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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
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第156話 戦場より恐ろしい人事管理部

第156話 戦場より恐ろしい人事管理部


帝政歴350年07月20日、午前09時03分。帝国・連邦共和国共同基地、内地中央管理棟。

大和国沿岸部での戦闘を終え、帰還した将兵たちを労う大宴会が開かれた翌朝。帝国軍と連邦共和国軍が共同運用する内地の軍事基地では、奇妙な光景が広がっていた。

昨日まで異界軍や大和国軍を相手に戦っていた歴戦の兵士たちが、戦闘装備を一切身につけず、揃って中央管理棟の廊下を歩いていたのである。

その先頭を歩くのは、レイブン・S・クロウだった。

黒髪の間から覗く猫耳を小さく動かし、金と黒のオッドアイで手元の出頭命令書を確認している。その隣には、眠たそうに欠伸をするガイル・ベッカーがいた。

「……なあ、レイブン」

「何だ」

「俺たち、昨日の宴会で何かやらかしたか?」

「知らん。少なくとも俺は覚えていない」

「おい、それ一番危ない答えじゃねえか」

「だったら聞くな」

ガイルは頭を掻いた。

「いや、だってよ。宴会の翌朝にいきなり共同基地へ来いって命令だぜ? しかも帝国軍と連邦共和国軍の人事管理部から直々に呼び出しときた」

「俺に聞かれても困る」

「もしかして、昨日お前が酒を飲みながらエリシアに何か言ったとか?」

「ガイル」

「何だ?」

「黙れ」

「はいはい。怖え怖え」

二人の後ろを歩いていたルナ・V・クロウは、白い髪を揺らしながら小さく笑った。

「兄さん、昨日は珍しく楽しそうでしたもんね」

「お前まで何を言い出す」

「だって、エリシアさんとずっと一緒にいたじゃないですか」

「……それがどうした」

「別に何も言ってませんよ?」

ルナは尻尾を楽しそうに揺らした。

その隣では、金髪を綺麗にまとめたエリシア・L・ヴォルハラムが、頬を少し赤らめていた。

「ルナさん、あまりからかわないでください」

「ふふっ。ごめんなさい」

「お前ら、朝から元気だな……」

ガイルが呆れたように呟いた。

さらに後方には、帝国軍第十一独立特殊歩兵部隊《SHADOW LADY》の隊員たちが続いていた。

普段は戦闘装備に身を包み、銃火器を携行している彼女たちも、今日は通常勤務服姿だった。

誰もが困惑していた。

出頭命令には、理由が記されていなかったのである。

ただし、一つだけ妙な指示があった。

『武装および戦闘装備の持参を禁ずる。作戦資料、弁明書の提出は不要。指定された本人のみ出頭すること』

「……弁明書?」

レイブンは眉をひそめた。

「何か気になるの?」

エリシアが尋ねる。

「普通の出頭命令に、わざわざ弁明書不要とは書かん」

「つまり?」

「俺たちが何か言い訳することを、最初から想定しているということだ」

その言葉に、ガイルの表情が曇った。

「……おいおい。まさか昨日の宴会、軍紀違反でもあったんじゃねえだろうな?」

「可能性は否定できんな」

「ちょっと待て! 俺、途中から記憶が曖昧なんだよ!」

「自業自得だ」

「薄情な奴だな、お前!」

そんなやり取りを続けているうちに、一行は第三会議室の前へ到着した。

レイブンが扉を二度叩いた。

「レイブン・S・クロウ以下、指定人員全員、出頭しました」

『どうぞ。全員入ってください』

中から落ち着いた女性の声が返ってきた。

レイブンが扉を開けた瞬間、何かがおかしいと感じた。

会議室の中央には長机が設置され、その向こう側には帝国軍の人事担当官三名、連邦共和国軍の人事担当官二名、さらに両軍の医務部門から派遣された担当者が座っていた。

机の上には、異様な量の書類が積み上げられている。

その厚さは、ちょっとした軍事作戦の報告書よりも遥かに分厚かった。

「皆さん、お揃いですね?」

中央に座る帝国軍の女性人事官が、穏やかな笑顔で尋ねた。

「はい。指定された全員が出頭しております」

レイブンが代表して答える。

「そうですか。それはよかった」

女性人事官は、ゆっくりと机の上に手を伸ばした。

「それでは、早速ですが……こちらをご覧ください」

彼女は書類の束を持ち上げた。

そして。

バァンッ!!

