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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第32話 十二歳の小さな教官助手

第32話 十二歳の小さな教官助手


 帝政歴三三九年、五月八日。

帝国中央部、クロウ家別邸。

午前六時十二分。

春の朝日が、二階の窓から差し込んでいた。

レイブン・S・クロウは、目覚まし時計が鳴るよりも早く寝台から起き上がった。黒い猫耳をぴんと立て、枕元に置いていた時計を確認する。

「……よし。寝坊してない」

今日は休日だった。

そして、父ヴァルターの仕事を手伝うことを許されてから、二度目の土曜日でもある。

レイブンは寝間着を脱ぎ、昨夜のうちに用意していた服へ着替えた。白いシャツに濃紺の上着、動きやすい長ズボン。靴は父から勧められた滑りにくいものを選んでいる。

机の上には、学校の宿題を終えたノートが三冊並んでいた。

算術、帝国史、国語。

どれも前日のうちに済ませ、母セレナにも確認してもらっている。

レイブンはそれらを鞄へ入れようとして、手を止めた。

「……今日は持っていかなくてもいいか」

代わりに小さな手帳と鉛筆を取り出した。

先週、父の仕事を手伝った時、備品の数を確認するのに手帳があれば便利だと思ったからだった。

手帳の最初の頁には、昨夜書いた文字がある。

『勝手に触らない。分からなければ聞く。終わったら報告する。』

レイブンはそれを読み返してから、鞄の内側へしまった。

廊下へ出ると、隣の部屋から小さな声が聞こえた。

「……おにいちゃん?」

扉が少し開き、白い猫耳が覗いた。

「ルナ? 起こしちゃった?」

「ううん……」

八歳のルナ・V・クロウは、まだ眠そうに目を擦っていた。

「きょうも、おとうさんのおてつだい?」

「うん」

「ルナもいきたい」

レイブンは困ったように笑った。

「父さんに聞いてみないと」

「……おにいちゃんだけ、ずるい」

「じゃあ、帰ってきたら一緒に庭で遊ぼう」

「ほんと?」

「約束」

ルナは少し考えたあと、小指を差し出した。

レイブンはその小指に自分の小指を絡めた。

「約束だよ」

「うん!」

妹は満足そうに笑い、再び自室へ戻っていった。

レイブンはその背中を見送ってから階段を下りた。

食堂では、すでにヴァルターが朝食を取っていた。

右腕を失った父は、左手で新聞を押さえながら、時折頁をめくっている。

「おはよう、父さん!」

「おはよう、レイブン。今日は随分早いな」

「準備してたから」

「そうか」

ヴァルターは新聞を畳んだ。

「宿題は?」

「全部終わったよ」

「母さんに確認してもらったか?」

「うん」

「なら、よし」

レイブンは嬉しそうに椅子へ座った。

セレナが温かいスープを運んでくる。

「おはよう、レイブン」

「おはよう、母さん」

「今日は二度目のお手伝いね」

「うん!」

セレナは微笑んだ。

「張り切るのはいいけれど、無理はしないでね」

「分かってる」

ヴァルターが口を開いた。

「それと、今日は先週とは少し違うことをしてもらう」

レイブンの猫耳が立った。

「違うこと?」

「ああ。教材の整理だけでなく、講義の準備も手伝ってもらう」

「講義の準備?」

「教官が授業を始める前に、何を確認しているのか見てもらう」

レイブンは目を輝かせた。

「分かった!」

ヴァルターは息子を見た。

「ただし、約束は覚えているな?」

「休日だけ。学校の勉強が最優先。勝手に軍の書類や装備に触らない。危ない場所へ行かない」

「よし」

「分からないことがあったら、父さんに聞く」

「その通りだ」

セレナは二人のやり取りを見て笑った。

「まるで本当の教官と訓練生みたいね」

ヴァルターは苦笑した。

「……まだそこまでは教えていない」

レイブンは少し考えた。

「じゃあ、僕は教官助手?」

