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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第一部:幼年期編 第二章 帝国に迫る戦雲
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第27話 雪原に残された足跡

第27話 雪原に残された足跡


 帝政歴三三五年、十二月八日。

帝国北部、ガーランド山系東部。

午前五時四十二分。

夜明け前の山岳地帯では、昨夜から降り続いていた雪がようやく弱まり始めていた。

谷を挟んで連なる針葉樹林は白く染まり、山肌に沿って伸びる軍用道路には、数日前に通過した車両の轍がかろうじて残っている。

帝国陸軍第四山岳警備大隊の後方集結地では、夜明けを待たずに兵士たちが動き始めていた。

整備兵が車両の凍結を確認し、通信兵が各監視所から届いた夜間報告を整理している。炊事班の天幕からは温かなスープの匂いが漂っていたが、そこに集まる兵士たちの表情は明るくなかった。

前日、山岳道路の巡察に出た偵察班が、雪の上に複数の足跡を発見していた。

それ自体は珍しいことではない。付近には林業関係者が利用する古い作業道があり、季節によっては狩猟者が山へ入ることもある。

問題は、足跡が軍の撤収経路と並行するように続いていたことだった。

「……どう思う?」

ヴォルター・クライン軍曹は、机の上に置かれた写真を指差した。

向かいに座るディートリヒ・ファルケ曹長は、湯気の立つ珈琲を片手に写真を眺めていた。

「足がある奴が歩いたんだろうな」

「真面目に聞いてるんだが」

「俺だって真面目だ。写真一枚で相手の所属まで分かるなら、偵察兵なんぞ要らん」

ファルケはカップを置き、別の写真を引き寄せた。

そこには雪に残された靴跡と、その横に置かれた測定用の物差しが写っていた。

「軍用靴に似てる。だが、民間でも似た底の靴は売ってる。人数も、同じ場所を何度も通った可能性があるから断定できねえ」

「共和国側の偵察部隊という可能性は?」

「否定はできん。だが、証拠もねえ」

ファルケは写真を裏返した。

「俺が気になるのは、誰の足跡かより、なぜ今になってここを通ったかだ」

ヴォルターは地図へ視線を移した。

東部監視所からの撤収は、三日前に完了している。

負傷者三名を含む二十六名は全員が後方へ帰還し、放棄された施設は現在、無人となっていた。

しかし、その周辺では依然として不審な動きが確認されていた。

「……空になった監視所を調べているのかもしれないな」

「かもしれん。だが、こっちの車列を観察している可能性もある」

ファルケは椅子から立ち上がった。

「報告書には両方書いておけ。都合のいい方だけ選ぶなよ」

「了解」

ヴォルターは苦笑した。

「本当にクロウ少佐に似てきたな」

「またそれか」

「昔、お前が同じことを言われていたのを思い出した」

ファルケは眉を寄せた。

「……あいつの悪い癖まで真似した覚えはねえぞ」

「悪い癖?」

「何かあるたびに、まず人数を数えさせるところだ」

ヴォルターは笑った。

「それで何度助かった?」

ファルケは答えず、残っていた珈琲を飲み干した。

帝国中央部、陸軍中央教育学校。

午前八時十五分。

ヴァルター・A・クロウは、講義棟へ向かう廊下を歩いていた。

右腕を失ってから、軍服を着たまま長時間歩くことにも少しずつ慣れてきた。しかし、寒さが厳しくなるにつれ、存在しない右手の指先が痛むことがあった。

医師は幻肢痛だと説明していた。

本人には、すでに失ったはずの指が強く握り込まれているように感じられる。

ヴァルターは歩調を緩め、右肩をわずかに動かした。

「……またか」

小さく呟いた時、背後から声がした。

「クロウ教官、おはようございます」

振り返ると、先日の講義で質問をしてきた若い少尉が立っていた。

ヨハン・ベルクマンの息子、エーリヒ・ベルクマン少尉だった。

