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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第56話 冬の行軍、七人の約束

第56話 冬の行軍、七人の約束


 帝政歴三四三年、十二月十三日。

 午前五時二十分。

 帝国陸軍中央志願兵教育学校、第二候補生宿舎。

 夜明け前の冷気が、第三〇七号室の窓を白く曇らせていた。

 レイブン・S・クロウは、目覚まし時計の小さな音で目を覚ました。

 まだ起床の鐘が鳴るまでには時間があったが、今日はいつもより早く目が覚めてしまった。

 理由は分かっていた。

 昨日、訓練終了後に配られた予定表。

 そこには、こう記されていた。

『冬季基礎行軍訓練』

 レイブンは寝台から身体を起こし、机の上に置かれた予定表へ目を向けた。

 行軍。

 それは、軍人として避けて通れない訓練の一つだった。

 父から話を聞いたことは何度もあった。

 しかし、実際に自分が参加するのは初めてだった。

 隣の寝台から、低い声が聞こえた。

「……もう起きてるのか」

 ガイル・ベッカーだった。

 毛布の中から犬耳だけが覗いている。

「うん。目が覚めちゃって」

「……緊張してる?」

「少しね」

 ガイルは身体を起こした。

「俺もだ」

 レイブンは少し驚いた。

「ガイルも?」

「ああ。班長だからな」

 ガイルは苦笑した。

「昨日は、演習場の中だったけど……今日は実際に長い距離を歩くんだろ?」

 レイブンは頷いた。

「うん」

「……みんなをちゃんと見られるかなって」

 レイブンは少し考えた。

 そして、静かに答えた。

「一人で全部やらなくていいんだよ」

 ガイルは顔を上げた。

「……そうか」

「俺も副班長だし、ほかのみんなもいる」

 ガイルは少し笑った。

「……そうだな」

 その時、起床の鐘が鳴り響いた。

 第三〇七号室の七人は、一斉に身支度を始めた。

 午前六時四十六分。

 第二候補生宿舎、共用生活区画。

 七人は、行軍に使用する装備の確認を行っていた。

 オスカー・グラーフは携行品の一覧表を手に、各員の装備を確認している。

「水筒、予備衣類、雨具、救護用品……」

 ユリウス・ヴェーバーは、記録用紙を確認していた。

「出発前に、全員の体調確認も必要ですね」

 エミール・シュナイダーは頷いた。

「特に、カール君は無理をしないでください」

 カール・リヒターは静かに答えた。

「……分かってる」

 彼はまだ、数日前に受けた打撲の影響が残っていた。

 医師からは、長距離行軍への参加を見合わせるよう指示されている。

 そのため、今日は訓練班に同行せず、学校内で記録と通信の補助を担当することになっていた。

 カールは少し悔しそうだった。

「……俺も、行きたかった」

 レイブンは顔を向けた。

「また次があるよ」

 カールは小さく頷いた。

「……ああ」

 ガイルも笑った。

「今日は俺たちが頑張ってくる。次は七人で歩こうぜ!」

 カールは少しだけ微笑んだ。

「……約束だ」

 午前七時三十二分。

 帝国陸軍中央志願兵教育学校、正門前。

 第三中隊第二小隊の候補生たちが、行軍用の装備を身につけて整列していた。

 冬の空気は冷たく、吐く息が白く広がっている。

 隊列の前には、ヴァルター・A・クロウ少佐が立っていた。

 右腕の魔力義肢には、防寒用の手袋が装着されている。

 ヴァルターは名簿を確認した。

「本日の訓練は、冬季基礎行軍だ」

 候補生たちは姿勢を正した。

「距離は十二キロメートル。途中に休憩地点を設ける」

 ガイルの耳がわずかに動いた。

 ヴァルターは続けた。

「本日は、速さを競う訓練ではない。隊列を維持し、互いの体調を確認しながら、指定された経路を安全に移動することが目的だ」

 レイブンは真剣に聞いていた。

「無理をして歩き続けることは、勇敢さではない。異常があれば、必ず報告しろ」

 ヴァルターは隊列を見渡した。

