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エースの誕生 その16

「ご神木ってどこの自治体にもあるものなのか?」

「あそこまで神聖な木は貴重です。若い木々が寄り集まって、少しずつ力を出し合い、自然を作り上げている場合の方が多いでしょう。だからこそ、あの木が失われたことが残念でなりません」

病気だったのかもしれないが、それすらも余慶が原因を作ったのではないだろうかと思った。具体的に何をしたのかは不明だが、あの木が邪魔だったような事を言っていたし。

「元には戻らないのか?」

「手段はありますが推奨しません。個人的には、長い時間をかけて若い木々が育つのを待つしかないと思います」

住み辛くなっていくってことか。

「数年単位でこの地から人が離れていくでしょう」

いずれは過疎化して村がなくなる?

「ですが武蔵さんはそれよりも早く、離れた方が良いと思います。霊体にはそれぞれ個性のような波紋がありますが、武蔵さんはあの木とかなり同調して馴染んでいたように見えました。あなたの能力が開花したのもあの木のおかげだと思います。そこまで馴染んでいたのでしたら、すでに体調に影響が出ているのではありませんか」

俺は自分の腹に手を当てて、目を閉じながら考える。

言われてみると木が焼失してから、体調は良くない。色々な事が起きたからだと思っていたが、あの日からずっと体が重い。

自分の体調と向き合っていると、建物の中から”安堂寺 礼”が出てくる。

礼さんは母を横向きに抱えており、俺は慌てて駆け寄った。

「この保護はお前がかけたのか?」

「はい」

眠っているだけと分かってホッとした。

その瞬間、寺にさっと光が射し込んだ。いつの間にか分厚い雲が薄れ、オレンジの空が広がっている。

その光に照らされた相貌が笑む。

「オールマイティだな。若月が喜ぶよ」

礼さんは母を俺に預けながらそう言った。

「オールマイティって俺の事ですか?」

役場の男に近づいた礼さんは、何かを探すように服をめくったり、ポケットに手を入れたりしている。その作業を継続したまま、俺の質問に答えてくれた。

「そう。知識があればもっと上手く扱えるようになるだろ。エースとして活躍できると思うんだが……あった、これか」

男の右腕から、黒いモヤが歪に絡む紐が現れた。

本当に操られていたのだと改めて思う。

礼さんはその紐を引きちぎると、モヤごと取り去ってしまった。

「すげ……」

俺の呟きに、礼さんの顔がこちらを向く。

「これくらいは武蔵にもできる。経験と知識が必要なだけだ」

「知識」

この人が教えてくれるのだろうか。

俺の考えがわかったのか、礼さんは首を左右に振りながら言う。

「教えるのは若月な。あ、雇い主も」

「それって、さっき会話していた人ですか?」

「そ。武蔵はこの村離れて、大阪に行く気はないか?」

先ほど、冬香から早くここを出ろと言われたばかりだ。

「大阪で何をするんでしょう」

「楽しい怨霊退治」

怨霊退治?

