【第11話】 それぞれの覚悟。
真弓:
「病院、からですか?」
結斗:
「うん。
病院ではあるけど……
お母さんとは、別件だ。
……森川が、精神病棟で保護されているらしい。」
真弓:
「森川くんが……!?
確か以前に、加害者になりかけて──」
結斗:
「ああ。
結果的に罪にはならなかったけど、
そのあと炎上したり、両親に責められたりで……
かなり、追い込まれてた。
……アイツ、何をやってんだか。」
結斗は一瞬、目を伏せる。
結斗:
「白石さん。
僕は今から、森川のところに行ってくる。
お母さんの件については……
また、改めて話そう。」
真弓:
「……はい。
わかりました。
──あの、光条くん。
本当に……ごめんなさい。」
結斗:
「大丈夫。
これは、僕の責任だ。
むしろ、白石さんがいてくれたおかげで、
今も、冷静でいられてる。
だから、……ありがとう。」
結斗は、少しだけ微笑む。
結斗:
「じゃあ、行ってくる。」
真弓:
「……。」
真弓は、静かに頷く。
結斗は店を後にし、
精神病棟へと急いで向かった。
◇
──精神病棟にて。
看護師:
「光条様、ですね?
こちらへ──。」
歩きながら、看護師は
森川の状態を説明してくれた。
看護師:
「まったく普通のときもありますが、
今日は正直、精神の状態があまりよくありません……。
お呼び出しをしておいて申し訳ありませんが、
面会は短時間だけとなります。」
結斗:
「……わかりました。」
森川が保護されている
部屋の前にたどり着く。
看護師:
「私はあちらで待機しておりますので、
何かありましたら、お呼びください。」
深々とお辞儀をし、
結斗から遠ざかる。
結斗:
「森川、入るよ……。」
ノックの返事がないままに
結斗は、静かに扉をあける。
そこは至って普通の病室だったが、
必要最小限の、どこか淋しい空間だった。
結斗:
「森川!
大丈夫か?」
森川:
「……。」
結斗:
「森川……。」
森川は、先日会ったときが
まだマシに思えるほど、別人になっていた。
(これも……
僕の選んだ道の、結果……か。)
結斗:
「森川、何かしたいこととかないか?
──また一緒に、バカしよう。
お前がいないと、始まらないだろ?」
森川:
「──怖い……
怖いんだ……
悪いのは……
おれがッッ!」
結斗:
「森川、落ち着け。
お前は、ちょっと気が緩んだだけだろ?
実際に罪になったわけでもない。
そこまで悲観しなくていい。
お前は、もう十分に反省した。
もう、大丈夫なんだ。 な?」
森川:
「……。
──食べたい……。
ロウバーガー……
また……
一緒に……。」
それ以降、
森川は、一言も話してくれなかった。
僕は、森川の視線だけを背中に感じ、
部屋を出た。
結斗:
「ありがとうございました。
少しだけ……話せました。
アイツは、普段は気さくで明るいんですけど、
僕が思った以上に、本当は心が弱くて……。
誰かに肯定してもらいたかったのかもしれません。
僕の声が、
少しでも救いになれることを……願います。
また、改めて会いに来ます。」
看護師:
「彼は、医療保護入院として、
しばらくここで、保護するつもりです。
光条様。
彼がここに来て、唯一口にした名前が──
あなたです。
また、来てあげてください。
きっと、取り戻せます。」
結斗:
「……はい。
必ず。」
メガネをそっと指で押しあげ、
用意していたものを、鞄から取り出した。
結斗:
「あ、あのこれ。
アイツの調子がいいときに
渡しといてもらえますか?」
看護師:
「はい、確かに。
本日は面会、ありがとうございました。
お気をつけてお帰りください。」
◇
結斗は自宅へ帰り、
誰もいないリビングで、周りを見渡し
ゆっくりと座った。
──静かだ。
ずっと傍にいてくれていた存在がいなくなるって……
こういうことなんだな。
何気なくテレビをつけると、
いつものように、ニュース番組が流れる。
男性キャスター:
「性犯罪を繰り返していた男に対し、
本日、執行猶予付きの判決が言い渡されました。
男はこれまでにも同様の──
今回の裁判で裁判所は、
──反省の態度を示していることなどを理由に、
実刑は見送りました。」
被害者の親:
「判決が出ても、娘の傷は一生消えません。
私たちの生活も、
事件の前には戻らないと思います──」
結斗:
「……。
間違ってる。
……完全に、間違ってる。
──でも、
僕にはもう。」
結斗はメガネを外し、
自分の無力さを噛みしめた。
何一つ、答えを見つけられないまま、
また一日が終わった。
◇
──翌日、事務所にて。
結斗:
「おはようございます。
昨日はご無理をいって、申し訳ありませんでした。」
田中所長:
「おはよう。
全然、気にしなくていい。
こっちの案件は君の代わりに対応できる。
──でも、お母さんにとって、
君の代わりになる存在はいないだろ?
