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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第46話 十八歳の従者、明かされた秘密と第二試験前夜

第46話 十八歳の従者、明かされた秘密と第二試験前夜


 帝政歴三四三年、四月十五日。

 帝国中央部、クロウ家別邸。

 午前七時二十六分。

 春の朝日が食堂の窓から差し込み、磨き上げられた銀食器を淡く照らしていた。

 レイブン・S・クロウは、食卓に置かれた封筒をじっと見つめていた。

 差出人は、帝国陸軍中央志願兵教育学校。

 三日前に受験した第一選抜試験の結果通知だった。

 封筒はすでに開封されている。

 中に入っていた一枚の通知書には、はっきりと文字が印刷されていた。

『第一選抜試験 合格』

 レイブンは、もう一度その文字を読んだ。

「……受かった」

 思わず呟いた声に、向かい側に座っていたルナが顔を上げた。

「お兄ちゃん、何回目?」

「……何が?」

「合格って読むの!」

 レイブンは少し考えた。

「……六回目くらい?」

「さっきからずっと見てるよ!」

 ルナが笑うと、セレナも微笑んだ。

「それだけ嬉しいのよね」

「……うん」

 レイブンは素直に頷いた。

 隣に座っていたヴァルターは、左手で珈琲のカップを持ち上げた。

「合格は喜んでいい。だが、第一試験が終わっただけだ」

「分かってるよ、父さん」

「次は第二試験だ。内容も違う」

 レイブンは通知書の下部へ目を向けた。

 第二選抜試験までには、数週間の準備期間が設けられている。

 その間に、身体能力だけでなく、基礎知識や判断力についても準備しなければならなかった。

「……次も頑張る」

 ヴァルターは静かに頷いた。

「その意気だ」

 その時、食堂の扉が開いた。

「失礼いたします」

 ファニータが入ってきた。

 金色の髪を後ろでまとめ、濃紺の使用人服を身につけている。

 長身で細身の彼女は、いつものように背筋を伸ばし、丁寧に一礼した。

「レイブン様、第一試験の合格、誠におめでとうございます」

 レイブンは微笑んだ。

「ありがとうございます、ファニータさん」

「本日は、いつもより少し豪華な朝食をご用意いたしました」

 ルナが目を輝かせた。

「えっ、何があるの?」

 ファニータは微笑んだ。

「焼きたての蜂蜜パンと、果実を添えた温かい菓子でございます」

「やった!」

 ルナが嬉しそうに声を上げた。

 レイブンは笑った。

 しかし、その時はまだ知らなかった。

 目の前の真面目な使用人が、ある大きな秘密を隠していることを。

 午前十時四十二分。

 クロウ家別邸、訓練区画。

 第一試験の合格を受け、レイブンの訓練内容は少しずつ変化していた。

 これまでの基礎体力訓練に加え、第二試験に向けた判断力や安全管理、基礎射撃姿勢に関する教育が始まっていた。

 訓練区画には、射撃姿勢の確認に使用する教育用模擬銃が置かれている。

 実弾を発射する機能はなく、銃口や引き金の扱いを安全に学ぶための器材だった。

 レイブンは模擬銃を手に取り、指定された姿勢を取った。

 その隣には、ファニータが立っている。

「レイブン様、少し肩に力が入っております」

「……こうですか?」

「はい。先ほどより自然でございます」

 ファニータは少年の姿勢を観察した。

「射撃姿勢は、力任せに形を作るものではございません。身体の状態を理解し、無理のない姿勢を保つことが大切です」

 レイブンは頷いた。

「……なるほど」

 彼女は続けた。

「そして、何より重要なのは安全管理です。模擬銃であっても、実際の銃器と同じように慎重に扱う習慣を身につけてください」

「はい」

 レイブンは真剣な表情で答えた。

 少し離れた場所では、ヴァルターが訓練の様子を見守っていた。

「レイブン」

「はい!」

「姿勢ばかり気にするな。自分の身体が疲れていることにも気づけ」

 レイブンは頷いた。

「……はい!」

 ヴァルターは時計を確認した。

「十分休憩だ」

