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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第60話 最終試験、旧市街地へ

最終試験編 第一話/全五話

第60話 最終試験、旧市街地へ


 帝政歴三四四年、三月二十七日。

午前四時五十二分。

帝国陸軍中央志願兵教育学校、第二候補生宿舎。

春の訪れを感じさせるには、まだ少し早い朝だった。

第三〇七号室の窓の外には薄い霧が漂い、遠くの演習場から車両のエンジン音が聞こえていた。

レイブン・S・クロウは寝台から起き上がり、机の上に置かれた装備点検表を見つめた。

今日から始まるのは、志願兵教育課程の最終試験。

入校以来、彼らが学んできた知識と技術を総合的に評価するための、最後の課題だった。

「……いよいよだな」

隣の寝台から、ガイル・ベッカーの声が聞こえた。

レイブンが振り返ると、ガイルはすでに制服へ着替え始めていた。

「珍しいね。ガイルが起床前に起きてるなんて」

「おい、俺だって大事な日くらい早起きするぞ」

ガイルは犬耳を立て、少し笑った。

「……まあ、あんまり眠れなかったんだけどな」

「俺もだよ」

オスカー・グラーフが寝台から立ち上がった。

「お前ら、昨日も同じことを言ってただろ」

フェリックス・ブラントが笑った。

「仕方ないだろ。今日から二日間、演習場で戦うんだぞ」

ユリウス・ヴェーバーは眼鏡を掛けながら、予定表を確認していた。

「正確には、本日の朝から明日の夜までです。途中で宿舎へ戻ることはできません」

「つまり、野宿か」

「指定された建物や休息区画を利用できます。ただし、戦闘状況によって休息時間は変わるそうです」

エミール・シュナイダーは救護用品を確認しながら頷いた。

「睡眠不足のまま行動すると判断力が落ちますからね。交代で休むことになると思います」

部屋の奥では、カール・リヒターが防護服の留め具を確認していた。

昨年十二月の事件から三か月以上が経っている。

医務室の段階的な復帰計画を終え、今では通常の教育課程へ参加できるようになっていた。

ただし、負傷した時の記憶が完全に消えたわけではない。

それでも彼は、以前よりも自分の体調を正直に申告し、必要な時には仲間へ相談できるようになっていた。

「……カール、準備は?」

レイブンが尋ねた。

「問題ない」

カールは装備を整えながら答えた。

「……今日は、最後までやる」

ガイルが笑った。

「もちろんだ! 七人でな!」

オスカーは装備点検表を手に取った。

「その前に、忘れ物がないか確認しろよ」

「分かってるって!」

七人は笑いながら、最後の準備を始めた。

 午前六時十八分。

帝国陸軍中央志願兵教育学校、中央装備管理棟。

広い装備受領区画には、各中隊の候補生たちが列を作っていた。

机の上には、訓練用の個人火器、防護装備、命中判定装置、識別用の腕章、通信機器が並べられている。

訓練弾は実弾と明確に区別され、使用する銃器も訓練専用の仕様へ変更されていた。

候補生たちは、担当教官の監督下で一つずつ装備を受領する。

ガイルは自分の訓練銃を受け取ると、思わず口元を緩めた。

「……やっと最終試験か」

レイブンは隣で、防護装備の装着状態を確認していた。

「緊張してる?」

「当たり前だろ。でも、楽しみでもある」

「俺も少し分かるよ」

オスカーが二人へ声を掛けた。

「浮かれるのはいいが、装備点検を忘れるな」

「はいはい」

「返事は一回だ」

フェリックスが吹き出した。

ユリウスは訓練用通信機器の動作確認を行っていた。

「通信状態、正常です」

カールは記録用端末を確認し、頷いた。

「こちらも問題ない」

エミールは全員の防護装備を見渡した。

「皆さん、首元と関節部分の留め具を確認してください。訓練弾でも、露出した場所に当たれば怪我をしますから」

ガイルは自分の襟元を確認した。

「……おっと、少し緩かった」

「ほら、言ったでしょう」

エミールは微笑んだ。

