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【第12話(最終話)】 残されたもの。

挿絵(By みてみん)


そこには、

見覚えのない文字が書かれていた。


『私の命を捧げます。

どうか、光条くんのお母さんを助けて下さい。』


急いで書いたような筆跡。

けれど、

不思議なほど整った、きれいな文字だった。


結斗:

「……ありがとう。

白石さん。」


結斗は住み慣れた家を、

ゆっくりと見渡し、

静かに眠りについた。



──翌朝。


結斗は荷物を準備し、

母が入院している病院へ向かう。


結斗:

「──お母さん。

おはよう。」


母:

「スー……スー……スー……」


結斗:

「聞いて。


僕ね……、

働き始めてから、

すごくいい人たちに出会えたんだ。


田中所長は、

何もわからなかった僕に、

現実をやさしく教えてくれた。

本当に、頼れる人なんだ。


事務員の人たちも、

僕が馴染めるように、

たくさん気を配ってくれた。


基礎的なことは全部教えてもらったし、

覚えが早いって、

結構褒められたんだよ。


そして──

お母さんも知ってる白石さん。


彼女は……

お母さんのために、

一番一生懸命になってくれた。


僕が、一番尊敬できる人だ。


みんな、

困っている人を助けるために必死で……

僕も、その一員になれたことが、

本当に嬉しかった。」


結斗:

「お母さん。

本当は──」


準備していたものを取り出し

そっと机の上に置いた。


「……よかったら、

使ってね。」


母:

「スー……スー……スー……」


結斗は、母の寝顔を見つめながら

本を手にした。


紙の感触を確かめるように捲り、

真弓が言葉を残した、

あのページをゆっくりと開いた。


『私の命を捧げます。

どうか、光条くんのお母さんを助けて下さい。』


白石さんの覚悟は、

無駄にしない。


僕なら──

きっと、できる。


結斗は、

真弓の書いた文字を、

ゆっくりと、丁寧になぞった。




────カンッ。




「これでいい。

もう、思い残すことはない。」


結斗は、

メガネを──

外した。


真弓の文字だけでは

反応しなかった言葉が、

青くゆっくりと浮かび上がる。


その光は、

白へと変わりながら、

すべての文字を覆い──



消えた。


──。


─。






【数日後】




──精神病棟。


看護師:

「森川くん。

おはようございます。」


森川:

「あ……

おはよう……ございます。」


看護師:

「今日は、調子よさそうね。


先日、お友達から

これを預かっていて……


調子のいいときに渡してほしいって

言われてたの。


はい。

名指しで、森川くんに。」


森川:

「……おれに?


友達って……」


森川は手紙を受け取り、

ゆっくりと開いた。


「森川へ


僕は、

お前【森川誠】を信じている。


だから、

お前も自分を信じて生きてほしい。


居酒屋、

楽しみにしてるから。」


森川:

「……え?

誰だろ。


なんで、居酒屋のこと──。」


(……なんだろ。

すごく、安心する。


……自分を信じる、か。

──そうだよな)


看護師:

「あら?

なんだか、嬉しそうな顔してるわよ?


もしかして、彼女さん?

ふふっ。


でも、元気が出てきたみたいね。

まだ安定はしてないけど、

その調子ですよ。


もう少しだけ、

がんばりましょう。」



──田中法律相談所。


いつも通りに電話が、

ひっきりなしに鳴り続けている。


田中所長:

「今日も相変わらず多いな。


でも、白石さんに

バイトで来てもらえて、

本当に助かってるよ。


この感じなら、

新卒も取った方がいいかもね。」


事務員:

「忙しいのは、いいことです。

それだけ、

助かる人が増える可能性があるってことですから。


──募集、

かけます?」


田中所長:

「ん〜……とは言っても、

この時代、

なかなか熱い心を持った人間は

そうそういないからなぁ。


私みたいに。」


事務員:

「はいはい。

所長、電話鳴ってますよ。」


真弓:

「あの、私が出ます。


お電話ありがとうございます。

田中法律相談所の──」


田中所長:

「……こういう子が、

もう一人いてくれたらなぁ。」


事務員:

「そうですねえ。


でも、それまでは

私たちでできる限り、

困っている人たちを助けましょう。」


田中所長:

「間違いない。

それ、普通は私が言うセリフなんだけど?」


事務所は、

いつものように、あたたかな空気の中で、

それぞれが真剣に案件と向き合っていた。


真弓:

「田中所長。

本日の業務は終わりました。

お先に失礼いたします。」


田中所長:

「はいはい。お疲れさま。

何か急いで──

……いや。

気をつけて帰りなさい。」


真弓は事務所を後にし、

行きつけの

『Second Light』へ向かった。


店長:

「いらっしゃい!