君を責めるような人は、
ここにはいない。 安心しなさい。
──それより、もう働いて大丈夫なのかい?」
結斗:
「はい。
状態は安定しているので、大丈夫です。
また何かあった際は、ご相談させてください。」
田中所長:
「わかった。
くれぐれも、無茶はしないように。
君はお母さんにとって──
……いや、いい。
心は伝わるものさ。
できるだけ、傍にいてあげなさい。」
結斗:
「──はい。
ありがとうございます。」
結斗は一礼し、席についた。
今日も相変わらず電話が鳴り続け、
案件が後を絶たない。
事務員:
「あ、そうそう。
結斗くん、今日は白石さんお休みなの。
少し忙しくなるかもしれないけど、
お願いするわね。」
結斗:
「わかりました。
フォローできるように、書類をまとめておきます。」
(白石さんが……休み?
学生の頃から、一度だって休んだことないのに……
大丈夫かな……。)
──それから、三日間。
白石さんの姿を見ることは、
一度もなかった。
(事務所に休む連絡は来ている……
無事なのは無事だろうけど……
……連絡、してみるか。)
仕事後、職場近くの空き地に自転車をとめ
真弓に電話をかける。
トゥルルルルルッ──……
トゥルルルルルッ──……
トゥルルルルルッ──……
トゥルルルルルッ──……
呼び出し音が鳴るが、出ない。
(おい……どうなってるんだ。)
何度かけても、
呼び出し音が鳴り続けるだけで、繋がらない。
(白石さん……頼む。
もう、これ以上……
お願いだ……出てくれ──)
真弓:
「──もしもし?
すみません。
電話に出られる状況ではなくて。」
結斗:
「……っ。
──。」
真弓:
「光条……くん?」
結斗:
「大丈夫。聞こえてる。
よかった、……ほんとうに。」
真弓:
「はい。私は大丈夫です。
心配、かけてしまいましたね。
どうか、されましたか?」
結斗:
「無事なら、それでいい。
今、どこに?」
真弓:
「──実は、図書館で調べ物をしてまして。
だから、電話に出られなかったんです。
光条くん──
今日、あとで会えますか?」
結斗:
「勿論。
さっき仕事が終わったところなんだ。
どこにする?」
真弓:
「学校の近くの公園、わかりますか?
──そちらで、お話ししましょう。」
◇
──公園にて。
真弓:
「すみません。
お待たせしました。」
結斗:
「いや、構わないよ。
でも……
仕事を連続で休むなんて、
そんな白石さん、見たことなかったから。
……正直、心配した。」
真弓:
「光条くん、
……ごめんなさい。
──私、
何も見つけられなかった。」
結斗:
「白石さん……。」
真弓:
「医療のことも、
真偽不明の情報も……
いろいろ調べたんですけど……何も。
助けるって言ったのに……
何もできてない!」
結斗:
「そんなことは──」
途中まで言いかけて
結斗は言葉を失った。
暗くて見えなかったが、
街灯が、真弓の傷ついた手と
隠しきれない疲れを、微かに照らしていた。
(僕が仕事をしている間も……
ずっと……
お母さんを助ける方法を、
探してくれていたのか。
僕は……
何をしてたんだ。
家族の僕が、
一番頑張らないといけないときに……
何も、できてなかった。)
結斗:
「──もう、十分だよ。
ありがとう、白石さん。
まずは一度、ゆっくり休んでほしい。
今度は……
僕が、何とかしてみせる。」
真弓:
「ありがとうございます。
ですが、
このまま放置することはできません。
少しだけ休んで、
また調べ直します。
それまで、待っていてください。
二人で──
必ず、光条くんのお母さんを助けましょう。」
結斗:
「ああ。
約束だ。
必ず──。」
結斗は
メガネの位置を、静かに正した。
真弓:
「嘘ですね。」
結斗:
「え……?」
真弓:
「知っていましたか?
光条くんは迷いがあるとき、
必ず眼鏡に触れます。」
結斗:
「そんなことは──」
真弓:
「あります。
何年、
隣にいると思っているんですか?」
結斗:
「……。」
真弓:
「──光条くん。
私を、
信用できませんか?
事実、まだ何も解決できていません。
ですが、
私は絶対に、諦めません。
その先に可能性がある限り、
絶対に。
──もう一度言います。
必ず、
二人で助けましょう。」
結斗:
「……白石さんには、敵わないな。
──わかった。
約束する。」
真弓:
「また、連絡しますね。」
結斗:
「白石さん──。」
真弓:
「はい。」
結斗:
「ありがとう。」
真弓はわずかに微笑み
ゆっくりと頷いた。
結斗は真弓を家の前まで送り、
そのまま自宅へ戻った。
◇
──リビングにて。
結斗:
(試せることは、全部試した。
白石さんも、眠る時間を削ってまで調べてくれた。
それでも……
答えが出ない。
このままじゃ……
お母さんが、
いつまで持つのかもわからない。
どうしたら……。)
結斗は本を開き、
ゆっくりとページをめくる。
(最初は……
DVの案件だったよな。
ここが始まり……
そして、ここで白石さんに……。)
これまでの出来事を確かめるように指でなぞり、
ページをパラパラとめくっていく。
(そして……
これが最後──)
──っ!
何だ、これ……。
いつの間に……!
結斗は、
思わず小さく息を吐いた。
――ああ、
そうか。
──覚悟が足りなかったのは、
僕の方だった。
結斗は、ゆっくりとメガネを外し、
まっすぐ前を見つめた。
──続く──
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