ヴァルターは一瞬、言葉に詰まった。

「……正式な役職ではないぞ」

「分かってる」

レイブンは笑った。

「でも、ちょっと格好いい」

セレナは楽しそうに笑った。

ヴァルターは小さく息を吐いた。

「……まったく」

午前八時二十三分。

帝国陸軍中央教育学校、第一講義棟。

休日の教育学校は、平日よりも静かだった。

しかし、すべての活動が止まっているわけではない。

教官たちは翌週の講義準備を進め、整備担当者は訓練設備の点検を行い、一部の訓練生は自主学習のために図書室を利用していた。

レイブンは父の隣を歩きながら、廊下の掲示板を眺めていた。

そこには、来週の講義予定と演習区域の使用計画が掲示されている。

「父さん、今日は訓練生の人たちはいないの?」

「全員ではないが、少ないな。休日だからな」

「そっか」

ヴァルターは教官室の扉を開けた。

室内には、机が数列並び、壁際には書棚と資料保管庫が設置されている。

机の一つには、翌週の講義で使用する一般教材が積まれていた。

「まずは、これを確認する」

ヴァルターは教材の束を示した。

「来週の講義で配布する資料だ。全部で三十二部あるはずだ」

レイブンは頷いた。

「数えればいいんだね」

「ああ。ただし、頁が抜けていないかも確認してくれ」

「分かった」

レイブンは机へ向かった。

一冊ずつ手に取り、頁を確認してから重ねていく。

最初は順調だった。

しかし、十七冊目で手が止まった。

「……あれ?」

ヴァルターが顔を上げた。

「どうした?」

「これ、最後の頁がない」

レイブンは教材を開いた。

確かに、他の冊子と比べて最終頁が一枚不足していた。

ヴァルターは歩み寄った。

「見せてくれ」

レイブンは冊子を差し出した。

ヴァルターは左手で頁をめくり、確認した。

「……本当だな」

「これ、使えない?」

「そのまま配れば、必要な説明が欠けてしまう」

ヴァルターは頷いた。

「よく気づいた」

レイブンの猫耳が嬉しそうに立った。

「じゃあ、どうするの?」

「印刷担当へ再作成を依頼する」

ヴァルターは不備のある冊子を分けて置いた。

「間違いを見つけたら、そのままにせず、正しい状態へ直す。それも準備の一つだ」

レイブンは手帳を取り出した。

そして、短く書き込んだ。

『数だけじゃなく、中身も確認する。』

ヴァルターはその様子を見て、少し微笑んだ。

午前九時四十一分。

中央教育学校、第三教室。

レイブンは、父と共に黒板の前へ立っていた。

ヴァルターは左手で白墨を持ち、黒板へ大きく文字を書いた。

『指揮官の判断と部隊の生存』

レイブンはその文字を見つめた。

「……父さん、この授業、前にもやってたよね」

「ああ。だが、同じ題名でも内容は少しずつ変えている」

「どうして?」

「訓練生の経験や、最近の事例によって、必要な説明が変わるからだ」

ヴァルターは白墨を置いた。

「教える側も、同じことを繰り返しているだけでは駄目なんだ」

レイブンは頷いた。

「……なるほど」

ヴァルターは教卓へ戻った。

「では、レイブン。少し質問してもいいか?」

「うん!」

「もし、三十二人の訓練生に教材を配るとして、三十一部しかなかったらどうする?」

レイブンは少し考えた。

「……一人だけ、もらえなくなる」

「そうだ。では、どうする?」

「足りない一部を作る」

「それができない場合は?」

レイブンは首を傾げた。

「……隣の人と一緒に見る?」

ヴァルターは頷いた。

「それも一つの方法だ」

「正解?」

「状況による」

レイブンは少し不満そうな顔をした。

「……父さん、そればっかり」

ヴァルターは笑った。

「現実には、いつでも一つの正解があるとは限らない」

彼は教卓の端へ腰を預けた。

「大切なのは、何が問題で、何を優先する必要があるかを考えることだ」

レイブンはしばらく考えた。

「……じゃあ、授業が始まる前に足りないって分かれば、一番いいんだね」

「その通り」