その時、装備管理棟の入口から低い声が響いた。

「第三中隊第二小隊、集合!」

ヴァルター・A・クロウ少佐だった。

候補生たちは一斉に姿勢を正した。

ヴァルターは七人を含む小隊員たちを見渡した。

「本日から、最終総合演習を開始する」

その声に、室内の空気が引き締まった。

「この試験では、諸君がこれまで学んだ射撃、通信、移動、救護、判断、班単位の連携を総合的に評価する」

ヴァルターは続けた。

「ただし、忘れるな。これは試験であって、実戦ではない。勝利を優先するあまり、安全規則を破ることは認めない」

「了解しました!」

候補生たちの返事が揃った。

ヴァルターは頷いた。

「よろしい。全員、指定された集合地点へ移動しろ」

 午前七時零二分。

帝国陸軍中央志願兵教育学校、旧市街地総合演習場。

演習場の外周には、高い防護壁と監視塔が設けられていた。

その内側には、帝国の古い都市を模した広大な街並みが広がっている。

石造りの集合住宅。

煉瓦造りの商店。

狭い路地。

路面電車の軌道が残る大通り。

中央広場。

市庁舎を模した行政施設。

鉄道貨物駅。

運河沿いの倉庫群。

住宅街の奥には、古い教会を模した建物も見えた。

いずれも演習用に建設された施設であり、建物内部には訓練弾への対策が施されている。

また、演習場全域には監視装置が設置され、候補生たちの位置と命中判定が記録される仕組みになっていた。

レイブンは輸送車両から降り、目の前の街並みを見つめた。

「……すごいな」

ガイルが隣で呟いた。

「本物の街みたいだ」

フェリックスも周囲を見渡した。

「ここ全部、演習場なのか?」

ユリウスが頷いた。

「資料によれば、複数の街区を組み合わせた総合訓練施設だそうです」

オスカーは遠くの建物へ目を向けた。

「……あの大きな建物が中央市庁舎か」

エミールは少し緊張した表情を見せた。

「こんな場所で、明日の夜まで戦うんですね」

カールは静かに頷いた。

「……広いな」

レイブンは黒い猫耳を動かした。

遠くでは、別の候補生たちが装備を確認している。

訓練車両の走行音。

教官の号令。

無線機の試験音声。

そして、街の中を吹き抜ける風の音。

これまでの訓練とは、明らかに規模が違っていた。

 午前七時三十五分。

旧市街地総合演習場、中央説明区画。

各中隊の候補生たちが整列していた。

正面には、大型の地図と戦況表示装置が設置されている。

試験統括官である大佐が、演台へ上がった。

「候補生諸君。これより、最終総合戦闘試験の実施要領を説明する」

候補生たちは姿勢を正した。

「今回の試験は、第二候補生群を一方の陣営とし、他の候補生群を対抗陣営とする、市街地全域を使用した模擬戦闘である」

大型地図に、赤と青の識別区域が表示された。

「試験内容は二つ。包囲殲滅戦と、拠点確保戦だ」

統括官は地図を指し示した。

「包囲殲滅戦では、敵陣営の戦闘継続能力を低下させ、指定された区域の支配権を確保することを評価する」

続いて、中央市庁舎、鉄道貨物駅、運河倉庫、北部住宅区画に印が表示された。

「拠点確保戦では、指定施設の確保と保持、連絡、補給、交代休息、負傷者への対応を含めて評価する」

ガイルは地図を真剣に見つめた。

統括官は説明を続けた。

「各候補生には、初期参加に加え、最大三回の復活権を与える。命中判定により戦闘不能となった場合は、所定の復帰区画へ移動し、復活処理を受けること」

レイブンは手元の説明書へ目を落とした。

初期参加を含めれば、最大四回の戦闘参加機会がある。

四度目の戦闘不能判定を受けた場合、その候補生は以後の戦闘参加を終了する。

ただし、安全管理上の負傷や体調不良は別途扱われ、医療担当者の判断が優先される。

「また、復活までには所定の待機時間を設ける。復帰地点や待機時間は、戦況と試験規則に従って管理される」

統括官は候補生たちを見渡した。

「そして、今回の試験には特別条件がある」

ざわめきが起こった。

「試験期間中、教官で編成された敵役部隊が、予告された時間帯の範囲内で演習へ介入する」

ガイルが小さく呟いた。

