↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
PR
44/241

第44話 卒業祝いの宴、新たな従者との出会い

第44話 卒業祝いの宴、新たな従者との出会い


 帝政歴三四三年、三月二十日。

 帝国中央部、クロウ家別邸。

 午後四時三十四分。

 レイブン・S・クロウは、目隠しをされたまま、母セレナに手を引かれて歩いていた。

 視界を覆う黒い布の向こうから、父ヴァルターの足音が聞こえる。

 先ほどまで頬に当たっていた春先の冷たい風は、いつの間にか感じられなくなっていた。代わりに、磨かれた床を踏む靴音と、屋敷の暖房設備が発する低い音が耳に届いている。

「……父さん」

「何だ?」

「俺たち、もう屋敷の中に戻ってるよね?」

 ヴァルターは一瞬だけ黙った。

「……なぜそう思う?」

「外の風が当たらなくなったし、床の音も違う。それに、さっき玄関の扉が閉まった音がした」

 後ろからルナの笑い声が聞こえた。

「お兄ちゃん、すごい!」

「ルナ、まだ何も言ってないだろうな?」

「言ってないよ、お父さん!」

 セレナは小さく笑った。

「本当に、耳がいいのね」

 レイブンは苦笑した。

「猫系亜人なんだから、これくらいは分かるよ」

 ヴァルターは息子の隣を歩きながら、少しだけ口元を緩めた。

「それなら、次は何が分かる?」

 レイブンは耳を澄ませた。

 遠くから、食器の触れ合う音が聞こえる。

 誰かが小声で話しているような気配もあった。

 さらに、焼きたての肉料理と甘い菓子の香りが漂ってくる。

「……食堂?」

「ほう」

「でも、いつもの食堂じゃない気がする。音が広く響いてるから……大広間?」

 ヴァルターはセレナと顔を見合わせた。

「……参ったな」

 セレナは笑った。

「もう隠しきれないわね」

 レイブンは首を傾げた。

「……何が?」

 ヴァルターは答えなかった。

 代わりに、左手で息子の肩へ軽く触れた。

「レイブン、ここで止まれ」

「うん」

「段差はない。母さんが目隠しを外すまで、そのままでいてくれ」

 レイブンは頷いた。

 背後で扉が閉まる音がした。

 そして、妙に静かになった。

 先ほどまで聞こえていた人の気配さえ、息を潜めたように消えている。

「……母さん?」

「ええ、今外すわ」

 セレナの指が、猫耳を避けながら黒い布の結び目を解いた。

 ゆっくりと目隠しが外される。

 レイブンは何度か瞬きをした。

 目の前に広がっていたのは、いつもの大広間ではなかった。

 いや、正確には、いつもの大広間が見違えるほど華やかに飾りつけられていた。

 天井からは白と金色の飾り布が吊るされ、壁には春の花が飾られている。大きな食卓には、香ばしく焼かれた肉料理、魚料理、色鮮やかな野菜、温かなスープ、果物、焼き菓子が並んでいた。

