第62話 教官たちの介入
最終試験編 第三話/全五話
第62話 教官たちの介入
帝政歴三四四年、三月二十七日。
午後七時四十八分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、旧市街地総合演習場。
西部休息区画、旧穀物倉庫。
夕食を終えた候補生たちは、長い一日の疲労を身体に感じ始めていた。
旧穀物倉庫を模した建物の内部には、折り畳み式の簡易寝台が並び、壁際には飲料水と携行食、予備の防寒用品が用意されている。天井に取りつけられた照明は昼間より暗く調整され、外の街路には夜間演習用の街灯が灯っていた。
レイブン・S・クロウは、訓練銃の安全状態を確認してから指定の保管台へ置いた。
朝から続いた模擬戦の影響で、肩には鈍い疲労が残っている。
それでも、隣に座るガイル・ベッカーの方が、よほど疲れているように見えた。
「……レイブン」
「何?」
「俺、今なら三秒で寝られる」
「それ、さっきも言ってたよ」
「じゃあ二秒だ」
向かい側に座っていたフェリックス・ブラントが笑った。
「記録更新するなよ」
オスカー・グラーフは軍靴の状態を確認しながら、呆れたように言った。
「寝るなら交代休息の順番を確認してからにしろ」
「分かってるって」
ガイルは欠伸を噛み殺した。
ユリウス・ヴェーバーは机に広げた記録用紙へ、これまでの戦況を書き込んでいた。
「市場広場は赤組が確保しましたが、北部住宅区画と鉄道貨物駅では、まだ交戦が続いているようです」
エミール・シュナイダーが顔を上げた。
「ほかの班は、まだ休めていないんでしょうか」
「各班の状況によりますね。休息区画への交代移動は許可されていますが、拠点の保持も評価対象ですから」
カール・リヒターは、手元の端末を見ながら静かに言った。
「……俺たちも、いつ呼ばれるか分からない」
ガイルは寝台へ腰を下ろした。
「分かってる。だから、休めるうちに休もう」
レイブンは微笑んだ。
「それがいいと思う」
七人が交代休息の予定を確認していた、その時だった。
壁に設置された演習用放送装置から、短い電子音が響いた。
『全候補生へ通達。午後八時より、夜間演習段階へ移行します。夜間の安全規則、識別装置の状態、指定休息区画を再確認してください』
倉庫内にいた候補生たちが顔を上げた。
続いて、別の音声が流れた。
『なお、特別介入試験の実施時刻は非公開です。各陣営は、状況の変化に応じて行動してください』
ガイルの犬耳がぴんと立った。
「……来たな」
フェリックスは苦笑した。
「教官部隊か」
オスカーは装備点検表を閉じた。
「いつ来るか分からないのが、厄介だな」
レイブンは倉庫の窓から、暗くなり始めた旧市街地を見つめた。
昼間と同じ建物が並んでいる。
しかし、夜になっただけで、街はまったく違う表情を見せていた。
午後八時零五分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
大型戦況表示装置の前には、試験統括官をはじめ、各中隊の評価担当教官が集まっていた。
表示装置には、赤組と青組の拠点支配状況が映し出されている。
市場広場は赤組。
鉄道貨物駅は青組。
北部住宅区画は赤組。
運河倉庫群は、両陣営による競合状態。
試験統括官は、机の上に置かれた資料を確認した。
「……初日の戦況は、ほぼ拮抗しているな」
隣の教官が頷いた。
「はい。赤組は拠点の確保で優勢ですが、青組は復活権の消費を抑えています」
「なるほど」
統括官は別の資料へ目を移した。
「教官部隊の準備は?」
「完了しております。訓練弾、防護装備、識別装置、通信機器、すべて確認済みです」
「介入時間は予定どおりか」
「はい。第一介入は午後八時三十分から午後九時十五分まで。以後の介入は、試験計画に従います」
統括官は頷いた。
「よろしい。ただし、休息区画の安全指定は維持しろ。候補生が寝ている場所へ無制限に踏み込ませる必要はない」
「了解しました」
