↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
PR
131/261

第131話 二か月後の疑問と機体に残された答え

第131話 二か月後の疑問と機体に残された答え


帝国参戦から二か月後、連邦共和国前線

 車両が止まっても、レイブンはすぐには立ち上がらなかった。

 長い移動で固まった膝を伸ばし、肩の帯を直す。先に荷台を下りたガイルが、路面を確かめてから顔を上げた。

「足元、滑るぞ」

 差し出された手を借り、地面へ下りた。

 靴底の下で、濡れた砂利が鳴った。

 帝国が参戦してから、二か月が過ぎていた。

 その間、部隊は出動準備と移動を重ねた。乗り継ぎのたびに荷物と人員を確かめ、途中の集積地では次の輸送を待った。命令書に書かれた目的地が変わることもあった。

 ようやく到着した前線では、遠くの砲声が途切れず聞こえていた。

 車両の脇を、連邦軍の兵士が走っていった。外套の裾は泥に汚れ、片手には通信線を巻いた器材を抱えている。続いて来た二人が道を空けるよう声を掛け、負傷者を乗せた車両を通した。

 レイブンは荷物を肩へ掛けた。

 道路の向こうに、屋根の半分を失った建物があった。

「指揮所は、あそこだ」

 下士官の声に従い、一同は歩き始めた。

 建物の内部には、濡れた衣服と紙の匂いがこもっていた。

 窓は板で塞がれ、卓上の灯りが地図を照らしている。壁際では通信兵が受話器を耳へ押し当て、相手の言葉を聞き返していた。

 部隊を迎えた連邦軍将校は、短く挨拶を済ませると地図の前へ移った。

「現在の防衛線だ」

 指された線は、川と高地を縫うように延びていた。

 その向こうに、大和国軍の配置が書き込まれている。

「正面への攻撃だけではない。隣接部隊との間を探り、薄いところへ入り込んでくる。連絡が遅れれば、こちらが後退を決める前に道を押さえられる」

 将校の指が、道路の分岐で止まった。

「ここでは補給車列が攻撃された。別の経路へ回した翌日には、そちらでも待ち伏せを受けた」

 ガイルが地図へ身を寄せた。

「航空攻撃ですか」

「それもある。だが、地上部隊による攻撃も増えている」

 将校は別の紙を重ねた。

 部隊ごとの報告をまとめたものだった。接触した時刻、確認された車両、砲撃を受けた位置。記録には、まだ空欄も多かった。

「敵の装備は、部隊によって違う。同じ歩兵でも、支援火器の数が揃っていない。車両についても、以前の資料だけでは判別できないものがある」

 レイブンは紙へ目を落とした。

 ここまでの移動中にも、大和国軍の勢いについては聞いていた。だが、目の前の報告は、単に兵が多いという話ではなかった。

「砲撃が始まるまでの時間は、どれくらいですか」

 尋ねると、将校が顔を向けた。

「敵と接触してからか」

「はい」

「場所による。だが、こちらが移動を始めたところへ砲撃が来た例がある。観測されていた可能性が高い」

「そのとき、航空機は」

「確認できていない」

 レイブンは頷き、地図を見直した。

 説明が終わるまで、いくつか質問が続いた。担当する区間、隣接部隊、連絡の方法、負傷者の搬送先。

 外へ出る頃には、空が低く曇っていた。

 ガイルは建物の壁際で足を止め、上着の襟を直した。

「着いて早々、嫌な話ばかりだな」

「ああ」

 レイブンは指揮所の入口を振り返った。

 兵士が一人、伝令を連れて中へ入っていく。すれ違った将校の手には、新しい報告が握られていた。

「何か引っ掛かってるのか」

 ガイルに聞かれ、レイブンは視線を戻した。

「大和国は、どうやってここまで強くなったんだろうな」

 ガイルの手が襟元で止まった。

