表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

【第9話】 得る者と失う者

──仕事後、【Second Light】にて。


結斗:

「白石さん、早速だけど……

まずは、田中所長が話していた件。

⋯⋯どう思う?」


真弓:

「そうですね。

やはり、加害者側に寄り添いすぎた法だと思います。


飲酒運転は、誰もが犯罪だとわかっています。

それなのに欲に負けて、他人に生死のリスクを背負わせている。


この時点で、すでに大きな罪です。


更に問題なのは

――その“後”。」


結斗:

「罪の軽さも勿論だけど、免許停止になったとしても、

数年後には、再取得できてしまう。


前と同じように車に乗れてしまう、

仕組み自体も問題だね。」


真弓:

「はい、そこです。


一度欲に溺れ、自分を制御できなかった人間に対して、

未来を守る必要性は感じません。


それによって、

さらなる被害が生まれる可能性が、高くなるだけですから。」


結斗:

「調べたんだけど⋯⋯

飲酒運転の再犯率は、表向きは10%前後らしい。


でもそれは、あくまで“再検挙”された数字。

捕まっていないだけで、繰り返している人間はもっと多い。


海外では、さらに再犯率が高いみたいだね。」


真弓:

「毎年、飲酒運転だけでも

数え切れないほどの事故が起きています。


初めて飲んで、たまたま事故を起こした――

そのようなケースは稀かと思います。


常習的に飲んでいて、

起こるべくして事故を起こした可能性の方が高いでしょう。」


結斗:

「逮捕されれば初犯扱いになる。

でも実際は、今までバレてなかっただけだ。


……再犯みたいなものだね。」


真弓:

「──光条くんは、

ルールを守る気もない人間の未来と、

誠実に生きている人間の未来。


どちらが守られるべきだと思いますか?」


結斗:

「……愚問だね。」


真弓:

「そうですね。

はじめから、答えは決まっています。


では、やりますか?」


結斗:

「……はじめよう。」


結斗は、真弓にも見えるように本を開き、

法文をゆっくりとなぞった。


結斗:

「ここだね。」


『一定期間の経過後、

所定の手続きを経れば、

運転免許の再取得を認める』


真弓:

「ここを正せば、免許の取り消し後は

永久に取得できなくなります。」


結斗:

「よし、それじゃあ――」


真弓:

「待ってください。


ここも、不要だと思いませんか?」


真弓は、指で別の一文をなぞった。


『再犯防止の意思が認められる場合においては、

免許の再取得を妨げない』


真弓:

「この“意思”とは、何でしょうか?」


結斗:

「確かに……

反省なんて、口でいくらでも言える。


本当に反省しているかどうかなんて、

誰にも判断できない。


これは飲酒運転に限らず、

あらゆる犯罪の再犯率が、もう答えを出してることだね。」


真弓:

「はい、その通りです。


光条くん。

飲酒運転の事故で、一番多い言い訳をご存じですか?


『覚えていない』です。


まず、覚えられないほどの状態で

運転すること自体がすでに罪。


そのうえ、保身のためなら

嘘も、逃げも、平気でする。


そのような人間の“意思”に、

価値はありません。


ですから――

『反省しています』

『二度としません』


それらは、今後一切、

考慮されないようにするべきです。」


結斗:

「……よし。

これで確実に、被害者は減るね。


加害者の未来より、

守られるべきは“未来の被害者”。」


二人は目を合わせ、

静かに頷いた。


ペンが、法文を塗りつぶす。


──カンッ。


結斗の脳内に、何かが響く。


青い光が文字を包み、

もともと存在していなかったかのように、

静かに散っていく姿を、二人は見つめていた。


結斗:

「白石さん……実は、もう一つ。」


真弓:

「今朝、考え込んでいた件ですね?」


結斗:

「さすが、話が早くて助かる。

先日、ニュースを見たんだけど――」


真弓:

「この手の問題は、

何十年も前からあります。


ですが今も、

何ひとつ、改善されないままです。」


結斗:

「ここでも……表現の自由、か。


誰もが良くないと分かっている。

それでも誰も動かない。

……いや、もう変える気すらないのかもしれない。


わかっているのに、動かない⋯⋯

それ自体が、僕は許せない。」


真弓:

「残念ですが、所詮は他人事です。

大きな動きは、期待できません。」


結斗:

「……白石さん。」


真弓:

「はい。

もう、答えは決まりきっています。」


結斗:

「問題は、公益性を盾に、

真偽不明でも報道できてしまう点だ。」


結斗は本をめくり、

一文を指さした。


結斗:

「……だから、ここを正す。」


『公共の利害に関わる事項であり、

かつ公益を目的としていたと認められる場合には、

その行為の違法性は否定される』


真弓:

「公益性、公共性。

とても便利な言葉です。


ですが、それは――

事実であることが前提のはずです。


事実確認もせずに疑惑を流し、

間違っていれば


『申し訳ありません』。


それは、報道ではありません。

責任の放棄です。」


結斗:

「これで……真実だけが報道される。


当事者の人生が懸かってる。

責任を取る覚悟がなければ、

報道なんてするべきじゃない。」


真弓:

「これぐらいして、

ようやく対等になったと言えるかどうか。

やはり、この世界は歪んでいます。」


結斗・真弓:

「──決まりだね。」

「──決まりですね。」


迷いのないペンが走る。


──カンッ。


青い光と共に、あったはずの文字が

二人の前から消えていく。


結斗:

「明日には、変化が見えるはず。

少しずつでも……確実に正していこう。」


真弓:

「私たちが正せているのは、ほんの一部です。

報道されるのも、目立ったケースだけ。


ですが、

私たちの知らない場所で、

確実に、救われている人たちがいます。


この行為は誰にも気づかれず、

褒められることもありません。


それでも――

誇りに思いましょう。


私は、信じていますから。」


店内のテレビが切り替わり、

ニュース番組が始まる。


結斗:

「あ、これ……先日見てた番組だ。

破天荒なコメンテーターがいて――

……あれ?


