活権、残り二回ですね」
ガイルは頷いた。
「ああ」
フェリックスが笑った。
「俺より余裕あるじゃないか」
「お前は残り一回だろ」
「……そうなんだよな」
カールは静かに言った。
「……でも、全員揃った」
エミールも微笑んだ。
「それが一番ですね」
ガイルはレイブンへ顔を向けた。
「……俺がいない間、どうだった?」
レイブンは少し考えた。
「みんなで相談して、指定された場所まで戻ってきたよ」
ガイルは頷いた。
「……ありがとう」
レイブンは微笑んだ。
「こちらこそ」
ガイルは七人を見渡した。
「……よし。ここからまた、俺が班長だ」
オスカーが頷いた。
「了解」
ユリウスも答えた。
「了解しました」
ガイルは少し笑った。
「……それにしても、教官部隊、強いな」
フェリックスが苦笑した。
「今さらかよ」
七人の間に、小さな笑い声が広がった。
午前七時三十六分。
旧市街地総合演習場、西部補給区画。
七人は、温かい朝食を受け取っていた。
パン、卵料理、野菜のスープ、温かい飲み物。
夜間の演習で冷えた身体に、温かい食事が染み渡った。
ガイルは一口食べると、大きく息を吐いた。
「……うまい」
フェリックスが笑った。
「お前、昨日も同じこと言ってたぞ」
「うまいものはうまいんだよ」
オスカーは水筒を飲みながら答えた。
「……まあ、分かる」
ユリウスは記録を確認していた。
「現在の復活権は、レイブン君、ユリウス、エミール、カールが三回。ガイルが二回。オスカーとフェリックスが一回です」
ガイルは頷いた。
「……差が出てきたな」
レイブンは静かに答えた。
「うん」
エミールは少し考えた。
「でも、復活権が多いからといって、無理をしていいわけではありませんね」
カールも頷いた。
「……そうだな」
フェリックスは笑った。
「俺は、もう慎重に行くしかないな」
オスカーが頷いた。
「俺もだ」
ガイルは七人を見渡した。
「……よし。午後九時まで、まだ長い。焦らず行こう」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
午前九時十二分。
旧市街地総合演習場、市場広場北側。
朝の光が、旧市街地の建物を照らしていた。
昨夜の霧は少しずつ薄れ、街路の石畳が朝日に輝いている。
しかし、演習場の戦況は依然として不安定だった。
市場広場は赤組が保持しているものの、青組が周辺街区へ再進出している。
鉄道貨物駅では、青組が拠点を保持。
北部住宅区画では、赤組が優勢。
運河倉庫群は、まだ競合状態だった。
ガイルは地図を確認した。
「……今日の目標は、市場広場の保持と、北側街区の確認か」
ユリウスが頷いた。
「はい。第二小隊本部からの指示です」
オスカーは周囲を見渡した。
「……青組も、簡単には諦めないだろうな」
フェリックスが笑った。
「俺たちだって、昨日は諦めなかったしな」
レイブンは静かに頷いた。
「うん」
その時、遠くの交差点で訓練弾の発射音が響いた。
続いて、別の方向からも音が聞こえてくる。
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第一班。市場広場北側へ到達。周辺で交戦音を確認。どうぞ」
『了解。指定区域の状況確認を継続せよ』
ガイルは頷いた。
「了解」
七人は、再び行動を開始した。
午前十時四十八分。
市場広場北側、旧郵便局跡。
第一班は、青組の候補生たちと接触していた。
訓練弾の発射音が、建物の壁に反響する。
レイブンは、相手の識別腕章を確認した。
青色。
対抗陣営の候補生だった。
ガイルは仲間たちへ声を掛けた。
「……落ち着いて行こう!」
オスカーが頷いた。
「了解!」
ユリウスは通信機器を確認していた。
「周辺班へ状況を報告します!」
カールは記録端末を確認した。
「……青組の候補生、複数確認!」
フェリックスは小さく息を吐いた。
「……また忙しくなってきたな」
エミールは周囲を確認しながら答えた。
「無理はしないでください!」
レイブンは静かに頷いた。
