【第9話】 得る者と失う者
──仕事後、【Second Light】にて。
結斗:
「白石さん、早速だけど……
まずは、田中所長が話していた件。
⋯⋯どう思う?」
真弓:
「そうですね。
やはり、加害者側に寄り添いすぎた法だと思います。
飲酒運転は、誰もが犯罪だとわかっています。
それなのに欲に負けて、他人に生死のリスクを背負わせている。
この時点で、すでに大きな罪です。
更に問題なのは
――その“後”。」
結斗:
「罪の軽さも勿論だけど、免許停止になったとしても、
数年後には、再取得できてしまう。
前と同じように車に乗れてしまう、
仕組み自体も問題だね。」
真弓:
「はい、そこです。
一度欲に溺れ、自分を制御できなかった人間に対して、
未来を守る必要性は感じません。
それによって、
さらなる被害が生まれる可能性が、高くなるだけですから。」
結斗:
「調べたんだけど⋯⋯
飲酒運転の再犯率は、表向きは10%前後らしい。
でもそれは、あくまで“再検挙”された数字。
捕まっていないだけで、繰り返している人間はもっと多い。
海外では、さらに再犯率が高いみたいだね。」
真弓:
「毎年、飲酒運転だけでも
数え切れないほどの事故が起きています。
初めて飲んで、たまたま事故を起こした――
そのようなケースは稀かと思います。
常習的に飲んでいて、
起こるべくして事故を起こした可能性の方が高いでしょう。」
結斗:
「逮捕されれば初犯扱いになる。
でも実際は、今までバレてなかっただけだ。
……再犯みたいなものだね。」
真弓:
「──光条くんは、
ルールを守る気もない人間の未来と、
誠実に生きている人間の未来。
どちらが守られるべきだと思いますか?」
結斗:
「……愚問だね。」
真弓:
「そうですね。
はじめから、答えは決まっています。
では、やりますか?」
結斗:
「……はじめよう。」
結斗は、真弓にも見えるように本を開き、
法文をゆっくりとなぞった。
結斗:
「ここだね。」
『一定期間の経過後、
所定の手続きを経れば、
運転免許の再取得を認める』
真弓:
「ここを正せば、免許の取り消し後は
永久に取得できなくなります。」
結斗:
「よし、それじゃあ――」
真弓:
「待ってください。
ここも、不要だと思いませんか?」
真弓は、指で別の一文をなぞった。
『再犯防止の意思が認められる場合においては、
免許の再取得を妨げない』
真弓:
「この“意思”とは、何でしょうか?」
結斗:
「確かに……
反省なんて、口でいくらでも言える。
本当に反省しているかどうかなんて、
誰にも判断できない。
これは飲酒運転に限らず、
あらゆる犯罪の再犯率が、もう答えを出してることだね。」
真弓:
「はい、その通りです。
光条くん。
飲酒運転の事故で、一番多い言い訳をご存じですか?
『覚えていない』です。
まず、覚えられないほどの状態で
運転すること自体がすでに罪。
そのうえ、保身のためなら
嘘も、逃げも、平気でする。
そのような人間の“意思”に、
価値はありません。
ですから――
『反省しています』
『二度としません』
それらは、今後一切、
考慮されないようにするべきです。」
結斗:
「……よし。
これで確実に、被害者は減るね。
加害者の未来より、
守られるべきは“未来の被害者”。」
二人は目を合わせ、
静かに頷いた。
ペンが、法文を塗りつぶす。
──カンッ。
結斗の脳内に、何かが響く。
青い光が文字を包み、
もともと存在していなかったかのように、
静かに散っていく姿を、二人は見つめていた。
結斗:
「白石さん……実は、もう一つ。」
真弓:
「今朝、考え込んでいた件ですね?」
結斗:
「さすが、話が早くて助かる。
先日、ニュースを見たんだけど――」
真弓:
「この手の問題は、
何十年も前からあります。
ですが今も、
何ひとつ、改善されないままです。」
結斗:
「ここでも……表現の自由、か。
誰もが良くないと分かっている。
それでも誰も動かない。
……いや、もう変える気すらないのかもしれない。
わかっているのに、動かない⋯⋯
それ自体が、僕は許せない。」
真弓:
「残念ですが、所詮は他人事です。
大きな動きは、期待できません。」
結斗:
「……白石さん。」
真弓:
「はい。
もう、答えは決まりきっています。」
結斗:
「問題は、公益性を盾に、
真偽不明でも報道できてしまう点だ。」
結斗は本をめくり、
一文を指さした。
結斗:
「……だから、ここを正す。」
『公共の利害に関わる事項であり、
かつ公益を目的としていたと認められる場合には、
その行為の違法性は否定される』
真弓:
「公益性、公共性。
とても便利な言葉です。
ですが、それは――
事実であることが前提のはずです。
事実確認もせずに疑惑を流し、
間違っていれば
『申し訳ありません』。
それは、報道ではありません。
責任の放棄です。」
結斗:
「これで……真実だけが報道される。
当事者の人生が懸かってる。
責任を取る覚悟がなければ、
報道なんてするべきじゃない。」
真弓:
「これぐらいして、
ようやく対等になったと言えるかどうか。
やはり、この世界は歪んでいます。」
結斗・真弓:
「──決まりだね。」
「──決まりですね。」
迷いのないペンが走る。
──カンッ。
青い光と共に、あったはずの文字が
二人の前から消えていく。
結斗:
「明日には、変化が見えるはず。
少しずつでも……確実に正していこう。」
真弓:
「私たちが正せているのは、ほんの一部です。
報道されるのも、目立ったケースだけ。
ですが、
私たちの知らない場所で、
確実に、救われている人たちがいます。
この行為は誰にも気づかれず、
褒められることもありません。
それでも――
誇りに思いましょう。
私は、信じていますから。」
店内のテレビが切り替わり、
ニュース番組が始まる。
結斗:
「あ、これ……先日見てた番組だ。
破天荒なコメンテーターがいて――
……あれ?
