【第8話】 自信と懐疑
結斗は、
力強く一文を塗りつぶした。
──カンッ。
青い光が滲み、
文字は音もなく崩れ落ちていく。
真弓:
「光条くん。
それ、説明していただけますか?」
結斗:
「──っ!」
(さっきまで所長と話してたのに……
急ぎ過ぎた!)
「白石さん……
えっと……、これは──。」
真弓:
「安心してください。
誰かに言うつもりはありません。
言っても信じないでしょうし、
私も実際に見なければ、
ありえないことだと、信じなかったと思います。
私の違和感の原因は、
今の現象で、間違いありませんか?」
結斗:
(……白石さんに、誤魔化しは通じないな。)
「そう……みたいだね。
白石さん、後でゆっくり話さない?
正直に、話すことを約束するから。」
真弓:
「勿論構いません。
仕事後に話しましょう。
──それでは、後ほど。」
◇
午後の業務が一段落し、
所内には、いつもの落ち着きが戻りつつあった。
その静けさを切るように、
田中所長の声が聞こえてきた。
田中所長:
「先日、詐欺被害の件で──
はい、ご安心ください。
国から補償が──」
真弓:
「……。」
真弓は結斗と目を合わせ、
小さく、納得したように頷いた。
◇
──仕事後。
真弓:
「お待たせしました。
それでは、行きましょうか。
私の行きつけだった店が
再オープンしたみたいなので、
そこへ、行きませんか?」
結斗:
「わかった。
約束通り、そこでゆっくり話そう。」
真弓:
「はい。」
二人は自転車に乗り、店へと向かった。
何も知らないまま、
明かりの灯った、あたたかな雰囲気の店が、
二人を出迎えた。
店長:
「おっ! いらっしゃい!
久しぶりだねえ、また来てくれて嬉しいよ。
訳あってずっと閉めてたんだけど、
ようやく、また開けることができてね。
店名を【Light】改め、【Second Light】として
再出発したんで、またよろしくね!」
店長は満面の笑みで、
棚から袋を取り出し、差しだした。
店長:
「今日は再オープン記念で、お菓子を配ってるんだ。
よかったら食べていって。」
真弓は僅かに微笑み、お菓子を受け取った。
店長:
「あ……。」
真弓:
「どうかされましたか?」
店長:
「いや、なんでもない。
ゆっくりしていってね。」
二人は、落ち着いたテーブル席に腰を下ろし、
ゆっくりと会話を切り出した。
真弓:
「光条くん。
本当に、ありがとうございます。」
結斗:
「……え?
どの、件について?」
真弓:
「全てです。
先程の店長の顔、見ましたか?
私は何年も通ってきましたが、
あんなに嬉しそうな表情は、
一度も見たことがありません。
あの笑顔は間違いなく、
光条くんが取り戻したものです。」
結斗:
「あ、うん……。
でも僕は、
許せなかったことを正しただけで……
結果的に、この店にいい影響が出ただけなんだ。
白石さんにお礼をされるようなことは、してないよ。」
真弓:
「いいえ。
その結果は、
誰が、どんな手を使っても
勝ち取れなかったものです。
私からだけではなく、
世界から感謝されてもおかしくないことを、
あなたはしました。」
結斗:
「……。」
真弓:
「私は、この世界に
ずっと、違和感を抱いていました。
ルールを守る人間は蔑ろにされ、
ルールを守らない人間が、なぜか守られる。
それが当たり前になってしまった、
この理不尽な世界を──
光条くんなら、
生まれ変わらせることができる。
そうですよね?」
結斗:
「──世界って」
真弓:
「そうです。
今の法は、圧力とシガラミで硬直し、
変えたくても、変えられません。
ですが、光条くんなら世界の意思とは関係なく
理不尽に苦しむ人たちを、救うことができます。」
結斗:
「僕なら……か。
白石さんは……
この現象について、深く聞いてこないんだね。
もっと、いろいろ聞かれると思ってた。」
真弓:
「私は、苦しむ人を助けられたら、
それだけでいいんです。
助け方は、問いません。」
結斗:
「でも、約束だから。
ちゃんと話すね。」
結斗は、
事の始まりから、今に至るまでを全て話した。
真弓:
「なるほど。
自分の行いが善か悪か、
判断が難しかったからこそ、
私に確認する意味で、話してくれていたのですね。
それなら──
改めて言います。
光条くんのしてきたことは、
正しいです。」
結斗:
「でも……
変えたせいで、僕の友達が──。」
真弓:
「森川くんのことは、残念には思います。
ですが、職務中に立場を利用し、
本来関係のない、私的な事情を持ち込んだ点には、
問題があります。
そして何より、
その法の改変があったからこそ、
多くの人が救われた。
実際に、光条くんは
