【第12話(最終話)】 残されたもの。
そこには、
見覚えのない文字が書かれていた。
『私の命を捧げます。
どうか、光条くんのお母さんを助けて下さい。』
急いで書いたような筆跡。
けれど、
不思議なほど整った、きれいな文字だった。
結斗:
「……ありがとう。
白石さん。」
結斗は住み慣れた家を、
ゆっくりと見渡し、
静かに眠りについた。
◇
──翌朝。
結斗は荷物を準備し、
母が入院している病院へ向かう。
結斗:
「──お母さん。
おはよう。」
母:
「スー……スー……スー……」
結斗:
「聞いて。
僕ね……、
働き始めてから、
すごくいい人たちに出会えたんだ。
田中所長は、
何もわからなかった僕に、
現実をやさしく教えてくれた。
本当に、頼れる人なんだ。
事務員の人たちも、
僕が馴染めるように、
たくさん気を配ってくれた。
基礎的なことは全部教えてもらったし、
覚えが早いって、
結構褒められたんだよ。
そして──
お母さんも知ってる白石さん。
彼女は……
お母さんのために、
一番一生懸命になってくれた。
僕が、一番尊敬できる人だ。
みんな、
困っている人を助けるために必死で……
僕も、その一員になれたことが、
本当に嬉しかった。」
結斗:
「お母さん。
本当は──」
準備していたものを取り出し
そっと机の上に置いた。
「……よかったら、
使ってね。」
母:
「スー……スー……スー……」
結斗は、母の寝顔を見つめながら
本を手にした。
紙の感触を確かめるように捲り、
真弓が言葉を残した、
あのページをゆっくりと開いた。
『私の命を捧げます。
どうか、光条くんのお母さんを助けて下さい。』
白石さんの覚悟は、
無駄にしない。
僕なら──
きっと、できる。
結斗は、
真弓の書いた文字を、
ゆっくりと、丁寧になぞった。
────カンッ。
「これでいい。
もう、思い残すことはない。」
結斗は、
メガネを──
外した。
真弓の文字だけでは
反応しなかった言葉が、
青くゆっくりと浮かび上がる。
その光は、
白へと変わりながら、
すべての文字を覆い──
消えた。
──。
─。
【数日後】
──精神病棟。
看護師:
「森川くん。
おはようございます。」
森川:
「あ……
おはよう……ございます。」
看護師:
「今日は、調子よさそうね。
先日、お友達から
これを預かっていて……
調子のいいときに渡してほしいって
言われてたの。
はい。
名指しで、森川くんに。」
森川:
「……おれに?
友達って……」
森川は手紙を受け取り、
ゆっくりと開いた。
「森川へ
僕は、
お前【森川誠】を信じている。
だから、
お前も自分を信じて生きてほしい。
居酒屋、
楽しみにしてるから。」
森川:
「……え?
誰だろ。
なんで、居酒屋のこと──。」
(……なんだろ。
すごく、安心する。
……自分を信じる、か。
──そうだよな)
看護師:
「あら?
なんだか、嬉しそうな顔してるわよ?
もしかして、彼女さん?
ふふっ。
でも、元気が出てきたみたいね。
まだ安定はしてないけど、
その調子ですよ。
もう少しだけ、
がんばりましょう。」
──田中法律相談所。
いつも通りに電話が、
ひっきりなしに鳴り続けている。
田中所長:
「今日も相変わらず多いな。
でも、白石さんに
バイトで来てもらえて、
本当に助かってるよ。
この感じなら、
新卒も取った方がいいかもね。」
事務員:
「忙しいのは、いいことです。
それだけ、
助かる人が増える可能性があるってことですから。
──募集、
かけます?」
田中所長:
「ん〜……とは言っても、
この時代、
なかなか熱い心を持った人間は
そうそういないからなぁ。
私みたいに。」
事務員:
「はいはい。
所長、電話鳴ってますよ。」
真弓:
「あの、私が出ます。
お電話ありがとうございます。
田中法律相談所の──」
田中所長:
「……こういう子が、
もう一人いてくれたらなぁ。」
事務員:
「そうですねえ。
でも、それまでは
私たちでできる限り、
困っている人たちを助けましょう。」
田中所長:
「間違いない。
それ、普通は私が言うセリフなんだけど?」
事務所は、
いつものように、あたたかな空気の中で、
それぞれが真剣に案件と向き合っていた。
真弓:
「田中所長。
本日の業務は終わりました。
お先に失礼いたします。」
田中所長:
「はいはい。お疲れさま。
何か急いで──
……いや。
気をつけて帰りなさい。」
真弓は事務所を後にし、
行きつけの
『Second Light』へ向かった。
店長:
「いらっしゃい!
