第53話 新たな指導教官、二人の世話役
第53話 新たな指導教官、二人の世話役
帝政歴三四三年、十二月十日。
午前六時十二分。
帝国陸軍中央志願兵教育学校、第二候補生宿舎。
冬の冷気が、長い廊下の窓を白く曇らせていた。
第三〇七号室では、七人の候補生たちが起床後の身支度を進めていた。
いつもなら、ガイル・ベッカーの大きな声とフェリックス・ブラントの軽口が飛び交う時間だった。
しかし、今朝の部屋は少し静かだった。
カール・リヒターは寝台の端に座り、制服の袖を整えている。
前日に受けた医師の診察では、複数の打撲痕と疲労が確認され、当面は身体への負担を抑えた教育課程への参加が指示されていた。
レイブン・S・クロウは、その様子を横目で確認した。
「……カール、身体はどう?」
カールは少し顔を上げた。
「……昨日よりは、ましだ」
「痛みは?」
「……まだある。でも、我慢できる」
その言葉に、エミール・シュナイダーが静かに口を挟んだ。
「我慢できることと、無理をしていいことは別ですよ」
カールは一瞬、言葉に詰まった。
エミールは穏やかに続けた。
「医師から指示が出ているんです。今日は、その範囲を守りましょう」
カールは小さく頷いた。
「……分かった」
ガイルは寝台の毛布を畳みながら、二人を見ていた。
「そうそう。今日は俺たちが荷物を持つからな」
「……そこまでしなくても」
「いいんだよ。仲間だろ?」
ガイルは笑った。
その言葉に、カールの表情が少しだけ和らいだ。
午前七時四十八分。
第二候補生宿舎、食堂。
朝食を取る候補生たちの間では、昨日の事件についての噂が飛び交っていた。
「聞いたか? 第三中隊のクルーガー大尉が、教官職を解かれたらしいぞ」
「候補生を殴っていたって話、本当なのか?」
「それでクロウ少佐が怒ったらしい」
「いや、少佐が大尉を殴ったって聞いたぞ」
「前線送りだってさ」
「……まだ戦争も始まっていないのに?」
噂は、事実と憶測が入り混じりながら広がっていた。
レイブンたち七人は、食堂の一角で朝食を取っていた。
フェリックスは周囲の声を聞きながら、少し困ったように笑った。
「……すごいな。もう学校中に広まってる」
オスカーはパンをちぎりながら頷いた。
「軍の学校だからな。こういう話は早い」
ユリウスは眼鏡を押し上げた。
「ただ、事実と違う内容も混ざっていますね」
ガイルは少し眉を寄せた。
「……あいつら、カールのことまで勝手に話してるぞ」
レイブンは静かに答えた。
「……気にしない方がいい」
ガイルは顔を向けた。
「でもよ」
「カールが、これ以上嫌な思いをする必要はないだろ」
ガイルは少し黙った。
そして、頷いた。
「……そうだな」
カールは、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく口を開いた。
「……俺のせいで、騒ぎになった」
レイブンは首を振った。
「違うよ」
カールは顔を上げた。
「……でも」
「悪いのは、殴った教官だ」
レイブンは静かに続けた。
「カールが悪いわけじゃない」
エミールも頷いた。
「そうですよ。責任の所在は、きちんと分けて考えなければなりません」
カールは少し俯いた。
「……ありがとう」
その時、食堂の入口から教官の声が響いた。
「第三中隊第二小隊、食事終了後、第二講義室へ集合!」
候補生たちは一斉に姿勢を正した。
レイブンは食器を片づけながら、今日の予定を思い出した。
昨日の事件によって、第三中隊の指導教官職には空席が生じていた。
そのため、今日の講義や訓練がどうなるのか、まだ正式な説明は受けていなかった。
午前九時十五分。
第二講義室。
第三中隊第二小隊の候補生たちが、机に向かっていた。
壇上には、ヴァルター・A・クロウ少佐が立っている。
右腕の魔力義肢には黒い手袋が装着され、左手には教本が握られていた。
「本日は、軍紀と服務規則について確認する」