男性キャスター:
「本日から、新しいコメンテーターをお迎えしております――」
真弓:
「どうかされましたか?」
結斗:
「……コメンテーターが変わってる。
正しいことを言う人ほど、邪魔者扱いか。」
真弓:
「スポンサーやイメージの問題かと思います。
正論であっても、都合が悪くなれば排除できる世界ですから。」
結斗:
「ただ正しいことすら、伝えられないのか。
……いつから、この世界は。」
◇
──翌日、事務所にて。
田中所長:
「──そうですねえ。 そこまでは残念ながら──
──はい、ありがとうございます。
また何かございました際は──」
ため息混じりに
ゆっくりと電話を切った。
事務員:
「──また再取得の相談ですか?
乗れなければ、死活問題──」
田中所長:
「法で決まっていることだし──
我々は、法のもとでしか──」
事務員:
「今日は、記者からの相談も多くて──」
田中所長:
「残念ながら──
そもそも、真偽不明なものを載せようとするのも──」
結斗・真弓:
「……。」
僕は白石さんと目を合わせ、
ゆっくりと頷いた。
二人の間に、もう言葉はいらなくなっていた。
前より、
白石さんの微笑む回数が増えている。
正すことで、
彼女自身も救われている気がした。
──休憩時間。
真弓:
「やりましたね、光条くん。」
結斗:
「うん。
相談の中身が、ガラッと変わったね。」
真弓:
「被害者の相談が減り、
加害者からの相談が増える。
とても、健全なことです。」
結斗:
「確かに、仕事で車を使う人間にとって、
免許の再取得不可は、死活問題。
でも――
それだけ重要なら、
守るべきだった。」
真弓:
「はい、自業自得です。
本当に反省しているのなら、
文句を言う前に、
職を改めてでも、社会に貢献すべきです。」
結斗:
「……残念だけど。
それができる人間は、
最初からルールを守ってるよ。」
軽く息を吐き、
結斗は小さく笑った。
ブブブッ、ブブブッ。
ブブブッ、ブブブッ……
結斗:
「……ん?
白石さん、ごめん。席外す。」
真弓:
「大丈夫です。
仕事に戻っておきますね。」
結斗:
「もしもし……。
──っ!
はい。
間違いありません。
そんなっ⋯⋯。
すぐに向かいます!」
(どうしてこんなことに⋯⋯。
急がないと!)
田中所長に事情を説明し、
結斗は病院へ急いで向かった。
◇
廊下を駆け抜け、
引き戸を勢いよく開ける。
結斗:
「──お母さんっ!」
母:
「スー……スー……。」
結斗:
「お母さん?
先生、どういう状態ですか?」
医師:
「……今は、意識がありません。
以前に一度倒れてから、
体調があまり優れなかったようで、
定期的に診させていただいていました。」
結斗:
「そう、だったんですか⋯⋯。」
医師:
「しかし、検査では異常が見つからず……
様子を見るしかありませんでした。
今日も来院予定でしたが、
その途中で、倒れたようです。」
結斗:
「……起きますよね?
二、三日休めば……。」
医師:
「可能性は、勿論あります。
ただ、現時点では何とも。
原因が分からない以上、
今できることは、限られてしまいます。」
結斗:
「そんな……どうして⋯⋯。」
医師:
「今は安定していますので
我々は、一度戻ります。
息子さんの声で、
意識を取り戻すこともあります。
声を、かけてあげてください。
それでは……失礼します。」
結斗:
「……なんでだよ、お母さん。
ずっと元気だと
……思っていた。
なんで、いつも大事なことを教えてくれないんだよ。
僕、バカみたいじゃないか。」
(一番近くにいたのに、自分のことばかりで
⋯⋯気付いてあげられなかった。
僕は……何を守ったつもりでいたんだ。)
「……。
お母さん。
……ごめん。
また、お母さんばっかりに
辛い思いをさせてしまったね。
……僕が、何としてでも守る。
だから……頑張って。」
母は、
結斗の声に反応したような気がした。
ほんの一瞬。
微笑んだように――
そう、思えただけかもしれない。
──数時間後。
医師:
「状態は安定しています。
今日はもう帰って、また明日来てください。
お母さんは、
君が倒れることを、望んではいない。
気持ちはわかるが、いったん帰って休むといい。」
結斗:
「……分かりました。
また来ます。
先生……
約束してください。
──母を、お願いします。」
自室に戻り、
結斗は一人、考える。
(お母さんは至って健康だった。
病気で寝込む姿など、ほとんど見たことがない。
表に出さなかったことが
あったとしても――
急に……なぜ。
ここ最近、
何か変わったこと……。
……最近!?)
──続く──
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