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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第61話 包囲網の内側

最終試験編 第二話/全五話

第61話 包囲網の内側


 帝政歴三四四年、三月二十七日。

午前九時二十六分。

帝国陸軍中央志願兵教育学校、旧市街地総合演習場。

市場広場西側、旧時計店跡。

 石畳の広場には、乾いた発射音が断続的に響いていた。

 古い噴水を中心として、煉瓦造りの商店、路面電車の停留所、二階建ての集合住宅が並んでいる。どの建物も帝国の旧市街地を再現した演習施設であり、壁面には訓練弾が命中した痕が増え始めていた。

 レイブン・S・クロウは、旧時計店の窓際から広場を見渡した。

 黒い猫耳が、遠くの足音と無線機の音声を捉える。

 対抗陣営の候補生たちは、すでに中央噴水周辺の拠点を確保しつつあった。

 広場の東側には青色の識別旗が掲げられ、電子表示板には拠点確保の進行状況が映し出されている。

「……まずいな」

 ガイル・ベッカーが、携行端末を見ながら呟いた。

「このままだと、市場広場を完全に取られる」

 ユリウス・ヴェーバーは通信記録を確認した。

「第三班と第五班が、周辺の街区から接近しています。ただし、到着までには少し時間が必要です」

 オスカー・グラーフは窓の外を確認した。

「こちらは七人。向こうは少なくとも十人以上いるように見える」

 フェリックス・ブラントが肩をすくめた。

「初戦から数で負けてるのかよ」

 カール・リヒターは端末へ目を落とした。

「……相手も全員が同じ場所にいるわけじゃない。周囲の建物にも分かれている」

 エミール・シュナイダーは、仲間たちの防護装備を確認していた。

「皆さん、無理はしないでくださいね。復活できるとはいっても、訓練弾が当たれば痛みはありますから」

 ガイルは頷いた。

「分かってる」

 そして、六人の顔を見渡した。

「……まずは、状況を確認しよう」

 レイブンは小さく微笑んだ。

 入校したばかりの頃のガイルなら、勢いだけで前へ進もうとしていたかもしれない。

 しかし、今は違う。

 彼は班長として、仲間の意見を聞くことを覚えていた。

「ガイル」

「何だ?」

「俺たちだけで広場全体を確保する必要はないと思う。ほかの班と合流するまで、状況を共有しよう」

 ガイルは頷いた。

「……そうだな」

 ユリウスが無線機を手に取った。

「こちら第二小隊第一班。市場広場西側に位置。対抗陣営が中央拠点を確保中。周辺班の状況を確認したい。どうぞ」

 短い雑音の後、返答があった。

『こちら第三班。南側商店街へ到達。対抗陣営と接触中。合流まで時間を要する。どうぞ』

 続いて、別の声が入る。

『こちら第五班。北西街区から接近中。市場広場の状況を継続報告願う』

 ユリウスは内容を復唱し、通信を終えた。

「……少なくとも、完全に孤立しているわけではありません」

 オスカーが頷いた。

「それだけでも違うな」

 ガイルは広場を見つめた。

「よし。俺たちにできることをやろう」

 午前九時四十一分。

市場広場、南西側商店街。

 対抗陣営の候補生たちは、中央広場の確保を進めていた。

 青色の識別腕章をつけた青年が、建物の窓から周囲を確認している。

「西側の赤組、まだ動いていないのか?」

 隣にいた候補生が答えた。

「動きはある。でも、無理に広場へ入ってこない」

「……慎重だな」

 青年は通信機器を手に取った。

「こちら青組第二班。市場広場西側に赤組の候補生を確認。人数は不明。引き続き警戒する」

 返答が入った。

『了解。中央拠点の確保を優先する。無理な追撃は避けろ』

「了解」

 青年は窓の外へ視線を戻した。

 その時、遠くの交差点で訓練弾の発射音が響いた。

「……南側でも始まったか」

 彼は小さく息を吐いた。

「まったく、初日から忙しいな」

 その隣で、別の候補生が笑った。

「明日の夜まであるんだぞ。まだまだこれからだ」