おっ、さすが常連さんだね。

もしかして……

新メニュー目当てかい?」


真弓:

「はい。

写真を見たときから、

ずっと食べてみたくて。」


店長:

「話がわかるねぇ。


じゃあ、おじさんのこだわりを

ちょっと、語らせてもらおうかな。


まずは、この部分──」


二人は、

笑顔で言葉を交わす。


店長:

「最近、よく笑うようになったね。

もともと整った顔はしてるけど……


なんだろう。

とても、いい顔になった。」


真弓:

「……そうでしょうか。


特に、

いつも通りだと思いますが。」


店長:

「そうかい?

おじさんの気のせいかな。


──さあさあ。

冷めないうちに、

食べてみて。」


真弓:

「はい、おいしいです。

──とても。」


店長:

「おいしいのに、

なんでそんな顔してるんだい?


もっとこう……

口角を──」


真弓は新メニューを口に運びながら、

言葉を返さず、

静かに遠くを眺めていた。


真弓:

「──おいしい

ですね。」



──病室にて。


医師:

「──はい。

もう安心してください。

いたって健康です。


今日もう一日入院して、

明日の朝、退院しましょう。」


母:

「ありがとうございます。


あの……

私、全然覚えていなくて……。」


医師:

「記憶の欠落はよくあることです。


時間とともに、

思い出す可能性もありますので

今は、普段の生活に戻ることを

優先してください。」


母:

「はい。わかりました。」


医師:

「それでは、

また何かありましたら

遠慮なくお呼びください。」



母:

(……全然、思い出せない。

私、何をして……。)


『──さん……』


「……あ。


何か……

誰かに、

話しかけられていたような……。


嬉しかったような、

そんな感じも……。


──あれ?」


母の頬を、

感情とは別に、

静かに涙が伝った。


「……だめ。

思い出せない。」


母は窓の外を眺め、

ふと、テーブルの上に置かれたものに

目を留めた。


「これ……は?」


挿絵(By みてみん)


「誰かの、

忘れものかしら。


……旅行の、チケット?

行き先は──

私の、行きたかった場所。


でも……

二枚?


だとしたら、

やっぱり、

私のじゃない……わよね。」


身に覚えのないチケットに

手を伸ばし、

指が触れた、その瞬間──


誰だかわからない青年と、

自分が並んでいる映像が、

一瞬だけ浮かび、


すぐに消えた。


──っ!


「……だめね。

疲れているわ。」


母は、

強い睡魔に導かれ、

そのまま深い眠りについた。



──翌朝。



医師:

「退院、おめでとうございます。


万が一、

異変がありましたら

またご連絡ください。」


母:

「はい。

そうさせていただきます。

お世話になりました。


──あの、

そこのチケット……


病室にあったのですが、

誰かの忘れもの、でしょうか?」


医師:

「チケット、ですか?

ああ……これですね。


いえ。

病室には、

当院の者しか出入りしておりません。

光条様のものかと。」


母:

「でも……

二枚あるから、

私のものでは……。」


医師:

「二枚?

こちらのチケットですよね。


一枚しか、ございませんが。」


母:

「え……?

昨日、確かに……。」


医師:

「まだ回復したばかりですし、

混乱されているのでしょう。

大丈夫ですよ。


ゆっくり、

取り戻していきましょう。


普段の生活ができるようになった頃、

そのチケットで

気分転換に旅行されてみては?


記憶を取り戻す、

良い刺激になるかもしれません。」


母:

「……はい。

わかりました。


それでは、このチケットは

頂いておきます。


ありがとうございました。」



──数カ月後。


母はすっかり普段の生活に戻り、

チケットを使って旅に出た。


今まで見たことのなかった景色。

街の空気、雑貨、食事。


数々の出来事が、

母の表情を、

やわらかくしていった。


それでも、

心にはぽっかりと

大きな穴が空いたままだった。


何も、

思い出せていない。


母:

「……あら。

かわいい猫ちゃん。


昔から、

ずっと飼いたかったのよね。」


旅先のペットショップの

ショーウィンドウで、

こちらをじっと見つめる猫に気づき、

母は思わず駆け寄った。


母:

「ふふ。

なに、この子。

全然鳴かないのね。


他の子は、

鳴いて走り回っているのに。」


猫:

「……。」


猫は、

母を見つめ、

ゆっくりと瞬きをした。


母:

「……決めた。


あなたは、

これから私の家族よ。


名前は──

そうね……。


──なんて、どうかしら。」



世界は、

何事もなかったように、

今日も回り続けている。


毎日のように、

理不尽なことは起きる。


それでも、

それを全力で支える者がいる。


世界は、

完全になることはない。


──それでも。

完全にしようとした者は、

確かに、いた。



彼の願いが、

人々の絆を結び、

静かに、実を結びますように。



【第3章 LAW REMAINS(結斗編)】 


END

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

結斗編 12話で【LAW ORIGIN】は完結となります。


もし何か少しでも感じていただけたら、

リアクションを残していただけると嬉しいです。

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