ヴァルターは微笑んだ。

「準備をする理由の一つだ」

レイブンは嬉しそうに頷いた。

午前十時三十八分。

中央教育学校、教官室。

教材の整理を終えたレイブンは、机の上に置かれた小さな木箱を見つめていた。

箱の中には、訓練で使用する模擬駒が入っている。

歩兵、車両、建物、道路。

それぞれ色と形が異なり、地図の上に配置できるようになっていた。

「父さん、これ何?」

ヴァルターは顔を上げた。

「机上演習用の駒だ」

「机上演習?」

「ああ。地図の上で部隊の動きを考える訓練だ」

レイブンは目を輝かせた。

「見てもいい?」

「構わん。ただし、勝手に持ち出すなよ」

「うん!」

レイブンは箱の中を覗き込んだ。

小さな駒は、まるで盤上遊戯の道具のようだった。

「……これで戦争の練習をするの?」

ヴァルターは少し考えた。

「戦闘だけではない。移動や補給、避難、救援なども考える」

「避難も?」

「ああ」

ヴァルターは地図を広げた。

「例えば、山の村で大雪が降り、道路が通れなくなったとする」

レイブンは頷いた。

「うん」

「村には怪我をした人がいる。救援隊は、どの道を通れば安全に到着できるかを考えなければならない」

ヴァルターは駒を地図の上へ置いた。

「こうした問題を、机の上で考えることもある」

レイブンは興味深そうに地図を見つめた。

「……面白そう」

「やってみるか?」

少年の耳がぴんと立った。

「いいの!?」

「簡単な問題ならな」

ヴァルターは微笑んだ。

「ただし、これは遊びではなく、考える練習だ」

「分かった!」

父は地図の上に村と道路を示す駒を置いた。

村から町へ続く道は二本。

一方は短い山道で、もう一方は遠回りの谷沿いの道路だった。

「村には怪我をした人が一人いる。救援車両を向かわせたいが、短い道は雪崩の危険がある」

レイブンは地図を見つめた。

「……じゃあ、遠回りの道?」

「なぜそう思う?」

「短い道で雪崩が起きたら、救援車両も動けなくなるから」

「そうだな」

ヴァルターは頷いた。

「では、遠回りの道が通れるかどうか分からなかったら?」

レイブンは少し考えた。

「……先に確認する?」

「どうやって?」

「……道路の管理をしてる人に聞く」

ヴァルターは微笑んだ。

「いい考えだ」

レイブンは嬉しそうに笑った。

しかし、次の質問で再び考え込んだ。

「では、怪我をした人の状態が悪く、長く待てない場合は?」

「……うーん」

レイブンは地図を見つめた。

短い道は危険。

遠回りの道は通れるか分からない。

村には怪我をした人がいる。

少年はしばらく黙っていた。

そして、父を見上げた。

「……父さん」

「何だ?」

「これ、難しい」

ヴァルターは静かに頷いた。

「そうだな」

「どっちを選んでも、困ることがある」

「ああ」

ヴァルターは駒を片づけながら答えた。

「だから、指揮官は一人で全部を決めようとせず、必要な情報を集め、周囲の意見を聞くんだ」

レイブンは頷いた。

「……なるほど」

「それに、選択肢は最初に見えている二つだけとは限らない」

「え?」

「医療班に相談する。別の輸送手段を探す。村の人々と連絡を取る。できることを一つずつ考える」

レイブンは地図を見つめた。

「……そうか」

ヴァルターは息子の頭を軽く撫でた。

「すぐに答えが出なくても構わん。考えることをやめなければいい」

午前十一時四十七分。

中央教育学校、教官休憩室。

レイブンは父と共に昼食を取っていた。

今日の献立は、温かな野菜スープと鶏肉の煮込み、焼きたてのパンだった。

レイブンはスープを飲みながら、午前中の出来事を思い返していた。

「父さん」

「何だ?」

「机上演習、またやってもいい?」

ヴァルターは少し笑った。

「気に入ったか?」

「うん」

「なら、次の休日に時間があれば、別の問題を考えてみよう」

「本当?」

「ああ」

レイブンは嬉しそうに頷いた。