「……教官部隊?」

統括官は続けた。

「彼らは候補生のいずれの陣営にも属さない。一定時間、双方の行動を妨害し、状況判断と対応能力を評価する」

オスカーの表情が引き締まった。

ユリウスは資料を確認した。

「……つまり、敵陣営だけを警戒していればいいわけではないんですね」

レイブンは頷いた。

「うん」

統括官は最後に、試験の制限時間を告げた。

「試験開始は本日午前八時。終了予定は明日、三月二十八日午後九時。候補生は演習場内で夜間を過ごす」

候補生たちの間に緊張が走った。

「夜間休息も、評価対象だ。睡眠を取らずに無理を続けることが高評価につながるわけではない」

統括官は少し間を置いた。

「試験中は、監視教官および医療担当者が安全管理を行う。防護装備の故意の取り外し、指定外区域への侵入、実弾の持ち込み、危険な接触行為は厳禁とする」

そして、力強く告げた。

「諸君がこれまで学んできたことを、存分に示してほしい」

候補生たちが一斉に敬礼した。

 午前七時五十八分。

旧市街地総合演習場、西部住宅区画。

第二候補生群の各班が、指定された開始地点へ配置されていた。

レイブンたち七人は、古い集合住宅を模した建物の一階に集まっていた。

窓の外には、細い路地と石畳の道路が見える。

壁には訓練用の地図が掲示され、机の上には携行通信機器が置かれていた。

ガイルは腕章を確認した。

「……よし。全員、準備はいいか?」

オスカーが頷いた。

「問題ない」

ユリウスは通信機器を確認した。

「通信状態、正常です」

フェリックスは地図を広げた。

「指定された最初の目標は、南側の市場広場だな」

エミールは救護用品を確認した。

「僕も準備できています」

カールは記録用端末を手に取った。

「……こちらも問題ない」

レイブンは全員の顔を見渡した。

ガイルが班長。

レイブンが副班長。

オスカー、ユリウス、フェリックス、カール、エミール。

入校したばかりの頃とは、少し違っていた。

それぞれが得意なことを理解し、互いの不得意な部分を補えるようになっている。

レイブンは小さく息を吐いた。

「……みんな、よろしく」

ガイルが笑った。

「おう!」

その時、無線機から声が響いた。

『全候補生へ通達。最終総合戦闘試験、開始十秒前』

七人の表情が引き締まった。

『九、八、七……』

ガイルは訓練銃を保持し、扉の方へ目を向けた。

『三、二、一』

短い電子音が鳴った。

『最終総合戦闘試験、開始』

午前八時零分。

旧市街地総合演習場全域。

試験が始まった。

遠くの街区から、訓練弾の発射音が聞こえてきた。

レイブンは黒い猫耳を動かした。

大通りの向こうで、別の班が移動している。

無線機には、各班の状況報告が次々と流れ込んできた。

『第三班、東側路地へ移動開始』

『第五班、北部交差点へ到達』

『第七班、敵候補生を確認。現在、交戦中』

ガイルは深く息を吸った。

「……よし、行くぞ」

七人は建物を出た。

石畳の道路を進み、最初の目標地点へ向かう。

遠くから訓練弾の音が響いていた。

レイブンは周囲を見渡した。

建物の窓。

狭い路地。

交差点。

広場へ続く道路。

訓練とはいえ、どこから相手が現れるか分からない。

ガイルは班員の様子を確認した。

「全員、落ち着いて行こう」

オスカーが頷いた。

「了解」

ユリウスは地図を確認した。

「市場広場までは、あと二つ先の街区です」

フェリックスは周囲を見渡した。

「……静かだな」

レイブンは耳を動かした。

「……いや」

ガイルが顔を向けた。

「どうした?」

「……向こうから、足音がする」

その直後だった。

交差点の向こうから、複数の訓練弾が飛んできた。

壁に命中した弾が、乾いた音を立てる。

「接敵!」

ガイルの声が響いた。

七人は、訓練で学んだ安全規則に従って遮蔽物のある区画へ移動した。

レイブンは相手の識別腕章を確認した。

青色。

対抗陣営の候補生たちだった。

「……始まったな」

オスカーが低く呟いた。

ガイルは頷いた。

「……ああ」