「また、積雪や凍結が確認された場所では、教官の指示に従い、慎重に移動すること」

 候補生たちは頷いた。

「では、出発準備!」

「了解しました!」

 午前八時零五分。

 帝国陸軍中央志願兵教育学校、北部演習道路。

 候補生たちは、学校の正門を出発した。

 道路の両側には、冬枯れの木々が並んでいる。

 遠くには、低い丘陵地帯が見えた。

 ガイルは班長として、隊列の前方に位置していた。

 レイブンは副班長として、後方の仲間たちの様子を確認している。

 オスカーは装備の状態を見守り、ユリウスは時間と経路を記録していた。

 フェリックスは連絡役として、教官からの指示を伝えている。

 エミールは救護用品を携行し、候補生たちの体調を確認していた。

 カールは学校内の通信室から、行軍班の記録を補助している。

 午前八時四十七分。

 北部演習道路、第一休憩地点。

 候補生たちは、指定された場所で休憩を取っていた。

 ガイルは水筒を取り出し、大きく息を吐いた。

「……思ったより寒いな」

 フェリックスは肩をすくめた。

「歩いてる時はいいけど、止まると冷えるな」

 オスカーは頷いた。

「汗をかいたまま冷えると、体温が下がるからな」

 エミールは全員の様子を確認していた。

「水分補給も忘れないでください」

 レイブンは頷いた。

「うん」

 ユリウスは記録用紙を確認した。

「予定より、少し早いですね」

 ガイルは笑った。

「よし! この調子で行こう!」

 しかし、レイブンは静かに声を掛けた。

「ガイル、無理に速くする必要はないよ」

 ガイルは顔を向けた。

「……そうだな」

 そして、少しだけ笑った。

「班長なのに、焦っちゃ駄目だな」

 レイブンも笑った。

「一緒に頑張ろう」

 午前九時三十六分。

 北部演習道路、丘陵区間。

 道路は緩やかな上り坂へ変わっていた。

 地面には薄い霜が残り、ところどころに凍結した場所があった。

 候補生たちは、足元を確認しながら進んでいた。

 その時、フェリックスが小さく声を上げた。

「……あっ!」

 足元が滑り、身体が少し傾いた。

 しかし、すぐ隣にいたオスカーが腕を伸ばし、支えた。

「大丈夫か?」

 フェリックスは息を吐いた。

「……助かった」

 レイブンはすぐに近づいた。

「足、痛めてない?」

「大丈夫。ちょっと滑っただけ」

 エミールも確認した。

「無理をしないでくださいね」

 フェリックスは頷いた。

「分かった」

 ガイルは隊列を止め、教官へ状況を報告した。

 ヴァルターは現場を確認し、頷いた。

「適切な対応だ」

 そして、候補生たちへ告げた。

「凍結した場所では、歩幅を小さくし、足元を確認しろ」

 七人のうち六人は、再び歩き始めた。

 午前十時二十二分。

 北部演習道路、第二休憩地点。

 候補生たちは、林の近くに設けられた休憩区画へ到着した。

 ガイルは腰を下ろし、大きく息を吐いた。

「……いやあ、疲れた」

 フェリックスは笑った。

「まだ半分くらいだぞ」

「分かってるって!」

 オスカーは水筒を飲みながら、周囲を見渡した。

「でも、全員ここまで問題なく来られたな」

 ユリウスは記録を確認した。

「予定どおりです」

 エミールは頷いた。

「体調も、今のところ大きな問題はありません」

 レイブンは静かに笑った。

「よかった」

 その時、携行無線機から声が聞こえた。

『こちら学校通信室。第一班、応答願います』

 ユリウスは無線機を手に取った。

「こちら第一班。どうぞ」

『こちらリヒター候補生。現在位置と状況を確認します』

 カールの声だった。

 ガイルは嬉しそうに笑った。

「おお、カール!」

 ユリウスは落ち着いて応答した。

「現在、第二休憩地点。全員異常なし。どうぞ」

『了解。記録しました』

 少し間が空いた。

 そして、カールの声が続いた。

『……みんな、気をつけて』

 ガイルは笑った。

「任せろ!」

 ユリウスは少し苦笑しながら、正式な応答を返した。

「了解。通信終了」

 レイブンは、そのやり取りを聞きながら微笑んだ。