「それから、教官部隊は候補生を一方的に打ち負かすために参加するわけではない」
統括官は戦況表示装置を指した。
「目的は、突然の状況変化に対して、候補生がどう判断するかを確認することだ。相手を圧倒して終わりでは、試験にならん」
評価担当教官が頷いた。
「評価項目は、情報共有、班員の保護、撤収判断、指揮の継続、拠点の優先順位ですね」
「そうだ」
統括官は時計を見た。
「……開始まで、あと二十五分」
午後八時十九分。
旧市街地総合演習場、教官部隊待機施設。
建物の内部では、十数名の教官たちが装備を確認していた。
候補生たちと同じ訓練用の防護装備を使用しているが、識別腕章は赤でも青でもない。
黒地に白い斜線。
試験教官部隊を示す、特別な識別標識だった。
部隊を率いる教官が、全員を見渡した。
「今回の介入では、候補生の戦闘能力だけでなく、状況判断を確認する」
教官たちは静かに頷いた。
「規定された区域と時間を厳守すること。復帰区画、医療区画、休息指定区画への交戦行為は禁止。命中判定後の候補生に対する追撃も認めない」
「了解!」
教官は続けた。
「また、候補生が安全規則に従って撤収した場合、それを失敗として扱わない。無謀な継戦を誘発するような行為も避ける」
装備確認を終えた教官たちが、順番に待機施設の外へ出ていった。
夜の旧市街地には、薄い霧が漂い始めていた。
遠くの時計塔が、午後八時三十分を告げようとしていた。
午後八時三十一分。
旧市街地総合演習場、中央大通り。
夜間の模擬戦は、静かに続いていた。
赤組と青組の候補生たちは、それぞれの拠点を保持しながら、限られた情報をもとに行動している。
その時、中央大通りの一角で、短い発射音が響いた。
続いて、別の方向からも音が聞こえた。
青組の候補生が、驚いたように声を上げた。
「……何だ?」
仲間の判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「敵だ!」
しかし、相手の識別腕章を確認した候補生は、一瞬言葉を失った。
「……黒い腕章?」
無線機へ、緊張した声が飛び込んだ。
『こちら青組第四班! 識別不明の部隊と接触! 黒色の腕章を確認!』
別の通信が重なった。
『赤組第六班! 中央大通り付近で教官部隊と思われる集団を確認!』
旧市街地の戦況表示装置に、新しい記号が現れた。
黒色。
赤組でも青組でもない、第三の部隊だった。
午後八時三十八分。
西部休息区画、旧穀物倉庫。
レイブンたち七人は、交代休息の準備を進めていた。
その時、ユリウスの通信機器から、緊迫した声が響いた。
『各班へ通達! 中央大通りに試験教官部隊が出現! 周辺区域で複数の戦闘不能判定を確認!』
ガイルが顔を上げた。
「……来た!」
オスカーは端末を確認した。
「予想より早かったな」
フェリックスは苦笑した。
「まだ休んでないんだけどな」
レイブンは時計を見た。
「……夜間演習に入って、まだ四十分も経ってない」
カールは通信記録へ目を向けた。
「……市場広場方面へ向かってるみたいだ」
ユリウスは頷いた。
「現在、複数の班から報告が入っています。ただ、情報が重複していて、正確な位置は確認できません」
ガイルは少し考えた。
「……俺たちの班にも指示が来るかもしれないな」
エミールが頷いた。
「その前に、全員の体調を確認しておきましょう」
レイブンは静かに答えた。
「うん」
七人は装備を確認しながら、次の指示を待った。
午後八時四十六分。
旧市街地総合演習場、市場広場。
昼間、赤組が苦労して取り返した中央拠点。
その周辺で、再び訓練弾の音が響き始めていた。
赤組の候補生たちは、黒色の腕章をつけた教官部隊と接触していた。
「……速い!」
一人の候補生が声を上げた。
教官たちは、候補生たちよりも明らかに落ち着いていた。
周囲の状況を確認し、互いに短い言葉を交わしながら行動している。
その動きには、訓練を重ねた者特有の無駄のなさがあった。
