第129話 ラ・カスタ包囲
第129話 ラ・カスタ包囲
大和国軍奇襲当日、連邦共和国東部海岸線
海岸の守備陣地へ届いた最初の報告には、ラカエア軍港が攻撃を受けたことしか書かれていなかった。
その後、電話が繋がらなくなった。
受話器を置いた兵が、沖へ目を向ける。
水平線に並んでいた艦影の前を、小さな艇がいくつも進んでいた。白い航跡が重なり、朝の海を岸へ向かって伸びてくる。
「上陸艇、接近!」
陣地の中で声が走った。
機関銃の覆いが外され、弾薬箱が運び込まれる。砲兵へ連絡を取ろうとしていた下士官は、応答のない電話を部下へ渡し、観測所を出た。
艦砲弾が飛来した。
海岸の後方で土が噴き上がり、続く着弾が交通壕を崩した。砂を被った兵士が這い出し、口の中の土を吐く。その隣では、埋まった仲間の腕を二人掛かりで引いていた。
「前を見ろ! 来るぞ!」
沖の上陸艇が、波の向こうから姿を現した。
守備側の機関銃が射撃を始めた。
海面に水飛沫が走り、艇の外板へ火花が散った。艇内では大和国の兵士たちが身を低くしていた。揺れる床に足を踏ん張り、前の兵の背中へぶつかる。
艇が浅瀬へ乗り上げた。
前部が開いた途端、銃弾が内部へ飛び込んだ。
先頭の兵が崩れ、後続がその身体につまずいた。怒鳴り声が重なる。立ち止まった兵の肩を誰かが掴み、脇へ押し出した。
海へ飛び降りた男の膝まで、水が跳ねた。
彼は銃を抱え直し、砂浜へ向かって走った。
守備陣地の射手は引き金を絞り続けていた。
照準の先に、人影が増えていく。倒れた者のそばを別の兵が走り抜け、低い砂丘の陰へ消える。
「右にもいる!」
助手の叫びで銃口を振ろうとしたとき、背後へ砲弾が落ちた。
衝撃で胸を打たれ、射手は銃架へ倒れ込んだ。
すぐに代わりの兵がその身体を支え、射座へ入った。渡された弾帯を押さえる手が震えていた。
昼が近づくにつれ、守備側の連絡は途切れがちになった。
隣の陣地を呼んでも返事がない。伝令を出すと、戻るまでに道が砲撃される。負傷者を後送する車両と、弾薬を運ぶ車両が、狭い道で向かい合って止まった。
将校が車外へ飛び出し、手を振った。
「片側を空けろ! 負傷者を先に通す!」
その上空を、大和国の航空機が横切った。
兵士たちが側溝へ飛び込む。車列へ機銃弾が走り、フロントガラスが砕けた。
後方から来るはずの援軍は、まだ見えなかった。
やがて、海岸陣地の一角で射撃が止まった。
崩れた通路の先へ、大和国の兵士が姿を現す。守備兵が振り向き、至近から撃ち合った。土嚢へ銃を預けていた兵が弾倉を替える間にも、脇の塹壕から別の敵が入り込んだ。
「後ろだ!」
叫びに続いて銃声が響いた。
陣地を率いていた将校は、残った兵を見渡した。海側だけを向いて撃てる状況ではなくなっていた。
「第二線へ下がる! 負傷者を連れていけ!」
命令を伝える兵が、壕の中を走った。
正午頃、海岸防衛線は突破された。
すべての陣地が同時に沈黙したわけではなかった。孤立してなお射撃を続ける砲座も、後退する味方を援護する分隊も残っていた。
しかし、その間を抜けた大和国軍は、内陸への進出を始めていた。
上陸地点へ車両が揚がり、道路へ向かう兵の列が続く。海岸から離れた交差点では、退却してきた連邦軍と進出する大和国軍が鉢合わせ、民家の壁を挟んで撃ち合った。
首都ラ・カスタへ、報告が相次いだ。
東部に位置する首都と海岸を結ぶ道路上で、敵部隊が確認された。別の報告では、南東側でも交戦が始まっていた。
司令部の地図へ印が増えていく。
「この部隊は、どこまで下がっている」
「確認中です。最後の連絡では――」
答えかけた通信兵へ、隣から新たな紙が渡された。
将校がそれを読み、地図の北側へ手を伸ばした。
市街では、昼過ぎから通りの様子が変わっていた。
窓に板を打ち付ける音が響き、商店の扉が閉められていく。家族を捜す者と、避難を急ぐ者が、駅へ向かう道で重なった。
憲兵が交差点に立ち、車両と人の流れを分けようとしていた。
「ここは空けてください! 救急車が通ります!」
荷車を押していた老人が止まり、後ろの人々も足を止めた。その隙間を、負傷兵を乗せた車両が通り抜ける。
遠くで砲声がした。
誰かが東を見た。
次の音は、先ほどより近かった。
防衛部隊は市街の入口へ配置された。
海岸から戻った兵もいた。砂と泥の乾いた軍服のまま弾薬を受け取り、初めて会う下士官の指示で建物へ入っていく。
「この先は?」
「味方がいる。だが、引き揚げてくる可能性がある。撃つ前に確かめろ」
窓際についた兵は、頷いて道路を見た。
ほどなく、角の向こうから数人が走ってきた。
連邦軍だった。一人は銃を持たず、もう一人の肩を借りていた。
防衛兵が入口から手を振る。
「こっちだ!」
最後の一人が建物へ飛び込んだ直後、通りの壁へ銃弾が当たった。
窓際の兵が応射する。
ラ・カスタの市街戦が始まった。
夕刻には、東側だけを守っていれば済む状況ではなくなっていた。
北の道路でも敵と接触し、南の地区からも援護を求める声が届いた。西へ抜けようとした車両が引き返し、前方の道も攻撃を受けていると報告した。
司令部では、残された通路を確かめる問い合わせが繰り返されていた。地図上で味方を示していた印が、連絡の取れないまま動かなくなる。
「負傷者の搬送路は」
「現在、別の経路を確認しています」
「避難民もいる。通れる道を探せ」
砲撃で照明が揺れた。
天井から細かな埃が落ち、地図の上へ積もった。
市内の防衛拠点では、弾薬を持った兵が階段を駆け上がっていた。
「持ってきた!」
窓際の射手が片手を上げる。
箱を置いた兵は、そのまま床へ座り込みかけた。だが、下の階から担架を呼ぶ声がすると、すぐに立ち上がった。
夕日が建物の間を照らしていた。
西側の窓にも銃手を置くよう命令が来た。
分隊を率いる下士官は、一瞬だけ目を閉じ、それから二人を呼んだ。
「裏へ回れ。階段は空けておけ」
兵たちが動く。
東の窓では、射手が新しい弾倉を差し込んだ。背後からも銃声が聞こえ始めていた。
首都ラ・カスタは、四方から迫る敵を相手に防衛戦を続けていた。
階下の入口が開き、避難してきた母子が駆け込んだ。兵が扉を押さえ、廊下の奥を示した。
「地下へ。足元に気をつけて」
子供を抱いた母親が頷き、薄暗い階段を下りていく。
兵はそれを見届け、再び通りへ顔を向けた。