候補生たちは姿勢を正した。
ヴァルターは黒板へ文字を書いた。
『命令・責任・報告』
「軍隊では、命令系統を守ることが重要だ」
そして、候補生たちを見渡した。
「だが、命令を受ける側にも、状況を正確に報告する責任がある」
レイブンは真剣に聞いていた。
ヴァルターは続けた。
「不当な扱いを受けた場合、正式な相談経路を使うこと。上官の階級が高いからといって、すべての行為が正当化されるわけではない」
その言葉に、カールが少し顔を上げた。
ヴァルターは、あえて彼だけを見なかった。
教室にいる全員へ向けて話していた。
「そして、教官にも責任がある。候補生の健康と安全を守り、適切な教育を行うことだ」
ユリウスが手を挙げた。
「クロウ少佐」
「何だ、ヴェーバー候補生」
「教官の指導に問題があると感じた場合、どこへ相談すればよいのでしょうか」
ヴァルターは頷いた。
「直属の教官、医務室、軍紀監察担当、または学校の相談窓口だ。直属の教官自身に問題がある場合は、別の窓口を使え」
ユリウスは頷いた。
「ありがとうございます」
ヴァルターは教本を閉じた。
「……諸君。昨日のことは、決して忘れるな」
教室が静まり返った。
「軍人は、仲間を守るために訓練する。仲間を傷つけるためではない」
その言葉は、候補生たちの胸に静かに残った。
午後零時三十八分。
第二候補生宿舎、第三〇七号室。
昼食を終えた七人は、短い休憩時間を過ごしていた。
フェリックスは寝台へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「……今日は、昨日より静かだな」
オスカーは笑った。
「そりゃそうだろ。昨日が大変すぎたんだ」
ガイルは窓の外を眺めていた。
「でも、クロウ少佐が授業を続けてくれてよかったよな」
ユリウスは頷いた。
「そうですね。教育課程が止まると、全員に影響が出ますから」
レイブンは机の上で、ルナから贈られた万年筆を手に取っていた。
午前中の講義内容を、黒革の手帳へ整理している。
その隣で、カールが静かに座っていた。
「……レイブン」
「何?」
「……昨日、ありがとう」
レイブンは顔を上げた。
「……もう何回目だよ、それ」
カールは少しだけ笑った。
「……分からない」
レイブンも笑った。
「だったら、もういいよ」
カールは頷いた。
その表情は、昨日より少しだけ穏やかだった。
午後四時五十六分。
第二候補生宿舎、第三〇七号室。
夕方の訓練を終えた七人は、部屋へ戻っていた。
ガイルは椅子に座り、靴紐を結び直している。
オスカーは訓練服を畳み、ユリウスは翌日の時間割を確認していた。
フェリックスは窓際で外を眺め、エミールはカールの体調を気遣っていた。
レイブンは机の前で、今日の講義内容を整理していた。
その時、扉が軽くノックされた。
「入るぞ」
聞き慣れた声だった。
レイブンは顔を上げた。
「……父さん?」
扉が開き、ヴァルターが姿を現した。
しかし、今日の父は、訓練場で見せる厳格な表情ではなかった。
少しだけ穏やかな顔をしている。
「……全員いるな」
ガイルが立ち上がった。
「クロウ少佐!」
ほかの候補生たちも姿勢を正した。
ヴァルターは右手を軽く上げた。
「休め。今日は勤務上の指示ではなく、少し報告があって来た」
レイブンは首を傾げた。
「……報告?」
ヴァルターは頷いた。
「本日付で、正式な辞令が出た」
七人は顔を見合わせた。
ヴァルターは続けた。
「今日から、私は第三中隊の指導教官と訓練教官、そして候補生の相談役を兼任することになった」
一瞬、部屋が静まり返った。
「…………え?」
最初に声を漏らしたのは、レイブンだった。
ガイルも目を丸くした。
「……少佐が、全部?」
ヴァルターは頷いた。
「ああ。ただし、正式な成績評価や懲戒判断については、別の担当者が確認する。私一人で決めるわけではない」
ユリウスが眼鏡を押し上げた。
「……かなりの兼任ですね」
