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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
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第149話 地獄の誘導者達――海岸線に築かれた鉄壁

第149話 地獄の誘導者達――海岸線に築かれた鉄壁


帝政歴350年10月19日、午前05時42分頃。連邦共和国東部沿岸、第915旅団防衛担当地区。

第二次世界大戦が勃発してから、ちょうど三ヶ月が経過していた。

七月十九日の夜明け前、大和国軍による宣戦布告なき奇襲攻撃によって始まった東部沿岸の戦いは、当初こそ連邦共和国軍の防衛線を大きく後退させたものの、帝国との共同戦線条約締結を境に、その様相を徐々に変えていた。帝国軍の航空戦力と連邦共和国軍の機械化部隊が共同作戦を開始し、補給路の再建と防衛陣地の整備が進められたことで、沿岸一帯には幾重もの防衛網が構築されつつあった。

それでも、戦争が終わったわけではなかった。

三ヶ月前には大和国軍の上陸艇が絶え間なく押し寄せていた砂浜には、今もなお砲弾孔と破壊された車両が残り、潮風に混じって硝煙と焦げた金属の臭いが漂っている。

ただ、一つだけ明らかな変化があった。

敵の数が減っていた。

連日の戦闘による損耗、補給船団への攻撃、輸送航路の混乱、そして帝国・連邦共同戦線による海上封鎖が、大和国軍の上陸部隊を徐々に追い詰めていたのである。

第915旅団の前線観測所では、エリシア・L・ヴォルハラム《Valkyrie》が双眼鏡を構え、海岸の向こうを見つめていた。

金色の髪は戦闘用ヘルメットの下で丁寧に束ねられ、肩には使い慣れたHARが掛けられている。三ヶ月に及ぶ戦闘で軍服には幾度となく補修が施されていたが、その立ち姿に疲労を感じさせるものはなかった。

