第152話 無限兵士の正体――地下通路の果てにいた悪魔と犬
第152話 無限兵士の正体――地下通路の果てにいた悪魔と犬
帝政歴350年10月20日、午後14時26分。連邦共和国東部沿岸、旧港湾地区中央貨物倉庫。
三隻の高速戦闘舟艇による大規模な機銃弾幕支援が終了してから、約八分が経過していた。旧港湾地区には硝煙が漂い、砕けたコンクリートや金属片が道路に散乱していた。先ほどまで激しく続いていた大和国軍の機関銃射撃は大幅に減少し、先遣部隊はようやく中央貨物岸壁の大部分を確保しつつあった。
しかし、問題は一つだけ残っていた。
大和国軍の兵士たちが、いったいどこから現れているのかということだった。
「……なあ、NoX」
ガイル・ベッカー《Hound》は、崩れた貨物コンテナに腰を下ろしながら、心底うんざりした声を出した。
「何だ?」
レイブン・S・クロウ《NoX》はBPSG-12の装填状態を確認しながら答えた。
「俺たち、朝から何人の敵と戦った?」
「数えていない」
「俺もだ。途中から数えるのが馬鹿らしくなった」
ガイルは泥まみれの手で顔を拭った。
「倉庫を確保したと思ったら裏から敵が出てくる。裏を押さえたら横から出てくる。横を潰したら今度は地下から湧いてくる。あいつら、どこかで大量生産でもされてんのか?」
「人間は工場で生産できないぞ」
「分かってるわ、そんなこと!」
その隣で、エリシア・L・ヴォルハラム《Valkyrie》がHARを肩から下ろした。
「地下搬送路が使われているのは間違いないわ。問題は、どこに繋がっているかね」
レイブンは携帯端末に表示された旧港湾地区の施設図を確認した。
「第915旅団の記録では、地下搬送路は中央倉庫群から西側の鉄道貨物施設へ延びている」
エリシアが頷いた。
「ええ。でも、古い図面だから正確とは限らないわ」
「なら、実際に確かめるしかない」
ガイルが顔を上げた。
「……おい、まさか」
レイブンは端末を閉じた。
「地下へ行く」
「やっぱりかよ!」
ガイルは両手を広げた。
「七時間以上も港で撃ち合って、妹ちゃんの五万発の花火大会から逃げて、ようやく一息つけると思ったら、今度は地下探検か!?」
「嫌なら別の隊員を連れていく」
「誰が嫌だって言ったよ!」
ガイルは勢いよく立ち上がった。
「行くに決まってんだろ! このクソみてえな増援の出どころを突き止めねえと、今夜も寝られねえ!」
エリシアが二人を見比べた。
「私も行くわ」
しかし、レイブンは首を振った。
「お前には地上の連絡を頼みたい」
「……どうして?」
「地下では通信が不安定になる。俺たちが進入した後、地上の先遣部隊と後続の第915旅団を繋ぐ者が必要だ」
エリシアは僅かに眉を寄せた。
「二人だけで行くつもり?」
「先行するのは俺たちだ。後方には支援班を置く。地下全域を二人だけで制圧するつもりはない」
「……分かったわ」
彼女はレイブンへ近づいた。
「でも、危険だと思ったら戻ってきて」
「ああ」
「ガイルもよ」
ガイルは胸を張った。
「任せとけ! 〈不沈の犬〉は地下でも沈まねえ!」
エリシアは呆れたように笑った。
「地下で沈むって、どういう状況なのよ」
「知らねえ! 言ってみただけだ!」
レイブンは小さく笑った。
「……行くぞ、Hound」
「おう!」
帝政歴350年10月20日、午後14時41分。旧港湾地区、地下貨物搬送路入口。
中央貨物倉庫の床下には、古い貨物用昇降機と地下通路へ続く階段が残されていた。
照明の大部分は破壊され、通路の奥には薄暗い非常灯が点在している。壁には古い配管が走り、天井からは水滴が落ちていた。
レイブンはBPSG-12を構え、階段の下を見つめた。
「……湿気が酷いな」
ガイルが鼻を鳴らした。
「おまけに臭え。腐った魚と油を混ぜたみてえな臭いだ」
「港だからな」
