↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
PR
137/261

第137話 夜空への命令と迎えに来る者

第137話 夜空への命令と迎えに来る者


連邦共和国内地・陸軍航空隊基地

 滑走路の向こうで、大型機の発動機が回っていた。

 レイブンは車両を下り、風に舞う砂埃から目を庇った。海岸で聞き慣れた波の音はなく、広い構内を車両と人が絶えず行き交っている。

 SHADOW LADYへの招集命令は、前日の夜に届いていた。

 目的の説明は、到着後に行うとだけ伝えられていた。

 ガイルが荷物を肩へ掛け、駐機場を見た。

「あれに乗るのかね」

「まだ分からん」

 レイブンが答えると、先に下りたエリシアが振り返った。

「案内が来たわ」

 連邦軍の将校が、構内の建物へ彼らを導いた。

 扉の前で所属と氏名を確認され、室内へ入る。窓は覆われ、壁には大和国の海岸線を示す地図が掛かっていた。

 レイブンはその前で足を緩めた。

 今いる連邦共和国の地図ではなかった。

 席に着いた隊員たちへ、説明役の将校が向き直った。

「諸君には、ここから大和国へ向かってもらう」

 室内が静かになった。

 将校は地図の一点を示した。

「目標は、海岸要塞だ」

 続いて、上空から撮影された写真が掲げられた。

 岬に沿って施設が築かれ、砲座と掩体が海を向いていた。建物の間を通る道は、ところどころ岩陰へ消えている。

「この要塞は、周辺海域へ進出する艦艇にとって脅威となる。航空攻撃だけでは、機能を失わせたことを確認できていない」

 レイブンは写真を見つめた。

 壊れたように見える場所と、影で判別できない場所が混じっていた。これだけでは、内部に何が残っているか分からない。

「SHADOW LADYは航空機で大和国上空へ進入。HALO降下によって地上へ入り、要塞を破壊する」

 椅子の軋む音がした。

 ガイルが背筋を伸ばした。

 レイブンも地図から将校へ目を移した。

 高高度から降り、地上へ近づいてから開傘する。言葉として知っていることと、実際に夜の空へ踏み出せることは違った。

 エリシアが口を開いた。

「降下資格と、直近の訓練状況は確認されているのでしょうか」

「これから航空隊の担当者と照合する。招集された全員を、そのまま搭乗させるわけではない」

 将校は机上の書類へ手を置いた。

「必要な再訓練と装備の適合確認を行う。任務を受けたことを理由に、未修了の者を降下させることはない」

 エリシアは頷いた。

 続いて、別の隊員が尋ねた。

「破壊対象の範囲は」

「要塞の戦闘機能を失わせることが目的だ。詳細は、確認済みの情報と未確認の箇所を分けて説明する。施設すべてを無差別に爆破するという意味ではない」

 写真の隣へ、別の図面が置かれた。

 説明が続く間、レイブンは手帳へ書き込んだ。

 任務の目的、現時点で分かっていること、まだ答えのないこと。

 その中に、異界素材の使用状況を確かめる項目もあった。

「この要塞にも、使われている可能性が?」

 レイブンが尋ねると、将校は首をわずかに振った。

「否定はできない。だが、確認は取れていない。車両と航空機で見つかったからといって、すべての施設へ使われているとは判断するな」

「了解」

 ガイルが隣で鉛筆を動かした。

「帰りについては」

 その問いに、何人かが顔を上げた。

 将校は地図を替えた。

「撤収についても、任務の一部として説明する。現地へ送り込んだあとは各自で帰れ、という作戦ではない」

 帰還に必要な支援と、状況が変わった場合の判断について、説明が続いた。

 レイブンは最後まで聞いた。

 目的地へ届くことばかり考えれば、その先で身動きが取れなくなる。要塞を壊すことと、隊員を連れ戻すことは、どちらも省けなかった。

 質疑が終わると、資料は回収された。

 将校が部屋を見渡した。

「本日の説明はここまで。これより身体状態と降下経験の確認を行う。出発時刻は、各担当の報告を受けて決定する」

 隊員たちが立ち上がった。

 廊下へ出ると、発動機音が再び大きく聞こえた。

