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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
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第135話 乃子夜の閃光

第135話 乃子夜の閃光


大和国西部・乃子夜軍港、帝国軍爆撃作戦当日

 雲の切れ間に、海岸線が現れた。

 帝国軍の戦略爆撃機は、大和国西部の上空を進んでいた。翼の向こうには別の機影があり、さらに後方にも、同じ針路を保つ機体が続いている。

 機内では、搭乗員たちが持ち場を離れずにいた。

 交わされる言葉は短かった。確認を求める声に返答があり、そのたびに記録用紙へ書き込みが加わった。

 目標は、乃子夜軍港。

 作戦に使用される兵器の名は、焼夷核融合爆弾〈カイザーⅡ〉だった。

 ヘリオスの改良型として用意されたその爆弾が、機体の内部に収められていた。

 機長は計器から前方へ視線を戻した。

 雲の下には、岸壁と泊地が広がっていた。停泊する艦艇、倉庫、修理施設。そこから内陸へ、道路と線路が伸びている。

「目標地域を確認」

 報告を聞き、機長は頷いた。

 地上では、防空監視所からの通報が軍港へ届いていた。

 警報が鳴り、岸壁にいた兵が空を見上げる。荷役を中断した作業員が、近くの建物へ走り始めた。

「作業を止めろ! 退避しろ!」

 補給品を運んでいた車両が急停車した。荷台から兵が飛び降り、運転手が進路を空けようとハンドルを切る。

 停泊艦の対空砲座では、乗員が空へ砲口を向けていた。

 高い雲のそばに、機影が見えた。

 すぐに砲声が重なった。

 黒い炸裂煙が空へ生まれ、消えていく。岸壁を走る兵が一度だけ振り返り、頭を低くして走り続けた。

 爆撃機の機内に、地上の声は届かなかった。

 搭乗員の一人が手袋を嵌め直した。指がうまく入らず、もう一方の手で引いた。

 投下に関する最後の確認が終わった。

 機長の前には、承認済みの命令があった。

 彼は短く息を吸った。

「投下」

 機体から、カイザーⅡが離れた。

 拘束を解かれた巨体が落下を始める。爆撃機は退避へ移り、搭乗員たちは指示された姿勢を取った。

 乃子夜軍港の上では、まだ対空砲火が続いていた。

 防空壕の入口にいた兵が、駆け込んできた作業員の腕を掴んだ。

「奥へ進め! 入口で止まるな!」

 作業員は頷こうとして、背後の空を見た。

 光が広がった。

 軍港の輪郭が、その中へ消えた。

 直後、衝撃が地上を叩いた。

 倉庫の屋根が持ち上がり、外壁が崩れた。岸壁の設備が折れ、停泊艦の上部構造物へ破片が降り注ぐ。窓という窓が砕け、港へ続く道路を走っていた車両が押し流された。

 熱が襲った。

 露出した甲板で、手すりへ伸ばされた手が届かなかった。

 防空壕の入口にいた兵は、作業員を内側へ押し込んだ姿勢のまま、爆風に呑まれた。

 地下では照明が消えた。

 天井から土が降り、誰かが悲鳴を上げる。闇の中で隣の肩を掴んだ男が、自分の声さえ聞き取れないまま口を動かしていた。

 やがて、低い呻き声が聞こえ始めた。

「……灯りは」

 返事はなかった。

 別の場所で金属を探る音がし、小さな明かりが点いた。

 狭い通路に、人々の顔が浮かぶ。

 入口へ向かおうとした兵が足を止めた。そこには、崩れた土と部材が積み重なっていた。

 彼は振り返った。

「動ける者は、手を貸してくれ」

 最初の一人が立ち上がるまで、少し時間が掛かった。

 地上では、火災が広がっていた。

 港内にいた艦艇から、断続的に爆発音がした。煙に隠れた岸壁では、何が燃えているのかも分からなかった。

 離れた救護施設にも、衝撃は届いていた。

 割れたガラスを踏みながら、衛生兵が入口へ走った。道路の向こうから、負傷者を背負った兵が現れる。

「ここでいいのか!」

「中へ!」

 背負われていた男を下ろす前に、その後ろからも人影が続いた。

 衛生兵は奥へ声を張った。

「場所を空けてくれ! まだ来る!」

 上空の爆撃機では、報告が始まっていた。

 投下を完了したこと。目標地域に巨大な閃光と爆煙を認めたこと。各機が退避を続けていること。

 記録担当の搭乗員が、紙へ視線を落とした。

 揺れる機内で、文字を書き直す。

 機長は前を見たまま、機体の状態を確かめた。

 乃子夜から遠ざかっても、雲を押し上げる煙は、後方の空に見えていた。

 地上の通信所では、倒れた棚の下から無線機を引き出していた。

 兵が二人で持ち上げ、机の代わりに床へ置く。片方が機器を確かめ、もう片方が送話器を握った。

「乃子夜軍港、応答願う」

 雑音が返った。

 周波数を確かめ、呼び掛け直す。

「こちら西部通信所。乃子夜軍港、被害状況を報告せよ」

 返事はなかった。

 兵は送話器を握り直した。

 窓のなくなった壁の向こうに、黒い煙が立ち上っていた。

「……乃子夜軍港、応答願う」

 その背後を、担架を運ぶ者たちが通り過ぎていった。

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