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黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
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第124話 父の返事

第124話 父の返事


連邦共和国滞在最終日の朝

 エリシアの父に呼ばれたのは、朝食の支度が始まる頃だった。

「少し、時間をもらえるか」

 廊下へ出たレイブンは、その声に振り返った。

 クラウン・G・ヴォルハラムが、奥の部屋の前に立っていた。

「はい」

 返事をして近づくと、クラウンは扉を開け、中へ入るよう促した。

 窓際の机には、書類が数枚重ねられていた。壁の棚には本が並び、その一角に小さな写真立てが置かれている。

 幼いエリシアが、両親の間で笑っていた。

「今日、帰るそうだな」

 クラウンの声で、レイブンは視線を戻した。

「はい。朝食をいただいたあと、出発する予定です」

 昨夜、エリシアと話して決めたことだった。

 両親には会えた。紹介の件も、本人の意思を伝えられた。もう一晩泊まるよう勧められたが、帰りの移動と休暇の日数を考え、予定どおり翌日に発つことにした。

 夕食の席では、エリシアの幼い頃の話も聞いた。

 彼女が止めようとするほど母親は楽しそうに話し、クラウンも、娘が忘れていた出来事をいくつか付け加えた。レイブンも家族やガイルのことを話した。話題を探さずに言葉が出る頃には、食卓の皿はすっかり片づいていた。

 それでも、まだ伝えていないことがあった。

「座ってくれ」

 クラウンが椅子を示した。

 レイブンはその前で足を止めた。

「その前に、私からお話ししてもよろしいでしょうか」

 クラウンは椅子へ伸ばしかけた手を戻した。

「ああ。聞こう」

 レイブンは背筋を伸ばした。

 昨日、将来については十分に話せていないと答えた。それは事実だった。どこで暮らすのか、互いの仕事をどうするのか、いつまでに何を整えるのか。決めるべきことは残っている。

 だが、それを考える間も、隣にいてほしい相手は決まっていた。

「私は、エリシアと結婚したいと思っています」

 クラウンは黙って彼を見ていた。

「昨夜も考えました。まだ二人で相談しなければならないことはあります。彼女には、改めて私から申し込みます。その前に、お父様にも、私の気持ちをお伝えしておきたかったんです」

 言い終えると、部屋の外から微かな食器の音が聞こえた。

 クラウンが頷いた。

「ああ、構わんよ」

 レイブンは動かなかった。

「……はい?」

「私に異存はない。エリシアが承知するなら、二人で決めなさい」

 今度こそ言葉を理解したが、返事が出てこなかった。

 クラウンはその顔を見て、わずかに眉を上げた。

「もっと長く待たせた方がよかったか」

「いえ。そういうわけでは」

 レイブンは慌てて首を振った。

「ただ、もう少し……いろいろ聞かれるものだと」

「昨日、ずいぶん聞いただろう」

「はい」

「夕食のあともな」

 確かに、そのとおりだった。

 レイブンが口を閉じると、クラウンはようやく椅子へ腰を下ろした。改めて向かいを示され、レイブンも座った。

「国の違いも、仕事のことも、心配がなくなったわけではない」

「はい」

「ただ、娘が自分から君を連れてきた。私たちに会わせたいと言ってな」

 クラウンは机の端へ目を向けた。

 そこには、エリシアから届いた手紙があった。

「手紙を読んだときは、どんな男が来るのかと思ったよ」

「……ご期待に沿えたでしょうか」

「娘と話しているときの君を見て、少し安心した」

 レイブンは顔を上げた。

「私が何か尋ねるたび、君はまずエリシアの話を聞いていた。昨日の紹介の件でも、娘に代わって断りに来たわけではなかった」

 クラウンはレイブンへ視線を戻した。

「これからも、二人でよく話しなさい。困ったときほど、勝手に相手の答えを決めないように」

「はい」

 今度の返事には、迷いがなかった。

 クラウンは頷き、口元を緩めた。

「それで、娘にはいつ言うつもりだ」

「……帰る前には」

「そうか」

 そのとき、扉が鳴った。

「父さん。朝食の用意ができたわ」

 エリシアの声だった。

 レイブンは思わず扉を見た。

 クラウンが立ち上がる。

「今行く」

 扉を開けると、エリシアが二人を見比べた。

「何の話をしていたの?」

「帰る前に、少しな」

 父親の返事に、彼女はますます不思議そうな顔をした。

 クラウンは先に廊下へ出た。二歩ほど進んだところで振り返り、レイブンに声を掛ける。

「返事は、本人からもらうように」

 エリシアの視線が、父からレイブンへ移った。

 クラウンはそのまま食卓へ向かい、廊下に二人が残された。

「……何の返事?」

 レイブンは一度、息を整えた。

 予定していた場所でも、考えていた切り出し方でもなかった。だが、彼女が目の前で答えを待っていた。

「エリシア」

「ええ」

「俺と、結婚してほしい」

 彼女の目が大きく開いた。

 レイブンはその顔を見つめたまま、言葉を続けた。

「暮らす場所も、これからのことも、一緒に考えたい。帰る家を、お前と持ちたいんだ」

 エリシアは唇を開きかけ、何も言わずに閉じた。

 頬へ赤みが差していく。

「父さんに、それを?」

「ああ。お前には俺から申し込むと伝えた」

「それで、父さんは?」

「構わないと。お前が承知するなら、二人で決めろと」

 エリシアは父の歩いていった方を見た。

 それから顔を戻し、少し困ったように笑った。

「私より先に返事をしたのね」

「……そうなるな」

 彼女の手が伸び、レイブンの手を取った。

「私も、あなたと結婚したい」

 レイブンは握られた手へ目を落とした。

 その温かさを確かめるように、指を握り返す。

「いいのか」

「ええ」

 エリシアは近づき、もう一方の手も重ねた。

「一緒に、考えていきましょう」

 レイブンは頷いた。笑おうとしたが、うまく言葉にならず、握る手に少し力が入った。

 食卓の方から、母親の声がした。

「二人とも、冷めてしまうわよ」

「今行くわ」

 エリシアが答えた。

 それでも、二人はすぐには手を離さなかった。

 やがて彼女が小さく笑い、レイブンの手を引いた。

 食卓では、クラウンが何事もなかったように茶を飲んでいた。隣の母親は、二人の繋いだ手を見てから、娘の顔を見上げた。

 エリシアが頷く。

 母親の表情が、ゆっくりと和らいだ。

「そう。……まずは、座って」

 レイブンは椅子を引き、エリシアと並んで腰を下ろした。

 窓から朝の光が差し込み、用意された四人分の食器を照らしていた。

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