「おはよう、ベルクマン少尉」

「本日の野外演習について、確認したいことがあります」

「歩きながらでよければ聞こう」

二人は廊下を進んだ。

「本日の評価では、敵部隊を発見した場合の対処も採点されるのでしょうか」

「状況による」

「状況、ですか」

「発見した相手が何者か、任務にどう関係するか、交戦する必要があるか。それらを判断する過程を見る」

エーリヒは少し考えた。

「交戦せずに任務を終えても、評価されるということでしょうか」

「もちろんだ」

ヴァルターは足を止めた。

「少尉。君は、軍人が戦場で最も多く行う仕事は何だと思う?」

「……戦闘ではないのですか?」

「戦闘は任務の一部だ。だが、実際には移動し、待機し、整備し、食事を取り、情報を確認し、負傷者を運び、次の行動に備える時間の方が長い」

エーリヒは黙って聞いていた。

「それらを軽視した部隊は、戦闘が始まる前から弱っている」

「……なるほど」

「今日の演習では、それを自分たちで確かめてもらう」

ヴァルターは再び歩き始めた。

エーリヒはその背中を追いながら、父から聞いた昔話を思い出していた。

ガーランド山系で、部隊が孤立しかけた時のこと。

撤収の途中で食料と水が不足し、負傷者を抱えた兵士たちが疲れ果てていた。

その時、まだ若かったヴァルターは、部下たちに休息と装備の再確認を命じたという。

父は笑いながら話していた。

『あの人はな、銃より先に靴を見たんだ。足を痛めた兵士が何人いるか、一人ずつ確かめて回った。俺たちは早く先へ進みたかったが、あの人は急がなかった』

エーリヒは当時、その意味を理解できなかった。

だが今は、少しだけ分かる気がしていた。

午前九時三十二分。

中央教育学校、第二野外演習区域。

訓練生三十二名は、四つの班に分かれていた。

演習区域には森林、緩やかな丘陵、模擬集落、未舗装道路が整備されている。実戦用の弾薬は使用せず、判定員と安全管理員が各班に同行する形式だった。

ヴァルターは演習開始前に全員を集めた。

「本日の課題を説明する」

訓練生たちは姿勢を正した。

「諸君は、山岳地帯で活動する小規模部隊の指揮官だ。任務は、指定された観測地点まで移動し、周辺の状況を確認して帰還すること」

彼は地図を掲げた。

「途中で何が起きるかは、事前に知らせない。各班の判断によって、状況は変化する」

一人の訓練生が手を挙げた。

「教官、制限時間はありますか?」

「ある。ただし、最短時間で到着した班が最優秀とは限らない」

「では、評価基準は?」

「任務の達成、情報の正確性、安全管理、隊員の状態把握、判断の妥当性だ」

ヴァルターは全員を見渡した。

「特に、報告内容をよく確認する。見ていないものを見たと書くな。分からないことは、分からないと報告しろ」

訓練生たちは頷いた。

「それでは、開始」

各班はそれぞれの経路へ向かった。

ヴァルターは判定員たちと共に、演習区域を見渡せる指揮所へ移動した。

しばらくすると、最初の報告が届いた。

『第一班、予定経路を進行中。異常なし』

続いて第二班。

『第二班、模擬道路の一部に通行障害を確認。代替経路を検討中』

第三班からは、隊員の一名が足を痛めたという報告が入った。

もちろん、演習上の設定だった。

ヴァルターはその報告を聞き、記録係へ目を向けた。

「第三班の判断を追ってくれ」

「了解しました」

第三班の指揮官は、最初、負傷者役の隊員を休ませた上で任務を継続しようとした。

しかし、残りの隊員たちから、予定時刻までに帰還することが難しくなるという意見が出た。

班長は地図を確認し、判定員へ報告した。

『第三班、隊員一名の負傷により、任務継続の可否を再評価します』

ヴァルターは小さく頷いた。

その後、第三班は任務を中断し、模擬負傷者を伴って帰還する判断を下した。

別の判定員が尋ねた。

「クロウ教官、第三班は観測地点へ到達できませんでした。評価は下がりますか?」

「任務達成の項目では下がる」