「便利な言葉だな、港って」
レイブンは小さく笑った。
二人は互いの位置を確認し、地下へ降りていった。
後方では帝国軍と連邦共和国軍の支援班が入口を確保し、地上との通信中継を担当している。
『こちらValkyrie。NoX、通信状態は?』
「こちらNoX。良好だ」
『了解。無理に奥へ進まないでね』
「分かっている」
『Houndも聞いてる?』
ガイルは無線へ顔を近づけた。
「聞いてるぜ、〈悪魔の飼い主〉さん!」
『ガイル!』
「おっと、怒られた!」
レイブンは呆れたように首を振った。
「……お前は本当に懲りないな」
「懲りたら俺じゃなくなるだろ」
二人は暗い通路へ進んだ。
最初の曲がり角を抜けたところで、遠方から金属の擦れる音が聞こえた。
レイブンの黒い猫耳が僅かに動く。
「……止まれ」
ガイルは即座に口を閉じた。
「何だ?」
「前方に複数の足音」
「敵か?」
「まだ分からない」
二人は慎重に前進した。
やがて、通路の奥に大和国軍の兵士たちが現れた。
敵兵は地下搬送路を通って中央倉庫へ向かう途中だったらしく、弾薬箱と補給物資を運んでいた。
先頭の兵士がレイブンたちに気づいた。
「……敵だ!」
その瞬間、地下通路に銃声が響いた。
レイブンとガイルは近くの構造物を遮蔽物として利用し、敵の射撃を避けた。
「Hound、右側!」
「了解!」
ガイルが反撃し、敵の進出を阻んだ。
レイブンはBPSG-12を構え、接近してきた敵兵を迎撃した。
狭い地下通路に銃声が反響し、耳を圧迫するような轟音が続いた。
「クソッ! 耳が馬鹿になりそうだ!」
ガイルが叫んだ。
「射撃を続けろ!」
「やってる!」
大和国軍の兵士たちは、予想外の方向から現れた二人に驚き、補給物資を放棄して後退を始めた。
レイブンは敵の動きを確認した。
「……追いすぎるな」
「分かってる!」
二人は最初の区画を確保した。
その先には、さらに複数の分岐通路が続いていた。
帝政歴350年10月20日、午後15時06分。地下貨物搬送路、第二分岐区画。
「……おい、NoX」
「何だ?」
「この地下通路、どこまで続いてんだ?」
レイブンは壁に残された古い案内表示を確認した。
「少なくとも、まだ先がある」
「そうじゃねえんだよ!」
ガイルは深く息を吐いた。
「さっきから曲がり角を三つ抜けて、敵の検問所を二つ潰して、弾薬集積所まで見つけたんだぞ!」
「収穫は多いな」
「収穫って言うな! 俺は芋掘りに来たんじゃねえ!」
レイブンは思わず笑った。
「……そうだな」
ガイルは銃を構え直した。
「ったく、地上の敵が減らねえ理由が分かってきたぜ」
「ああ」
レイブンは携帯端末へ発見した分岐を記録した。
「この通路を利用して、敵が複数の倉庫へ兵員と物資を送っていたんだろう」
「でも、どこからだ?」
「それを確かめる」
二人はさらに奥へ進んだ。
途中、放棄された補給箱や携行食料、予備弾薬が積み上げられた区画を発見した。
そこには大和国軍の補給記録が残されていた。
ガイルが一枚の書類を拾い上げた。
「……おい、これ見ろ」
レイブンが近づいた。
「何だ?」
「搬入記録だ。昨日の日付になってる」
レイブンは書類を確認した。
そこには、旧港湾地区とは異なる施設名が記されていた。
「……第二港湾?」
ガイルが眉をひそめた。
「第二港湾だと?」
「この地下通路の先に、別の港があるらしい」
「……マジかよ」
レイブンは記録を端末へ保存した。
「これで説明がつくかもしれない」
ガイルは口元を歪めた。
「……つまり、俺たちが朝から相手してた連中は」
「ああ」
レイブンは暗い通路の先を見た。
「別の港から、地下を通って送り込まれていた可能性が高い」
ガイルはゆっくりと天井を見上げた。
「……クソが」
その声には、七時間以上に及ぶ戦闘の疲労が滲んでいた。