 その中央には、三段仕立ての大きな卒業祝いのケーキが置かれている。

 白いクリームで覆われた表面には、帝国中央学院の紋章を模した飾りと、小さな黒い鴉の砂糖細工が添えられていた。

 そして、ケーキの前には、金色の文字が記されていた。

『レイブン・S・クロウ 卒業おめでとう』

 少年が言葉を失った瞬間、大広間のあちこちから声が上がった。

「卒業おめでとう、レイブン!」

 拍手が響いた。

 レイブンは目を見開いた。

「……えっ?」

 そこには、見慣れた家族だけではなく、思いがけない人々の姿があった。

 午後四時四十一分。

 クロウ家別邸、大広間。

「……お祖父様?」

 レイブンが最初に見つけたのは、黒い礼服を身につけた老紳士だった。

 第十四代クロウ家当主、アルベルト・A・クロウ。

 その隣には、穏やかな笑みを浮かべた祖母ヘレーネが立っている。

「久しぶりだな、レイブン」

 アルベルトは低く落ち着いた声で言った。

「卒業、おめでとう」

 レイブンは慌てて姿勢を正した。

「ありがとうございます、お祖父様!」

「そんなに固くならんでいい。今日は祝いの席だ」

 アルベルトは笑い、孫の肩へ手を置いた。

「随分と背が伸びたな。最後に会った時より、父親に似てきた」

 ヘレーネも近づいてきた。

「レイブン、卒業おめでとう」

「お祖母様……!」

 祖母は少年を優しく抱き締めた。

「立派になったわね」

 レイブンは少し照れくさそうに笑った。

「……ありがとうございます」

 ヘレーネは少年の顔を見つめた。

「でも、まだ十五歳なんだから、何もかも一人で背負おうとしては駄目よ」

 レイブンは頷いた。

「……はい」

 その時、背後から明るい女性の声がした。

「まあまあ、お父様もお母様も。私たちにも甥っ子を祝わせてくださいな」

 レイブンは振り返った。

 そこには、黒い髪を肩のあたりでまとめた猫系亜人の女性が立っていた。

 父ヴァルターによく似た金色の瞳を持ち、上品な深緑色のドレスを身につけている。

 その隣には、年若い少女がいた。

「……叔母様!」

 レイブンの声が弾んだ。

 女性は嬉しそうに笑った。

「久しぶりね、レイブン」

 彼女はヴァルターの妹、クラウディア・A・クロウだった。

 結婚後もクロウ家との交流を続けており、帝国中央部の別の都市で暮らしている。

 隣に立つ少女は、クラウディアの娘、アメリア。

 母譲りの黒い猫耳を持つ少女は、少し恥ずかしそうにレイブンを見上げていた。

「……レイブンお兄様、卒業おめでとうございます」

 レイブンは微笑んだ。

「ありがとう、アメリア」

 クラウディアは大きな包みを持ち上げた。

「今日は、あなたの卒業祝いを持ってきたの」

「……俺に?」

「もちろんよ」

 レイブンは包みを受け取った。

 中には、上質な革で作られた書類鞄が入っていた。

 丈夫な縫製が施され、内側には筆記具や書類を整理するための仕切りが設けられている。

「……すごい」

 レイブンは思わず呟いた。

 クラウディアは微笑んだ。

「これから進学しても、軍の教育課程へ進んでも、書類や教材を持ち歩くでしょう?」

「……はい」

「だから、長く使えるものを選んだの」

 レイブンは鞄を抱えた。

「ありがとうございます。大切に使います」

 アメリアも小さな箱を差し出した。

「……これは、私からです」

 中には、銀色の小さな栞が入っていた。

 表面には、黒い鴉と月を組み合わせた模様が彫られている。

「私、お兄様が本を読むのが好きだって聞いて……」

 レイブンは優しく微笑んだ。

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

 アメリアの猫耳が嬉しそうに立った。

 その様子を見ていたルナが、少しだけ頬を膨らませた。

「……お兄ちゃん、私の栞も使ってるよね?」

 レイブンは笑った。

「もちろん。去年からずっと使ってるよ」

「なら、いい!」

 大広間に笑い声が広がった。

 午後五時十二分。

 クロウ家別邸、大広間。

 祝いの席が始まると、レイブンは祖父母や親族に囲まれた。

 アルベルトは、孫の進路について静かに尋ねた。

「ヴァルターから聞いた。軍の志願教育課程を希望しているそうだな」

「……はい」

 レイブンは姿勢を正した。

「まだ正式に合格したわけではありませんが、挑戦したいと思っています」

 アルベルトは頷いた。

「そうか」