「奇襲が成功したからだろ」

「最初はな」

 レイブンは言葉を選んだ。

「港と飛行場を先に叩けば、上陸する側は動きやすくなる。そこまでは分かる。だが、上陸した部隊を二か月動かし続けるには、弾も燃料も、修理する人間も要る」

「海の向こうから、運んでるんだろうな」

「ああ。それを、どれだけ前から用意してたのかと思って」

 レイブンは濡れた道へ目を落とした。

 荷車一台を通すために、迂回路を調べた日のことを思い出した。使える道と、地図に描かれた道は違う。重い車両と大量の物資を送り続けるなら、なおさらだった。

「装備もそうだが、さっきの話だと動かし方まで変わってる」

「元からできたのに、こっちが知らなかった可能性もある」

 ガイルが言った。

「そうだな」

 レイブンはすぐに頷いた。

「俺たちが知っていた大和軍の方が、古いのかもしれない」

 新しい兵器があるから強くなった、と決めつけるには足りなかった。訓練を重ねたのか、指揮の仕組みを変えたのか。連邦側の混乱が、敵の動きを実際以上に速く見せている可能性もあった。

 今ある報告だけでは、分からない。

 ガイルが指揮所の方へ顎を向けた。

「だったら、その疑問も伝えとこうぜ。俺たちだけで考えてても、資料は増えない」

「ああ」

 二人は建物へ戻った。

 レイブンは担当の下士官へ声を掛け、先ほどの報告で気になった点を伝えた。以前の資料との違いを確かめたいこと。装備の名前だけでなく、接触から砲撃までの経過や、部隊ごとの動きも知りたいこと。

 下士官は話を聞き、手帳へ書き留めた。

「情報担当へ回す。お前たちも、現場で見たことと推測を混ぜるなよ」

「了解」

「まずは、自分たちの区間を覚えろ」

 外から集合を知らせる声がした。

 レイブンとガイルは返事をし、指揮所を出た。

 案内の兵が、交通壕へ続く道で待っていた。肩の荷物を直し、二人はそのあとへ続いた。

 遠くで砲声が重なった。

 レイブンは一度だけ東の空を見た。

 その向こうにいる敵について、自分はまだ、知らないことが多かった。

連邦共和国前線、到着後。指揮所へ戻った伝令は、扉を閉める前に報告した。

「敵機撃墜の報告です。三機。うち一機は胴体着陸し、原形をほぼ保っています」

 地図の前にいた将校が顔を上げた。

「場所は」

 伝令が示した位置へ、指が集まった。

 前線から後方へ下がった農地だった。二機は墜落時に大破していたが、残る一機は地面を滑り、畑の端で停止したという。

「搭乗員は?」

「現地部隊が確保しています」

 報告を聞いていたレイブンは、ガイルと顔を見合わせた。

 先ほどまで考えていた疑問が、頭をよぎった。

 敵が何を使い、どう戦っているのか。その手掛かりが、機体ごと地上に残っている。

 将校は現地部隊との連絡を命じ、続いて書類を担当者へ渡した。

「SHADOW Ladyへ。現場の確保と機体の初動確認を受け持ってもらう。専門要員が着くまで、勝手に動かすな」

 ほどなく、レイブンたちにも同行の指示が来た。

 現地へ向かう車両の中で、エリシアは報告の写しを読んでいた。振動で揺れる紙を押さえ、最後まで目を通してから隣へ渡す。

「火災は起きていないそうよ」

「燃料は残ってるかもしれないな」

 ガイルが言った。

 エリシアは頷いた。

「機体には触らないで。周囲を確認してからよ」

 レイブンも返事をした。

 しかし、車両を下りて機体を見た瞬間、その足が止まった。

 敵機は畑へ長い溝を刻み、機首をわずかに下げて止まっていた。胴体下面は擦れ、プロペラも曲がっていたが、翼と尾部は形を保っている。開いた風防の向こうに、空の操縦席が見えた。