分厚い書類が、机に叩きつけられた。

突然の轟音に、ガイルの肩が跳ね上がった。

「うおっ!?」

「……これは、何だと思いますか?」

女性人事官の声は、先ほどまでとは打って変わって低かった。

レイブンが書類の表紙を確認した。

「……勤怠日誌、でしょうか」

「そうです」

女性人事官は眼鏡を押し上げた。

「あなたたち全員の勤怠日誌です」

会議室が静まり返った。

「帝国軍北部戦線、東部市街地戦、異界軍との交戦、連邦共和国軍との共同作戦、そして今回の大和国沿岸部における戦闘まで、記録が残っている範囲で照合しました」

「……それが何か?」

レイブンが尋ねた瞬間、女性人事官の額に青筋が浮かんだ。

「それが何か、ですって?」

彼女は書類を一枚抜き出した。

「レイブン・S・クロウ!!」

「はい」

「あなた、自分が最後にまともな休日を取った日を覚えていますか!?」

「……正確には覚えていません」

「でしょうね!!」

彼女は書類を指で叩いた。

「作戦行動、偵察、夜間警戒、部隊指揮、戦闘、報告書作成、装備整備、さらに部下への訓練指導! これだけの業務を詰め込んで、休息時間がほとんど記録されていません!!」