おっ、さすが常連さんだね。
もしかして……
新メニュー目当てかい?」
真弓:
「はい。
写真を見たときから、
ずっと食べてみたくて。」
店長:
「話がわかるねぇ。
じゃあ、おじさんのこだわりを
ちょっと、語らせてもらおうかな。
まずは、この部分──」
二人は、
笑顔で言葉を交わす。
店長:
「最近、よく笑うようになったね。
もともと整った顔はしてるけど……
なんだろう。
とても、いい顔になった。」
真弓:
「……そうでしょうか。
特に、
いつも通りだと思いますが。」
店長:
「そうかい?
おじさんの気のせいかな。
──さあさあ。
冷めないうちに、
食べてみて。」
真弓:
「はい、おいしいです。
──とても。」
店長:
「おいしいのに、
なんでそんな顔してるんだい?
もっとこう……
口角を──」
真弓は新メニューを口に運びながら、
言葉を返さず、
静かに遠くを眺めていた。
真弓:
「──おいしい
ですね。」
──病室にて。
医師:
「──はい。
もう安心してください。
いたって健康です。
今日もう一日入院して、
明日の朝、退院しましょう。」
母:
「ありがとうございます。
あの……
私、全然覚えていなくて……。」
医師:
「記憶の欠落はよくあることです。
時間とともに、
思い出す可能性もありますので
今は、普段の生活に戻ることを
優先してください。」
母:
「はい。わかりました。」
医師:
「それでは、
また何かありましたら
遠慮なくお呼びください。」
◇
母:
(……全然、思い出せない。
私、何をして……。)
『──さん……』
「……あ。
何か……
誰かに、
話しかけられていたような……。
嬉しかったような、
そんな感じも……。
──あれ?」
母の頬を、
感情とは別に、
静かに涙が伝った。
「……だめ。
思い出せない。」
母は窓の外を眺め、
ふと、テーブルの上に置かれたものに
目を留めた。
「これ……は?」
「誰かの、
忘れものかしら。
……旅行の、チケット?
行き先は──
私の、行きたかった場所。
でも……
二枚?
だとしたら、
やっぱり、
私のじゃない……わよね。」
身に覚えのないチケットに
手を伸ばし、
指が触れた、その瞬間──
誰だかわからない青年と、
自分が並んでいる映像が、
一瞬だけ浮かび、
すぐに消えた。
──っ!
「……だめね。
疲れているわ。」
母は、
強い睡魔に導かれ、
そのまま深い眠りについた。
──翌朝。
医師:
「退院、おめでとうございます。
万が一、
異変がありましたら
またご連絡ください。」
母:
「はい。
そうさせていただきます。
お世話になりました。
──あの、
そこのチケット……
病室にあったのですが、
誰かの忘れもの、でしょうか?」
医師:
「チケット、ですか?
ああ……これですね。
いえ。
病室には、
当院の者しか出入りしておりません。
光条様のものかと。」
母:
「でも……
二枚あるから、
私のものでは……。」
医師:
「二枚?
こちらのチケットですよね。
一枚しか、ございませんが。」
母:
「え……?
昨日、確かに……。」
医師:
「まだ回復したばかりですし、
混乱されているのでしょう。
大丈夫ですよ。
ゆっくり、
取り戻していきましょう。
普段の生活ができるようになった頃、
そのチケットで
気分転換に旅行されてみては?
記憶を取り戻す、
良い刺激になるかもしれません。」
母:
「……はい。
わかりました。
それでは、このチケットは
頂いておきます。
ありがとうございました。」
◇
──数カ月後。
母はすっかり普段の生活に戻り、
チケットを使って旅に出た。
今まで見たことのなかった景色。
街の空気、雑貨、食事。
数々の出来事が、
母の表情を、
やわらかくしていった。
それでも、
心にはぽっかりと
大きな穴が空いたままだった。
何も、
思い出せていない。
母:
「……あら。
かわいい猫ちゃん。
昔から、
ずっと飼いたかったのよね。」
旅先のペットショップの
ショーウィンドウで、
こちらをじっと見つめる猫に気づき、
母は思わず駆け寄った。
母:
「ふふ。
なに、この子。
全然鳴かないのね。
他の子は、
鳴いて走り回っているのに。」
猫:
「……。」
猫は、
母を見つめ、
ゆっくりと瞬きをした。
母:
「……決めた。
あなたは、
これから私の家族よ。
名前は──
そうね……。
──なんて、どうかしら。」
世界は、
何事もなかったように、
今日も回り続けている。
毎日のように、
理不尽なことは起きる。
それでも、
それを全力で支える者がいる。
世界は、
完全になることはない。
──それでも。
完全にしようとした者は、
確かに、いた。
彼の願いが、
人々の絆を結び、
静かに、実を結びますように。
【第3章 LAW REMAINS(結斗編)】
END
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
結斗編 12話で【LAW ORIGIN】は完結となります。
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