↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鴉年代記 ~戦火を超えて、受け継がれる意志~  作者: @12
第二部:戦火の終焉と新たなる時代 第一章 交わる軍旗、影と戦乙女
PR
116/261

第116話 朝の呼集

第116話 朝の呼集


帰隊翌日の朝

 廊下を歩く靴音で、レイブンは目を覚ました。

 窓の外はまだ薄暗かった。寝台の上で身体を起こし、しばらく耳を澄ませる。隣室で誰かが欠伸をして、水場の方では蛇口をひねる音がした。

 いつもの兵舎の朝だった。

 身支度を整えたあと、机の上の便箋を手に取った。昨夜書いた短い手紙を読み返し、封筒へ収める。宛名を書いていると、扉が二度鳴った。

「起きてるか」

「今行く」

 封筒を上着の内側へ入れ、扉を開けた。

 ガイルが立っていた。こちらの顔を見るなり、わずかに眉を上げる。

「今日は早いな」

「お前が来たからだろ」

「感謝してくれていいぞ。朝飯を食い損ねずに済む」

 並んで廊下を歩くと、開いた部屋の中で靴紐を結んでいた兵士が顔を上げた。短く挨拶を交わし、そのまま階段を下りる。

 食堂はすでに混み始めていた。

 食器の触れ合う音と、眠そうな声が低い天井の下に重なっている。配膳を受けて席についたところで、レイブンは持ってきた包みを卓上へ置いた。

「母さんからだ。皆で食べろって」

 ガイルが包みを覗き込んだ。

「お前、昨日のうちに言えよ」

「夕飯を食ったあとだっただろ」

「菓子は入る」

 すぐ隣の兵士が笑い、ガイルの手元へ視線を向けた。

「一人で抱えるなよ」

「まだ取ってねえだろ」

 レイブンは包みを開き、卓の中央へ押した。

 菓子は端から順に手渡され、ほどなく半分ほどになった。ガイルはひとつ齧り、口の中のものを飲み込んでから言った。

「うまいな。礼を言っといてくれ」

「ああ」

 その一言を、手紙に書き足そうと思った。

 食事を終える頃、食堂の入口に当直の下士官が現れた。

「食後、各班で人員を確認。午前の予定に変更がある。装備点検を済ませて待機しろ」

 近くの席から返事が上がった。

 ガイルが残っていた飲み物を飲み干し、器を置いた。

「帰ってきた途端、これか」

「昨日から決まってたんじゃないのか」

「だったら昨日の俺に、もう少し休んどけと言ってやりたい」

 口ではそう言いながらも、立ち上がる動作は早かった。

 食器を返し、兵舎へ戻る途中で、レイブンは郵便の集積場所へ寄った。封をする前に、便箋の最後へ一文を足す。

『菓子は好評だった。ガイルも礼を言っていたと、母さんに伝えてくれ』

 今度こそ封を閉じ、所定の箱へ入れた。

 指を離すと、封筒はほかの手紙の間へ滑り込んだ。

「出したか」

 少し先で待っていたガイルが声を掛けた。

「ああ」

「なら戻ろうぜ。俺たちだけ点検が終わってないと面倒だ」

 部屋へ戻ると、レイブンは装備を順に机へ並べた。

 休暇前に整備してあったものでも、確認は省かなかった。金具の緩み、帯の傷み、留め具の動き。携行品を戻しながら、手を伸ばした位置に必要なものがあるかを確かめる。

 ガイルも隣で作業をしていたが、途中で眉をひそめた。

「……何だ、これ」

「どうした」

「誰か俺の帯、触ったか?」

 レイブンは顔を向けた。

 ガイルが持ち上げた帯は、途中で半回転していた。

「自分で外したときに捻ったんだろ」

「決めつけるなよ」

「昨日の俺に聞いてみたらどうだ」

 ガイルがこちらを見た。

 レイブンは留め具へ視線を戻しながら、口元だけで笑った。

 点検を終え、指定された部屋へ向かうと、すでに何人かが集まっていた。壁際には丸めた地図が立て掛けられ、机の上には書類が揃えられている。

 レイブンとガイルは空いている席へ座った。

 後から入ってきた兵士が扉を閉める。ほどなく説明役の下士官が机の前へ立ち、集まった顔を確かめた。

「全員いるな」

 返事を待ってから、地図を広げる。

 基地周辺の道路と、その先にある集落が記されていた。いくつかの箇所に印が付いている。

「補給車両の通行路を確認する。先日の雨で路肩が崩れた区間がある。工兵が入る前に、現地の状態と迂回できる道を調べる」

 指が地図の上を動いた。

「途中の集落にも立ち寄る。道路に関する話を聞き、報告に上がっていない支障がないか確認しろ。住民の通行を塞ぐな。私有地へ入る必要があれば、先に話を通せ」

 ガイルが地図へ身を寄せた。

「車両はどこまで入れます?」

「この分岐までだ。そこから先は現地で判断する。無理に進めて車両ごと道を塞ぐなよ」

「了解」

 続いて、人員と役割が割り振られた。

 レイブンは自分たちの担当区間を目で追った。短い橋を渡り、林の脇を抜けて集落へ続く道だった。

 説明が終わると、椅子を引く音が一斉に重なった。

 外へ出た頃には、朝日が構内まで差し込んでいた。車両のそばで整備員が手を拭きながら、運転手へ何かを伝えている。

 ガイルが荷物を載せ、振り返った。

「昨日は家までの道で、今日は補給路か」

「今日はお前が一緒だな」

「何だ、その残念そうな言い方」

 レイブンは返事の代わりに荷台へ上がり、奥へ詰めた。

 ガイルも続いて乗り込む。最後の一人が腰を下ろし、後部の板が閉じられた。

 車体が低く震え始める。

 門へ向かって動き出した車両の上で、レイブンは膝の間の装備を押さえた。昨日くぐったばかりの門が、朝の光の中で近づいてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。