「俺たちは倉庫の中から兵士が湧いてくると思ってたのに、実際は隣の港から通勤してきてたってわけか」
レイブンは小さく頷いた。
「そういうことだな」
「……ふざけんなよ」
ガイルは額に手を当てた。
「だったら最初から玄関で待ってりゃよかったじゃねえか!」
「地下の入口を知らなかったからな」
「分かってるよ! 分かってるけど腹立つんだよ!」
レイブンは苦笑した。
「……先へ進むぞ」
「おう! 絶対に出口を見つけてやる!」
帝政歴350年10月20日、午後15時29分。地下貨物搬送路、最終区画。
地下通路の奥から、微かな潮風が流れ込んできた。
レイブンは立ち止まった。
「……風がある」
ガイルが顔を上げた。
「出口か?」
「おそらくな」
二人は慎重に前進した。
通路の先には、大きな鉄製の扉があった。
扉の上には、古い港湾施設の標識が残されている。
レイブンは文字を読み取った。
「……第二港湾、貨物搬送口」
ガイルの表情が変わった。
「……ビンゴだ」
レイブンは扉の隙間から外を確認した。
その向こうには、広い貨物岸壁が続いていた。
さらに、その奥には複数の倉庫と荷役設備が並んでいる。
そして、岸壁には大和国軍の輸送船が停泊していた。
「……なるほど」
レイブンは静かに呟いた。
ガイルも外を覗き込んだ。
「……おいおいおい」
彼は目を見開いた。
「何だよ、これ」
第二港湾には、大和国軍の兵士たちが多数集結していた。
弾薬箱を運ぶ者。
補給車両を誘導する者。
負傷者を後方へ搬送する者。
そして、旧港湾地区へ向かうために待機している予備兵たち。
そのすべてが、地下貨物搬送路によって旧港湾地区と繋がっていたのである。
レイブンはインカムを開いた。
「こちらNoX。全先遣部隊へ」
『こちらValkyrie。どうしたの?』
「……無限兵士の謎が解けた」
一瞬、通信が静かになった。
『……え?』
レイブンは続けた。
「地下搬送路は、旧港湾地区の奥にある第二港湾へ繋がっていた。敵はここから予備兵力を送り込んでいたんだ」
『第二港湾!?』
エリシアの驚いた声が響いた。
『そんな施設が残っていたの!?』
「ああ。現在位置と確認した施設情報を送る」
ガイルが横から無線へ顔を近づけた。
「つまり、俺たちが朝から相手してた連中は、全部ここから来てやがったってことだ!」
『……なるほど』
エリシアは少しだけ沈黙した。
そして、低い声で呟いた。
『……それなら、最初からここを押さえればよかったのね』
ガイルは天を仰いだ。
「それを言うなああああっ!!」
レイブンは笑いを堪えながら通信を続けた。
「共同戦線司令部へも情報を送る。第二港湾の敵兵力は未確認だ。後続部隊の進入には慎重な判断が必要になる」
『了解。こちらから報告するわ』
「頼む」
通信を切った直後、ガイルが大きく息を吸った。
そして、第二港湾へ向かって怒鳴った。
「おい! そこの大和国軍の連中!!」
レイブンが顔を向けた。
「……Hound?」
しかし、ガイルは止まらなかった。
「朝から何時間も何時間も俺たちに喧嘩売りやがって! いい加減にしろ、このクソ野郎ども!!」
第二港湾にいた大和国軍兵士たちが、一斉に振り向いた。
ガイルは銃を構えながら叫んだ。
「死にたい奴は前に出ろ!!」
その声が、広い港湾施設に響き渡った。
そして、ガイルの隣へレイブンが姿を現した。
黒髪。
黒い猫耳。
金色と黒色のオッドアイ。
そして、手にしたBPSG-12。
その姿を見た大和国軍の兵士たちは、最初こそ状況を理解できなかった。
しかし、次の瞬間。
一人の兵士が、顔を真っ青にした。
「……う、嘘だろ」
隣の兵士が振り向いた。
「どうした?」
「あ、あいつ……」
兵士の声が震えた。
「……〈塹壕の悪魔〉だ」
その言葉を聞いた別の兵士が、ガイルへ視線を向けた。