男性キャスター:

「本日から、新しいコメンテーターをお迎えしております――」


真弓:

「どうかされましたか?」


結斗:

「……コメンテーターが変わってる。

正しいことを言う人ほど、邪魔者扱いか。」


真弓:

「スポンサーやイメージの問題かと思います。

正論であっても、都合が悪くなれば排除できる世界ですから。」


結斗:

「ただ正しいことすら、伝えられないのか。


……いつから、この世界は。」



──翌日、事務所にて。



田中所長:

「──そうですねえ。 そこまでは残念ながら──

──はい、ありがとうございます。

また何かございました際は──」


ため息混じりに

ゆっくりと電話を切った。


事務員:

「──また再取得の相談ですか?

乗れなければ、死活問題──」


田中所長:

「法で決まっていることだし──

我々は、法のもとでしか──」


事務員:

「今日は、記者からの相談も多くて──」


田中所長:

「残念ながら──

そもそも、真偽不明なものを載せようとするのも──」


結斗・真弓:

「……。」


僕は白石さんと目を合わせ、

ゆっくりと頷いた。

二人の間に、もう言葉はいらなくなっていた。


前より、

白石さんの微笑む回数が増えている。


正すことで、

彼女自身も救われている気がした。


──休憩時間。


真弓:

「やりましたね、光条くん。」


結斗:

「うん。

相談の中身が、ガラッと変わったね。」


真弓:

「被害者の相談が減り、

加害者からの相談が増える。


とても、健全なことです。」


結斗:

「確かに、仕事で車を使う人間にとって、

免許の再取得不可は、死活問題。


でも――

それだけ重要なら、

守るべきだった。」


真弓:

「はい、自業自得です。


本当に反省しているのなら、

文句を言う前に、

職を改めてでも、社会に貢献すべきです。」


結斗:

「……残念だけど。

それができる人間は、

最初からルールを守ってるよ。」


軽く息を吐き、

結斗は小さく笑った。


ブブブッ、ブブブッ。

ブブブッ、ブブブッ……


結斗:

「……ん?

白石さん、ごめん。席外す。」


真弓:

「大丈夫です。

仕事に戻っておきますね。」


結斗:

「もしもし……。


──っ!


はい。

間違いありません。


そんなっ⋯⋯。

すぐに向かいます!」


(どうしてこんなことに⋯⋯。

急がないと!)


田中所長に事情を説明し、

結斗は病院へ急いで向かった。



廊下を駆け抜け、

引き戸を勢いよく開ける。


結斗:

「──お母さんっ!」


母:

「スー……スー……。」


結斗:

「お母さん?

先生、どういう状態ですか?」


医師:

「……今は、意識がありません。


以前に一度倒れてから、

体調があまり優れなかったようで、

定期的に診させていただいていました。」


結斗:

「そう、だったんですか⋯⋯。」


医師:

「しかし、検査では異常が見つからず……

様子を見るしかありませんでした。


今日も来院予定でしたが、

その途中で、倒れたようです。」


結斗:

「……起きますよね?

二、三日休めば……。」


医師:

「可能性は、勿論あります。

ただ、現時点では何とも。


原因が分からない以上、

今できることは、限られてしまいます。」


結斗:

「そんな……どうして⋯⋯。」


医師:

「今は安定していますので

我々は、一度戻ります。


息子さんの声で、

意識を取り戻すこともあります。


声を、かけてあげてください。


それでは……失礼します。」


結斗:

「……なんでだよ、お母さん。


ずっと元気だと

……思っていた。


なんで、いつも大事なことを教えてくれないんだよ。

僕、バカみたいじゃないか。」


(一番近くにいたのに、自分のことばかりで

⋯⋯気付いてあげられなかった。


僕は……何を守ったつもりでいたんだ。)


「……。


お母さん。

……ごめん。


また、お母さんばっかりに

辛い思いをさせてしまったね。


……僕が、何としてでも守る。


だから……頑張って。」


母は、

結斗の声に反応したような気がした。


ほんの一瞬。

微笑んだように――

そう、思えただけかもしれない。


──数時間後。


医師:

「状態は安定しています。

今日はもう帰って、また明日来てください。


お母さんは、

君が倒れることを、望んではいない。

気持ちはわかるが、いったん帰って休むといい。」


結斗:

「……分かりました。

また来ます。


先生……

約束してください。

──母を、お願いします。」


自室に戻り、

結斗は一人、考える。


(お母さんは至って健康だった。

病気で寝込む姿など、ほとんど見たことがない。


表に出さなかったことが

あったとしても――


急に……なぜ。


ここ最近、

何か変わったこと……。


……最近!?)



──続く──

もし何か少しでも感じていただけたら、

リアクションを残していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