 その声には、賛成も反対も含まれていなかった。

「なぜ軍人になりたい?」

 レイブンは少し考えた。

 そして、答えた。

「……誰かを守れる人間になりたいからです」

 アルベルトは孫を見つめた。

「それは、軍人でなければできないことか?」

 レイブンは一瞬、言葉に詰まった。

 しかし、すぐに首を振った。

「……いいえ」

 祖父の表情が少し変わった。

「ほう」

「医者でも、消防士でも、技術者でも、誰かを守ることはできます」

 レイブンは続けた。

「でも、俺は父さんの背中を見て育ちました。だから、軍人として人を守る道を学びたいんです」

 アルベルトはしばらく黙っていた。

 そして、静かに笑った。

「……なるほど」

 隣で聞いていたヘレーネが、夫へ目を向けた。

「あなた、あまり難しい質問ばかりしないでくださいな」

「いや、少し確かめたかっただけだ」

 アルベルトは孫へ向き直った。

「レイブン。自分の道を選ぶことは大切だ。しかし、選んだ道を途中で見直すことも、決して恥ではない」

 レイブンは頷いた。

「……はい」

「覚えておきなさい。勇気とは、前へ進むことだけではない」

 祖父は穏やかに続けた。

「必要な時に立ち止まり、助けを求め、帰るべき場所へ帰ることも勇気だ」

 レイブンはその言葉を胸に刻んだ。

「……ありがとうございます」

 午後六時二十三分。

 クロウ家別邸、大広間。

 夕食が進み、会話が賑やかになった頃だった。

 ヴァルターが、レイブンへ声を掛けた。

「レイブン、少しいいか」

「……父さん?」

「ああ。もう一つ、紹介したい人物がいる」

 レイブンは首を傾げた。

 ヴァルターは大広間の入口へ目を向けた。

「入ってくれ」

 扉が開いた。

 そこから、一人の若い女性が入ってきた。

 レイブンは思わず姿勢を正した。

 女性は、人間種だった。

 背が高く、細身で、姿勢が美しい。

 長い金髪は後ろで丁寧にまとめられ、濃紺の上着と白いブラウス、膝下まである落ち着いた色のスカートを身につけている。

 華美な装飾はない。

 しかし、整った服装と無駄のない立ち居振る舞いから、几帳面で真面目な性格がうかがえた。

 女性はレイブンの前まで歩み寄ると、静かに一礼した。

「初めまして、レイブン・S・クロウ様」

 その声は澄んでおり、丁寧だった。

「私、ファニータと申します」

 レイブンは少し驚きながら答えた。

「……初めまして」

 ファニータは顔を上げた。

 その瞳は、レイブンをまっすぐに見つめていた。

 ただの挨拶にしては、少し熱心すぎるほどだった。

 ヴァルターが説明を始めた。

「レイブン。軍の志願教育課程には、一定の条件を満たした学生に限り、生活補助のための使用人を同行させる制度がある」

 レイブンは父を見た。

「……使用人?」

「ああ。ただし、軍務や訓練を代行するためのものではない。私生活の補助、学習資料の整理、健康管理に関する連絡など、許可された範囲に限られる」

 ヴァルターは続けた。

「本人の同意と学校側の承認が必要で、使用人にも独立した雇用契約と権利がある。軍の命令系統へ組み込まれるわけではない」

 レイブンは頷いた。

「……なるほど」

 ヴァルターはファニータへ目を向けた。

「私は、お前が教育課程へ進んだ場合に備えて、彼女との契約を準備していた」

 レイブンは目を見開いた。

「……えっ?」

 セレナが微笑んだ。

「あなた、勉強も訓練も一人で全部やろうとするでしょう?」

「……まあ」

「だから、必要な時に助けてもらえる人がいた方がいいと思ったの」

 レイブンはファニータを見た。

「……でも、俺、まだ合格してないよ?」

 ヴァルターは頷いた。

「だから、正式な同行は合格後、学校の承認を得てからだ。それまでは、本人が希望する範囲で準備を手伝ってもらう」

 ファニータは静かに一礼した。

「そのとおりでございます」

 そして、レイブンを見つめた。

「レイブン様。どうか、私にお仕えする機会をいただけませんでしょうか」

 レイブンは戸惑った。

「……えっと」

 ファニータは真剣な表情だった。

「私は、以前よりレイブン様のことを存じ上げておりました」

 レイブンは眉を上げた。

「……俺のことを?」

「はい」

 彼女は頷いた。

「クロウ家のご子息でありながら、学業に励み、軍人としての道を志されていること。そして、身分や種族にかかわらず、人を公平に見ようとなさっていることを伺っております」

