第134話 装甲の内側
第134話 装甲の内側
連邦共和国前線、集落防衛線
通りの向こうで、重いものを引きずる音がした。
レイブンは建物の壁へ身を寄せた。角の先は見えない。だが、低い機関音に混じり、何かが潰れる乾いた音が続いていた。
現地の下士官が、裏手へ目を向けた。
「住民がまだ残っている。退避が終わるまで、ここを持たせる」
エリシアが頷いた。
「残っている家は?」
「あの中庭の向こうだ。兵を行かせているが、老人が動けないらしい」
「案内を一人、お願いします」
下士官は近くの兵を呼んだ。
エリシアはレイブンへ顔を向けた。
「裏を見てくるわ」
「ああ。こっちはガイルと入る」
二人は短く頷き合い、別れた。
レイブンが入った部屋には、連邦兵が二人いた。窓際の一人が振り返り、空いている場所を指す。
「そこから道路が見える。窓へ近づきすぎるな」
レイブンは腰を落とした。
板の隙間から、建物の角が見えた。その先へ、泥のついた車体がゆっくり現れる。
装甲車両だった。
前面に追加された板が、元の車体とは異なる角度で重なっていた。車輪が倒れた荷車を押し、折れた木材が路面を擦っている。
後方には歩兵がいた。
「一両。歩兵が随伴してる」
レイブンの報告を、ガイルが後ろへ伝えた。
連邦兵の一人が、銃床を肩へ引きつけた。
「昨日も、あれに押された」
その声が終わる前に、車載火器がこちらへ動いた。
レイブンは身を沈めた。
壁へ着弾が走った。窓を塞ぐ板が割れ、破片が室内へ降り注ぐ。隣の兵が口元を押さえ、咳き込んだ。
「怪我は?」
「大丈夫だ」
血は見えなかった。
射撃が途切れたとき、ガイルが反対側の隙間から外を見た。
「歩兵が来る」
レイブンも位置を変えた。
車体の陰から離れた敵兵が、道端の建物へ走っていた。味方が撃つと、その一人が姿を消す。続く者は壁へ張りつき、窓へ銃を向けた。
レイブンは狙いを定め、一発撃った。
相手が身を引く。
すぐに窓から離れた。その直後、さっきまで顔を寄せていた場所を銃弾が抜けた。
「見られてるな」
ガイルが言った。
「ああ」
レイブンは残弾を確かめた。
新しい対装甲弾薬は、通常弾と分けたまま携行していた。だが、動く車両へ撃って結果を試すために、ここへ来たわけではなかった。
「対装甲班は?」
ガイルの問いに、廊下の兵が答えた。
「こちらへ向かっている!」
その声に重なり、裏手から助けを呼ぶ声がした。
レイブンが顔を向ける。
エリシアと連邦兵が、戸板に寝かせた老人を運んでいた。後ろから女性が続き、落ちかけた毛布を必死に押さえている。
「廊下を空けて!」
ガイルが弾薬箱を壁へ寄せた。
エリシアは老人の足元を支えたまま、狭い戸口を通った。レイブンも一歩下がり、通る場所を空ける。
老人の手が震えていた。
その手を、後ろの女性が握った。
「もう少しだから」
四人が裏口へ消える。
レイブンは再び前へ向き直った。
階上から叫び声がした。
「脇の庭へ入られた!」
ガイルがすぐに動いた。
レイブンも廊下へ出る。庭に面した戸口へ着くと、崩れた塀の向こうで銃身が動いた。
敵兵と目が合った。
レイブンが撃つのと、相手が身を引くのはほとんど同時だった。
塀へ弾が当たり、欠けた石が落ちる。続いて反撃が来た。
ガイルがレイブンの肩を引いた。
二人は戸口の両側へ分かれ、低く構えた。
「こっちへ回り込もうとしてる」
「裏の退避路に出るつもりだろ」
連邦兵が駆けつけ、奥へ報告を送った。
正面の車載火器が、また射撃を始めた。
壁が震えるたび、棚に残っていた食器が触れ合った。割れた皿が一枚落ち、床で砕けた。
ガイルが舌打ちした。
「好きに撃ちやがって」
その直後、外で味方の号令が響いた。
「正面の射線を空けろ!」
連絡が部屋から部屋へ伝わった。
レイブンたちは裏手を警戒したまま、身を低くした。
鋭い発射音に続き、重い衝撃が来た。
機関音が乱れた。
上階の監視兵が叫ぶ。
「命中! まだ動いてる!」
車載火器が一度、短く火を噴いた。
次の一撃で、路面を軋ませていた音が止まった。
煙が建物の間へ流れ込む。
「敵歩兵、下がってる!」
ガイルはすぐには戸口へ出なかった。
レイブンも庭を見続けた。塀の陰に残っていた人影が、奥へ退く。銃を向けたが、壁に隠れたあとを追って撃つことはしなかった。
やがて、背後からエリシアが戻ってきた。
「住民は送り出したわ」
息が弾んでいた。袖口は泥に汚れ、手の甲には赤い擦り傷があった。
レイブンがそこを見ると、彼女は手を軽く握った。
「擦っただけよ」
「ああ。あとで洗ってくれ」
彼女は頷き、通りへ目を向けた。
停止した敵車両は、建物の角に斜めに止まっていた。
周囲を味方が警戒し、対装甲班が別の位置へ移っていく。まだ敵が残っている可能性があるため、確認の許可はすぐには出なかった。
レイブンは壁際で待った。
隣でガイルが水筒を差し出す。
「飲んどけ」
受け取り、一口だけ飲んだ。
しばらくして、車両の確認に当たった兵が戻ってきた。
「前面の板が剥がれています。内側に、別の部材があるようです」
レイブンは水筒の蓋を閉めた。
ガイルがこちらを見た。
「待てよ」
「分かってる」
レイブンは立ち上がらず、エリシアへ顔を向けた。
彼女が確認に行く許可を取り、現地の担当者とともに戻ってくる。
「案内してもらえるわ。近づく範囲は、指示に従って」
三人は兵の後ろを歩いた。
車両へ近づくと、焦げた塗料と油の匂いがした。足元には外れた金具や装甲の破片が散っている。
担当者が手を上げた。
「ここまでだ」
レイブンは止まった。
破れた外板の奥に、暗い色の部材が見えた。表面に走る細かな筋が、煙の切れ間で光を返す。
エリシアが息を吐いた。
「航空機だけではなかったのね」
レイブンは頷いた。
あの機体にあったものと、同じ特徴だった。
父のいる帝国へ送った一機だけの特殊な装備とは、もう考えにくかった。
「記録を頼む」
レイブンが言うと、ガイルは手帳を開いた。
「見えるところだけな」
「ああ」
レイブンは触れずに、部材の位置を示した。
新しい対装甲弾薬は、まだ使っていなかった。それでも、父へ送らなければならない報告が、もう一つ増えていた。