「……じゃあ、隣の男は」
ガイルは苛立った表情のまま、銃を構えていた。
「……〈不沈の犬〉」
誰かが呟いた。
そして、その名前が港湾施設の中へ広がっていった。
「〈塹壕の悪魔〉だ!!」
「〈不沈の犬〉もいるぞ!!」
「何でここにいるんだ!?」
「地下通路はどうした!?」
「第一港湾で戦っていたはずだろ!?」
「嘘だろ……あいつら、こっちまで来たのか!?」
大和国軍の予備兵たちは、明らかに動揺していた。
七月の海岸線で、連邦共和国軍の塹壕を守り続けた帝国軍兵士。
三ヶ月間、幾度となく攻撃を受けながら生き残った二人。
その異名は、大和国軍の前線部隊にも広まっていた。
そして今、その二人が予想もしなかった地下通路の出口から現れたのである。
ガイルは敵の反応を見て、眉をひそめた。
「……あ?」
レイブンも静かに首を傾げた。
「……何だ?」
その時、一人の大和国軍兵士が叫んだ。
「逃げろおおおおっ!!」
次の瞬間。
第二港湾の予備兵たちが、一斉に逃げ始めた。
「〈塹壕の悪魔〉だあああっ!!」
「〈不沈の犬〉までいるぞおおおっ!!」
「嫌だ! 俺はまだ死にたくない!!」
「何でここにいるんだよおおおっ!!」
「退避! 退避しろ!!」
兵士たちは武器を抱えたまま走り出し、補給箱を置き去りにして倉庫の奥へ逃げ込んでいった。
一部の兵士は混乱の中で転倒し、仲間に助け起こされながら後退している。
まるで巣を壊された蟻の群れのように、第二港湾の一角が混乱に包まれた。
レイブンはBPSG-12を構えたまま、動きを止めた。
ガイルも銃を構えたまま、立ち尽くしていた。
「…………」
「…………」
二人は無言で、逃げていく大和国軍兵士たちを見つめた。
やがて、ガイルがゆっくりと口を開いた。
「……おい、NoX」
「……何だ」
「……俺たち、まだ撃ってねえよな?」
「ああ」
「……だよな」
「……ああ」
二人は再び沈黙した。
遠方では、まだ大和国軍兵士たちの悲鳴が聞こえていた。
「悪魔が来たあああっ!!」
「犬もいるぞおおおっ!!」
「撤退だあああっ!!」
ガイルは真顔のままレイブンを見た。
「……なあ」
「何だ」
「……俺たち、そんなに怖いか?」
レイブンは少しだけ考えた。
「……知らん」
「……だよな」
再び沈黙が流れた。
レイブンはゆっくりとインカムを開いた。
「……こちらNoX」
『こちらValkyrie。どうしたの?』
レイブンは逃げていく敵兵たちを見つめたまま答えた。
「……敵が」
『敵が?』
「……逃げた」
一瞬、通信が静かになった。
『……え?』
レイブンは真顔のまま繰り返した。
「……敵が、逃げた」
『……どういうこと?』
ガイルが横から無線へ顔を近づけた。
「……俺たちを見た瞬間、全員逃げやがった」
『…………』
エリシアも言葉を失った。
そして、数秒後。
『……ちょっと待って』
彼女の声が、僅かに震えていた。
『……あなたたち、何をしたの?』
レイブンは答えた。
「……何もしていない」
ガイルも頷いた。
「……俺が少し怒鳴っただけだ」
『……何て?』
ガイルは真顔で答えた。
「……死にたい奴は前に出ろって」
『…………』
エリシアは深く息を吐いた。
『……ガイル』
「……何だ?」
『……あなた、本当に馬鹿ね』
「……否定できねえ」
レイブンは小さく頷いた。
「……俺もそう思う」
「おい、NoX!」
その時、無線の向こうからエリシアの笑い声が聞こえ始めた。
『……ふふっ』
そして、次の瞬間。
『あははははっ!!』
エリシアは堪えきれずに笑い始めた。
『もう……本当に……何なのよ、あなたたち!』
レイブンは苦笑した。
「……俺にも分からん」
ガイルは頭を抱えた。
「……俺もだ」
さらに、別の通信が割り込んできた。
『こちらNYX。お兄ちゃん、どうしたの?』
レイブンは短く答えた。