ヴァルターは答えた。

「だが、負傷者を放置せず、状況を正確に報告して帰還したことは評価する。何を優先したか、その理由を確認したい」

判定員は記録用紙へ書き込んだ。

ヴァルターは窓の外へ目を向けた。

演習区域の森を歩く若い訓練生たちの姿が、木々の間に見えていた。

彼らはまだ、実際の戦場を知らない。

しかし、いずれ部下を率いる立場になる。

その時、今日の経験が何かの役に立つことを、ヴァルターは願っていた。

帝国北部、ガーランド山系東部。

午前十一時五十六分。

ファルケ曹長は、偵察班から戻った兵士の報告を聞いていた。

「足跡は、古い林道の途中で途切れています」

「途切れた?」

「はい。積雪の少ない岩場へ続いていました。その先は確認できていません」

ファルケは頷いた。

「分かった。無理に追う必要はない」

若い兵士は少し不満そうだった。

「ですが曹長、相手の正体を確かめなくてもいいのでしょうか」

「確かめたいさ」

ファルケは地図を閉じた。

「だが、正体を知りたいからって、何も分からん山奥へ入っていいわけじゃねえ」

兵士は黙った。

ファルケは続けた。

「俺たちの任務は、撤収経路の安全確認と監視だ。相手を追跡することじゃない」

「……了解しました」

ヴォルターが横から声を掛けた。

「足跡の写真と位置情報は、本部へ送っておけ。別の班が見つけた記録と照合できるかもしれん」

「はい!」

兵士が立ち去ると、ファルケは深く息を吐いた。

「……妙だな」

ヴォルターが振り返った。

「何が?」

「最近の発砲も、この足跡も、何かを確かめているように見える」

「こちらの反応を?」

「分からん。ただ、監視所を奪うつもりなら、もっと違う動きになる気がする」

ヴォルターは地図を見つめた。

「……相手は何を狙っているんだろうな」

ファルケは答えなかった。

雪の降り始めた窓の外では、山々が白い霧に包まれていた。

彼らにはまだ、相手の正体も目的も分からなかった。

同日、午後二時二十七分。

帝国中央部、陸軍中央教育学校。

野外演習を終えた訓練生たちは、講義室へ戻っていた。

軍服の裾には泥が付き、靴には湿った土が残っている。訓練生たちの表情には疲労が見えていたが、演習開始前とは違う緊張感があった。

ヴァルターは教壇に立った。

「各班の報告を聞こう」

第一班は、予定時刻より早く観測地点へ到達した。

しかし、帰還時の人員確認が不十分で、判定員から指摘を受けていた。

第二班は道路障害を避けるために遠回りを選び、予定時刻を超過したものの、全員が無事に帰還した。

第三班は負傷者役の隊員を伴って帰還し、観測任務を中断していた。

第四班は観測地点へ到達したが、途中で得た情報の一部を確認しないまま報告書へ記載していた。

ヴァルターは、それぞれの判断について質問した。

「第一班。最短時間で帰還したことは評価する。だが、帰還時の人数確認が遅れた理由は?」

班長の少尉は姿勢を正した。

「予定時刻を意識しすぎていました」

「その結果、何が起きた?」

「一名が遅れていたことに、すぐ気づけませんでした」

「実際の任務なら、どうなる?」

少尉は少し俯いた。

「……部下を置き去りにする可能性があります」

ヴァルターは頷いた。

「そうだ。時間を守ることは重要だが、目的を取り違えるな」

次に第三班へ目を向けた。

「第三班。なぜ任務を中断した?」

班長は答えた。

「負傷者役の隊員を安全に帰還させることを優先しました」

「任務を続ける選択肢は検討したか?」

「はい。しかし、残りの隊員の負担と帰還時間を考慮し、継続は適切ではないと判断しました」

「その判断を下すまでに、どれくらい時間がかかった?」

「……十五分ほどです」

「長いと感じたか?」

「はい」

ヴァルターは少し考えた。

「判断に時間を使うこと自体が悪いわけではない。ただし、時間をかけた理由を説明できなければならない」

班長は頷いた。

「了解しました」

ヴァルターは黒板へ向き直った。