 カールも、同じ訓練に参加している。

 場所は違っても、同じ班の一員だった。

 午前十一時四十八分。

 北部演習道路、帰路。

 候補生たちは、学校へ向かって歩いていた。

 太陽は少し高くなっていたが、冷たい風は変わらず吹いている。

 ガイルは先頭で歩きながら、時折後方を確認していた。

 レイブンは、仲間たちの歩調を見ていた。

 オスカーは安定した足取りで進み、ユリウスは記録を続けている。

 フェリックスは少し疲れた様子だったが、無理のない速度を保っていた。

 エミールは全員の体調を確認しながら歩いていた。

 レイブンは静かに思った。

 昨日の分隊演習では、役割を理解することが目的だった。

 今日の行軍では、その役割を実際に続けることが求められている。

 誰か一人が頑張るだけでは、最後まで歩ききれない。

 互いの状態を確認し、必要な時に助け合うこと。

 それが、班として行動するということなのだろう。

 午後零時三十六分。

 帝国陸軍中央志願兵教育学校、正門前。

 候補生たちは、無事に学校へ戻ってきた。

 ガイルは大きく息を吐いた。

「……帰ってきた!」

 フェリックスは笑った。

「やっとだな」

 オスカーは肩をすくめた。

「まだ片づけが残ってるぞ」

「……分かってるって!」

 ユリウスは記録を確認した。

「全員、予定どおり到着です」

 エミールも頷いた。

「体調に大きな問題はありません」

 レイブンは静かに笑った。

「よかった」

 その時、ヴァルターが近づいてきた。

「第一班、集合」

 六人は姿勢を正した。

 ヴァルターは名簿を確認した。

「本日の行軍は、全体として良好だった」

 ガイルの表情が少し明るくなった。

 ヴァルターは続けた。

「特に、班長が途中から速度を適切に調整できていた点は評価する」

 ガイルは敬礼した。

「ありがとうございます!」

「ただし、疲労が蓄積すると判断が鈍る。今後は、さらに余裕を持って行動できるようにしろ」

「了解しました!」

 ヴァルターは六人を見渡した。

「諸君。行軍は、速く歩くことだけが目的ではない」

 そして、静かに続けた。

「全員が、無事に目的地へ到着することが重要だ」

 レイブンは真剣に頷いた。

 ヴァルターは最後に告げた。

「本日は、よくやった」

「ありがとうございます!」

 六人の声が重なった。

 午後二時四十八分。

 第二候補生宿舎、生活支援室。

 行軍を終えた六人は、装備の片づけを済ませた後、ファニータとリーナのもとを訪れていた。

 リーナは机の上に、温かい飲み物を並べていた。

「皆さん、お帰りなさい!」

 ガイルは嬉しそうに笑った。

「ただいま!」

 ファニータは静かに微笑んだ。

「お疲れさまでございました」

 レイブンは頷いた。

「ありがとうございます」

 その時、奥の椅子からカールが立ち上がった。

「……お帰り」

 ガイルは笑った。

「カール! ちゃんと通信、聞こえてたぞ!」

 カールは少しだけ微笑んだ。

「……よかった」

 リーナは兄へ顔を向けた。

「お兄ちゃん、ずっと通信室で頑張ってたんですよ」

 カールは少し困ったように答えた。

「……リーナ」

「だって、本当のことでしょ?」

 フェリックスが笑った。

「いいじゃないか。助かったよ」

 ユリウスも頷いた。

「通信記録が正確でした」

 カールは少し照れくさそうに顔を伏せた。

「……ありがとう」

 リーナは嬉しそうに笑った。

 午後四時十六分。

 第二候補生宿舎、第三〇七号室。

 七人は、行軍の反省会を行っていた。

 ガイルは机の上に記録用紙を広げた。

「……今日の反省点をまとめよう」

 ユリウスが頷いた。

「まず、休憩地点での時間管理ですね」

 オスカーは続けた。

「装備の調整も、もう少し早くできるようにしたい」

 エミールは静かに言った。

「体調確認のタイミングも、改善できそうです」

 フェリックスは笑った。

「俺は、足元をちゃんと見ることだな」

 カールが静かに答えた。

「……次は、俺も歩きたい」