「……また減っているわね」

隣に立つレイブン・S・クロウ《NoX》が、双眼鏡を受け取った。

黒い猫耳が海風に揺れ、金色と黒色のオッドアイが遠方の敵陣地を捉える。

「昨日まで動いていた敵の車両が見当たらない。北側の監視所も放棄されているようだ」

「撤退したのかしら?」

「可能性はある。ただ、誘い込むために兵を下げたとも考えられる」

エリシアは小さく頷いた。

「あなたらしい答えね」

「三ヶ月も同じ敵と戦っていれば、慎重にもなる」

「そうね。私たちも、随分と長くここにいるもの」

レイブンは双眼鏡を下ろした。

三ヶ月前、この海岸線でエリシアと再会した時には、連邦共和国軍第915旅団は孤立寸前だった。

帝国軍SHADOW LADYとルナ率いる高速戦闘舟艇部隊が到着し、辛うじて防衛線を維持したことが、共同戦線の最初の成功例となった。

それから三ヶ月。

帝国軍と連邦共和国軍の兵士たちは、同じ塹壕で戦い、同じ補給所で食事を取り、負傷した仲間を互いに運び合うようになっていた。

政治体制も文化も異なる二つの国家の兵士たちが、少しずつ互いを理解し始めていたのである。

「おーい、NoX!」

背後から聞き慣れた声が響いた。

振り向くと、ガイル・ベッカー《Hound》が二つの金属製カップを持って歩いてきた。

「朝飯代わりの温かい飲み物だ。ありがたく受け取れ」

レイブンは片方を受け取った。

「ありがとう。エリシアの分は?」

「お前のを分けろ」

「二つしか持ってこなかったのか?」

「両手は二本しかねえんだよ!」

エリシアが呆れたように笑った。

「ガイル、相変わらずね」

「おう。三ヶ月程度じゃ人間は変わらねえよ」

レイブンは自分のカップをエリシアへ差し出した。

「先に飲むか?」

「ありがとう。でも、あなたが飲んで」

「遠慮するな」

「じゃあ、少しだけ」

エリシアがカップを受け取ると、ガイルはにやりと笑った。

「おいおい、朝から仲がよろしいことで」

「ガイル」

「はいはい。〈悪魔の飼い主〉様、怒らないでくださいよ」

「その呼び方、まだ続けるつもり?」

「敵さんがつけた名前だからな。俺のせいじゃねえ」

レイブンが小さく笑った。

「お前も〈不沈の犬〉と呼ばれているだろう」

「俺のは格好いいからいいんだよ!」

「随分と都合がいいな」

三人の笑い声が、朝の観測所に響いた。

その時、通信兵が駆け込んできた。

「NoX! 共同戦線司令部から緊急連絡です!」

レイブンはカップを置いた。

「内容は?」

「敵上陸部隊の戦力低下が確認されました。沿岸防衛網の拡張と、敵補給拠点への圧力強化を開始するとのことです!」

レイブンの表情が引き締まった。

「……ようやく、こちらが動く番か」

帝政歴350年10月19日、午前07時18分頃。帝国・連邦共和国共同戦線司令部、東部沿岸方面作戦室。

大型の戦況表示装置には、三ヶ月前と現在の沿岸戦況が並べて表示されていた。

七月十九日の時点では、大和国軍が複数の海岸に橋頭堡を形成し、連邦共和国軍の防衛線を内陸へ押し込んでいた。

しかし、十月十九日現在、その勢力範囲は明らかに縮小していた。

大和国軍は一部の港湾施設と沿岸拠点を保持しているものの、内陸への進撃は停止し、複数の前線で防御へ転じていた。

「敵の補給能力は、当初の想定を大きく下回っています」

連邦共和国軍の作戦参謀が報告した。

「帝国海軍による輸送航路の監視と、我が軍の沿岸砲兵による港湾封鎖が効果を発揮しています」

帝国軍の連絡将校が頷いた。

「さらに、航空偵察によれば、敵の後方集積所では燃料と弾薬の不足が確認されています」

「敵の予備兵力は?」

「依然として存在します。しかし、三ヶ月前のような大規模上陸を繰り返す余力は減少していると考えられます」

連邦共和国軍の指揮官は戦況図を見つめた。

「……好機だな」

帝国軍の将校が応じた。

「ただし、敵の数が減ったからといって、無理に攻勢へ転じるべきではありません」

「分かっている。こちらも三ヶ月の戦闘で消耗している」

指揮官は地図上の河口と港湾地区を指差した。

「まずは防衛網を完成させる。敵が再上陸を試みても、容易に突破できないようにするのだ」

作戦参謀が頷いた。

「沿岸監視所、対舟艇火力、機動予備隊、後方補給拠点を連携させます。さらに、帝国軍の航空支援と連邦共和国軍の砲兵観測を統合し、敵の動きを早期に把握できる体制を整えます」