候補生たちが状況を把握しようとしている間にも、判定装置の電子音が響く。
『戦闘不能判定』
『戦闘不能判定』
市場広場の赤組候補生たちは、次々と復帰区画へ移動することになった。
しかし、教官部隊は無制限に追撃することはなかった。
規定された範囲内で、候補生たちの対応を確認しながら、一定時間の妨害を続けている。
市場広場の表示板が点滅した。
『拠点支配状態、競合中』
午後八時五十二分。
西部休息区画、旧穀物倉庫。
無線機から、新しい指示が入った。
『第二小隊第一班へ。市場広場西側の状況確認を命ずる。教官部隊との接触が予想されるため、交戦継続に固執せず、情報収集と安全な帰還を優先せよ』
ガイルは無線機を手に取った。
「こちら第一班。了解。市場広場西側の状況確認を実施します。どうぞ」
通信を終えると、七人を見渡した。
「……行くぞ」
オスカーが頷いた。
「了解」
ユリウスは通信機器を確認した。
「準備できています」
エミールも頷いた。
「救護用品、問題ありません」
フェリックスは小さく笑った。
「……まさか、本当に教官と戦うことになるとはな」
カールは静かに答えた。
「……無理はしない方がいい」
レイブンは頷いた。
「そうだね」
ガイルは深く息を吸った。
「よし。第一班、出発!」
七人は、夜の旧市街地へ足を踏み出した。
午後九時零一分。
旧市街地総合演習場、西部商店街。
街灯の光が、石畳の道路を淡く照らしていた。
建物の窓には演習用の照明が灯り、遠くの広場から訓練弾の発射音が聞こえてくる。
レイブンは周囲を見渡した。
昼間なら、建物の輪郭や窓の位置を容易に確認できた。
しかし、夜になると影が深くなり、距離感がつかみにくい。
ガイルが小声で言った。
「……思ったより見えないな」
オスカーが頷いた。
「昼間とは全然違う」
ユリウスは地図を確認した。
「市場広場までは、あと一街区です」
カールは静かに呟いた。
「……何か、嫌な感じがする」
レイブンが顔を向けた。
「どうしたの?」
「……静かすぎる」
フェリックスが周囲を見渡した。
「さっきまで、あんなに音がしてたのにな」
その時だった。
前方の建物から、短い発射音が響いた。
直後、フェリックスの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……また俺かよ!」
フェリックスは訓練銃を下げ、退場用の識別灯を点灯させた。
ガイルが叫んだ。
「フェリックス!」
しかし、次の瞬間、別の方向からも発射音が響いた。
オスカーの判定装置が赤く点滅した。
『戦闘不能判定』
「……くそっ!」
オスカーは銃を下げた。
第一班、戦闘継続五名。
フェリックスの復活権、残り一回。
オスカーの復活権、残り一回。
ガイルは端末を確認し、顔を上げた。
「……教官部隊か!」
レイブンは前方へ目を向けた。
街灯の下に、黒色の腕章が見えた。
教官部隊。
彼らは候補生たちの様子を確認しながら、規定された訓練区域で行動していた。
レイブンは小さく息を吐いた。
「……ガイル」
「何だ?」
「……ここで無理に戦う必要はないと思う」
ガイルは一瞬、迷った。
しかし、すぐに頷いた。
「……そうだな」
彼は無線機を手に取った。
「こちら第一班。教官部隊と接触。二名が戦闘不能判定。情報収集を継続しつつ、指定区域へ戻ります。どうぞ」
『了解。安全を優先し、状況を報告せよ』
ガイルは頷いた。
「……よし。残り五人、戻るぞ!」
レイブンは仲間たちへ顔を向けた。
「みんな、落ち着いて」
ユリウスとエミール、カールが頷いた。
五人は、教官の監督下で指定された経路を使い、交戦区域から離脱した。
午後九時十二分。
旧市街地総合演習場、西部連絡路。
五人は、指定された安全確認地点へ到達していた。
ガイルは壁際に腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「……何だよ、あれ」
ユリウスも呼吸を整えていた。
「……候補生同士の戦闘とは、明らかに違いましたね」