「任務上、必要だったので」

「必要だったので、じゃありません!!」

レイブンの言葉が遮られた。

「あなた、睡眠時間を削れば、その分だけ働けると思っていませんか!?」

「いえ、そのような認識は……」

「では、なぜこうなっているんですか!?」

「……状況によっては、必要な判断だったと考えています」

「必要な判断をするための判断力が、睡眠不足で低下したらどうするんですか!!」

レイブンは黙った。

隣に立っていたガイルが、口元を押さえて笑っていた。

「……くくっ。お前が説教されてる」

「ガイル・ベッカー!!」

「はいぃっ!?」

突然名前を呼ばれ、ガイルは反射的に背筋を伸ばした。

女性人事官は、別の書類を机に広げた。

「あなたも同罪です!!」

「えっ、俺も!?」

「当然でしょう!! 作戦終了後に装備整備、夜間警戒、そのまま翌朝の自主訓練! 休暇申請を何度も取り下げていますね!?」

「いや、あれは人手が足りなくて……」

「人手不足は組織が解決すべき問題です!! あなた一人が睡眠時間を削って解決する問題ではありません!!」

「……はい」

「それから何ですか、これ!? 午前三時まで装備整備をして、午前五時から射撃訓練!?」

「いやあ、ちょうど目が覚めちまって……」

「二時間しか寝ていないでしょうが!!」

「申し訳ありません!!」

ガイルは、敵の機関銃陣地を制圧したときよりも見事な姿勢で敬礼した。

ルナが口元を押さえて笑っていた。

しかし、その笑顔は長く続かなかった。

「ルナ・V・クロウ!!」

「は、はいっ!」

「あなたもです!!」

「えっ!? 私もですか!?」

「舟艇任務終了直後に別任務へ参加、その後も通信監視、装備点検、警戒勤務! しかも休息申請を三回も取り下げていますね!?」

「そ、それは……兄さんたちが戦っていたので……」

「お兄さんが戦っていたら、あなたは休まなくてもいいんですか!?」

「い、いえ……」

「あなたが倒れたら、お兄さんが心配するでしょう!?」

ルナはちらりとレイブンを見た。

レイブンは無言で頷いた。

「……はい」

「それにクロウさん!!」

今度はレイブンに視線が戻る。

「妹さんの勤務状態を把握していたんですか!?」

「ある程度は」

「ある程度では困ります!!」

「……申し訳ありません」

「兄妹揃って何をしているんですか、まったく!!」

白い猫耳を伏せたルナの隣で、レイブンも静かに頭を下げた。

ガイルが小声で囁いた。

「……兄妹揃って怒られてやんの」

「次はお前の番だぞ」

「もう終わっただろ!?」

「ガイル・ベッカーさん!! 私語を慎んでください!!」

「はいっ!!」

その様子を見ていたエリシアは、とうとう笑いを堪えきれず、小さく吹き出した。

しかし。

「エリシア・L・ヴォルハラム!!」

「……はい?」

彼女の笑顔が固まった。

連邦共和国軍の男性人事官が、静かに書類を開いた。

「あなたについては、連邦共和国軍人事局から正式な勤務記録を取り寄せました」

「はい」

「狙撃任務、戦術情報分析、作戦会議、前線観測、部隊支援。さらに任務終了後の医療区画での補助勤務まで確認されています」

「負傷者が多かったので、できることを手伝っただけです」

「その心掛けは立派です。しかし、あなた自身の休息はどうなっていますか?」

「……必要な睡眠は取っています」

「一日平均、何時間ですか?」

「状況によりますが……三時間から四時間ほどです」

会議室が静まり返った。

女性人事官が、ゆっくりと眼鏡を外した。

「……三時間?」

「はい」

「四時間?」

「……はい」

「それを、必要な睡眠が取れていると言うんですか!?」

「申し訳ありません!」

エリシアまで姿勢を正した。

ガイルは完全に笑うのをやめていた。

レイブンは天井を見上げた。

ルナは自分の足元を見つめていた。

誰も助け舟を出せなかった。

しかし、本当の地獄はここからだった。

「次! 第十一独立特殊歩兵部隊《SHADOW LADY》!!」

女性人事官が新たな書類の束を持ち上げた。

「あなたたちも一体どうなっているんですか!?」

隊員たちの肩が一斉に跳ね上がった。

「作戦終了後の自主訓練、射撃演習、夜間戦闘訓練、装備整備! 休養日にまで戦術会議を開いている隊員がいますね!?」

「ですが、次の任務に備えて……」

一人の隊員が答えかけた。

「次の任務に備えるなら、まず寝てください!!」

「は、はい!!」

「それから、負傷後の経過観察中に訓練場へ行った隊員がいますね!?」

別の隊員が、そっと視線を逸らした。

「目を逸らさない!!」

「申し訳ありません!!」

「医務官から安静指示が出ていたのに、どうして射撃訓練に参加しているんですか!?」

「……腕は動きましたので」

「動けばいいという問題じゃありません!!」

会議室の隅で、連邦共和国軍の人事官が額を押さえていた。

「……信じられん。帝国軍の特殊部隊は全員こうなのか?」

隣の帝国軍人事官が疲れた声で答える。

「連邦共和国軍の記録も似たようなものですよ」

「……否定できん」

女性人事官は深く息を吸い込んだ。

そして、全員を睨みつけた。

「いいですか!? あなたたちは兵士です! 戦場で戦うことが仕事なのは理解しています! しかし、兵士である以前に生身の人間なんです!!」

誰も口を開かなかった。

「睡眠不足は判断力を鈍らせます! 疲労は反応速度を落とします! どれだけ優秀な兵士でも、休まずに働き続ければ、いつか必ず限界が来ます!!」

女性人事官はレイブンを指差した。

「特にあなた!!」

「はい」

「何度も死線を越えてきたからといって、疲労まで無視できると思わないでください!!」

「……承知しました」

「承知している人間の勤務記録が、こんなことになりますか!?」

レイブンは返答できなかった。

女性人事官は今度こそ完全に堪忍袋の緒が切れたらしい。

机の上に積まれていた勤怠日誌を両手で持ち上げると、全員の目の前へ突き出した。

「あなたたち、過労死で戦死扱いされたいの!? 休みなさい!!」

怒声が会議室全体に響き渡った。

廊下を歩いていた事務職員が、思わず足を止めるほどだった。

「敵の砲撃を生き延びて! 銃弾を避けて! 異界軍とまで戦って! ようやく帰ってきたと思ったら、今度は過労で倒れるつもりですか!?」

彼女は一人ひとりの顔を見渡した。

「いいですか!? 過労死は戦死ではありません! 戦場で命を落とすことと、休養を取らずに倒れることはまったく別です! そんな最期を迎えさせるために、私たちは皆さんの勤務管理をしているんじゃありません!!」