「よし」

指揮官は続けた。

「そして、海岸線に展開している高速戦闘舟艇部隊にも新たな任務を与える」

帝国軍の連絡将校が顔を上げた。

「NYXの部隊ですか?」

「ああ」

指揮官は海図へ視線を移した。

「彼女たちには、敵舟艇の監視だけでなく、沿岸防衛網の外側で敵の接近を探知し、味方火力を誘導する役割を担ってもらう」

「了解しました」

その時、連邦共和国軍の通信将校が一通の報告書を差し出した。

「……それに関連して、興味深い情報があります」

「何だ?」

「大和国軍の傍受通信に、NYXの舟艇部隊を指す新たな呼称が現れ始めています」

指揮官は眉を上げた。

「呼称?」

通信将校は報告書を開いた。

「〈地獄の誘導者達〉です」

会議室が静まり返った。

「……地獄の誘導者達?」

「はい」

通信将校は説明を続けた。

「敵兵によれば、NYXの舟艇部隊が現れた海域では、その直後に連邦共和国軍の沿岸砲撃や帝国軍の航空攻撃が始まることが多いそうです」

帝国軍の連絡将校が腕を組んだ。

「なるほど。舟艇そのものの火力だけではなく、敵の位置を把握し、味方の攻撃を誘導していることが恐れられているわけか」

「そのとおりです」

連邦共和国軍の指揮官は静かに笑った。

「……面白い呼び名だな」

帝政歴350年10月19日、午前08時36分頃。連邦共和国東部沿岸沖合、帝国軍高速戦闘舟艇第一艇。

白い髪を潮風になびかせたルナ・V・クロウ《Nyx》は、操舵席で海図を確認していた。

三隻の高速戦闘舟艇は、沿岸防衛網の外側を巡回している。

七月十九日の救出作戦以来、ルナたちの部隊は数多くの任務を経験していた。

敵上陸艇の迎撃。

負傷者の海上搬送。

補給物資の緊急輸送。

沿岸監視所との情報共有。

そして、敵舟艇や上陸部隊の位置を確認し、味方砲兵と航空部隊へ伝達する近接支援任務。

小型の舟艇である以上、大型軍艦と正面から撃ち合うことはできない。

しかし、浅い沿岸海域や河口付近での機動力は高く、敵の動きをいち早く把握するためには極めて有効だった。

「NYX、第二艇から報告です」

通信担当者が声をかけた。

「どうしたの?」

「北東方向に小型船舶三隻を確認。識別信号なし。現在、距離と進路を確認中です」

ルナは双眼鏡を構えた。

遠方の海面に、低い船影が見える。

「……大和国軍の補給舟艇かもしれないね」

「追跡しますか?」

「まだ。まずは識別を優先して。民間船の可能性もあるから」

「了解」

ルナは無線を開いた。

「こちらNYX。第二艇、対象船舶との距離を維持。進路と速度を継続報告して」

『了解!』

「第三艇は南側を警戒。敵の護衛艇が接近していないか確認して」

『第三艇、了解!』

ルナは海図へ視線を戻した。

三隻の船舶は、大和国軍が保持する港湾地区へ向かう航路を進んでいた。

「……やっぱり、補給かな」

その時、第二艇から報告が入った。

『NYX、こちら第二艇。対象船舶のうち一隻に、大和国軍の軍用輸送標識を確認』

「了解。残り二隻は?」

『識別継続中です』

「無理に接近しないで。こちらから共同戦線司令部へ報告する」

ルナは通信を切り替えた。

「こちらNYX。沿岸監視区域で大和国軍の輸送船舶を確認。現在、識別と追跡を継続中。交戦許可は求めず、まずは情報共有を要請します」

『こちら共同戦線海上指揮所。了解。周辺の民間船舶情報と照合する』

「了解」

しばらくして、指揮所から返答があった。

『対象三隻のうち二隻は大和国軍の補給船と確認。残る一隻は識別未了。味方沿岸砲兵と航空偵察部隊へ情報を共有する』

ルナは頷いた。

「了解。こちらは追跡を継続します」

その時、見張員が叫んだ。

「NYX! 敵護衛艇、接近!」

ルナが顔を上げた。

北東方向から、大和国軍の小型護衛艇が接近していた。

「……来たね」

彼女は落ち着いた声で命じた。

「全艇、警戒態勢。敵が発砲するまでは交戦しない。進路を確保して」

『了解!』

大和国軍の護衛艇は、ルナたちの舟艇を発見すると進路を変えた。

そして、突然、機関銃を発射した。

海面に水柱が立ち上がる。

「敵、発砲!」

「全艇、回避!」

ルナの命令と同時に、三隻の高速戦闘舟艇が一斉に進路を変えた。

ウォータージェット推進装置が唸りを上げ、白い航跡が海面へ広がる。

「第二艇、第三艇、護衛艇を牽制! 補給船への誤射に注意!」

『了解!』

舟艇に搭載された機関銃が短く火を噴いた。

大和国軍の護衛艇は進路を変え、煙幕を展開した。

しかし、ルナは深追いしなかった。

「追跡はここまで。敵船団の位置を継続報告して」

通信担当者が頷いた。

「了解!」

ルナは海図へ視線を落とした。

「……あとは、共同戦線の仕事だね」

帝政歴350年10月19日、午前09時04分頃。大和国軍東部沿岸補給船団。

大和国軍の輸送船では、乗員たちが慌ただしく動き回っていた。

「帝国軍の高速舟艇、離脱しました!」

見張員の報告に、船団指揮官は安堵の息を吐いた。

「……追い払ったか」

しかし、隣の通信兵は青ざめていた。

「い、いえ……」

「何?」

「敵の舟艇は、我々の位置を通報していた可能性があります」

指揮官の表情が変わった。

「……まさか」

その時、上空から航空機のエンジン音が聞こえてきた。

大和国軍の見張員が叫んだ。

「敵航空機、接近!」

船団指揮官は慌てて空を見上げた。

雲の切れ間から、帝国軍の哨戒機が姿を現していた。

さらに、沿岸方向からは連邦共和国軍の航空機が接近している。

「……くそっ!」

指揮官は歯を食いしばった。

「またあいつらか!」

通信兵が震える声で尋ねた。

「あいつら……とは?」

「白髪の女が指揮する、帝国軍の高速舟艇部隊だ!」

彼は拳を握り締めた。

「あの舟艇が現れた後には、必ず砲撃か航空機が来る!」

通信兵は息を呑んだ。

「……〈地獄の誘導者達〉」

指揮官は苦々しく頷いた。

「そうだ。連中は自分たちで地獄を作るんじゃない。地獄が降ってくる場所を、こちらに知らせず決めていくんだ」

その言葉は、やがて大和国軍の沿岸部隊へ広まっていった。

ただし、その日の船団に対する攻撃は、識別未了の船舶が存在したため直ちには実施されなかった。共同戦線司令部は航空偵察による確認を優先し、軍用補給船と民間船舶を区別した上で、交戦の可否を判断することにしたのである。