「そうだな」
ヴァルターは苦笑した。
「しばらくは忙しくなるだろう」
フェリックスは少し笑った。
「……じゃあ、俺たち、毎日少佐に会うことになるんですね」
「そういうことだ」
ガイルはレイブンへ顔を向けた。
「……お前、大変だな」
レイブンは苦笑した。
「……俺も、そう思う」
ヴァルターは息子を見た。
「レイブン」
「……はい」
「学校では、これまでどおり一人の候補生として扱う。だが、相談がある時は遠慮するな」
レイブンは頷いた。
「……分かってる」
ヴァルターは七人を見渡した。
「それは、全員に対して同じだ」
カールが静かに顔を上げた。
「……少佐」
「何だ、リヒター候補生」
「……ありがとうございます」
ヴァルターは少しだけ微笑んだ。
「礼を言うのは、まだ早い。これからの教育が大切だからな」
その時だった。
扉が、再びノックされた。
コン、コン。
七人が一斉に振り返った。
ヴァルターは時計を確認した。
「……来たか」
レイブンは首を傾げた。
「……誰?」
ヴァルターは微笑んだ。
「入っていいぞ」
扉が開いた。
最初に姿を現したのは、金髪の女性だった。
落ち着いた濃紺の服装。
丁寧にまとめられた髪。
そして、見慣れた穏やかな表情。
「……ファニータさん!?」
レイブンは思わず立ち上がった。
ファニータは微笑み、深く一礼した。
「ご無沙汰しております、レイブン様」
レイブンは目を見開いた。
「……どうしてここに?」
ファニータは静かに答えた。
「クロウ少佐より、お呼びいただきました」
その後ろから、もう一人の少女が姿を現した。
小柄な体格。
肩にかかるほどの柔らかな黒髪。
整った顔立ちと、澄んだ瞳。
年齢に似合った可憐さと、どこか凛とした雰囲気を併せ持つ少女だった。
彼女は室内を見渡した。
そして、カールを見つけた瞬間、表情を変えた。
「……お兄ちゃん!」
カールが目を見開いた。
「……え?」
少女は駆け寄った。
「お兄ちゃん!」
カールは驚いたまま立ち上がった。
「……リーナ!?」
少女は、カールの胸へ飛び込んだ。
カールは慌てて受け止めた。
「……何で、ここにいるんだ?」
リーナは兄を見上げた。
「……心配だったから!」
その声には、少し涙が混じっていた。
カールは何も言えなかった。
リーナは続けた。
「お兄ちゃんが大変なことになったって聞いて……」
そして、兄の袖口へ目を向けた。
「……痛い?」
カールは少し黙った。
「……少しだけ」
リーナは唇を噛んだ。
「……もう、無理しないでね」
カールは静かに頷いた。
「……ああ」
レイブンたちは、その光景を見つめていた。
ガイルが小声で呟いた。
「……カールの妹?」
フェリックスも目を丸くした。
「……すごく綺麗な子だな」
オスカーは軽く肘でフェリックスをつついた。
「おい、聞こえるぞ」
フェリックスは慌てて口を閉じた。
リーナは兄から離れ、七人へ向き直った。
そして、丁寧に一礼した。
「初めまして。リーナ・リヒターと申します」
彼女は明るく微笑んだ。
「カール・リヒターの妹です。兄がいつもお世話になっております」
レイブンは姿勢を正した。
「初めまして。レイブン・S・クロウです」
リーナは目を輝かせた。
「……あなたが、レイブンさん?」
「え?」
「お兄ちゃんを探してくれた人ですよね?」
レイブンは少し照れくさそうに頷いた。
「……うん」
リーナは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました!」
レイブンは慌てて首を振った。
「そんな、頭を上げてください」
リーナは顔を上げた。
「でも、本当に感謝しているんです」
彼女は微笑んだ。
「お兄ちゃん、昔から一人で抱え込むところがあるので……」
カールが小さく呟いた。
「……リーナ」
リーナは振り返った。
「何?」
「……余計なこと、言うな」
彼女は笑った。
「だって、本当のことでしょ?」