ガイルが恐る恐る手を挙げた。

「……あの、一ついいですか?」

「何ですか!?」

「つまり、俺たち……休んでいいんですか?」

女性人事官は数秒間、無言でガイルを見つめた。

そして、椅子に崩れ落ちるように座った。

「……休んでいいんじゃありません」

「へ?」

「休まなければならないんです!!」

ガイルは黙った。

「本日付で、皆さんの通常勤務と新規任務への参加を原則停止します。今後八日間、医務部門の管理下で休養と健康状態の確認を行っていただきます」

「八日間……?」

ルナが目を丸くした。

「そうです。八日間です」

「その間、訓練は?」

レイブンが尋ねる。

「禁止です」

「装備整備は?」

「担当整備員へ引き継いでください」

「報告書の作成は?」

「必要な引き継ぎは担当部署が処理します」

「では、警備任務への自主参加は……」

「禁止です!!」

レイブンは口を閉じた。

ガイルが横から囁いた。

「……おい、レイブン。これ、完全に監禁じゃねえか?」

「聞こえていますよ、ベッカーさん」

「すみません!!」

女性人事官は再び眼鏡をかけた。

「当然ながら、食事、睡眠、入浴、散歩などの日常生活まで禁止するわけではありません。ただし、休養を口実に別の基地へ出向いて仕事をすることも認めません」

その言葉に、レイブンとガイルが同時に視線を逸らした。

人事官は見逃さなかった。

「……今、何か考えましたね?」

「いえ、別に」

「考えてねえです」

「二人とも、後ほど個別面談です」

「……了解しました」

「マジかよ……」

ルナはとうとう笑いを堪えきれなくなり、兄の肩に顔を伏せた。

「ふふっ……兄さん、怒られっぱなしですね」

「笑い事じゃないぞ、ルナ」

「だって、兄さんがこんなにおとなしいところ、初めて見ました」

「俺だって好きで怒られているわけじゃない」

「でも、ちょっと嬉しいです」

「何がだ?」

「兄さんがちゃんと休めることです」

その言葉に、レイブンは一瞬黙った。

ルナは兄を見上げた。

「私、兄さんが無茶しているの、ずっと心配だったんです。だから……たまには休んでほしいです」

レイブンは何か言いかけたが、結局、小さく息を吐いただけだった。

「……わかったよ」

隣で聞いていたエリシアも、穏やかに微笑んだ。

「私もルナさんと同じ気持ちです。レイブン、あなたは少し働きすぎよ」

「お前も人のことは言えんだろう」

「……それは、そうだけど」

二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

そんな彼らを見ていた女性人事官は、ようやく少しだけ表情を緩めた。

「……皆さんが優秀な軍人であることは、私たちも承知しています」

その声から、先ほどまでの怒りが消えていた。

「皆さんが戦ってくれたおかげで、多くの人が助かりました。それは事実です。私たちも、その功績には心から感謝しています」

室内が静まり返った。

「ですが、帰ってきた兵士を再び戦場へ送り出すことだけが、軍の仕事ではありません。無事に帰ってきた人たちを、きちんと休ませることも仕事なんです」

レイブンは、彼女の言葉を黙って聞いていた。

「あなたたちには、帰りを待っている家族がいるでしょう?」

その言葉に、ルナの猫耳が小さく動いた。

エリシアも静かに顔を上げた。

「だから、お願いです。もう少し自分の身体を大切にしてください」

女性人事官は深々と頭を下げた。

それを見たレイブンは、慌てて姿勢を正した。

「……こちらこそ、申し訳ありませんでした」

彼も頭を下げた。

「勤務管理に関する認識が甘かったことは事実です。今後は部下の休養も含めて、十分に配慮します」

ガイルも頭を下げた。

「俺も気をつけます。……まあ、正直なところ、少し疲れてたんで」

「少し、ではないと思いますが」

「……かなり疲れてました」

「最初からそう言ってください」

ルナとエリシア、そしてSHADOW LADYの隊員たちも、それぞれ反省の言葉を述べた。

こうして、帝国軍と連邦共和国軍の共同人事管理部による異例の一斉指導は、ようやく終了した。

しかし、会議室を出る直前。

女性人事官が、もう一度全員を呼び止めた。

「それから、一つ伝え忘れていました」

レイブンが振り返った。

「何でしょうか?」

「八日間の健康確認が終わった後、皆さんには正式な有給休暇を取得していただきます。期間は医務部門との協議を経て確定しますが、少なくとも相応の休養を取っていただく予定です」