レイブンは訓練銃を構え、照準器越しに前方を確認した。

相手もまた、自分たちと同じように訓練を受けてきた候補生だった。

ここから先は、教官の説明を聞くだけでは済まない。

自分たちで判断し、行動しなければならない。

レイブンは小さく息を吐いた。

「……みんな、落ち着いて」

その声に、六人が頷いた。

旧市街地の建物の間で、訓練弾の音が響き始めた。

 午前八時二十一分。

旧市街地総合演習場、市場広場西側。

最初の交戦から二十分ほどが経過していた。

レイブンたちの班は、対抗陣営の候補生と何度か接触しながら、市場広場の西側へ到達していた。

命中判定装置の警告音が、遠くで断続的に鳴っている。

ガイルは無線機を手に取った。

「こちら第二小隊第一班。市場広場西側へ到達。敵候補生の活動を確認。どうぞ」

『了解。周辺班と連携し、指定区域の確保を継続せよ』

ガイルは通信を終えた。

「……よし」

フェリックスが広場の方を見た。

「向こう、結構人数がいるぞ」

オスカーが頷いた。

「正面から行けば、こっちも損耗するな」

ユリウスは地図を確認した。

「周辺の班が到着するまで、少し時間が必要です」

レイブンは広場の中央を見つめた。

古い噴水。

石造りの商店。

広場へ続く複数の道路。

対抗陣営の候補生たちは、すでに拠点確保の準備を進めていた。

ガイルは仲間たちへ顔を向けた。

「……どうする?」

レイブンは少し考えた。

「無理に急がず、周辺班と状況を共有しよう。まだ試験は始まったばかりだ」

オスカーが頷いた。

「賛成だ」

ユリウスも続けた。

「通信で確認してみます」

カールは記録端末へ目を落とした。

「……相手も、復活回数が限られてる。焦って戦闘不能になるのは避けたい」

エミールが頷いた。

「僕たちも同じですね」

ガイルは少し笑った。

「……よし。じゃあ、落ち着いて行こう」

その時、広場の向こうで大きな電子音が響いた。

拠点の確保判定が始まったことを知らせる音だった。

ユリウスが端末を確認した。

「……市場広場、対抗陣営が確保を開始しています」

ガイルの表情が引き締まった。

「……そう簡単には取らせないぞ」

レイブンは静かに頷いた。

七人の最終試験は、まだ始まったばかりだった。

 午前九時十四分。

旧市街地総合演習場、試験統制棟。

大型の戦況表示装置には、演習場全域の状況が映し出されていた。

赤と青の識別記号が、街区ごとに移動している。

市場広場では、両陣営の候補生が接触していた。

北部住宅区画では、拠点確保が進んでいる。

鉄道貨物駅周辺でも、小規模な交戦が始まっていた。

試験統括官は、各班の動きを確認していた。

「……今年の候補生たちは、思ったより慎重だな」

隣の教官が頷いた。

「はい。初動で復活権を消費する候補生は、今のところ少数です」

「悪くない」

統括官は画面の一角へ目を向けた。

そこには、第三中隊第二小隊第一班の識別記号が表示されていた。

「……クロウ少佐の担当班か」

「はい。七名編成です」

統括官は記録を確認した。

「入校当初に問題があった候補生も含まれているそうだな」

「リヒター候補生です。現在は医務室の復帰許可を受け、通常課程に参加しています」

「そうか」

統括官は静かに頷いた。

「……ならば、結果だけでなく、判断の過程も見ておこう」

その時、別の教官が近づいてきた。

「大佐。試験教官部隊の準備が完了しました」

統括官は顔を上げた。

「予定どおりだな」

「はい。介入開始時刻まで待機します」

統括官は戦況表示装置へ目を向けた。

候補生たちは、まだ互いの陣営との戦闘に集中している。

だが、試験はそれだけでは終わらない。

「……教官部隊には、規定された介入時間と安全条件を厳守させろ」

「了解しました」

統括官は腕を組んだ。

「さて……」

その視線は、旧市街地の中央へ向けられていた。

「諸君が、どこまで自分たちで考えられるか。見せてもらおう」

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