第115話 帰る場所
第115話 帰る場所
帰省を終えた日の夜
基地の灯りが見え始めた頃には、空の端に残っていた夕焼けも消えていた。
門へ続く道を歩きながら、レイブンは肩の荷物を持ち直した。隣ではエリシアが、風に流された金髪を耳へ掛けている。
「まだ、気になる?」
問われて、レイブンは彼女を見た。
「顔に出てたか」
「家を出てから、ずっと考えている顔だったもの」
否定しかけて、やめた。
ルナの部屋に灯っていた明かりが、まだ頭に残っていた。あの机で何を考えているのか、次に会ったときには何を言うのか。答えを急がせるつもりはなくても、気にはなった。
「余計なことまで話したかもしれないと思ってな」
「昨夜の話?」
「ああ」
靴底が砂利を踏んだ。
「聞かれたことに答えてるつもりだったが、途中からは、俺が話しておきたいことを聞かせてた気もする」
エリシアは少し考えてから口を開いた。
「それも、聞きたかったんじゃないかしら。ルナは、あなたがどう思っているのか知りたかったのよ」
「……そうだといいが」
「少なくとも、私にはそう言っていたわ」
レイブンは小さく頷いた。
門前では、歩哨が通行する車両を止めていた。荷台を覆う幌が風に膨らみ、運転席から差し出された書類を、灯りの下で当直兵が確認している。
二人も所定の確認を受け、門をくぐった。
構内には、まだ人の動きがあった。整備場から工具を置く音が響き、食堂の方からは煮炊きの匂いが流れてくる。建物の間を抜ける兵士が二人に気づき、軽く会釈して通り過ぎた。
家で過ごしていた時間が、急に遠くなった気がした。
「お帰り」
兵舎へ続く角で、壁に背を預けていたガイルが片手を上げた。
レイブンは足を止めた。
「何してる」
「風に当たってる。お前こそ、その顔は何だ。実家で働かされてきたのか?」
「お前を見たからだろうな」
「帰って早々、ひどい扱いだ」
ガイルは笑い、エリシアにも挨拶した。
「ご家族は?」
「元気だったわ。皆、よく話していた」
「そいつは何より」
ガイルの目がレイブンへ戻った。
「妹さんもか」
「ああ」
その返事を聞くと、ガイルは壁から背を離した。
「飯はまだ残ってるぞ。腹が減ってるなら、先に行っとけ」
「お前は食ったのか」
「食った。だから安心しろ、お前の分を狙ってついていくわけじゃない」
「その説明をされると怪しいな」
エリシアが隣で笑った。
三人で歩き始めると、ガイルは食堂の献立について話し出した。煮込みに入っていた肉が何だったのかという、どうでもいい話だった。レイブンが適当に答えるたびに、もっと真剣に考えろと文句を言う。
その声を聞いているうちに、肩に入っていた力が少し抜けた。
食事を済ませて外へ出ると、ガイルは兵舎へ戻っていった。レイブンとエリシアは、建物の分かれ道まで並んで歩いた。
「あなたにも、考える時間が要るのね」
エリシアが言った。
「俺にも?」
「ルナにどうしてほしいのか」
レイブンはすぐには答えなかった。
構内を走る車両の灯りが、二人の足元を横切った。通り過ぎるのを待ってから、彼は口を開いた。
「安全なところにいてほしいとは思う」
「ええ」
「だが、あいつが何かを決めるたびに、危ないからやめろと言う兄貴にもなりたくない」
言ってから、息を吐いた。
「難しいな」
「私が答えを出せることでもないわ」
エリシアはそう言って、彼の顔を見た。
「でも、次にルナの話を聞くときは、今日あなたが言ったことも伝えていいと思う」
レイブンは頷いた。
昨日は、軍で何を経験したかを話した。妹を心配するあまり、自分が何を恐れているのかまでは、うまく話せなかった気がした。
「次に帰ったら、そうする」
「手紙でもいいのよ」
「……そうだな」
エリシアは微笑み、別れの挨拶をして歩いていった。レイブンはその姿を見送ってから、自分の兵舎へ向かった。
部屋へ戻り、荷物を下ろす。
中から取り出した包みを机に置いた。出発前にセレナが持たせてくれたものだった。開くと、焼き菓子がいくつか入っている。
仲間と食べるようにと言われたのを思い出し、ひとつだけ取って、残りは包み直した。
椅子に腰を下ろすと、廊下の向こうで誰かが笑った。水場へ向かう足音が続き、隣室では戸棚を閉める音がした。
レイブンは机の引き出しから便箋を出した。
日付を書き、しばらくペン先を止める。
伝えたいことはいくつかあったが、今夜また長い話を送る必要はないと思った。
『無事に基地へ着いた。母さんの菓子は明日、皆で食べる』
そこまで書いて、少し考えた。
『急いで答えを出さなくていい。また帰ったら、話を聞かせてくれ』
読み返してから、ペンを置いた。
明日の朝、封をして出そうと思った。