 レイブンは模擬銃を指定された台へ戻した。

 ファニータが水筒を差し出す。

「お疲れさまでございます」

「ありがとうございます」

 レイブンは水を飲みながら、ふと彼女を見た。

 ファニータの動作は、いつも落ち着いていた。

 護衛としての経験があることは、すでに知っている。

 しかし、射撃に関する知識まで備えているとは思わなかった。

「……ファニータさん」

「はい?」

「射撃も得意なんですか?」

 彼女は少し微笑んだ。

「基礎的な教育を受けた経験はございます」

「……すごいですね」

「いえ。まだまだ学ぶことばかりでございます」

 レイブンは頷いた。

 彼女の謙虚さには、どこか不思議なものがあった。

 午後二時十七分。

 クロウ家別邸、厨房。

 その日の午後、レイブンは書斎から戻る途中で、厨房から聞こえてきた声に足を止めた。

「……ファニータさん、そこはもう少し火を弱くして」

「はい、奥様」

 母セレナの声だった。

 レイブンは扉の隙間から中を覗いた。

 厨房では、セレナとファニータが並んで料理をしていた。

 セレナは真剣な表情で鍋の中を確認している。

 ファニータは、その隣で楽しそうに微笑んでいた。

「レイブンは、香草の香りが強すぎる料理はあまり好まないの」

「なるほど……控えめな香りの方がお好みなのですね」

「ええ。でも、まったく使わないと物足りないと言うのよ」

 ファニータは小さく笑った。

「ふふ……難しいお好みでございますね」

 セレナも微笑んだ。

「そうなの。小さい頃から、そこだけは変わらないわ」

 レイブンは思わず眉を上げた。

「……母さん、そんなことまで教えてるの?」

 厨房の二人が振り返った。

「あら、レイブン」

 セレナは微笑んだ。

「ちょうどよかったわ」

「……何が?」

「あなたの好きな料理を、ファニータさんに教えているところなの」

 レイブンは少し困ったように笑った。

「……そこまでしなくてもいいのに」

 ファニータは首を振った。

「いいえ、レイブン様」

 彼女は真剣な表情で答えた。

「お仕えする以上、お食事のお好みを把握することも大切な仕事でございます」

 レイブンは頬を掻いた。

「……でも、俺、そんなに好き嫌いないですよ?」

 セレナが即座に答えた。

「あるわよ」

「……えっ?」

「昔から、少し苦味のある野菜を避けていたでしょう?」

 レイブンは目を逸らした。

「……それは、小さい頃の話で……」

 ファニータが小さく笑った。

「ふふ……承知いたしました」

 レイブンは顔を赤くした。

「……ファニータさん、今のは忘れてください」

「申し訳ございません。記憶力には少々自信がございますので」

 セレナが笑った。

 レイブンは小さくため息をついた。

 しかし、二人の楽しそうな姿を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。

 母は、息子が家を離れて暮らす可能性を考え、生活面で困らないよう準備してくれている。

 ファニータも、その役割を真剣に受け止めている。

 レイブンは静かに微笑んだ。

「……ありがとう、母さん。ファニータさんも」

 セレナは少し驚いた。

 そして、優しく微笑んだ。

「どういたしまして」

 ファニータも深く一礼した。

「こちらこそ、ありがとうございます」

 帝政歴三四三年、四月二十一日。

 午後四時三十六分。

 帝国中央部、市街地。

 レイブンは、ファニータとともに書店から帰る途中だった。

 第二試験に向けた参考書を購入し、学院時代の友人へ手紙を出した帰り道である。

 春の陽光が石畳を照らし、街路樹には新しい葉が芽吹いていた。

 ファニータは書類鞄を持ち、レイブンの少し後ろを歩いている。

 外出時の彼女は、普段の使用人とは少し違っていた。

 周囲の人の動きを自然に確認し、混雑した場所ではレイブンの歩く位置へさりげなく気を配る。

 しかし、必要以上に警戒心を表へ出すことはない。

 その落ち着いた姿に、レイブンは少し尊敬の念を抱いていた。

「……ファニータさん」

「はい、レイブン様」

「一つ、聞いてもいいですか?」