エミールは頷いた。
「状況を確認する余裕が、ほとんどありませんでした」
カールは静かに答えた。
「……でも、戻ってこられた」
レイブンは頷いた。
「うん」
ガイルは少し考えた。
「……俺、最初は教官部隊に勝とうと思った」
レイブンは顔を向けた。
「うん」
「でも、無理だった。何が起きてるのか、よく分からなかった」
ガイルは小さく息を吐いた。
「……悔しいな」
レイブンは静かに答えた。
「俺も悔しいよ」
そして、続けた。
「でも、父さんが言ってたことを思い出した」
ガイルが顔を上げた。
「……何だ?」
「無謀な行動を勇気と勘違いするなって」
ガイルはしばらく黙っていた。
やがて、少し笑った。
「……そうだったな」
その時、無線機から短い電子音が響いた。
『特別介入試験、第一介入終了』
午後九時十五分。
教官部隊の第一介入が終了した。
しかし、七人の最終試験はまだ終わっていなかった。
午後九時三十七分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
試験統括官は、教官部隊の第一介入記録を確認していた。
複数の候補生が戦闘不能判定を受けている。
一方で、無理な交戦を避け、状況報告を優先した班もあった。
統括官は記録の一角へ目を向けた。
『第二小隊第一班。教官部隊との接触後、二名戦闘不能。残存五名は撤収判断を実施。情報報告後、安全確認地点へ到達』
統括官は小さく頷いた。
「……悪くない」
隣の教官が尋ねた。
「二名の損耗が出ていますが、評価は?」
「損耗だけで判断するな」
統括官は静かに答えた。
「最初の接触では、候補生が不利になるように条件を設定している。重要なのは、その後の判断だ」
教官は頷いた。
「なるほど」
統括官は続けた。
「……それに、試験はまだ明日の夜まで続く」
彼は戦況表示装置へ目を向けた。
「候補生たちが、今夜の経験をどう生かすか。それを見よう」
午後十時零八分。
西部休息区画、旧穀物倉庫。
レイブンたち五人が戻ると、休息区画の管理教官が人数と装備を確認した。
ガイルは報告を終え、簡易寝台へ腰を下ろした。
「……疲れた」
ユリウスは眼鏡を外し、目元を押さえた。
「……今日は、さすがに長いですね」
エミールは水筒を差し出した。
「皆さん、水分を取ってください」
カールは静かに頷いた。
「……ありがとう」
レイブンは窓の外へ目を向けた。
旧市街地の遠くでは、まだ赤組と青組の交戦が続いている。
その時、倉庫の入口から声が聞こえた。
「……戻ったぞ!」
フェリックスだった。
その後ろには、オスカーもいる。
ガイルが顔を上げた。
「おお!」
フェリックスは苦笑した。
「……また一回使っちまった」
オスカーも頷いた。
「俺もだ」
ユリウスは端末を確認した。
「フェリックス君、復活権残り一回。オスカー君も残り一回ですね」
フェリックスは肩をすくめた。
「……次は、もっと気をつけないとな」
オスカーは静かに答えた。
「ああ」
エミールは二人の状態を確認した。
「体調は問題ありませんか?」
「大丈夫だ」
「俺も平気」
カールは少し笑った。
「……お帰り」
フェリックスは頷いた。
「ただいま」
ガイルは七人を見渡した。
「……よし。全員、戻ったな」
レイブンは微笑んだ。
「うん」
その言葉には、昼間とは違う重みがあった。
午後十時二十七分。
旧穀物倉庫、第一班休息区画。
七人は、簡易寝台を囲んで座っていた。
ガイルは、今日の戦闘記録を見つめていた。
「……俺たち、まだまだだな」
オスカーが頷いた。
「教官部隊との差は大きかった」
ユリウスも静かに答えた。
「情報を確認する時間が、ほとんどありませんでした」
フェリックスは苦笑した。
「俺なんて、何が起きたか分からないうちに判定が入ったからな」
エミールは少し考えた。
「でも、五人は安全に戻ってこられました」
カールも頷いた。
「……全員で戻る方法を考えられた」
ガイルは顔を上げた。