 レイブンは少し困ったように笑った。

「……そんなに立派な人間じゃないよ」

 しかし、ファニータは首を振った。

「いいえ」

 その声には、強い確信があった。

「私は、レイブン様のような方にお仕えしたいと、心から願っております」

 レイブンは言葉を失った。

 ヴァルターも、少しだけ眉を上げた。

 セレナは微笑みながら、二人の様子を見守っていた。

 ファニータは続けた。

「私の仕事は、レイブン様の生活を支えることです。ですが、それ以上に……」

 彼女は一瞬、言葉を選んだ。

「……あなた様が、ご自身の信念を失わずに歩まれる姿を、近くでお支えしたいのです」

 レイブンは頬を赤くした。

「……そこまで言われると、ちょっと恥ずかしいんだけど」

 ルナが横から顔を出した。

「お兄ちゃん、すごく好かれてるね!」

「ルナ!」

 大広間に笑い声が広がった。

 しかし、ファニータだけは真剣な表情のままだった。

 その瞳には、単なる職務上の敬意とは異なる、強い憧れのようなものが宿っていた。

 午後六時四十一分。

 クロウ家別邸、大広間。

 レイブンは、ファニータと向かい合って座っていた。

 ヴァルターとセレナも同席している。

「……ファニータさん」

「はい、レイブン様」

「まず、一つ聞いてもいい?」

「もちろんでございます」

 レイブンは少し考えた。

「……どうして、俺なんですか?」

 ファニータは静かに答えた。

「私が望んだからです」

「……それだけ?」

「はい」

 彼女は微笑んだ。

「もちろん、雇用条件や職務内容については、クロウ少佐から十分に説明を受けております」

 レイブンは頷いた。

「……でも、俺はまだ十五歳だし、これからどうなるかも分からない」

「存じております」

「軍の教育課程に合格できるかも分からないし、将来どんな人間になるかも分からない」

 ファニータは頷いた。

「はい」

 レイブンは続けた。

「……それでも、いいんですか?」

 ファニータは、少しも迷わなかった。

「はい」

 そして、静かに言った。

「私は、完成された英雄にお仕えしたいのではありません」

 レイブンは目を見開いた。

「……えっ?」

「これから学び、失敗し、成長していかれる方を支えたいのです」

 ファニータは穏やかに微笑んだ。

「そして、その方がレイブン様であれば、これ以上の喜びはございません」

 レイブンは、しばらく何も言えなかった。

 セレナが小さく笑った。

「……レイブン、どうする?」

 少年は父と母を見た。

 そして、もう一度ファニータへ向き直った。

「……分かりました」

 ファニータの表情が明るくなった。

「それでは……!」

 レイブンは続けた。

「でも、一つだけお願いがあります」

「何でしょうか?」

「……俺のことを、何でも言うことを聞く主人だと思わないでほしい」

 ファニータは少し驚いた。

 レイブンは真剣な表情で続けた。

「俺が間違ってたら、ちゃんと言ってほしい。無理をしてたら止めてほしいし、嫌なことがあったら遠慮なく話してほしい」

 ヴァルターは静かに息を吐いた。

 セレナは息子を見つめていた。

「……俺は、誰かに従ってもらうために軍へ行くんじゃない」

 レイブンは続けた。

「一緒に考えて、一緒に進める人間になりたいんです」

 ファニータは、しばらく黙っていた。

 そして、深く頭を下げた。

「……承知いたしました」

 その声は、わずかに震えていた。

「レイブン様。私は、必要な時には必ず意見を申し上げます」

 レイブンは微笑んだ。

「……ありがとう」

 ファニータは顔を上げた。

「こちらこそ、ありがとうございます」

 午後七時二十三分。

 クロウ家別邸、大広間。

 卒業祝いの宴は、再び賑やかになっていた。

 ルナはアメリアと一緒にケーキを選び、ヘレーネは二人の少女を微笑ましく見守っている。

 クラウディアはセレナと近況を話し、アルベルトはヴァルターと帝国中央部の情勢について静かに言葉を交わしていた。

 レイブンはファニータと一緒に、食卓の端へ座っていた。

「……ファニータさん」

「はい、レイブン様」

「そんなに緊張しなくてもいいですよ」