 ガイルはしばらく黙って歩き、それからレイブンへ顔を寄せた。

「海まで来たと思ったら、次は海の向こうか」

「ああ」

「しかも、上から」

 レイブンが頷くと、ガイルは天井を見た。

「今夜は、ちゃんと寝たいな」

「眠れるうちに寝とけ」

「お前もな」

 案内された格納庫には、降下装備が整然と並んでいた。

 担当者が一人ずつ名前を呼び、記録と照合している。航空用の装備を扱う整備員が、隊員の身体と携行品を見ながら説明を始めた。

 レイブンは机へ荷物を置いた。

 地上で使いやすい配置が、そのまま降下にも適しているとは限らない。担当者の指示を受け、装具の位置を見直していく。

 エリシアも少し離れた場所で、確認を受けていた。

 一段落したところで、二人の目が合った。

 彼女が近づき、声を落とした。

「大和国へ行くことになるのね」

「ああ」

 レイブンは格納庫の開口部へ目を向けた。

 滑走路の先には、まだ明るい空があった。

「まずは、降りられる状態にしないとな」

「ええ。私も、確認してもらう」

 エリシアは彼の腕へ軽く触れ、自分の担当者のもとへ戻った。

 レイブンも荷物へ向き直った。

 整備員が留め具を示し、彼の返答を待っていた。

 説明を聞き直し、レイブンは自分の手で確かめた。

 連邦共和国内地・陸軍航空隊基地、作戦当日。

 封筒が届いたのは、朝の確認を終えたあとだった。

 レイブンは格納庫の脇で呼び止められ、通信担当の兵からそれを受け取った。

「移動前の所属先から転送されてきた。お前宛だ」

「ありがとう」

 礼を言い、裏を見る。

 父の名前があった。

 封を切ろうとして、表へ返す。宛名には、自分だけでなくエリシアの名前も並んでいた。

 レイブンは封筒を上着へ収めた。

 彼女はまだ、装備の確認を受けていた。

 格納庫へ戻ると、ガイルが腰を下ろして靴紐を結び直していた。

「何だった?」

「父さんからだ」

「妹さんの返事か?」

「まだ開けてない」

 ガイルは顔を上げ、レイブンの視線を追った。

「なるほどな」

 それ以上は何も言わず、靴紐へ手を戻した。

 エリシアの確認が終わるまで、レイブンは待った。

 彼女が担当者へ礼を言って離れたところで、封筒を見せる。

「二人宛だ」

 エリシアは父の筆跡を見ると、微笑んだ。

「一緒に読みましょう」

 二人は格納庫の外へ出た。

 風を避けられる壁際に立ち、レイブンが封を開いた。中には、折り畳まれた便箋が入っていた。

 最初に、二人の身体を気遣う言葉があった。

 続いて、送った報告は届いていること、母も変わりなく過ごしていることが書かれていた。

 レイブンは便箋の端を持ち直した。

『ルナが舟艇志願兵学校を卒業した』

 隣で、エリシアが小さく息を漏らした。

「卒業したのね」

「ああ」

 レイブンはその行をもう一度読んだ。

 入学の報せを受け取ったときには、妹が家を離れて訓練を受けている姿を、うまく思い浮かべられなかった。

 それから、自分たちはいくつもの町を通り、海岸まで進んだ。

 その間も、ルナの時間は止まっていなかった。

 便箋には、訓練を終えた娘を母が迎えたときのことが短く書かれていた。久しぶりに帰ったルナは、食卓で学校の話をしていたという。

 レイブンの口元がわずかに緩んだ。

 だが、その先を読んだところで、表情が止まった。

『卒業後の配属を受け、ルナはお前たちの作戦を支援する舟艇部隊に加わる。担当は撤収だ』

 エリシアも黙った。

 レイブンは続きを追った。

 詳細は任務上の経路で確認するように、と父は書いていた。家族への手紙に、日時や場所、部隊の動きを並べることはしていなかった。

 それでも、二人には分かった。

 昨夜から説明を受けている作戦。

 今夜、大和国へ向かう自分たちを、海から迎える側にルナがいる。

「……迎えに来るのか」

 レイブンの声に、エリシアが頷いた。

「そういうことね」

 彼は便箋へ目を落としたまま動かなかった。

 卒業を喜ぶ気持ちが、消えたわけではなかった。だが、その直後に妹の姿を暗い海へ思い浮かべることになるとは、考えていなかった。

