エースの誕生 その15
俺が言葉を発したせいか、背後で拘束を続けている役場の男が、力を入れ直したのを感じる。
だがそれもどうでも良かった。
余慶も俺も、この2人に集中している。
この少女の中に宿っている何者かはどうなったのか。
聞いても良いか判断しかねて言わなかった。
ただ、畏怖の感情は健在で、今も気を抜くと震えそうな気がする。そんな俺の内情を知らず、少女はふわりと微笑むと、桜色の唇を動かす。
「ありがとうございます」
白い肌は頬に赤みがさし、色彩がなかったあの時とは別人のように健康的だ。
「ふぅん、こいつ?」
少女の背後から腕が伸びてきてその体を引き寄せた。巻毛の男はすっぽり自分の胸元に少女を隠すようにすると、じっと俺を見ている。
この村の風景に馴染まない、洗練された美しさの持ち主だ。
「いいね。沙の言うエースクラスが見つかったな。このレベルなら冬香の提案した結界の中で、存分に活躍できそうか?」
少女はその胸元から苦しそうに抜け出すと、同意するように頷く。
「それで、今取り込み中って事だな。確認するが、助けていいか?」
俺に言ったんだよな?
「お……お願い、します」
背後の男がさらに力を込め、警戒しているようだ。逃げ出したいのを我慢しているようにも感じて、今すぐにでも駆け出すのではないかと思う。
「ち、近寄るな!」
逃げ出す代わりに怒鳴ることにしたらしい。
「なぜだ」
「こいつがどうなってもいいのか」
「何をどうやるつもりなんだ?」
背後の男が言葉に詰まる。それを待ってたのか、巻毛の男が俺に視線を移して問う。
「手前のやつ、名前は?」
「中原……武蔵です」
巻毛の男はじっと俺を見ていたが、ややして頷くと自分の額の中心を指差した。
「じゃあ武蔵。ここに力を入れて集中」
巻毛の男は自分の額に指を当ててそう言った。
なんの事だろうとは思うものの、言われるままに意識してみる。
じわりと暖かい気がして、光の渦を感じた。
「渦の中心、分かるか?」
「なんとなく……」
「よし、ならそれを鎖骨まで下ろす」
小さく頷いてイメージする。
「落ちたら、背後に解放させろ」
力の中心というよりは、光を集めている感覚に近かった。それを一気に後方へ飛ばす。
「ぐっ!」
役場の男が崩れ落ちる。振り返ると、喉を抑えて蹲っていた。
そのまま地に崩れ落ちて気を失う。
「助けなんか不要だったな」
不敵な笑みを見せた男の相貌が眩しくて、余慶の事も役場の男の事も忘れてしばし見惚れてしまった。その美貌が、ハッと何かに気がついて俺を見る。近寄ってくると俺の肩に腕を置く。なんだろうと思っていると、それを前にだらりと垂らし、腰を折って耳元で囁く。
「冬香にいいトコを見せようと思ったのに、お前の能力が高いから……」
大きなため息と共につぶやかれた小さな言葉。
「……残念」
「は、はあ……えっと……」
「で、あの坊主が元凶?」
ピッと背筋が伸びた。
「そうです」
余慶を見ると、少女を見て固まっているように見える。その表情は驚愕と呼ぶに相応しい。
まぁ、気持ちはわかる。
「誰か人質に取られてるとか?」
「母が。寺の中にいると思いまずが、操られている可能性があります」
「よし、見せ場ありそうだな」
「え、そこ?」
俺の疑問の声に被せるような呻き声。
「ちょっと大人しくしてな」
巻毛の男が屈んで役場の男を見る。笑顔のまま手を伸ばし、空を縦に切ると悲鳴があがった。
ばたりと地面に突っ伏した男。
何をしたらあんな気絶の仕方するんだ?