その時、休憩室の扉が開いた。

「失礼します」

エーリヒ・ベルクマン中尉が入ってきた。

「おや、今日も教官助手かい?」

レイブンは笑った。

「正式な役職じゃないですけど」

「ははは、分かってるよ」

エーリヒはヴァルターへ敬礼した。

「教官、先日の報告書について確認したいことがあります」

「何だ?」

「負傷者搬送の想定について、判断基準をもう少し詳しく教えていただきたいのですが」

ヴァルターは頷いた。

「分かった。食事が終わってから教官室へ来てくれ」

「了解しました」

エーリヒはレイブンへ目を向けた。

「君も、今日は何か学んだかい?」

レイブンは少し考えた。

「……一つの答えだけじゃなくて、いろんな方法を考えることです」

エーリヒは少し驚いた。

「ほう」

「父さんが、考えるのをやめなければいいって」

エーリヒはヴァルターを見た。

「……教官らしいですね」

ヴァルターは苦笑した。

「大したことは教えていない」

「いえ」

エーリヒは静かに答えた。

「それが一番難しいことだと思います」

ヴァルターは少し黙った。

そして、穏やかに頷いた。

午後一時三十八分。

中央教育学校、第一講義棟。

午後の作業は、翌週の講義で使用する教材の最終確認だった。

レイブンは、父から渡された一般教材を順番に並べていた。

その時、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。

「クロウ教官!」

フォーゲル曹長が教室へ入ってきた。

「どうしました?」

ヴァルターが尋ねた。

「来週の第三講義で使用する教材について、印刷担当から連絡がありました。指定された図表の一部が、旧版のままになっているそうです」

ヴァルターは眉を寄せた。

「……旧版?」

「はい。修正版の原稿が、印刷担当へ届いていなかったようです」

ヴァルターは少し考えた。

「分かりました。原稿を確認します」

フォーゲルは頷いた。

「お願いします」

レイブンは父を見た。

「……大変なの?」

「少しな」

ヴァルターは教官室へ向かいながら答えた。

「講義で使う図表が古いままだと、訓練生が間違った内容を覚えるかもしれない」

「じゃあ、直さないと」

「ああ」

レイブンは少し考えた。

「僕にできること、ある?」

ヴァルターは立ち止まった。

そして、息子を見た。

「……ある」

レイブンの猫耳が立った。

「何?」

「修正版の教材ができたら、頁が揃っているか確認してくれ」

「分かった!」

ヴァルターは微笑んだ。

「頼んだぞ」

レイブンは背筋を伸ばした。

「はい!」

その返事を聞いて、ヴァルターは思わず笑った。

「……軍人の真似をする必要はない」

「えっ?」

「普通に返事をすればいい」

レイブンは少し照れくさそうに笑った。

「……うん!」

午後三時二十二分。

クロウ家別邸。

レイブンとヴァルターが帰宅すると、玄関からルナが駆け寄ってきた。

「おにいちゃん!」

「ただいま、ルナ」

「おそい!」

レイブンは苦笑した。

「ごめん。少し仕事が長引いたんだ」

ルナは頬を膨らませた。

「やくそくしたのに」

「覚えてるよ」

レイブンは鞄を置いた。

「今から庭で遊ぼう」

ルナの表情が明るくなった。

「ほんと!?」

「うん」

セレナが居間から姿を見せた。

「お帰りなさい、二人とも」

「ただいま」

ヴァルターが答えた。

セレナはレイブンを見た。

「今日も頑張ったみたいね」

「うん!」

「何をしたの?」

「教材を数えたり、頁が抜けてないか確認したりした。それから、父さんと机上演習をしたんだ」

「机上演習?」

セレナは興味深そうに尋ねた。

レイブンは嬉しそうに説明を始めた。

「地図の上で、どうやって怪我をした人を助けるか考えるんだ」

「まあ」

「でも、難しかった」

レイブンは少し笑った。

「どっちの道を選んでも、困ることがあったから」