「……そうだな」
レイブンは静かに言った。
「俺たちは、まだ候補生だからね」
ガイルが顔を向けた。
「……うん」
「だから、今日できなかったことを、明日少しでもできるようにすればいいと思う」
オスカーは頷いた。
「そうだな」
ユリウスも微笑んだ。
「記録を残しておきましょう。次に同じような状況になった時のために」
フェリックスが笑った。
「頼んだぞ、記録係」
「あなたも、自分の反省点を記録してくださいね」
「……はい」
七人の間に、小さな笑い声が広がった。
しかし、ガイルはすぐに表情を引き締めた。
「……明日は、もっと厳しくなるかもしれないな」
レイブンは頷いた。
「うん」
カールも静かに答えた。
「……でも、七人で考えよう」
ガイルは微笑んだ。
「……ああ」
午後十一時零六分。
旧市街地総合演習場、試験統制棟。
ヴァルター・A・クロウ少佐は、評価担当教官の一人として、候補生たちの行動記録を確認していた。
机の上には、第一班の試験経過が表示されている。
昼間の市場広場での戦闘。
拠点の再確保。
夜間の教官部隊との接触。
二名の戦闘不能判定。
そして、残存五名による撤収判断。
ヴァルターは静かに記録を読み進めた。
その時、隣の教官が声を掛けた。
「クロウ少佐。ご子息の班は、なかなか粘っていますな」
ヴァルターは顔を上げた。
「……まだ試験の途中です」
「そうでしたな」
教官は少し笑った。
「しかし、教官部隊との接触後に、無理な交戦を避けたのは悪くない判断でしょう」
ヴァルターは頷いた。
「……そう思います」
ただし、彼は評価表へ直接手を加えることはしなかった。
レイブンが所属する班の正式な採点は、別の評価担当教官が行っている。
ヴァルターは、訓練内容の確認と安全管理に関わる立場だった。
それでも、父親として気にならないわけではない。
彼は画面の一角を見つめた。
七人の候補生たち。
まだ若く、経験も浅い。
しかし、少しずつ、自分たちで判断する力を身につけ始めている。
ヴァルターは静かに呟いた。
「……よく戻ったな」
その言葉は、誰に聞かせるものでもなかった。
午後十一時四十八分。
西部休息区画、旧穀物倉庫。
七人は、交代で休息を取り始めていた。
ガイルは簡易寝台に横になり、すでに眠りかけている。
オスカーも目を閉じていた。
ユリウスは眼鏡を外し、毛布を肩まで掛けている。
フェリックスは寝返りを打ちながら、小さく欠伸をした。
エミールは休息前に、仲間たちの体調を確認していた。
カールは窓際の椅子へ腰を下ろし、記録用端末を閉じた。
レイブンは、少し離れた場所で外の街並みを眺めていた。
夜の旧市街地は、静かだった。
しかし、遠くでは時折、訓練弾の音が響いている。
カールが近づいてきた。
「……レイブン」
「何?」
「……今日、怖くなかったか?」
レイブンは少し考えた。
「……怖かったよ」
カールは顔を上げた。
「……そうか」
「教官部隊と接触した時、何が起きてるのか分からなかった」
レイブンは窓の外を見つめた。
「……父さんが話してくれたこと、少しだけ分かった気がする」
カールは静かに頷いた。
「……俺もだ」
しばらく、二人は黙っていた。
やがて、カールが小さく笑った。
「……でも、今日は逃げなかった」
レイブンは顔を向けた。
「うん」
「……怖かったけど、仲間に相談できた」
レイブンは微笑んだ。
「それでいいと思う」
カールは静かに頷いた。
「……ありがとう」
レイブンは首を振った。
「こちらこそ」
二人は、眠っている仲間たちへ目を向けた。
七人は、まだ同じ場所にいた。
試験は終わっていない。
復活権も、無限ではない。
明日、何が起こるかも分からない。
それでも、彼らは今日一日を乗り越えた。
そして、夜を越えようとしていた。
帝政歴三四四年、三月二十八日。
午前零時零分。
旧市街地総合演習場の時計塔が、静かに新しい日を告げた。
最終試験、二日目。
七人の候補生たちにとって、最も長い一日が始まろうとしていた。