「もちろんでございます」

 レイブンは少し考えた。

「……ファニータさんって、本当は何歳なんですか?」

 ファニータは一瞬、足を止めた。

 そして、少し驚いたように少年を見た。

「……私の年齢でございますか?」

「はい」

 レイブンは頷いた。

「父さんと同期って聞いたから、もっと年上なのかなって思ってたんですけど……」

 ファニータは数秒間、黙っていた。

 そして、突然、小さく笑い始めた。

「……ふふっ」

 レイブンは首を傾げた。

「……ファニータさん?」

 彼女は口元へ手を当てた。

「申し訳ございません。少し、可笑しくなってしまいまして」

「……何が?」

 ファニータは微笑んだ。

「レイブン様。私は十八歳でございます」

 レイブンは足を止めた。

「…………え?」

「十八歳です」

 彼女はもう一度答えた。

 レイブンはしばらく黙っていた。

 そして、思わず声を上げた。

「……十八歳!?」

 ファニータは楽しそうに頷いた。

「はい」

「……父さんと同期じゃなかったんですか!?」

 彼女は少し困ったように微笑んだ。

「……正確には、私の母がクロウ少佐の同期でございます」

 レイブンは目を見開いた。

「……お母さん?」

「はい」

 ファニータは頷いた。

「私の母は、若い頃にクロウ少佐と同じ志願兵教育課程で学んでおりました」

 レイブンは頭を抱えた。

「……じゃあ、父さんが言ってた同期って……」

「私の母のことでございます」

「……父さん!」

 レイブンは思わず空を見上げた。

 ファニータは小さく笑った。

「少佐は、少々説明を省かれたようでございますね」

 レイブンは深くため息をついた。

「……省きすぎですよ」

 ファニータは微笑んだ。

「ですが、母と少佐が長い付き合いであることは事実でございます」

 レイブンは少し考えた。

「……じゃあ、俺のことを知ってたのも?」

「母から聞いておりました」

 ファニータは頷いた。

「クロウ少佐が、ご子息のことを嬉しそうに話しておられたと、母がよく教えてくれました」

 レイブンは顔を赤くした。

「……そんなに?」

「はい」

 彼女は楽しそうに続けた。

「幼い頃のレイブン様のお話から、学院でのご活躍、妹君との仲の良さまで、さまざまなお話を伺っておりました」

 レイブンは苦笑した。

「……道理で、初めて会った時から詳しかったわけだ」

 ファニータは微笑んだ。

「はい」

 そして、少しだけ真剣な表情になった。

「ですが、レイブン様」

「……何ですか?」

「私が使用人として立候補したのは、母に命じられたからではございません」

 レイブンは彼女を見た。

「……そうなんですか?」

「はい」

 ファニータは静かに頷いた。

「母からお話を伺い、レイブン様がどのような方なのか、興味を持ちました」

 彼女は続けた。

「そして、クロウ少佐から正式な募集のお話をいただいた際、私自身の意思で応募いたしました」

 レイブンは少し驚いた。

「……自分から?」

「はい」

 ファニータは微笑んだ。

「護衛の基礎教育と生活補助の訓練を受けておりましたので、その経験を活かせると思ったのです」

 レイブンはしばらく考えた。

「……でも、どうして俺だったんですか?」

 ファニータは少しだけ視線を落とした。

 そして、静かに答えた。

「……母が、ある時こう申しておりました」

 レイブンは黙って聞いた。

「クロウ少佐は、戦場で多くのものを失った。それでも、家族の話をする時だけは、本当に嬉しそうに笑うのだと」

 レイブンの表情が変わった。

 ファニータは続けた。

「そのお話を聞いて、私は思いました。少佐がそこまで大切にされている方を、私もお守りしたいと」

 レイブンは何も言えなかった。

 ファニータは穏やかに微笑んだ。

「……それが、最初の理由でございます」

 そして、少しだけ声を和らげた。

「ですが、実際にお会いしてからは、レイブン様ご自身を尊敬するようになりました」

 レイブンは頬を赤くした。

「……俺、そんなに立派じゃないですよ」

「存じております」

 ファニータは即答した。