ルナたちの任務は、敵を見つけた瞬間に攻撃することではなかった。

敵を見失わず、正確な情報を味方へ伝え、必要な時に必要な支援を届けることだった。

それが、敵から最も恐れられる理由になっていた。

帝政歴350年10月19日、午前10時17分頃。連邦共和国東部沿岸、第915旅団前線指揮所。

「……〈地獄の誘導者達〉?」

レイブンは通信兵から渡された報告書を読み、思わず眉を上げた。

隣にいたエリシアが覗き込む。

「何の話?」

「ルナたちの舟艇部隊に、新しい異名がついたらしい」

「ルナたちに?」

「ああ」

レイブンは報告書を見せた。

そこには、大和国軍の傍受通信から確認された呼称が記されていた。

〈地獄の誘導者達〉。

エリシアは目を丸くした。

「……すごい名前ね」

「俺もそう思う」

その時、背後からHoundが顔を出した。

「おいおい、何だよ。面白そうな話してんじゃねえか」

レイブンは報告書を差し出した。

「ルナたちの二つ名だ」

Houndは目を通した。

そして、次の瞬間。

「ぶははははっ!」

前線指揮所に大きな笑い声が響いた。

「〈地獄の誘導者達〉だと!? あの小さな妹ちゃんがか!?」

レイブンは呆れたように答えた。

「小さいと言っても、立派な舟艇隊長だぞ」

「分かってるよ! だが、すげえ名前じゃねえか!」

エリシアは微笑んだ。

「ルナらしいと思うわ」

「そうか?」

「ええ。彼女はいつも、必要な時に必要な場所へ来てくれるもの」

レイブンは少しだけ考え込んだ。

三ヶ月前、大和国の山中で包囲された時。

河口へ続く大きな川に飛び込んだ自分たちを、ルナは三隻の高速戦闘舟艇で救出した。

そして、エリシアが所属する第915旅団が孤立した時も、真っ先に海岸へ駆けつけた。

「……確かにな」

レイブンは静かに頷いた。

Houndはにやにやしながら言った。

「これでクロウ家の兄妹、揃って敵に恐れられるようになったわけだ」

「嬉しいことなのか、それは」

「いいじゃねえか! 兄貴は〈塹壕の悪魔〉、妹は〈地獄の誘導者達〉の隊長! 最高だろ!」

エリシアが笑った。

「そこに〈不沈の犬〉と〈悪魔の飼い主〉もいるのよね」

Houndは胸を張った。

「そういうことだ!」

レイブンは深く息を吐いた。

「……随分と物騒な集まりになったな」

「今さらだろ!」

その時、インカムからルナの声が聞こえてきた。

『こちらNYX。お兄ちゃん、聞こえる?』

「良好だ」

『共同戦線司令部から、新しい沿岸防衛網の運用について連絡が来たよ』

「こちらも聞いている」

『それとね……』

ルナの声が少しだけ弾んだ。

『私たちに二つ名がついたって、本当?』

レイブンは一瞬、Houndを見た。

Houndは既に笑いを堪えていた。

「……ああ。〈地獄の誘導者達〉だそうだ」

『えっ!?』

ルナの驚いた声が響いた。

『ちょっと待って! 何それ!?』

Houndが堪えきれずに笑い始めた。

「ぶははっ! お前らしいじゃねえか、NYX!」

『Houndさん!? どうしてそんな名前になるの!?』

「敵さんが勝手につけたんだよ!」

『私たち、そんなに怖いことしてないよ!?』

レイブンは小さく笑った。

「敵からすれば、お前たちが現れた後に味方の砲撃や航空機が来るんだ。そう見えるのも無理はない」

『……うぅ』

ルナは少し考え込んだ。

そして、静かに言った。

『でも、それで味方が助かるなら……悪くないのかな』

エリシアがインカムへ向かって答えた。

「ええ。少なくとも、私たちは何度も助けられたわ」

『エリシアさん……』

「ありがとう、ルナ」

短い沈黙が流れた。