 ファニータは少し驚いた。

「……緊張しているように見えますか?」

「うん。ずっと背筋が伸びてるし」

 ファニータは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「……失礼いたしました」

「謝らなくてもいいです」

 レイブンは笑った。

「今日はお祝いなんだから、楽しんでください」

 ファニータは少年を見つめた。

 そして、静かに微笑んだ。

「……はい」

 その時、ルナがケーキを持って近づいてきた。

「お兄ちゃん、これ食べる?」

「ありがとう、ルナ」

「ファニータさんも!」

 ルナはもう一皿差し出した。

 ファニータは少し驚いた。

「……私にも、よろしいのですか?」

「もちろん!」

 ルナは笑った。

「だって、これからお兄ちゃんを手伝ってくれるんでしょ?」

 ファニータは静かに頷いた。

「……はい」

「じゃあ、もう家族みたいなものだね!」

 その言葉に、ファニータは一瞬、目を見開いた。

 そして、少しだけ目を伏せた。

「……ありがとうございます、ルナ様」

 レイブンは笑った。

「ルナ、ファニータさんが困ってるよ」

「ええっ、なんで?」

 兄妹のやり取りを見て、ファニータは小さく笑った。

 午後九時十二分。

 クロウ家別邸、レイブンの自室。

 祝いの宴が終わり、親族たちが客室へ戻った後、レイブンは机の前に座っていた。

 卒業証書。

 叔母から贈られた書類鞄。

 従妹アメリアから贈られた銀色の栞。

 そして、父から以前贈られた黒革の手帳。

 机の上には、今日受け取ったものが並んでいた。

 レイブンは手帳を開き、万年筆を握った。

『帝政歴三四三年、三月二十日。

 今日、帝国中央学院を卒業した。

 父さんと母さんが、卒業祝いを用意してくれていた。

 お祖父様とお祖母様、クラウディア叔母様とアメリアも来てくれた。

 みんなが祝ってくれて、すごく嬉しかった。

 それから、ファニータさんという人に会った。

 金髪で背が高く、真面目そうな人だった。

 父さんが、俺の志願教育課程への進学に備えて契約を準備してくれていたらしい。

 まだ合格したわけではないけれど、これから支えてくれるそうだ。

 ただ、どうして俺のことをあんなに知っていたのかは、少し不思議だ。

 俺は、まだ何も成し遂げていない。

 それでも、ファニータさんは俺を支えたいと言ってくれた。

 だから、期待に応えられるように頑張りたい。

 でも、無理をして英雄になろうとは思わない。

 父さんと母さんとの約束を忘れずに、自分の道を歩こうと思う。』

 レイブンは万年筆を置いた。

 そして、窓の外を見た。

 春先の夜空には、薄い雲が広がっている。

 遠くの街では、列車の汽笛が響いていた。

 少年は静かに息を吐いた。

 十五歳。

 帝国中央学院を卒業し、次の道へ進もうとしている。

 まだ志願教育課程への合格は決まっていない。

 しかし、家族は自分の決意を受け止め、支えてくれていた。

 そして、新たな人物との出会いがあった。

 ファニータ。

 人間種の若い女性。

 真面目で、礼儀正しく、どこか不思議なほどレイブンへ強い敬意を抱いている。

 彼女がなぜそこまで少年を慕うのか。

 その理由は、まだ明らかになっていなかった。

 レイブンは手帳を閉じた。

 机の上には、父から贈られた黒革の表紙が静かに光っていた。

 その最初の頁に記された言葉を、少年はもう一度思い出した。

 自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の道を歩め。

 レイブンは微笑んだ。

「……頑張ろう」

 そう呟き、部屋の灯りを消した。

 帝政歴三四三年、三月二十日。

 レイブン・S・クロウ、十五歳。

 この日、彼は帝国中央学院を卒業し、家族から新たな門出を祝福された。

 そして、後に彼の人生を長く支えることになる一人の女性、ファニータと出会った。

 それは、少年が自分の道を歩み始める、春の日の出来事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。