その時、青組の候補生の一人が戦闘不能判定を受けた。
『戦闘不能判定』
相手は訓練銃を下げ、退場用の識別灯を点灯させた。
ガイルは頷いた。
「……よし」
しかし、その直後だった。
別の方向から訓練弾が飛んできた。
レイブンの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……っ!」
レイブンは一瞬、息を呑んだ。
胸元の装置が赤く点滅している。
初めての戦闘不能判定だった。
ガイルが振り返った。
「レイブン!」
レイブンは訓練銃を下げた。
「……判定が入った」
第一班、戦闘継続六名。
レイブンの復活権、残り二回。
ガイルは少し驚いた顔をした。
「……お前もか」
レイブンは小さく笑った。
「……俺だって、やられる時はあるよ」
オスカーが頷いた。
「当然だ」
ユリウスは静かに答えた。
「復帰区画で待っています」
レイブンは首を振った。
「いや、みんなは試験を続けて。俺は戻ってくるから」
ガイルは頷いた。
「……分かった」
レイブンは退場用の識別灯を点灯させ、監視教官の誘導に従って復帰区画へ向かった。
午前十一時二十六分。
旧市街地総合演習場、中央復帰区画。
レイブンは、復帰待機用の椅子へ腰を下ろしていた。
周囲には、赤組と青組の候補生たちが集まっている。
戦闘不能判定を受けた者たちは、互いに交戦することなく、指定された待機時間を過ごしていた。
レイブンは端末を確認した。
『使用済み復活権:一回』
『残存復活権:二回』
『復帰待機中』
レイブンは小さく息を吐いた。
初めて、戦闘不能になった。
訓練とはいえ、悔しさが残っていた。
その時、隣に座っていた青組の候補生が声を掛けた。
「……お前、赤組か?」
レイブンは顔を向けた。
「うん」
「……さっき、旧郵便局の近くにいた?」
「いたよ」
青組の候補生は少し笑った。
「……じゃあ、同じ場所で戦ってたんだな」
レイブンも微笑んだ。
「そうみたいだね」
青組の候補生は水筒を飲みながら言った。
「……お互い、大変だな」
「うん」
レイブンは頷いた。
「でも、いい経験になってると思う」
青組の候補生は少し考えた。
「……そうだな」
二人は静かに笑った。
その時、復帰区画の教官が声を掛けた。
「クロウ候補生。復帰準備を開始しろ」
レイブンは立ち上がった。
「了解しました」
そして、再び仲間たちのもとへ戻る準備を始めた。
午後零時四十八分。
旧市街地総合演習場、市場広場北側。
レイブンが復帰すると、ガイルたちは旧郵便局跡の近くで状況を確認していた。
「……戻ったよ」
ガイルが振り返った。
「おお、レイブン!」
フェリックスが笑った。
「お帰り!」
オスカーも頷いた。
「待ってたぞ」
ユリウスは端末を確認した。
「これで七名、全員揃いましたね」
エミールは微笑んだ。
「体調は問題ありませんか?」
「うん、大丈夫」
カールも静かに頷いた。
「……お帰り」
レイブンは微笑んだ。
「ただいま」
ガイルは七人を見渡した。
「……よし。これでまた全員だ」
その時、無線機から新しい指示が入った。
『第二小隊各班へ通達。午後の最終拠点確保段階へ移行する。市場広場、鉄道貨物駅、運河倉庫群の各拠点について、確保および保持を継続せよ』
ガイルの表情が引き締まった。
「……いよいよだな」
レイブンは頷いた。
「うん」
オスカーは地図を確認した。
「……残り八時間ほどか」
ユリウスも頷いた。
「午後九時までですね」
フェリックスは小さく笑った。
「……長かったな」
カールが静かに答えた。
「……まだ終わってない」
フェリックスは苦笑した。
「そうだった」
七人は互いの顔を見渡した。
そして、最後の拠点確保戦へ向けて、再び行動を開始した。
午後二時三十七分。
旧市街地総合演習場、運河倉庫群。
水面には、午後の陽光が淡く反射していた。
運河沿いには古い倉庫が並び、石造りの橋が対岸へ伸びている。
その一角では、赤組と青組の候補生たちが拠点を巡って交戦していた。
訓練弾の発射音が、倉庫の壁に反響する。