 レイブンは思わず目を丸くした。

「……えっ?」

 彼女は楽しそうに笑った。

「レイブン様は、まだ十五歳でいらっしゃいます。失敗もなさいますし、知らないことも多くおありでしょう」

 レイブンは苦笑した。

「……そこまではっきり言われると……」

「ですが、それでよろしいのです」

 ファニータは静かに続けた。

「私は、完璧な方にお仕えしたいわけではございません。これから成長される方を、お支えしたいのです」

 レイブンはしばらく彼女を見つめた。

 そして、小さく笑った。

「……なんだか、半分呆れましたけど……」

 ファニータは首を傾げた。

「……呆れられましたか?」

「はい。父さんの説明が適当すぎて」

 ファニータは笑った。

「それは、少佐へ直接お伝えくださいませ」

 レイブンも笑った。

「……そうします」

 そして、少し真剣な表情になった。

「でも、納得しました」

 ファニータは微笑んだ。

「それは何よりでございます」

 レイブンは頷いた。

「……これからも、よろしくお願いします」

 ファニータは深く一礼した。

「こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします、レイブン様」

 帝政歴三四三年、四月二十一日。

 午後七時十八分。

 クロウ家別邸、食堂。

 夕食の席で、レイブンは父へ尋ねた。

「……父さん」

「何だ?」

「ファニータさんの年齢、知ってた?」

 ヴァルターは一瞬、動きを止めた。

「……ああ」

 レイブンは父を見た。

「……十八歳なんだってね」

 ヴァルターは頷いた。

「そうだな」

 レイブンは少し呆れた表情になった。

「……父さん、同期って言ってたよね?」

 ヴァルターは珈琲のカップを置いた。

「……そうだったか?」

「言ってた!」

 ルナが笑い声を上げた。

「お父さん、また説明を省いたの?」

 セレナも微笑んだ。

「あなた、昔からそういうところがあるわね」

 ヴァルターは苦笑した。

「……確かに、言葉が足りなかった」

 レイブンはため息をついた。

「……俺、ずっとファニータさんが父さんと同じくらいの年齢なのかと思ってた」

 ヴァルターは笑った。

「さすがに、それはないだろう」

「父さんがそう言ったんだよ!」

 食堂に笑い声が広がった。

 ファニータは少し離れた場所で、静かに微笑んでいた。

 セレナが彼女へ声を掛けた。

「ファニータさんも、こちらで食べなさい」

「ありがとうございます、奥様」

 ファニータは一礼し、食卓へ加わった。

 レイブンは彼女を見た。

「……ファニータさん」

「はい?」

「父さんのこと、昔から知ってるんですよね?」

「母を通じて、でございますが」

「……じゃあ、父さんの昔の話も?」

 ファニータは微笑んだ。

「多少は存じております」

 ヴァルターの表情が変わった。

「……ファニータ」

 レイブンは目を輝かせた。

「……聞きたい!」

 ルナも身を乗り出した。

「私も!」

 セレナは笑った。

「それは楽しそうね」

 ヴァルターは深くため息をついた。

「……まったく」

 ファニータは少しだけ楽しそうに微笑んだ。

「では、クロウ少佐が志願兵だった頃のお話を、いくつか……」

「……待て、ファニータ」

 ヴァルターが慌てて止めようとした。

 しかし、ルナはすでに嬉しそうに手を叩いていた。

「聞きたい!」

 レイブンも笑った。

「父さん、今日は逃げられないよ」

 ヴァルターは額へ左手を当てた。

「……参ったな」

 その夜、食堂には家族の笑い声が長く響いた。

 帝政歴三四三年、五月一日。

 午前六時二十三分。

 クロウ家別邸、裏庭。

 第二試験まで、残りわずかとなっていた。

 レイブンは、父とファニータの指導を受けながら、最後の調整を続けていた。

 走ること。

 身体を動かすこと。

 疲労を管理すること。

 訓練用模擬銃を安全に扱うこと。

 そして、状況を正確に理解し、判断すること。

 ヴァルターは、以前ほど大声で叱ることはなくなっていた。