そこに、大きく三つの言葉を書いた。

『確認・判断・責任』

「諸君。今日の演習で最も重要だったのは、誰が一番早く帰ってきたかではない」

教室が静まり返った。

「自分たちが何を知っていて、何を知らず、どのような理由で判断したのか。それを説明できることだ」

彼は訓練生たちを見渡した。

「そして、判断の結果を引き受ける覚悟を持つことだ」

その時、エーリヒ・ベルクマン少尉が手を挙げた。

「教官、一つ質問があります」

「許可する」

「教官は、過去の任務で判断を間違えたことがありますか?」

教室の空気が変わった。

ヴァルターは少し驚いたように少尉を見た。

しかし、すぐに静かに答えた。

「ある」

訓練生たちは黙った。

「一度や二度ではない」

ヴァルターは右肩へ視線を落とした。

「情報が足りないまま判断したこともある。状況を楽観的に見すぎたこともある。そして、もっと早く撤収を決断すべきだったと、今でも思う任務がある」

彼は少し間を置いた。

「その結果、帰還できなかった部下もいる」

誰も言葉を発しなかった。

ヴァルターは続けた。

「だから、私は諸君に完璧な指揮官になれとは言わない。そんな人間はいない」

彼は黒板の文字を指差した。

「だが、間違いを認めず、同じ失敗を繰り返す指揮官にはなるな」

エーリヒは深く頷いた。

「……はい」

ヴァルターは静かに息を吐いた。

「本日の講義は、ここまでだ」

訓練生たちは一斉に立ち上がり、敬礼した。

ヴァルターは答礼した。

その日、彼らの多くは初めて、任務を達成できなかった判断にも評価される理由があることを知った。

そして、経験豊富な指揮官であっても、失敗と後悔を抱えていることを知った。

帝国中央部、クロウ家別邸。

午後五時四十一分。

レイブンは居間の床に座り、木製の積み木を並べていた。

その隣では、ルナが小さな人形を抱えている。

「おにいちゃん、これなあに?」

ルナが指差したのは、積み木で作られた橋だった。

「橋だよ」

「はし?」

「うん。こっちの町と、向こうの町をつなぐんだ」

レイブンは積み木を一つ置いた。

しかし、橋の中央部分が不安定になり、上に置いた積み木が崩れてしまった。

「あっ」

ルナが声を上げた。

レイブンは少し考えた。

「……重すぎたかな」

彼は積み木を並べ直した。

今度は橋の両端を広くし、中央を支える柱を増やした。

「これならどうだろう」

ルナは人形を橋の上へ乗せた。

積み木は崩れなかった。

「わあ!」

妹は嬉しそうに笑った。

レイブンも笑った。

「できた!」

その時、玄関から声が聞こえた。

「ただいま」

「父さん!」

レイブンは立ち上がり、玄関へ駆け寄った。

ヴァルターが帰宅していた。

軍服の肩には、外で降り始めた雪が少し付いている。

「お帰りなさい!」

「ああ。ただいま」

ルナも人形を抱えたまま走ってきた。

「とうさん!」

ヴァルターは左手で娘の頭を撫でた。

「ただいま、ルナ」

レイブンは父の軍服を見上げた。

「今日も先生のお仕事?」

「ああ。今日は外で演習をした」

「演習?」

「兵士たちが、実際に動きながら判断を学ぶ訓練だ」

レイブンは目を輝かせた。

「どんなことをしたの?」

ヴァルターは少し考えた。

「山の中を歩いて、目的地まで行って帰ってくる訓練だ」

「それだけ?」

「途中で道が通れなくなったり、仲間が怪我をしたりする想定もあった」

レイブンは頷いた。

「……大変そう」

「そうだな」

ヴァルターは微笑んだ。

「でも、みんなよく考えていたよ」

レイブンは少し考えた。

「父さん」

「何だ?」

「今日、ルナと橋を作ってたんだ」

「橋?」

「うん。最初は崩れちゃったけど、支えるところを増やしたら崩れなくなった」

ヴァルターは興味深そうに頷いた。

「なるほど」

「父さんが前に言ってた、ちゃんと考えるって、こういうこと?」

ヴァルターは少し笑った。

「そうだな。上手くいかなかった理由を考えて、やり方を変えたんだろう?」