そして、ルナは少し照れたように答えた。

『……どういたしまして』

Houndが口を挟んだ。

「おいおい、感動的じゃねえか!」

『Houndさんは少し静かにしてください!』

「何で俺だけ!?」

レイブンとエリシアは顔を見合わせ、声を出して笑った。

帝政歴350年10月19日、午後13時46分頃。連邦共和国東部沿岸、共同戦線防衛構築区域。

沿岸部では、帝国軍と連邦共和国軍の工兵部隊が共同で防衛施設の建設を進めていた。

大型の掘削車両が塹壕を延長し、装甲ブルドーザーが土砂を押し固めている。後方では補給車列が資材を運び込み、通信兵たちが新しい観測所と指揮所を接続していた。

防衛網は単なる塹壕の集合ではなかった。

海岸に設けられた監視所。

敵上陸艇の接近を探知する沿岸警戒施設。

砲兵と連携する観測拠点。

機械化歩兵部隊が移動できる後方道路。

負傷者を搬送する救護経路。

そして、敵の突破に備えた予備陣地。

それらが一つの防衛体系として結びつけられようとしていた。

レイブンは工兵部隊の作業を見守りながら、エリシアとともに新しい塹壕を歩いていた。

「……随分と変わったな」

「ええ。三ヶ月前は、ここまで整備する余裕なんてなかったもの」

「敵が減ってきた今が好機だ」

エリシアは頷いた。

「でも、まだ安心はできないわね」

「ああ。敵が再び大規模な増援を送ってくる可能性もある」

「その時は?」

レイブンは少しだけ笑った。

「今度は、準備して迎え撃つ」

エリシアも微笑んだ。

「……頼もしいわね、〈塹壕の悪魔〉さん」

「その呼び方はやめてくれ」

「嫌よ」

「……何故?」

「私だけ〈悪魔の飼い主〉なんて呼ばれているんだもの。あなたにも付き合ってもらうわ」

レイブンは思わず笑った。

「……なるほど」

その時、遠方からHoundの声が響いた。

「おーい! そこの二人! またいちゃついてんのか!?」

エリシアは振り向いた。

「ガイル!」

「何だよ! 事実だろ!」

レイブンは苦笑しながら手を振った。

「仕事に戻れ、Hound」

「へいへい!」

三人の笑い声が、新しく築かれた塹壕に響いた。

その頃、沖合ではルナ率いる三隻の高速戦闘舟艇が、沿岸警戒任務を続けていた。

三ヶ月前、海岸線は大和国軍の上陸部隊によって蹂躙されかけていた。

しかし今、その海岸には帝国軍と連邦共和国軍が共同で築き上げた防衛網が広がっている。

敵の数は減り、補給は細り、戦線は徐々に安定し始めていた。

そして、敵兵たちの間では、新たな異名が恐れられるようになっていた。

〈地獄の誘導者達〉。

それは、白髪の猫系亜人であるルナ・V・クロウ《Nyx》が率いる高速戦闘舟艇部隊に与えられた名だった。

だが、ルナ自身にとって、その異名は勲章でも誇りでもなかった。

彼女が守りたかったのは、兄とその仲間たち、そして同じ海岸線で戦う兵士たちの命だった。

帝政歴350年10月19日。

第二次世界大戦開戦から三ヶ月。

連邦共和国東部沿岸の攻防は、大和国軍の一方的な侵攻から、帝国・連邦共同戦線による組織的な防衛へと変わりつつあった。

そして、三ヶ月に及ぶ戦いの中で生まれた四つの異名は、敵味方双方の兵士たちの記憶へ深く刻まれていくことになる。

〈塹壕の悪魔〉レイブン・S・クロウ。

〈不沈の犬〉ガイル・ベッカー。

〈悪魔の飼い主〉エリシア・L・ヴォルハラム。

そして、〈地獄の誘導者達〉を率いるルナ・V・クロウ。

その名が同じ戦場に揃う時、大和国軍の兵士たちは、これまで以上に慎重な行動を求められることになるのだった。

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