 現地の兵が近づいてきた。

「周囲は確認済みです。搭乗員は後送しました。機体内部には、まだ――」

 レイブンはその言葉を聞きながら、機首の脇を見ていた。

 裂けた覆いの隙間に、何かがあった。

 暗い金属の間に、妙に滑らかな面が覗いている。泥や油に汚れても、その部分だけが、周囲の部品とは違って見えた。

「レイブン?」

 エリシアの声がした。

 彼は答えず、機体へ歩き出した。

「待って。まだ確認が済んでいないわ」

「おい、触るなよ」

 ガイルが続けた。

 レイブンは止まらなかった。

 翼の付け根を避け、開いた操縦席へ近づく。足を掛ける場所を見定め、風防の縁へ手を添えた。

「クロウ、下がれ!」

 背後から制止が飛んだ。

 それでも彼は操縦席を覗き込んだ。

 座席、計器盤、操縦桿。視線を順に動かす。使い込まれた革と金属の中に、場違いな質感の部材があった。

 計器盤の奥へ続く配線の脇だった。

 レイブンは顔を近づけかけ、そこで動きを止めた。

 見覚えがあった。

 形は違う。取り付けられた場所も、ここで何を担っているのかも分からない。

 だが、その表面の細かな筋と、光を鈍く返す色を、彼は知っていた。

「……くそ」

 低い声が漏れた。

 急いで近づいてきたガイルが、彼の腕を掴んだ。

「何をやってる。聞こえなかったのか」

「ここを見ろ」

 レイブンは指を差した。触れないよう、手前で止める。

 ガイルの視線が、その先へ移った。

 エリシアも反対側から操縦席を覗き込む。ほかの隊員たちが周囲へ集まり、二人の見ている場所を確かめた。

 誰かが舌打ちした。

 ガイルの手が、レイブンの腕を掴んだまま固くなる。

「……何で、こんなものが」

 エリシアは答えなかった。

 彼女の目も、同じ箇所に留まっていた。

 異界の素材だった。

 異界軍との戦闘で見たものと、同じ特徴があった。それが破片として紛れ込んだのではなく、機体内部の部材として組み込まれていた。

 レイブンは機首の方へ目を向けた。

「前にもある。覆いが裂けたところだ」

 エリシアがすぐに隊員へ視線を送った。

「離れた位置から確認して。外したり、触ったりしないで」

 隊員が頷き、機体の前方へ回った。

 ガイルはようやくレイブンの腕を離した。

「降りろ。見つけたからって、勝手に次へ行くな」

 レイブンは返事をしなかった。

「レイブン」

 エリシアの声に、彼は顔を向けた。

「今度は、止まって」

 彼女は目を逸らさなかった。

 レイブンは一度息を吐き、地面へ下りた。

「……すまない」

「あとで聞くわ」

 エリシアは機体から距離を取り、現地の兵へ向き直った。

「この機体に触れた人と、移したものがあれば教えてください。搭乗員の所持品も、機体の回収品と混ぜないよう伝えて」

 周囲の空気が変わった。

 それまで機体の形や損傷を見ていた兵たちが、指示を聞き直し、それぞれの担当へ散っていく。

 前方を確認した隊員が戻った。

「機首内部にもあります。ここから見える範囲だけでは、全体は分かりません」

 エリシアは頷いた。

「そのままにして。指揮所へ報告する」

 レイブンは、畑に止まった敵機を見つめた。

 大和国は、どうやって強くなったのか。

 その疑問へ、目の前の機体が一つの手掛かりを示していた。

 だが、異界の素材を使っていると分かっただけでは、出所までは分からない。どこで手に入れ、誰が加工し、どれほどの機体へ組み込んでいるのか。戦場で拾ったものなのか、別の経路があるのか。

 考えが先へ走りかけ、レイブンは唇を結んだ。

 指揮所で言われた言葉を思い出す。

 見たことと、推測を混ぜるな。

「ガイル」

「何だ」

「俺が最初に見た場所から、記録を手伝ってくれ。操縦席と、機首だ」

 ガイルは手帳を取り出した。

「今度は、ここからだぞ」

「ああ」

 少し離れた場所で、エリシアが通信担当へ報告内容を伝えていた。

「敵機内部に、異界由来とみられる素材を確認。使用箇所、機能、入手経路は不明。専門要員による調査を要請します」

 復唱を聞き終えると、彼女はもう一度機体を見た。

 翼には、大和国の標識が描かれていた。

 その下で、裂けた外板の隙間から異界の素材が覗いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。