 午前十時零三分。

市場広場西側、旧時計店跡。

 ガイルたちは、周辺班から届く情報を整理していた。

 広場の中央は対抗陣営が優勢。

 南側商店街では第三班が交戦中。

 北西街区から第五班が接近。

 さらに、鉄道貨物駅方面でも両陣営の候補生が接触しているという。

 ユリウスは地図へ印をつけた。

「……思った以上に、広い範囲で戦闘が起きていますね」

 フェリックスが窓の外を見た。

「これ、本当に二日間続けるのか?」

 オスカーが答えた。

「休息も含めた試験だからな。ずっと撃ち合っているわけじゃないだろう」

 エミールは頷いた。

「疲労管理も評価対象ですから」

 その時だった。

 建物の外壁に、訓練弾が連続して命中した。

 乾いた音が室内へ響く。

「接敵!」

 ガイルの声が飛んだ。

 七人は、それぞれ安全な位置へ身を移した。

 レイブンは窓の外を確認した。

 青色の腕章をつけた候補生が、向かい側の建物付近に見える。

「……向こうから来た!」

 フェリックスが叫んだ。

 オスカーは状況を確認しながら答えた。

「落ち着け。まだこちらの位置を全部把握しているとは限らない」

 ガイルは無線機を握った。

「こちら第一班。市場広場西側で交戦開始。どうぞ」

 通信を終えると、仲間たちへ顔を向けた。

「全員、命中判定装置を確認しろ!」

 レイブンは自分の端末を見た。

 表示は緑色。

 戦闘継続可能。

 彼は訓練銃を保持し、前方へ目を向けた。

 その瞬間、窓の外で相手の候補生が動いた。

 レイブンは訓練で学んだ規則に従って発射した。

 短い発射音。

 直後、相手の防護装備に取りつけられた判定装置が赤く点滅した。

『戦闘不能判定』

 相手の候補生は銃を下げ、識別灯を点灯させた。

 そして、指定された退場経路へ移動していく。

「……一人、判定が入った!」

 フェリックスが声を上げた。

 ガイルは頷いた。

「よし。でも、油断するな!」

 レイブンは相手が退場するのを確認し、再び周囲へ注意を向けた。

 相手は実際に負傷したわけではない。

 それでも、判定装置が赤く点滅した瞬間、胸の奥に小さな緊張が走った。

 これが本当の戦場だったら。

 その考えが、一瞬だけ頭をよぎる。

 レイブンは父の言葉を思い出した。

『戦場では、撃ってはいけない相手を撃たない判断も必要になる』

 目の前にいるのは、同じ教育学校で学ぶ候補生たちだった。

 レイブンは小さく息を吐き、目の前の試験へ意識を戻した。

 午前十時二十七分。

市場広場、旧時計店周辺。

 交戦は断続的に続いていた。

 双方の候補生が訓練弾を使用し、建物の外壁や指定された遮蔽物に命中音が響いている。

 その時、フェリックスの胸元に取りつけられた判定装置が、突然赤く点滅した。

『戦闘不能判定』

「……え?」

 フェリックスは一瞬、何が起きたのか分からない様子だった。

 直後、端末から電子音が鳴った。

『戦闘参加停止。復帰区画へ移動してください』

 フェリックスは自分の胸元を見下ろした。

「……うわ、やられた!」

 ガイルが振り返った。

「フェリックス!」

 しかし、フェリックスはすでに銃を下げ、退場用の識別灯を点灯させていた。

「悪い! 俺、復帰区画へ行ってくる!」

 レイブンは頷いた。

「分かった。気をつけて」

 フェリックスは苦笑した。

「……初日から一回使っちまったな」

 そして、監視教官の誘導に従い、戦闘区域を離れた。

 ガイルは端末を確認した。

 第一班、戦闘継続六名。

 フェリックスの復活残数は二回。

「……本当に、減るんだな」

 ガイルが呟いた。

 オスカーは静かに答えた。

「当然だ。試験だからな」

 レイブンはフェリックスが去った方向を見つめた。

 昨日までの演習なら、教官が訓練を止めて講評する場面だったかもしれない。

 しかし、今回は違う。

 一人が戦闘不能になっても、試験は続く。

 残された者たちが、その状況に対応しなければならない。

 午前十一時十二分。

旧市街地総合演習場、南部復帰区画。