 訓練を終えたばかりだ。

 そう思い、すぐに、自分もかつて同じ立場だったことを思い出した。

 エリシアが便箋の端へ手を添えた。

「お父様、まだ何か書いてあるわ」

 レイブンは先を読んだ。

『心配するだろうが、任務中は所属部隊の指揮に従うよう、本人にも伝えてある。お前も、兄としての心配だけで動かないように』

 レイブンは息を吐いた。

「先に言われたな」

 エリシアが彼の顔を見た。

「今、何を考えていたの?」

「どの艇に乗るのか、何を担当するのか。誰と一緒なのか」

「私も知りたいわ」

 彼女はそう言い、便箋へ視線を戻した。

「でも、確認するなら、作戦に必要なこととして聞きましょう」

「ああ」

 最後には、母からの伝言があった。

 二人とも、帰ってきたら顔を見せること。

 短いその一文を、レイブンはしばらく見つめた。

 手紙を畳んでから、二人は作戦担当者のもとへ向かった。

 撤収を担当する舟艇部隊について尋ねると、担当者は資料を確かめた。

「クロウという隊員は配備されている。君の妹か」

「はい」

「所属部隊の一員として任務に就く。君たちも、撤収時は誘導と指示に従ってもらう」

「了解しています」

 レイブンは返事をした。

 尋ねたいことはまだあった。

 だが、確認すべき事項を聞き終えると、エリシアとともに部屋を出た。

 廊下の窓から、駐機場が見えた。

 整備員が機体の下を行き来し、輸送車から装備が下ろされていた。自分たちが準備を進めている間、別の場所ではルナたちも出発に備えているのだろう。

「会えるかしら」

 エリシアが言った。

「分からん。同じ作戦でも、顔を見るとは限らない」

「そうね」

 レイブンは上着の内側を押さえた。

 そこに父の手紙があった。

「会えたら、卒業おめでとうって言ってやってくれ」

「あなたも言うのよ」

「ああ」

 格納庫へ戻ると、ガイルが顔を上げた。

「何かあったか」

 レイブンは彼のそばへ腰を下ろした。

「ルナが卒業した」

「そりゃ、よかったじゃねえか」

「今夜、撤収を担当する部隊にいる」

 ガイルの顔から笑みが消えた。

 少しして、彼は駐機場の方へ目を向けた。

「……そうか」

 レイブンは頷いた。

 ガイルは何か考え、それから手元の装備を引き寄せた。

「なら、迎えを待たせないようにしねえとな」

 レイブンは彼を見た。

 いつもの軽口に似ていたが、その声は静かだった。

「ああ」

 レイブンも装備へ手を伸ばした。

 確認を終えた箇所を、焦って弄り直すことはしなかった。担当者から受けた説明を思い返し、次に必要なものを揃えていく。

 夕刻、出発前の呼集が掛かった。

 エリシアが隣へ来る。

 レイブンは立ち上がり、二人で格納庫の出口へ向かった。

 今夜、自分たちは空から降りる。

 ルナは海で、帰ってくる者たちを待つ。

 滑走路の向こうで、機内へ入るよう誘導する手が上がった。

 レイブンは肩の帯を確かめ、歩き出した。

 作戦当夜、大和国上空。大型輸送機の床が、絶えず細かく震えていた。

 赤い機内灯の下で、SHADOW LADYの隊員たちが向かい合って座っている。飛行装備に包まれた顔からは、普段の表情が読み取りにくかった。

 レイブンは固定具を確かめ、顔を上げた。

 全員に声が届くよう、機内通話へ切り替える。

「地上へ降りたら、まず仲間を確かめろ。予定と違っても、一人で取り戻そうとするな」

 隊員たちの目が、彼へ向いた。

「分からないことは伝えろ。怪我も、装備の不調もだ。黙って抱えたまま進まれる方が困る」

 ガイルが顎を引いた。

 その隣で、隊員の一人が握っていた手を開き、手袋を確かめた。

「要塞を潰して、全員で撤収する。海まで行けば迎えがいる。だが、迎えに無理をさせるための作戦じゃない。帰れる状態を、互いに守れ」

 レイブンは一人ずつ顔を見た。

 エリシアと目が合った。

 彼女は黙って頷いた。

「以上だ。確認が始まったら、担当者の声を聞け」

 ほどなく、降下担当の搭乗員が立ち上がった。

 合図が回り、隊員たちも順に動き始める。