セレナは頷いた。

「そういう時は、どうしたの?」

「父さんが、ほかの方法も考えてみようって」

セレナは夫を見た。

「……いい勉強になったみたいね」

ヴァルターは静かに頷いた。

「ああ」

その時、ルナがレイブンの袖を引いた。

「おにいちゃん、はやく!」

「あ、そうだった」

レイブンは笑った。

「じゃあ、行ってくるね」

「転ばないようにね」

セレナが声を掛けた。

「はーい!」

兄妹は庭園へ駆け出していった。

ヴァルターはその後ろ姿を見つめた。

「……元気なものだ」

セレナは微笑んだ。

「ええ」

そして、夫へ尋ねた。

「今日のレイブンは、どうだった?」

ヴァルターは少し考えた。

「よく気づくようになった」

「そう」

「教材の不備を見つけたり、分からないことを尋ねたりする。無理に知ったふりをしないのもいい」

セレナは嬉しそうに頷いた。

「あなたが教えたことを、ちゃんと覚えているのね」

ヴァルターは窓の外を見た。

庭園では、レイブンがルナと追いかけっこをしていた。

妹が転びそうになると、兄はすぐに立ち止まり、手を差し伸べている。

ヴァルターは静かに微笑んだ。

「……ああ」

午後八時四十六分。

クロウ家別邸、レイブンの自室。

レイブンは机に向かい、日記帳を開いていた。

窓の外には、春の夜空が広がっている。

少年は万年筆を握り、今日の出来事を書き始めた。

『今日は、二回目の父さんのお手伝いだった。

教材を数えたり、頁が抜けていないか確認したりした。

一冊だけ頁が足りなくて、父さんに報告したら褒めてくれた。

それから、父さんと机上演習をした。

地図の上で、雪に閉じ込められた村の人を助ける方法を考えた。

最初は簡単だと思ったけど、途中から難しくなった。

父さんは、一つの答えだけじゃなくて、いろんな方法を考えることが大切だって言っていた。

僕も、もっと考えられるようになりたい。

午後は教材の確認を手伝った。

父さんが、頼んだぞって言ってくれた。

嬉しかった。

帰ってからは、ルナと庭で遊んだ。

ルナは少し怒っていたけど、最後は笑ってくれた。

来週も、学校の勉強をちゃんと終わらせてから手伝おうと思う。』

レイブンは万年筆を置いた。

そして、日記帳を閉じた。

机の上には、祖父アルベルトから贈られた黒鴉の徽章が置かれている。

少年はそれを手に取り、しばらく眺めていた。

父が教官として働く姿。

訓練生たちが真剣に学ぶ姿。

教材を準備する人々。

そして、教室を整える仕事。

レイブンは、それらの一つ一つが、誰かの役に立つために必要なことなのだと感じ始めていた。

その頃、居間ではヴァルターとセレナが、今日の出来事について話していた。

「……レイブン、楽しそうだったわね」

セレナが言った。

ヴァルターは頷いた。

「ああ」

「最初はあんなに反対していたのに」

「……今でも、無条件で認めたわけではない」

セレナは笑った。

「分かっているわ」

ヴァルターは少し考えた。

「だが、あいつが何かを学ぼうとしているのは確かだ」

「ええ」

「……それなら、できる範囲で教えてやりたい」

セレナは夫の左手へ、そっと自分の手を重ねた。

「きっと、レイブンも喜ぶわ」

ヴァルターは静かに頷いた。

帝政歴三三九年、五月八日。

レイブン・S・クロウ、十二歳。

彼はこの日、父の仕事を手伝いながら、初めて机上演習を体験した。

それは軍事訓練というよりも、状況を整理し、複数の選択肢を考えるための小さな学習だった。

しかし、その経験は、少年の中に新しい興味を芽生えさせていた。

父の仕事を手伝うこと。

誰かの役に立つこと。

そして、知らないことを学び続けること。

レイブンはまだ、自分が将来どのような道を歩むのか知らなかった。

ただ、父の背中を追いかけながら、少しずつ成長していた。

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