 フェリックスは、復帰手続きの順番を待っていた。

 周囲には、同じように戦闘不能判定を受けた候補生たちが集まっている。

 赤色の腕章。

 青色の腕章。

 所属陣営は違っていても、復帰区画では交戦は禁止されていた。

 フェリックスは椅子へ腰を下ろし、端末を確認した。

『使用済み復活権:一回』

『残存復活権:二回』

『復帰待機中』

「……まだ二回あるのか」

 彼は小さく呟いた。

 隣に座っていた青組の候補生が顔を向けた。

「お前も初めてか?」

「……ああ」

「俺もだ。開始して一時間くらいでやられた」

 フェリックスは苦笑した。

「俺なんて、二時間ちょっとだぞ」

「似たようなもんだろ」

 二人は顔を見合わせ、少し笑った。

 相手の候補生は水筒を取り出した。

「……しかし、思ったより難しいな」

「そうだな」

 フェリックスは頷いた。

「訓練でやったことはあるけど、こんなに広い場所で、ずっと状況が変わるとは思わなかった」

 青組の候補生も頷いた。

「俺たちも同じだ」

 フェリックスは少し考えた。

 相手もまた、試験を受けている候補生なのだ。

 互いに勝とうとしている。

 しかし、試験が終われば、同じ教育学校の仲間でもある。

 彼は水筒を口へ運び、静かに息を吐いた。

 午前十一時三十八分。

市場広場西側、旧時計店跡。

 第一班は、周辺班との連携を続けていた。

 ユリウスが無線機を手に取る。

「こちら第一班。第三班、現在位置を確認したい。どうぞ」

『こちら第三班。南側商店街の確保を継続中。市場広場への進出を準備している。どうぞ』

「了解。第一班は西側から状況を確認中。どうぞ」

『了解』

 通信を終えると、ユリウスは地図へ印をつけた。

「……第三班が近づいています」

 オスカーは頷いた。

「それなら、状況が変わるかもしれないな」

 ガイルは窓の外を見つめた。

「……よし」

 レイブンが顔を向けた。

「どうする?」

 ガイルは少し考えた。

「……まず、第三班と状況を合わせよう。俺たちだけで無理に動く必要はない」

 レイブンは微笑んだ。

「うん」

 その時、カールが静かに口を開いた。

「……ガイル」

「何だ?」

「……向こうの候補生、さっきから少しずつ位置を変えてる」

 ガイルは顔を上げた。

「……どこだ?」

 カールは窓の外を指さした。

「……あの商店の二階。さっきまで人影があった。でも、今は見えない」

 レイブンは目を向けた。

 確かに、先ほどまで青色の腕章が見えていた窓が空になっている。

 オスカーが低く呟いた。

「……移動したのか」

 ユリウスは地図を確認した。

「周囲の建物を利用して、位置を変えている可能性がありますね」

 ガイルは頷いた。

「……カール、よく気づいたな」

 カールは少し驚いた顔をした。

「……いや、たまたまだ」

 レイブンは微笑んだ。

「でも、助かったよ」

 カールは少しだけ笑った。

「……そうか」

 午後零時十八分。

市場広場、南側商店街。

 第三班が、第一班の近くへ到達した。

 班長役の候補生がガイルへ声を掛けた。

「ベッカー候補生か?」

「そうだ。第三班だな?」

「ああ。南側から来た」

 二人は地図を広げた。

 周囲では、候補生たちが互いの装備と状態を確認している。

 第三班の班長は、少し疲れた表情だった。

「……こちらは二名が復帰待機中だ」

 ガイルは頷いた。

「うちも一名だ」

「そうか」

 第三班の班長は広場へ目を向けた。

「中央拠点は、まだ青組が確保している」

「……ああ」

 ガイルは頷いた。

「でも、こっちも周辺班が集まり始めてる」

 第三班の班長は少し笑った。

「なら、まだ分からないな」

 その時、広場の中央から電子音が響いた。

『市場広場拠点、青組による確保完了』

 大型表示板が青色へ変わった。

 ガイルは小さく舌打ちした。

「……取られたか」

 レイブンは静かに答えた。

「でも、試験はまだ続いてる」

 オスカーも頷いた。

「拠点は取り返せる」

 ガイルは深く息を吸った。