いつもみたいに、弾いていけばいいのだろうか。

俺は首を捻って礼さんに目を向ける。母を抱え直すと口を開いた。

「よく分かりませんが、それなら出来そうな気がします」

「よし、俺が()してやる。上手くいけば住む場所も手配してくれると思うから、荷造りしておけよ」

そう言ってから、礼さんは少しだけ嫌そうな顔をする。

「ま、そのためには若月のパワーアップってやつが必要か」

「他にも調整が必要ですし、早く戻りましょう」

冬香が礼さんを急かす。

「いや、その前にやらないといけない事がある。戻るのはその後だ」

礼さんは真剣な顔で冬香にそう言うと、俺に顔を向けて聞く。

「ここって、どこ? 近くに都会ある?」

この人の都会はどのレベルだろう。しかし……

「近くに都会はありません。何か必要な物とかあるんですか」

そう尋ねると、礼さんは近寄ってきて腰を折り、俺にぐっと顔を近づけて聞いてきた。

「甘い物かキラキラした綺麗なものが必要」

俺はうーんと唸るようにして考える。唸る時に白い息が口から出て、そのおかげで思いついた。

「今日は1日寒かったので、ひょっとしたらまだ残ってるかもしれません。夕日に輝く霧氷なんてどうでしょう」

日の傾きを確認するように、2人同時に天を仰ぐ。

「ここからどれくらい?」

「案内します」

「いや、いい。場所だけ教えてくれ」

「……分かりました。えっと、どう説明したらいいかな」

俺は杉の木があった山を指差し、行き方をなるべく丁寧に説明した。










不思議な2人と別れ、母を抱えたまま帰宅する。

寝室に運び寝かすと、ふうっと大きな息を吐き出した。

役場の男はわりとすぐ目が覚めて、ぼんやりしたまま帰って行った。自分の意志で余慶に従っていたのか、操られていたのかは不明のままだが、元凶が消えたのだから大丈夫だろうと思い放置した。