 レイブンは顔を向けた。

「うん」

 ガイルも頷いた。

「次は、七人で行こうぜ!」

 カールは少しだけ笑った。

「……ああ」

 その時、レイブンは静かに口を開いた。

「……みんな」

 六人が顔を向けた。

「今日、歩きながら思ったんだけど」

 レイブンは少し考えた。

「俺たち、まだ入校したばかりで、できないことも多いと思う」

 ガイルは頷いた。

「……そうだな」

「でも、これからも一緒に訓練して、少しずつできることを増やしていきたい」

 レイブンは続けた。

「誰かが困っていたら、助け合える班でいたい」

 オスカーは微笑んだ。

「……いいな、それ」

 ユリウスも頷いた。

「賛成です」

 エミールは静かに微笑んだ。

「僕もです」

 フェリックスは笑った。

「もちろん!」

 カールも頷いた。

「……俺も」

 ガイルは少し黙った。

 そして、笑った。

「……よし!」

 彼は立ち上がった。

「じゃあ、約束しようぜ!」

 レイブンは首を傾げた。

「約束?」

「ああ!」

 ガイルは六人を見渡した。

「これから何があっても、仲間を見捨てないって!」

 レイブンは少し驚いた。

 しかし、すぐに微笑んだ。

「……うん」

 オスカーも頷いた。

「いいだろう」

 ユリウスは微笑んだ。

「賛成です」

 フェリックスは笑った。

「俺も!」

 エミールも頷いた。

「もちろんです」

 カールは少し黙っていた。

 そして、静かに言った。

「……ありがとう」

 ガイルは笑った。

「礼はいらないって!」

 七人は、互いの顔を見渡した。

 その時、第三〇七号室には、言葉だけではない確かな信頼が生まれていた。

 午後七時三十二分。

 第二候補生宿舎、第三〇七号室。

 夕食を終えた七人は、各自の机で翌日の準備を進めていた。

 レイブンは行軍用の靴を確認していた。

 靴底には、冬の道路を歩いた痕が残っている。

 ガイルは隣で装備を整理していた。

「……なあ、レイブン」

「何?」

「今日の約束、忘れるなよ」

 レイブンは微笑んだ。

「……忘れないよ」

 ガイルは頷いた。

「よし!」

 その隣で、カールが静かに呟いた。

「……俺も、忘れない」

 レイブンは顔を向けた。

 カールは少しだけ笑っていた。

 午後九時十六分。

 第三〇七号室。

 消灯前。

 レイブンは机の前に座り、黒革の手帳を開いていた。

 ルナから贈られた万年筆を握り、ゆっくりと文字を書き始める。

『帝政歴三四三年、十二月十三日。

 今日は、初めての冬季行軍だった。

 十二キロメートルを歩いた。

 思っていたより大変だったけど、全員無事に戻ってこられた。

 カールは医師の指示で参加できなかったけど、学校の通信室から支えてくれた。

 だから、今日は七人で訓練したんだと思う。

 ガイルは班長として、みんなのことをよく見ていた。

 俺も、副班長としてもっと頑張りたい。

 それから、今日、七人で約束をした。

 これから何があっても、仲間を見捨てない。

 簡単な言葉だけど、とても大切なことだと思う。

 俺は、この約束を忘れない。』

 レイブンは万年筆を置いた。

 そして、手帳を閉じた。

 窓の外には、冬の夜空が広がっていた。

 遠くから、見回りの教官の足音が聞こえる。

 隣の寝台では、ガイルが小さく欠伸をしていた。

「……なあ、レイブン」

「何?」

「明日も、よろしくな」

 レイブンは微笑んだ。

「……こちらこそ」

 その隣で、カールが静かに呟いた。

「……次は、俺も歩く」

 ガイルは笑った。

「よし! 次は七人で行こうぜ!」

 やがて、部屋の明かりが消えた。

 帝政歴三四三年、十二月十三日。

 第三中隊第二小隊。

 七人の候補生たちは、初めての冬季行軍を終えた。

 そして、その日の夕方。

 第三〇七号室で交わされた、小さな約束。

 仲間を見捨てない。

 その言葉は、彼らの心に静かに刻まれた。

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