「……敵が逃げた」
『……え?』
「俺たちを見て、逃げた」
『…………』
ルナは数秒間、黙り込んだ。
そして。
『……ぷっ』
ガイルが顔を上げた。
「……おい」
『あははははっ!!』
ルナの笑い声がインカムに響いた。
『お兄ちゃんたち、何してるの!?』
レイブンは真顔のまま答えた。
「……任務中だ」
『分かってるけど! 敵が逃げたって!』
ガイルは天を仰いだ。
「……クソッ」
レイブンは静かに息を吐いた。
「……とりあえず、第二港湾を確保する」
『了解!』
エリシアが笑いを堪えながら答えた。
『……後続部隊を向かわせるわ』
「頼む」
通信を切った後、レイブンとガイルは再び第二港湾を見つめた。
先ほどまで多数の大和国軍兵士が集結していた岸壁は、驚くほど静かになっていた。
ガイルは小さく呟いた。
「……なあ、NoX」
「何だ」
「……俺たち、もしかして」
「……何だ」
「……敵から見たら、本当に悪魔と化け物なのか?」
レイブンは少しだけ考えた。
そして、静かに答えた。
「……少なくとも、友好的には見られていないだろうな」
ガイルは深く頷いた。
「……だよな」
二人は再び沈黙した。
やがて、ガイルが銃を肩へ掛けた。
「……よし」
「どうした?」
「……帰ったら酒を飲もう」
レイブンは小さく笑った。
「いいな」
「今日は絶対に飲むぞ」
「ああ」
「お前の奢りだからな」
「……何故だ?」
「俺が七時間以上も働いたからだ」
「俺も働いた」
「細けえことはいいんだよ!」
レイブンは苦笑した。
「……分かった」
ガイルは満足そうに頷いた。
「よし!」
その時、遠方から再び大和国軍兵士の声が聞こえた。
「〈塹壕の悪魔〉がいるぞおおおっ!!」
「〈不沈の犬〉もだあああっ!!」
ガイルは顔をしかめた。
「……まだ言ってやがる」
レイブンは静かに答えた。
「……放っておけ」
二人は互いに顔を見合わせた。
そして、ようやく笑った。
帝政歴350年10月20日、午後15時46分。連邦共和国東部沿岸、第二港湾地区。
共同戦線司令部には、奇妙な戦況報告が届いていた。
帝国軍SHADOW LADY所属のレイブン・S・クロウ《NoX》およびガイル・ベッカー《Hound》が地下貨物搬送路を通過し、第二港湾へ到達。
同地区が旧港湾地区への増援供給拠点であることを確認。
さらに、両名の出現によって大和国軍の予備兵部隊が混乱し、一部が戦闘を行わず後退したというものだった。
報告書を読んだ連邦共和国軍の指揮官は、しばらく黙り込んでいた。
「……つまり」
帝国軍の連絡将校が顔を上げた。
「はい」
「……敵は、二人を見ただけで逃げたのか?」
「……そのようです」
「…………」
指揮官は報告書を閉じた。
そして、静かに呟いた。
「……戦争というものは、時に理解できないことが起こるものだな」
帝国軍の連絡将校は苦笑した。
「……同感です」
その日の戦闘記録には、第二港湾の発見と大和国軍予備兵力の後退が正式に記録された。
ただし、港湾全域の制圧はまだ完了しておらず、共同戦線の後続部隊による確認が必要だった。
それでも、長時間に及んだ旧港湾地区の戦闘を終わらせるための重要な突破口が開かれたことは確かだった。
そして、敵兵たちの間では、二つの異名がこれまで以上に恐れられるようになった。
〈塹壕の悪魔〉。
〈不沈の犬〉。
その二人が同じ場所に現れた時、何が起こるのか。
第二港湾から逃げ延びた大和国軍兵士たちは、後にこう語ることになる。
「……あの二人を見た時、戦う気力が消えた」
「……あれは、人間の顔をした悪夢だった」
しかし、その頃のレイブンとガイルは、そんな噂が広がっていることなど知る由もなかった。
彼らが考えていたのは、ただ一つ。
ようやく、この長すぎる一日が終わるかもしれないということだけだった。