「……有給休暇?」

ガイルの目が輝いた。

「それって、給料が出たまま休めるってことですか!?」

「当然です。軍の規定に基づく有給休暇ですから」

「マジかよ!! 最高じゃねえか!!」

「だから、最初から休みなさいと言っているでしょう!!」

「はいっ!!」

再び怒鳴られたガイルを見て、今度こそ会議室に笑い声が広がった。

午前10時17分。共同基地中央管理棟、正面玄関。

長い説教から解放された一行は、晴れ渡った空の下へ出てきた。

夏の日差しが、基地の舗装路を照らしている。

遠くでは輸送車両が行き交い、駐機場からは航空機のエンジン音が聞こえていた。

「……はあぁぁぁぁ」

ガイルが大きく息を吐いた。

「生きた心地がしなかったぜ……」

「戦場より怖かったな」

レイブンが呟く。

「お前もそう思ったか?」

「ああ。あの人事官を敵に回すくらいなら、敵陣地に突っ込んだ方がまだ気が楽だ」

「同感だ」

二人は真顔で頷き合った。

エリシアが呆れたように笑う。

「もう、あなたたちったら。せっかく休めるんだから、素直に喜べばいいでしょう?」

「そうですよ、兄さん」

ルナも笑顔で頷いた。

「それに、休暇になったら久しぶりに家に帰れますね」

「ああ」

レイブンは空を見上げた。

久しく見ていなかった故郷の景色が、脳裏に浮かぶ。

父ヴァルター・A・クロウ、母セレナ・S・クロウ。そして、慣れ親しんだクロウ家の屋敷。

戦場では、いつ死ぬかわからない。

だからこそ、帰る場所があるということが、どれほど幸運なことなのかを彼は知っていた。

「……そうだな。たまには帰るか」

「本当ですか!?」

ルナの表情が一気に明るくなった。

「ああ。父上と母上にも顔を見せたいしな」

「やった! それじゃあ、私も一緒に帰ります!」

嬉しそうに尻尾を揺らす妹を見て、レイブンは小さく笑った。

その隣で、エリシアは二人の会話を静かに聞いていた。

彼女は少しだけ考え込むような表情を浮かべたあと、レイブンの横顔へ視線を向けた。

「……ねえ、レイブン」

「何だ?」

「休暇のとき、少し相談したいことがあるの」

「相談?」

「ええ。でも、まだ内緒」

エリシアは悪戯っぽく微笑んだ。

「何だそれは」

「ふふっ。楽しみにしていて」

レイブンは首を傾げた。

ガイルはその様子を見て、何かを察したようにニヤリと笑った。

「……おいおい。こりゃ休暇中も退屈しそうにねえな」

「ガイル。何を考えている?」

「いや、別に?」

「その顔は絶対に何か考えているだろう」

「さあな!」

ガイルは笑いながら歩き始めた。

その背中を見送りながら、ルナもエリシアも楽しそうに笑っていた。

レイブンは小さくため息をついたが、その表情はどこか穏やかだった。

彼らはまだ知らなかった。

八日後に始まる休暇が、これまで戦場を駆け抜けてきた彼らにとって、久しぶりに家族と向き合う時間になることを。

そして、エリシアが胸の内に秘めている小さな決意が、クロウ家を訪れる一つのきっかけになることを。

その日の午後、共同人事管理部の執務室には、一枚の報告書が提出された。

『対象者全員、健康状態確認および休養措置開始。新規戦闘任務への参加を一時停止。休養期間終了後、有給休暇取得へ移行予定』

報告書を受け取った女性人事官は、内容を確認して静かに頷いた。

そして、最後に小さく呟いた。

「……お願いだから、今度こそちゃんと休んでちょうだい」

その願いがどこまで届くかは、まだ誰にもわからなかった。

少なくとも、この日だけは。

数々の戦場で敵軍を震え上がらせてきた〈塹壕の悪魔〉レイブン・S・クロウも、軍の人事管理部には一度たりとも勝てなかったのである。

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