「……そうだな」

 午後一時零六分。

旧市街地総合演習場、試験統制棟。

 大型戦況表示装置には、演習場全域の状況が映し出されていた。

 市場広場は青組が確保。

 北部住宅区画は赤組が優勢。

 鉄道貨物駅周辺では、両陣営の候補生が交戦を続けている。

 試験統括官は、各班の動きを確認していた。

「……市場広場は青組か」

 隣の教官が頷いた。

「はい。ただし、赤組も周辺班を集めています」

「なるほど」

 統括官は記録を確認した。

「復活権の消費状況は?」

「現時点では、両陣営とも初回の戦闘不能判定が中心です。二回目を受けた候補生も少数います」

「そうか」

 統括官は頷いた。

「……まだ、序盤だな」

 その時、別の教官が近づいてきた。

「大佐。試験教官部隊から、待機状況の報告です」

 統括官は顔を上げた。

「予定どおりか?」

「はい。装備と安全確認を完了しています」

「よろしい」

 統括官は戦況表示装置へ視線を戻した。

「……候補生たちが、互いの陣営だけを見ているうちに、どこまで状況が変わるか」

 彼は少し笑った。

「楽しみだな」

 午後一時四十八分。

市場広場西側、旧時計店跡。

 フェリックスが復帰してきた。

「……戻ったぞ!」

 ガイルが振り返った。

「おお、フェリックス!」

 レイブンも微笑んだ。

「お帰り」

 フェリックスは端末を見せた。

「復活権、残り二回。今度は慎重に行く」

 オスカーが頷いた。

「それがいい」

 ユリウスは通信記録を確認した。

「これで、第一班は再び七名ですね」

 カールは少し笑った。

「……お帰り」

 フェリックスは頷いた。

「ただいま」

 エミールはフェリックスの装備を確認した。

「体調は問題ありませんか?」

「大丈夫。復帰区画で水も飲んできた」

「それならよかったです」

 ガイルは七人を見渡した。

「……よし。全員揃ったな」

 レイブンは頷いた。

「うん」

 その時、無線機から新しい指示が入った。

『第二小隊各班へ通達。市場広場周辺の対抗陣営を包囲し、中央拠点の再確保を試みよ』

 ガイルの表情が引き締まった。

「……来たな」

 オスカーが頷いた。

「包囲殲滅戦の本番か」

 ユリウスは地図を確認した。

「周辺班との連携が必要ですね」

 レイブンは静かに答えた。

「うん。焦らず行こう」

 ガイルは深く息を吸った。

「……よし、第一班。準備!」

 七人は、それぞれの装備を確認した。

 午後二時二十七分。

市場広場周辺、旧市街地中央区画。

 赤組の候補生たちは、周辺街区から市場広場へ集まり始めていた。

 南側商店街。

 西側住宅区画。

 北部交差点。

 複数の班が連携し、青組の中央拠点を取り囲むように配置されていく。

 ただし、これは教官の監督下で実施される模擬戦だった。

 候補生たちは、安全規則を守りながら、訓練弾と命中判定装置を使用している。

 レイブンたち第一班は、西側の指定区画を担当していた。

 ガイルは無線機を手に取った。

「こちら第一班。指定位置へ到達。どうぞ」

『了解。各班、状況を確認しながら行動せよ』

 通信が終わった。

 レイブンは周囲を見渡した。

 広場の中央では、青組の候補生たちが拠点を保持している。

 建物の窓からは、訓練銃を構える姿が見えた。

 ガイルは静かに言った。

「……ここからが勝負だな」

 レイブンは頷いた。

「うん」

 その時、遠くで訓練弾の発射音が響いた。

 続いて、別の方向からも発射音が聞こえてくる。

 市場広場を巡る戦闘が、再び激しくなり始めていた。

 午後三時零九分。

市場広場、西側商店街。

 第一班は、周辺班との連携を続けながら前進していた。

 その時、オスカーの判定装置が赤く点滅した。

『戦闘不能判定』

「……くそっ」

 オスカーは訓練銃を下げた。

 ガイルが振り返った。

「オスカー!」

「大丈夫だ。判定が入っただけだ」

 オスカーは苦笑した。

「……復帰区画へ行ってくる」

 レイブンは頷いた。

「分かった」