 固定具が鳴った。装備を確かめる手が伸び、隣の者へ身体を向ける。酸素供給の確認、携行品の点検、呼び掛けへの応答が重なり、静かだった機内が瞬く間に騒がしくなった。

「こちらを向け」

「異常なし」

「待て、もう一度見る」

 レイブンも担当者の前で動きを止めた。

 指示された箇所へ手を添え、確認を受ける。

 その途中で、機内通話に別の声が入った。

「指揮担当、司令部から通信」

 レイブンは顔を上げた。

 通信担当が受け取った内容を伝える。

「作戦中止。退却せよ。繰り返す、作戦を中止し、帰投せよとの指示です」

 近くにいたガイルの手が止まった。

 エリシアもこちらを向いた。

 レイブンは一瞬、相手の言葉を理解できなかった。

 すでに敵国の上空にいた。

 ここまで飛び、海上では撤収部隊が動いている。眼下には、これから向かうはずの土地があった。

「退却? ふざけるな、今行くとこだぞ!」

 声が機内通話を突き抜けた。

 隊員たちの動きが止まる。

 発動機音だけが、床と背中を通して響いていた。

 通信担当は返答せず、レイブンを見た。

 エリシアが一歩近づいた。

「レイブン。理由を聞いて」

 彼は彼女へ顔を向けた。

「海の部隊にも関わるわ」

 その言葉に、レイブンは唇を結んだ。

 暗い海で待つルナの姿が浮かんだ。進めば必ず助けられるわけでも、戻れば必ず見捨てることになるわけでもない。

 レイブンは通信担当へ向き直った。

「……中止の理由と、撤収部隊への指示を確認してくれ。俺は作戦継続を求める。こちらは降下前、確認を続けている」

 通信担当が頷き、送信した。

 搭乗員が声を上げる。

「全員、その場で待機。確認中の者は動くな」

 レイブンは握り込んでいた手を開いた。

 ガイルが隣へ寄った。

「全員、聞いてたぞ」

「分かってる」

「なら、次も聞かせろ」

 レイブンは顔を上げ、隊員たちを見た。

「今のは俺の返答だ。各員は待機。搭乗員の指示に従え」

 返事が戻った。

 誰も装備を外さなかった。勝手に降下口へ進む者もいなかった。

 通信を待つ時間は長く感じられた。

 輸送機がわずかに傾き、レイブンは足を踏み直した。通信担当が片手を上げ、届いた言葉を聞き取る。

「司令部より。中止指示は、支援状況の再確認に伴うもの。現在、関係部隊と照合中。降下待機を継続せよ」

 レイブンは頷いた。

 怒鳴ったところで、欠けた確認が埋まるわけではなかった。

 それでも、ここから進むつもりで来た気持ちは変わらなかった。

 やがて、通信担当が再び顔を上げた。

「支援部隊との確認完了。作戦継続。以後、機長および降下担当の指示に従え」

 レイブンは息を吐いた。

「了解」

 待っていた搭乗員が、すぐに確認を再開した。

 止まっていた手が動き出す。互いの装備を見直し、短い応答が機内へ戻った。

 ガイルがレイブンの前へ立った。

「退却?」

 咎めるような声ではなかった。

 レイブンは彼を見た。

 ガイルの目元に、いつもの笑みが戻っていた。

「クソ喰らえ、だろ」

 近くの隊員が小さく笑った。

 張りつめていた肩が、わずかに下がる。

 レイブンも短く息を漏らした。

「ああ。だが、降りたら俺の声も聞けよ」

「そいつは内容によるな」

「聞け」

 エリシアが二人を見て、首を振った。

 それからレイブンの装具を確かめ、手を離す。

「異常なし」

「そっちも、異常なし」

 二人は頷き合った。

 機内の後方で合図が出た。

 開かれた先には、地上の形も判別できない夜が広がっていた。

 隊員たちが並ぶ。

 レイブンは振り返り、全員の顔を見た。

「行くぞ」

 ガイルが拳を上げた。

「退却?」

「クソ喰らえ!」

 返ってきた声が、発動機音へ重なった。

 後に、それはSHADOW LADYの掛け声となった。

 命令を聞かずに突き進むためではなく、恐怖に足を止められそうな仲間を、もう一度前へ向かせる言葉として。

 降下担当の手が上がった。

 レイブンは前へ向き直った。

 次の合図で、夜空へ踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。