レイブンたち第一班は、第二小隊の一部として運河倉庫群へ到達していた。
ガイルは周囲を見渡した。
「……ここが、最後の目標か」
ユリウスは地図を確認した。
「はい。第二小隊に割り当てられた最終拠点です」
オスカーは頷いた。
「……簡単には取れそうにないな」
フェリックスが笑った。
「でも、やるしかないだろ」
エミールは静かに答えた。
「無理はしないでくださいね」
カールも頷いた。
「……全員で、最後まで」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
ガイルは深く息を吸った。
「……よし。第一班、準備!」
七人は、それぞれの装備を確認した。
遠くの倉庫では、赤組と青組の候補生たちが拠点を巡って戦っている。
午後三時零九分。
運河倉庫群、第三倉庫周辺。
第一班は、周辺班との連携を続けながら拠点確保を試みていた。
しかし、青組の候補生たちも粘り強く抵抗していた。
訓練弾の発射音が、倉庫の壁に響く。
その時、カールの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……っ!」
カールは一瞬、驚いた顔をした。
しかし、すぐに訓練銃を下げた。
ガイルが振り返った。
「カール!」
カールは小さく息を吐いた。
「……判定が入った」
第一班、戦闘継続六名。
カールの復活権、残り二回。
エミールが声を掛けた。
「カール君、大丈夫ですか?」
カールは頷いた。
「……大丈夫だ」
そして、少し笑った。
「……今度は、ちゃんと戻ってくる」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
カールは退場用の識別灯を点灯させ、監視教官の誘導に従って復帰区画へ向かった。
午後四時二十二分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
大型戦況表示装置には、最終拠点確保段階の状況が映し出されていた。
市場広場は赤組。
鉄道貨物駅は青組。
運河倉庫群は競合状態。
試験統括官は腕を組んだ。
「……残り五時間か」
隣の教官が頷いた。
「はい。双方とも復活権をかなり消費しています」
「そうか」
統括官は記録を確認した。
「……しかし、まだ決着はつかないな」
「はい」
統括官は静かに続けた。
「最後まで、何が起こるか分からん」
その時、別の教官が近づいてきた。
「大佐。最終介入試験の準備が完了しました」
統括官は顔を上げた。
「……予定どおりだな」
「はい。午後六時開始です」
統括官は頷いた。
「よろしい」
そして、戦況表示装置へ目を向けた。
「……候補生諸君。最後の試練だ」
午後五時四十八分。
旧市街地総合演習場、運河倉庫群。
夕日が、運河の水面を赤く染めていた。
レイブンたち第一班は、カールの復帰を待ちながら、最終拠点の状況を確認していた。
ガイルは端末を見つめた。
「……もうすぐ六時か」
オスカーが頷いた。
「……教官部隊が来るかもしれないな」
ユリウスは通信機器を確認した。
「最終介入試験の開始時刻は、候補生には公開されていません。ただ、可能性はあります」
フェリックスは苦笑した。
「……また来るのかよ」
エミールは静かに答えた。
「最後まで気を抜けませんね」
レイブンは運河の向こうを見つめた。
遠くの倉庫には、赤組と青組の候補生たちが見える。
そして、そのさらに向こう側。
夕暮れの街路に、黒色の腕章をつけた教官たちの姿が現れ始めていた。
レイブンは目を細めた。
「……ガイル」
「何だ?」
「……来たよ」
ガイルは顔を上げた。
「……何が?」
レイブンは静かに答えた。
「……教官部隊だ」
その瞬間、無線機から短い電子音が響いた。
『全候補生へ通達。特別介入試験、最終段階を開始します』
午後六時零分。
旧市街地総合演習場全域。
最終介入試験が始まった。
レイブンたち七人の最終試験は、いよいよ最後の局面へ入ろうとしていた。




