第128話 帰宅の報せ
第128話 帰宅の報せ
帝国・クロウ家、帰国当日
門を開けると、庭の奥からルナが顔を上げた。
「お帰り!」
手にしていたものを置き、玄関へ先回りしていく。その足音を聞きながら、レイブンはエリシアと目を合わせた。
「まず、何から話す?」
彼女が小声で尋ねた。
「無事に着いたところからだろうな」
「そのあとは?」
レイブンが答える前に、玄関の扉が開いた。
「兄さん、エリシアさん。どうだった?」
ルナの顔を見て、エリシアが微笑んだ。
「ちゃんと、父と母に会ってきたわ」
「それで?」
「少し落ち着かせてやれ」
レイブンが言うと、ルナは兄の荷物へ手を伸ばした。
「じゃあ、持つから早く入って」
「重いぞ」
「それくらい分かるよ」
受け取った荷物を抱え直し、妹は廊下へ入った。
その向こうに、ヴァルターが立っていた。
レイブンは挨拶をしようとして、父の表情に気づいた。
「……父さん?」
「二人とも、帰ったばかりですまん。先に聞いてほしいことがある」
エリシアが隣で足を止めた。
奥からセレナも出てきたが、いつものように旅の様子を尋ねようとはしなかった。
ヴァルターはエリシアを見た。
「連邦共和国が、大和国の奇襲を受けた」
彼女の手から、手袋が落ちた。
誰もすぐには拾わなかった。
「……どこですか」
エリシアの声は低かった。
「東部のラカエア軍港だ。近くの陸軍飛行場も攻撃されたという報告が入っている」
「いつ」
「今日の朝だ」
レイブンは、列車の窓から見た景色を思い出した。
駅のホーム。乗り継ぎの時刻を確かめていたエリシア。母親が持たせてくれた包みを、二人で開いた車内。
あの時間に、海の向こうでは攻撃が始まっていた。
「被害は?」
レイブンが尋ねた。
「まだ全体は分からん。艦艇と港湾施設に損害が出ている。飛行場も発進に支障があるらしい」
ヴァルターはそこで言葉を切った。
「これ以上は、確認できていない」
エリシアが唇を結んだ。
レイブンは床から手袋を拾い、彼女へ渡した。受け取った指は、そのまま動かなかった。
「父と母に、連絡を」
「ああ」
レイブンは頷き、父を見た。
ヴァルターはすでに廊下の奥へ身体を向けていた。
「電話を使いなさい。ただ、今は繋がりにくくなっているかもしれん」
エリシアは礼を言い、父のあとへ続いた。
ルナが抱えたままになっていた荷物を、セレナがそっと受け取る。
「こちらは置いておくわ。二人とも、中へ」
レイブンはエリシアの後ろを歩いた。
電話のそばへ座った彼女は、実家の番号を確かめる必要がなかった。慣れた手つきで接続を求め、受話器を耳へ当てる。
返答を待つ間、もう片方の手が膝の上で握られていた。
「……はい。待ちます」
短く答え、彼女は目を伏せた。
レイブンは隣に立ったまま待った。
故郷の家は、攻撃を受けた場所とは違う。それでも、今朝までそこで一緒にいた家族の声を聞くまでは、距離の説明など役に立たなかった。
壁の時計が時を刻んでいた。
やがて受話器の向こうから声がした。
エリシアが顔を上げる。
「母さん?」
レイブンにも聞こえるほど、息が大きく漏れた。
「ええ、着いたわ。今、クロウ家にいるの。……そちらは?」
彼女は黙って耳を傾けた。
握っていた手が、少しずつほどけていく。
「父さんも一緒なのね」
それを聞き、レイブンも肩の力を抜いた。
エリシアは窓の外を見た。
「こちらで聞いたの。ラカエアのこと」
返ってくる言葉を聞くうちに、彼女の表情が再び硬くなった。
「分かってる。無理に出歩かないで。何かあったら……」
そこで一度、声が詰まった。
「……連絡して」
少しして、彼女は受話器をレイブンへ差し出した。
「父さんが」
レイブンは受け取り、名乗った。
「無事に着きました。今、両親の家です」
今朝別れたばかりのクラウンの声が返った。
『そうか。二人とも、着いたんだな』
「はい」
『こちらも家にいる。エリシアには、所属先の指示を確かめるよう伝えてくれ。慌てて戻ろうとせず、まず連絡を取るように』
「承知しました」
隣のエリシアも、その言葉を聞いて頷いていた。
レイブンは受話器を持ち直した。
「また、こちらから連絡します」
『ああ。君も、ご両親によろしく伝えてくれ』
通話を終えても、エリシアはしばらく電話を見ていた。
セレナがそばへ来て、水の入ったカップを置いた。
「お二人とも、ご無事なのね」
「はい。ありがとうございます」
エリシアは両手でカップを持ったが、すぐには飲まなかった。
「私、所属先へ連絡します」
「ここを使ってくれ」
ヴァルターが答えた。
レイブンも上着の内側へ手を入れ、休暇と帰還に関する書類を取り出した。自分も基地へ連絡し、帰国したことと現在地を伝える必要があった。
ルナが戸口から二人を見ていた。
先ほどまで聞きたがっていた旅の話を、もう尋ねようとはしなかった。
「兄さん。荷物、部屋へ置いておくね」
「ああ。ありがとう」
妹が頷き、廊下へ戻っていく。
エリシアはカップをひと口だけ飲み、再び受話器へ手を伸ばした。
レイブンは隣の椅子を引いた。
両家に伝えようと思っていた結婚の話は、まだ口にできていなかった。けれど、これからの暮らしを共に考えたいと告げた相手が、今、その隣にいた。
エリシアが接続先を伝える声を聞きながら、レイブンは手元の書類を開いた。