「うん」

「それは大切なことだ」

レイブンは嬉しそうに笑った。

セレナが居間から顔を出した。

「お帰りなさい、あなた」

「ただいま」

「夕食まで少し時間があります。お茶でもいかがですか?」

「ああ。いただこう」

家族は居間へ戻った。

ルナは積み木の橋を父に見せようと、嬉しそうに駆け寄っていった。

帝国北部、ガーランド山系。

午後七時十三分。

第四山岳警備大隊の指揮所では、昼間の偵察報告が整理されていた。

ファルケ曹長とヴォルター軍曹は、大隊長エルンスト・ハーゲン中佐の前に立っていた。

「……つまり、足跡の主は不明ということか」

「はい」

ファルケは答えた。

「複数名が通過した可能性はありますが、所属を示すものは確認できませんでした」

ハーゲンは地図を見つめた。

「共和国軍との関連は?」

「現時点では確認できません」

「そうか」

中佐は静かに頷いた。

「北部方面軍司令部へ報告する。今後も監視を続けるが、無用な追跡は避けろ」

「了解しました」

ファルケは敬礼した。

指揮所を出ると、外では雪が再び強くなっていた。

ヴォルターが空を見上げた。

「……積もりそうだな」

「ああ」

ファルケは軍帽を深く被った。

「明日の道路状況が心配だ」

ヴォルターは苦笑した。

「お前、最近は戦闘より道路のことばかり気にしてるな」

「道路が通れなきゃ、飯も弾薬も届かねえ。負傷者も運べねえ」

ファルケは答えた。

「それを忘れる奴は、山で長生きできん」

ヴォルターは頷いた。

「……クロウ少佐の教えか?」

ファルケは少し笑った。

「いや。ガーランドの山そのものに教わった」

二人は宿営地へ向かって歩き始めた。

その背後で、雪は静かに降り続いていた。

帝国中央部、クロウ家別邸。

午後九時五十六分。

レイブンは自室の机に向かい、日記帳を開いていた。

窓の外には、薄く雪が積もり始めている。

少年は万年筆を握り、今日の出来事を書き始めた。

『今日は、ルナと積み木で橋を作った。

最初は崩れてしまったけど、支えるところを増やしたら上手くいった。

父さんに話したら、上手くいかなかった理由を考えるのは大切だって言ってくれた。

父さんは今日、軍人さんたちに外で訓練をしたらしい。

道が通れなくなったり、仲間が怪我をしたりした時に、どうするか考える訓練だった。

僕も、いろんなことを考えられるようになりたい。

それから、今日も父さんが帰ってきてくれて嬉しかった。』

レイブンは万年筆を置いた。

そして、日記帳を閉じた。

机の上には、祖父から贈られた黒鴉の徽章が置かれていた。

少年はそれを手に取り、しばらく見つめていた。

その時、廊下からセレナの声が聞こえた。

「レイブン、そろそろお休みなさい」

「はーい!」

レイブンは徽章を机へ戻し、寝台へ向かった。

窓の外では、雪が静かに降っていた。

同じ頃、帝国北部の山岳地帯では、兵士たちが夜間警戒を続けていた。

雪原に残された足跡。

所属不明の武装集団。

そして、撤収を続ける帝国軍。

そのすべてが、北部の緊張を少しずつ高めていた。

しかし、帝国中央部では、若い将校たちが新たな教育を受け、家族たちは変わらない日常を守ろうとしていた。

ヴァルター・A・クロウは、戦場で得た経験を次の世代へ伝え始めていた。

レイブン・S・クロウは、八歳の少年として、日々新しいことを学んでいた。

そして、ガーランド山系では、かつて《ガーランドの悪魔》と呼ばれた男の戦友たちが、今日も仲間を守るために任務を続けていた。

彼らの歩む道は、まだ交わっていない。

だが、遠く離れた場所で、それぞれの選択が未来へとつながっていた。

帝政歴三三五年、十二月八日。

雪は、帝国の北から中央部へと静かに降り続いていた。

その白い大地の下で、誰も知らない足跡が、少しずつ増え始めていた。

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