そのやり取りに、部屋の空気が少し和らいだ。
ヴァルターは静かに咳払いをした。
「……さて、二人が来た理由を説明しよう」
七人は父へ顔を向けた。
ヴァルターは続けた。
「今回の事件を受け、学校側は候補生の生活支援体制を見直すことになった」
ユリウスが頷いた。
「……生活支援ですか」
「ああ」
ヴァルターはファニータとリーナへ目を向けた。
「二人には、特別な許可を与えた」
レイブンは首を傾げた。
「……特別な許可?」
ヴァルターは頷いた。
「本日付で、ファニータは第三〇七号室の生活支援担当として、リーナは補助的な護衛・見守り担当として登録された」
ガイルが目を丸くした。
「……護衛?」
リーナは微笑んだ。
「はい!」
フェリックスが驚いたように尋ねた。
「……君が?」
リーナは頷いた。
「はい。私、短剣術を習っているんです」
彼女は腰元の訓練用ケースを示した。
中には、刃を落とした訓練用短剣が収められていた。
「もちろん、学校の許可がある場所でしか使いませんけど」
ファニータが静かに続けた。
「リーナ様は、近接護衛の基礎教育を受けておられます。私とも、事前に訓練内容の確認を行っております」
レイブンは驚いた。
「……ファニータさんと?」
「はい」
ファニータは微笑んだ。
「護衛においては、互いの動きを妨げないことが重要でございますから」
リーナも頷いた。
「ファニータさん、とても強いんですよ!」
レイブンは苦笑した。
「……それは、知ってる」
ヴァルターは続けた。
「ただし、二人は軍の指揮系統には入らない。訓練や成績評価に関与することもない」
ユリウスが質問した。
「宿舎への立入りは、どの範囲まで認められるのでしょうか」
「指定された時間帯と生活支援区域に限る。候補生の私生活を尊重し、就寝区画への無制限の立入りは認めない」
ユリウスは頷いた。
「承知しました」
ヴァルターは七人を見渡した。
「二人は、諸君が自分で行うべきことを代わりにするために来たわけではない。困った時に相談できる相手を増やすためだ」
レイブンは静かに頷いた。
ファニータは深く一礼した。
「皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
リーナも明るく頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
その時、ガイルが笑った。
「よし! じゃあ、歓迎しないとな!」
フェリックスも頷いた。
「そうだな!」
オスカーは苦笑した。
「お前ら、まだ夕食前だぞ」
リーナは嬉しそうに笑った。
「……賑やかな部屋ですね!」
カールは少しだけ顔を赤くした。
「……リーナ、あんまり騒ぐなよ」
彼女は兄を見上げた。
「えー? お兄ちゃんだって、少しは笑った方がいいよ!」
ガイルが大きく頷いた。
「それは賛成!」
フェリックスも笑った。
「俺も!」
カールは困ったように顔を伏せた。
しかし、その口元には、確かに小さな笑みが浮かんでいた。
午後六時二十二分。
第二候補生宿舎、生活支援室。
ファニータとリーナは、学校側から割り当てられた部屋を確認していた。
机、収納棚、簡易寝台。
必要最低限の設備が整えられている。
ファニータは書類を確認しながら、静かに頷いた。
「……問題ございません」
リーナは窓の外を眺めた。
「……ここから、お兄ちゃんたちの宿舎が見えるんですね」
「はい。ただし、立入りの規則は守らなければなりません」
リーナは頷いた。
「分かっています」
そして、少しだけ真剣な表情になった。
「……ファニータさん」
「はい」
「私、お兄ちゃんを守りたいんです」
ファニータは静かに彼女を見た。
「……そのお気持ちは、よく分かります」
リーナは続けた。
「お兄ちゃん、昔から自分のことを後回しにするんです」
彼女は窓の外へ目を向けた。
「だから、今度は私が支えたい」