 それは、レイブンが成長したからだけではない。

 父自身も、教える方法を少しずつ変えていた。

「……レイブン」

「はい!」

「今日は、ここまでだ」

 少年は頷いた。

「……はい」

 ヴァルターは息子を見つめた。

「明日は、休養を優先する」

 レイブンは少し驚いた。

「……訓練しないの?」

「しない」

 ヴァルターは即答した。

「試験前日に無理をして、疲労を残す必要はない」

 レイブンは頷いた。

「……分かった」

 ファニータが水筒を差し出した。

「レイブン様、十分に休息をお取りください」

「ありがとうございます」

 少年は水を飲みながら、空を見上げた。

 春の青空が広がっていた。

 帝政歴三四三年、五月二日。

 午後八時三十七分。

 クロウ家別邸、レイブンの自室。

 第二試験の前日。

 レイブンは机の前に座っていた。

 目の前には、試験要項と受験票が置かれている。

 明日は、第二選抜試験。

 第一試験とは異なり、基礎知識や判断力、射撃に関する安全管理などが評価される予定だった。

 レイブンは深く息を吸った。

 緊張していた。

 しかし、以前ほど不安ではなかった。

 父との訓練。

 ファニータからの指導。

 母の支え。

 妹の応援。

 そのすべてが、少年の背中を押していた。

 机の上には、父から贈られた黒革の手帳が置かれている。

 レイブンはそれを開いた。

 そして、万年筆を握った。

『帝政歴三四三年、五月二日。

 明日は第二試験。

 第一試験には合格できた。

 でも、まだ終わりじゃない。

 この数週間、父さんとファニータさんにいろいろなことを教えてもらった。

 ファニータさんが十八歳だと知った時は、本当に驚いた。

 父さんの同期だったのは、ファニータさんのお母さんだったらしい。

 父さんの説明が足りなかっただけだった。

 でも、ファニータさんがどうして俺の使用人になってくれたのか、少し分かった気がする。

 母さんも、俺の好きな料理を教えてくれていた。

 ルナも、毎日応援してくれている。

 だから、明日は落ち着いて頑張ろう。

 焦らず、自分の頭で考える。

 父さんと母さんとの約束も忘れない。

 絶対に、生きて帰ってくること。

 まずは、明日の試験を無事に終える。』

 レイブンは万年筆を置いた。

 そして、窓の外を見た。

 春の夜空には、星が輝いていた。

 遠くでは、列車の汽笛が聞こえている。

 少年は静かに息を吐いた。

「……明日だ」

 その時、扉が軽くノックされた。

「レイブン様、失礼してもよろしいでしょうか」

 ファニータの声だった。

「どうぞ」

 扉が開いた。

 ファニータは温かい飲み物を持って入ってきた。

「明日に備えて、少し早めにお休みください」

 レイブンは微笑んだ。

「ありがとうございます」

 ファニータは机の上の受験票へ目を向けた。

「……緊張しておられますか?」

「……少し」

 レイブンは正直に答えた。

 ファニータは穏やかに微笑んだ。

「それでよろしいと思います」

 少年は首を傾げた。

「……そうなんですか?」

「はい。大切なことに向き合う時、緊張するのは自然なことでございます」

 彼女は続けた。

「ですが、レイブン様はこれまで十分に準備を重ねてこられました」

 レイブンは静かに頷いた。

「……うん」

 ファニータは微笑んだ。

「明日は、どうかご自身の力を信じてください」

 レイブンは彼女を見た。

「……ありがとう、ファニータさん」

 ファニータは深く一礼した。

「おやすみなさいませ、レイブン様」

「おやすみなさい」

 扉が静かに閉じられた。

 レイブンは机の上の受験票を見つめた。

 そして、ゆっくりと立ち上がった。

 明日は、第二選抜試験。

 十五歳の少年が、自ら選んだ道へ進むための、次の関門だった。

 レイブンは部屋の灯りを消した。

 帝政歴三四三年、五月二日。

 第二試験前夜。

 少年は、家族と新たな従者に支えられながら、静かに眠りについた。

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