これで脅威は去り、俺も安心して次の行動を取れる。

「荷造りか……」

家のリビングで藍色の庭を眺める。

ふと、大島桜が気になって庭に降りた。

「昨日と別に変わらないか」

固そうな蕾は大きくも小さくもなっていない。枯れそうでもなければ、咲きそうでもない。

本当に衰退していくのだろうか。

この桜に地脈の力がどれほど影響を及ぼすのだろう。

「あれ、武蔵?」

振り返ると眠そうな母が立っていた。まだふらつくのか、窓に体を預けている。

大丈夫なのだろうかと様子を伺う。

「なんだか眩暈が酷くって……うまく頭が働かないわ」

「寝てた方がいいんじゃない?」

「そう……そうね」

それでもその場を動かない母に、俺は思い付いた事を言う。

「大阪で就職するって言ったら、どうする?」

「……大阪?」

母はしばし黙っていた。考えているのか、先ほど口にしたようにうまく考えが纏まらないのか。

それでも、しばらくしてから返答があった。

「武蔵の強みが活かせる仕事があるなら、良いと思うわよ」

「そっか」

なんか、それだけで行ってみようかという気になった。

「まだ声がかかっただけだから、本当に決まるか分からないけどな。条件も不明だし」

俺はそう言うと、庭から戻って部屋に入る。

「お茶でも淹れようか?」

母が寝室へは戻らずにいるので、そう尋ねた。

「あら、嬉しい」

この日は、久しぶりに母と長話をした。

朝からは想像も出来ないほど、穏やかな夜を迎えたのだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







光はゆっくりとゴーグルを外し、礼に目を向けると言った。

「武蔵さんって、師匠が言ってたようにエースなんですよね?」

「そうだな」

「見え方が最初に近いです」

「ま、あいつはエースだし、かなり器用な奴だからな。抽出できる事を上手く制限したり、見せたいように視線を操作できると思っていい」

「そんな事まで出来るんですか?」

「エースの実力ってやつだ」

「なるほど……言われてみれば泣いたところなんて、普通は恥ずかしくて見られたくないですし。カットできるのに学習のために入れてくれたんですね」

何か引っ掛かりあるような光に、礼が言葉を待つ。

「一部、よく分からないところがあったんですが、それは見せないようにしたって事でしょうか」

「まあ、武蔵はどうでもいい変なこだわりない奴だし、学びになればと提供してくれてるだろうから、自分の間違いや失敗を隠したりはしてないはずだ。見えなかったのなら」

しばしの沈黙の後、ニヤッと笑う礼。その顔を見て、光の体が引けた。

「修行が足りないから見えないんじゃないか」

”修行”の言葉にさらに引いた光。

「お、怨霊とか青い手は見えていましたよ! い、今やってるこれも、修行の一環ですよね!」

あまりに焦って言うので、礼はそのまま少し声に出して笑う。光はその様子を見て、口を尖らせながら問う。

「じゃ、じゃあ、わざと隠したって事ですか」

「ま、そうだろうな。映像に起こすには障りがあると思ったんだろう」

何を想像しているのか、腕を組んだまま、光の顔が青くなる。

それを振り払うように、ブルっと首を左右に動かして礼を見た。

「あの後、武蔵さんは友達の太維(だい)くんとは再会できたんでしょうか」

思案顔の光が礼に問う。

「ここのシステム作ってたような気がするな。いや、呪具系だったか? ま、部門かは曖昧だが、いると思うぞ」

ぱぁっと光の顔が明るくなる。

「よかった! あのお坊さんが何かしてたんでしょうね」

「鋭いな」

ふふんと鼻を鳴らして得意げな光。そのままの顔で礼に追加で質問する。

「俺も武蔵さんが見てた体を守っている殻ってやつ、見れるようになりますか?」

ああ、と言って礼は回答する。

「そうだな。あのあと武蔵にも言ったが、あいつが見ていたのは霊体とも言われている。体を守る機能もあるが、霊体が本当に守りたいのは”魂”だ」

「魂……」

「この魂の輝きで、能力がどれほど高いのか見ている」

光の眉間に皺がよる。

「怨霊がそれを見ていて、寄ってくるって事ですか?」

光の問いに礼の視線が上を向いた。しばし何かに迷っている様子を見せたが、ニッと笑って肯定する。

「ま、そんなとこだ。厳密には魂から漏れ出た光が霊体に輝きを与えている」

「能力が高いと輝きが強い?」

「まぁ、そうだな」

ハッとした光の顔が、期待いっぱいに礼を見る。

「俺は……」

「そうでもない」

即答した礼。

「そうでもないってなんですか!」

「そんなに大きくないな。今はまだ」

「みんなそうですか? 最初は小さくて、訓練したら大きくなる?」

「……」

答えてくれない礼に、光は固まったまま冷や汗をかく。

「俺、生きて先輩を助けられます?」

「……」

「そこだけは嘘でもいいから頷いてくださいよ!」

「あと1つだけ見たら、修行、しよっか」

拒否できない話の流れに、さらに冷や汗が額を流れる。

「思い出したくない事を思い出してしまった」

そう独り言を呟く光。礼はその様子にこの後の出来事を思い出す。

不快を悟られぬよう、光から顔を背け、映像が終わるのを待った。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「ただ今戻りました」

すっかり暗くなった頃、はなちるさとに礼と冬香が戻って来た。

「おかえりなさい」

笑顔で出迎えた若月は、礼が手に乗せた青い箱を見る。

「何を封印してきたの?」

「強めの怨霊と取り憑かれて同化した人間です」

冬香はそう言うと、礼から青い小箱を受け取って若月に渡す。

その箱を若月が見ている隙に、礼の方を向いて耳打ちする。

「少し、よろしいでしょうか」

「敬語はなしって言っただろ?」

こくんと頷いた冬香は、その手を引いてソファーの前に移動した。

「どうした?」

礼が腰を折って冬香に顔を近づける。

ぼすっと大きな音がして、若月の驚いた顔が2人に向けられた。

礼がソファーに沈み込んでいるのを見て、冬香の前にやってくる。

「な、何が起きたの?」

心配そうに言う若月に、冬香は困ったように笑って説明した。

「不満に思っているのなら、いっそ見ないほうが良いと思いまして」

彼女なりの気遣いなのだろうが、あの礼が抵抗もできずに沈む日が来るなど、想像も出来なかった。若月は手近なテーブルに青い小箱を置くと、親指と人差し指で顎を掴むと、感嘆の息を漏らしながら言った。

「あなた、本当に凄いわね」

「いいえ、この方が私を信用しすぎているだけです。裏切るつもりはありませんが、見ていて危ないですね。それよりも、早速始めましょう。比較的整っておられますが、まだ整理の余地があります」

「あたしを信用していいの?」

そう問うと、冬香はふわりと微笑んだ。

「あなたの魂の色なら、大丈夫です」

「あら、嬉しいわね」

「それでは、椅子に座って頂けますか?」

若月は椅子に深く腰掛ける。

それを確認した冬香は、その両頬を手で挟む。

2人の顔がゆっくりと近づいていった。

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