ファニータは微笑んだ。
「それなら、まずはお兄様のお話を聞いて差し上げてください」
リーナは顔を上げた。
「……話を?」
「はい。護衛とは、危険を排除することだけではございません」
ファニータは静かに続けた。
「相手が安心して過ごせる環境を整えることも、大切な役目です」
リーナは少し考えた。
そして、頷いた。
「……分かりました」
ファニータは微笑んだ。
「一緒に頑張りましょう」
リーナも笑った。
「はい!」
午後七時四十八分。
第二候補生宿舎、第三〇七号室。
夕食を終えた七人は、部屋へ戻っていた。
ガイルは椅子へ腰を下ろし、大きく伸びをした。
「……いやあ、今日は驚くことばっかりだったな」
フェリックスは笑った。
「本当だよ。まさか、カールにあんな妹がいるなんてな」
カールは眉を寄せた。
「……何が言いたい」
「いや、別に!」
フェリックスは慌てて手を振った。
オスカーは笑った。
「お前、分かりやすすぎるぞ」
ユリウスは机の上で、翌日の時間割を確認していた。
「それにしても、クロウ少佐が指導教官と訓練教官を兼任するとは……」
エミールが頷いた。
「相談役も含めると、かなり大変でしょうね」
レイブンは静かに答えた。
「……父さん、昔から無理するところがあるから」
ガイルが笑った。
「親子そろって、似てるな!」
レイブンは苦笑した。
「……そうかな」
カールは少し黙っていた。
そして、静かに口を開いた。
「……俺、少し安心した」
六人が顔を向けた。
カールは続けた。
「……リーナが来てくれて」
レイブンは微笑んだ。
「……よかったな」
カールは頷いた。
「……ああ」
その表情には、昨日までの強い緊張が少しずつ薄れていた。
午後九時十七分。
第三〇七号室。
消灯前。
レイブンは机の前に座り、黒革の手帳を開いていた。
ルナから贈られた万年筆を握り、ゆっくりと文字を書き始める。
『帝政歴三四三年、十二月十日。
今日は、昨日の事件についての噂が学校中に広がっていた。
でも、カールは少しずつ元気になっている。
それが嬉しい。
父さんが、正式に指導教官と訓練教官、相談役を兼任することになった。
正直、驚いた。
これから毎日、父さんに指導されることになる。
それから、ファニータさんが学校に来た。
カールの妹、リーナも来た。
リーナは、兄のことをとても大切に思っているらしい。
短剣術を習っていて、護衛の仕事も手伝うそうだ。
ファニータさんと仲良くなれそうだと思う。
カールも、少し笑っていた。
昨日までのことを考えると、それだけで嬉しい。
この部屋には、いろいろな人がいる。
性格も、考え方も違う。
でも、少しずつ仲間になっている気がする。
明日からも、頑張ろう。』
レイブンは万年筆を置いた。
そして、手帳を閉じた。
窓の外には、冬の夜空が広がっていた。
遠くから、見回りの教官の足音が聞こえる。
隣の寝台では、ガイルが小さく欠伸をしていた。
「……なあ、レイブン」
「何?」
「明日、リーナちゃんたち、また来るかな」
レイブンは笑った。
「……来るんじゃない?」
ガイルは嬉しそうに頷いた。
「そっか!」
その隣で、カールが小さく呟いた。
「……あいつ、絶対に騒ぐぞ」
フェリックスが笑った。
「いいじゃないか。賑やかな方が楽しいだろ」
カールは少しだけ笑った。
「……そうかもな」
やがて、部屋の明かりが消えた。
帝政歴三四三年、十二月十日。
第三中隊第二小隊。
指導教官と訓練教官、相談役を兼任することになったヴァルター・A・クロウ少佐。
生活支援担当として加わったファニータ。
そして、兄を支えるために学校へ来たリーナ・リヒター。
七人の候補生たちを取り巻く環境は、少しずつ変わり始めていた。
昨日まで傷つき、俯いていたカールの表情にも、ようやく笑顔が戻りつつあった。
新しい仲間と、新しい支え。
そのすべてが、これからの長い教育課程を乗り越えるための、小さな力になろうとしていた。