 オスカーは退場用の識別灯を点灯させ、監視教官の誘導に従って移動していった。

 第一班、戦闘継続六名。

 オスカーの復活権、残り二回。

 ガイルは端末を確認した。

「……また一人、減ったな」

 ユリウスが静かに答えた。

「復帰するまでは、六人で対応する必要があります」

 ガイルは頷いた。

「……ああ」

 レイブンは周囲を見渡した。

 訓練弾の音。

 無線機の声。

 判定装置の電子音。

 そして、次々と変わる戦況。

 最初は、単なる試験だと思っていた。

 しかし、時間が経つにつれて、判断の重みが増している。

 仲間が一人減るだけで、班の動きは変わる。

 残された者たちが、その変化に対応しなければならない。

 レイブンは小さく息を吐いた。

「……ガイル」

「何だ?」

「俺たち、まだ全員が戦闘継続できる状態じゃない。無理に急がず、状況を確認しよう」

 ガイルは頷いた。

「……そうだな」

 午後四時二十二分。

市場広場、中央噴水付近。

 赤組の候補生たちは、周辺班との連携によって、少しずつ拠点確保の条件を満たし始めていた。

 青組の候補生たちも抵抗を続けている。

 訓練弾の発射音が、広場の建物に反響した。

 その時、中央拠点の電子表示板が点滅した。

『拠点支配状態、競合中』

 ガイルは表示を確認した。

「……よし! 取り返せるぞ!」

 レイブンは頷いた。

「うん。でも、まだ終わってない」

 ユリウスが無線機を確認した。

「第三班と第五班も、拠点確保を継続しています」

 カールは記録端末を見つめた。

「……青組の候補生も、復帰してきてる」

 フェリックスが苦笑した。

「……お互い、しぶといな」

 エミールは周囲を確認しながら答えた。

「それだけ、みんな真剣なんでしょうね」

 その時、無線機から新しい報告が入った。

『第二小隊各班へ。中央拠点の確保を継続。周辺の安全確認を怠るな』

 ガイルは頷いた。

「了解!」

 レイブンは広場の向こうへ目を向けた。

 夕方の陽光が、煉瓦造りの建物を赤く照らしていた。

 長い影が石畳の上へ伸びている。

 その中で、赤と青の識別腕章をつけた候補生たちが、互いの技量を試していた。

 午後五時十一分。

旧市街地総合演習場、試験統制棟。

 大型戦況表示装置には、市場広場の拠点状態が映し出されていた。

 青組が保持していた拠点は、現在、赤組との競合状態に入っている。

 試験統括官は腕を組んだ。

「……なかなか決着がつかんな」

 隣の教官が頷いた。

「はい。双方とも復活権を残しています」

「悪くない」

 統括官は記録を確認した。

「候補生たちは、初日のうちにいくつか学んだようだな」

「何をでしょうか」

「一度の成功で勝負は決まらないということだ」

 統括官は静かに続けた。

「拠点を確保しても、保持し続けなければならない。相手を戦闘不能にしても、復活して戻ってくる」

 教官は頷いた。

「継続的な判断が必要になるわけですね」

「そうだ」

 統括官は戦況表示装置へ目を向けた。

「……そして、夜が来る」

 その時、別の教官が近づいてきた。

「大佐。試験教官部隊の介入予定について、最終確認が完了しました」

 統括官は頷いた。

「予定どおり進めろ」

「了解しました」

 教官が退室すると、統括官は再び画面へ目を向けた。

 候補生たちは、まだ互いの陣営との戦闘に集中している。

 だが、試験はここからさらに難しくなる。

 午後六時零三分。

市場広場、西側商店街。

 日が傾き、旧市街地の建物の影が長く伸びていた。

 オスカーが復帰してきた。

「……戻ったぞ」

 ガイルが振り返った。

「おお! オスカー!」

 レイブンも微笑んだ。

「お帰り」

 オスカーは端末を確認した。

「復活権、残り二回。今度は気をつける」

 フェリックスが笑った。

「俺と同じだな」

「お前は笑ってる場合か」

「分かってるって!」

 七人は、再び顔を揃えた。

 ユリウスは通信記録を確認した。

「……全員、戦闘継続可能です」

 エミールも頷いた。