「お前は自分の保護に徹してろ。すぐに解決してやる」
そう言うと巻毛の後頭部が俺の前に移動し、余慶に近づいていく。
少女に釘付けだった余慶の視線が、警戒の色をそのままに男を見る。
1歩後退する余慶。
「なるほど。もう乗っ取られ済みか。魂も……まあ手遅れだろうな。でも実験には最適か?」
ぶつぶつ言いながら遠ざかっていくので、最後のほうはよく聞き取れなかったが、余慶に近づくにつれ、青い光がその手元に見え始めた。
何事かと目を見張っていたが、光が強くなるにつれて目を開けていることが困難になる。
大きな青い光に、一瞬視線を逸らしてしまった。
すぐに収まった光に、再び余慶の方へ目を向ける。
しかしそこに僧侶のシルエットはなかった。
「ど、どこに……?」
「ここに」
男が笑顔で左手に乗っている青い小箱を指差す。くるんとカーブを描いた髪が額に落ちてきて時が止まった。意味が分からない。
「…………え?」
俺の言葉が合図だったのか、時が動き始めたように男が動く。
「じゃ、ちょっと中見てくるわ。冬香、武蔵を頼んだ」
そう言うとさっさと建物の中に入っていく。
それを見送っていると、いつもの黒いモノが目の前にちらついた。でっかい虫みたいなソイツを叩き落とすと、少女に近寄り聞いた。
「あの人は?」
「彼は”安堂寺 礼”と言います。神宝のことはご存じですか?」
無言で首を左右に振る。
「そのシンジュとやらどころか、君の事も知らない。これで会うのは4回目だが、名前もまだ聞いてないし」
「私は”剱 冬香”です。会うのは3回目ではないでしょうか?」
半年前の少女とは、纏う雰囲気がまるで違う。アンバランスだったものが、元に戻ったみたいにも見える。
「半年前にあったのを覚えていない?」
答えはなんとなく分かっていたが、聞かずにはおれなかった。
「あぁ、事情が飲み込めました。半年前にあなたと話した存在も、すでに分離して私の中にはおりません」
分離ってことは、まだどこかにいるのか。アレはなんだったのだろう。
「武蔵さん、というのですね。この村からは早く離れた方が良いと思います」
「それは、あの杉と関係があるのか?」
冬香が大きく頷く。
「あの白いのがいなくなったから?」
「いいえ。あれは悪い物に取り込まれてしまわないように私が保護したのです。落ち着いた頃に戻す予定でしたが、宿るべき木がすでにないようですね」
「あいつが燃やした。理由は分からないが」
「きっと、私の結界を壊したかったのでしょうね。霊的なモノから木を保護する目的で置いて行った物ですが、結果的にこの村のご神木を失う事になってしまった。私の判断ミスです」
申し訳なさそうに言う少女は、俺から視線を外して目を伏せる。
「ご神木がなくなると、どんな影響がでるんだ? あの黒いのが増える、とか?」
実際、昔よりかなり増えている気がする。
「傀や怨霊が増えているのは、あなたの輝きのせいです。焼失してから増えたのなら、あの木がその輝きを少し隠してくれていたのでしょう」
俺が原因か。
なんとなくわかっていた事だが、改めて言われると嫌なものだな。
俺は全開にしていた輝きに意識を向け、その光を消した。
「驚きました。すでに、コントロール出来るのですね」
驚いたように言った冬香に、俺は頷いてから質問を投げた。
「クワイって何?」
「魂がない黒い霊体の事です。その存在は極めて希薄で、これを使役する能力者もおりますが、それ以外は殆ど無害です。ただし怨霊の糧になる事もありますので、身の廻りに存在するものは取り除く事をお勧めします」
時々弾かれてそのまま消える、アレの事だろうかと考える。あいつら、すぐ弾かれるのに寄っては来るんだ。
「ご神木がなくなった事で、地脈が乱れはじめています。自然な消滅ではなく、奪い取られているので、衰退速度は早いと思います。この余波は早急に広がり、村全体を覆うでしょう」
俺が首を斜めに傾けていると、少女が追加で説明してくれる。
「地脈の乱れはそのまま作物に影響を与えます。畑からの収穫は減り、山谷の木々も実りが悪くなる。それを糧にしている虫や小動物がこの地を離れ、その小動物を糧としている鳥や獣がこの地を去ります」
小動物が去るとそれを糧としているモノに影響し、連鎖反応が徐々に広がって人にも影響する。
自然を相手に仕事をしていると、その影響を受けやすいと言う。