「体調にも大きな問題はありません」

 カールは静かに言った。

「……ただ、みんな疲れてる」

 その言葉に、ガイルは周囲を見渡した。

 確かに、七人の表情には疲労が見え始めていた。

 朝から続く戦闘。

 絶え間ない移動。

 通信。

 判断。

 そして、復活権を失うことへの緊張。

 ガイルは小さく息を吐いた。

「……休憩も考えないとな」

 レイブンは頷いた。

「うん。明日の夜まであるからね」

 その時、遠くの広場から電子音が響いた。

『市場広場拠点、赤組による確保完了』

 七人は一斉に顔を上げた。

 中央の表示板が、赤色へ変わっていた。

 ガイルは思わず拳を握った。

「……やった!」

 フェリックスが笑った。

「取り返したぞ!」

 ユリウスは端末を確認した。

「市場広場、赤組が確保しました」

 オスカーは頷いた。

「……長かったな」

 レイブンは広場の方を見つめた。

 朝から続いた戦闘。

 仲間の戦闘不能。

 復帰。

 周辺班との連携。

 そして、拠点の再確保。

 決して簡単な勝利ではなかった。

 ガイルは七人を見渡した。

「……みんな、よくやった!」

 レイブンは微笑んだ。

「ガイルもね」

 カールも静かに頷いた。

「……班長らしかった」

 ガイルは少し照れくさそうに笑った。

「……そうか?」

 フェリックスが笑った。

「調子に乗るなよ」

「乗ってねえよ!」

 七人の間に、小さな笑い声が広がった。

 しかし、その時。

 試験統制棟の大型表示装置では、新しい情報が表示され始めていた。

 『特別介入試験:準備完了』

 試験教官部隊。

 候補生たちがまだ知らない、次の試練だった。

 午後七時十二分。

旧市街地総合演習場、西部休息区画。

 第一班は、指定された休息区画へ移動していた。

 古い倉庫を模した建物の内部には、簡易寝具と補給品が用意されている。

 七人は装備を下ろし、温かい食事を受け取った。

 ガイルは大きく息を吐いた。

「……疲れた!」

 フェリックスが笑った。

「今日は何回それ言ったんだ?」

「知らん!」

 オスカーは水筒を飲みながら答えた。

「明日もあるんだぞ」

「分かってるって!」

 ユリウスは記録を確認していた。

「今日の第一班の戦闘不能判定は、フェリックス君とオスカー君が各一回です」

 フェリックスが肩をすくめた。

「……残り二回か」

 オスカーも頷いた。

「大事に使わないとな」

 エミールは七人の様子を確認した。

「皆さん、今のうちに水分補給と休息を取ってください」

 カールは静かに頷いた。

「……明日も長い」

 レイブンは仲間たちを見渡した。

「……そうだね」

 ガイルは食事を口へ運びながら、少し笑った。

「……でもさ」

 レイブンが顔を向けた。

「何?」

「……今日、結構いい感じだったよな」

 オスカーが頷いた。

「最初は苦戦したが、最後は拠点を取り返せた」

 ユリウスも微笑んだ。

「周辺班との連携がうまくいきましたね」

 フェリックスが笑った。

「俺は一回やられたけどな」

 エミールは穏やかに答えた。

「それでも、ちゃんと戻ってきました」

 カールも小さく頷いた。

「……七人、揃ってる」

 ガイルは満足そうに笑った。

「……そうだな」

 レイブンは、仲間たちの顔を見渡した。

 昨日までの訓練とは違う。

 今日は、自分たちで考え、判断し、失敗し、立て直した。

 その積み重ねが、少しずつ班を強くしているように感じた。

 しかし、レイブンはまだ知らなかった。

 翌日に予定されている試験教官部隊の介入が、彼らにとって最大の試練になることを。

 夜の旧市街地には、静かな風が吹き始めていた。

 建物の窓から漏れる明かりが、石畳を淡く照らしている。

 遠くでは、まだ訓練弾の発射音が響いていた。

 試験は、終わっていない。

 七人の最終試験は、ようやく折り返し地点へ近づこうとしていた。

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