その声を、たくさん聞いてきたはずです。
守られるべきなのは、
法のもとでルールを守る、誠実な人間です。」
結斗:
「……そうだね。
全員を良くすることなんて、できない。
どちらかしか助けられないなら──
当然、被害者を助けるべきだ。
うん……少し、スッキリした。
白石さんに見られたときは、
正直、どうなるかと思ったけど……
話せてよかった。」
真弓:
「これからは、一人で悩まないでください。
私も、一緒に考えます。
二人で、あるべき姿に変えていきましょう。
悪に、救いは必要ありません。
……私のように苦しむ人を、
もう、増やしたくありませんから。」
結斗:
「……。
僕は……助けたい。
何も言えずに、
我慢している姿を見るのは、もううんざりだ。
──だから白石さん、
手伝ってほしい。」
真弓:
「はい。」
真弓は、まっすぐ結斗を見つめ、
ゆっくりと頷いた。
◇
二人は、この現象について深く話し合った。
影響の少ない法文を使い、
何ができて、何ができないのかを
慎重に確かめていく。
分かったことは、まだ少ない。
・実行できるのは、結斗本人だけ
・消すことはできても、書き加えることはできない
・一度消したものは、元に戻せない
そして──
何かを救えば、
何かがこぼれ落ちる。
それは、
二人の間で、自然と共有された認識だった。
だからこそ、
慎重でなければならない。
真弓:
「──特に、
今のところ、問題はありませんか?」
結斗:
「そうだね。
体も至って健康だし……
特に、変化はないよ。」
真弓:
「わかりました。
──けれど、この異常な現象については
まだ、全貌は見えていません。
判断は光条くんに任せます。
ですが、無理は絶対にしないでください。」
結斗:
「わかった。
異変があったら、必ず相談する。
よし、今日はもう遅いし、
正すべき法については、また改めて話し合おう。」
真弓:
「光条くん、念の為にもう一度。
私達は、
あなたのしてくれたことで、救われました。
少なくとも──
私は、そう思っています。
だから、
自分の判断を、過度に疑う必要はありません。」
結斗:
「うん⋯⋯。
ありがとう、白石さん。
それじゃあ、また。」
◇
──自宅にて。
テレビをつけ、
いつものようにニュース番組を流す。
男性キャスター:
「続いて、週刊誌報道を巡る問題です。
2年前に──
無実の可能性が高いことが──
現在も、名誉の回復には至っていません。」
コメンテーター:
「正直に言いますけど、
これは“報道の自由”の話じゃない。
週刊誌は疑惑を出す。
間違ってたら謝る。
賠償は数十万、よくても数百万程度。
一方で、報道された側は、
仕事を失って、家族を失って、
人生そのものが終わる。
これ、どう考えても釣り合ってませんよ。
もう“言った者勝ち”が、
制度として成立しちゃってるじゃないか。」
男性キャスター:
「一方で、報道の自由は
民主主義を支える、重要な権利です。
疑惑報道がなければ、
表に出なかった不正があったのも事実です。
現行法の枠組みでは、
一定の歯止めは機能している、
という見方もあります。」
コメンテーター:
「“一定の歯止め”で人生が壊れた人は、
救われないままですけどね!
その歯止め、誰のためのものですか?
あなた、自分の家族が同じ目に遭っても、
同じことが言えるんですか?」
男性キャスター:
「──次のニュースです。」
結斗:
(真偽に関係なく、言ったもの勝ち……か。
間違ってても、儲かる。
それが放置されている法は……
何を守ってるんだ?
慎重に使わないとな……。
明日、白石さんに話してみよう。)
◇
──翌日、事務所にて。
今日も、
次々と案件が舞い込んでくる。
結斗:
(何かを解決しても、
また別の問題が生まれる。
なぜ、こんなにも──)
真弓:
「光条くん、おはようございます。
何か、ありそうな顔をしていますね。
あとで話しませんか?」
結斗:
「あ、おはよう。
ちょうど僕も、白石さんに話したいことがあって──。」
二人は仕事後に話すことを約束し、
それぞれの業務に戻った。
◇
田中所長:
「──そうですねえ。
そこまでは、残念ながら──
はい、ありがとうございます。
また何かございました際は──」
ゆっくりと受話器を置き、
机の隅にずっと置かれたファイルを眺め、
小さく呟いた。
田中所長:
「ふう……。
相変わらず、飲酒運転が後を絶たないな……。」
事務員:
「──いっそ、免許剥奪くらい
できても──。」
田中所長:
「それができれば……
でも、可能性だけで裁くことは──。」
結斗:
(その“可能性”で、
何も悪くない人が巻き込まれる“可能性”だって、
十分にあり得るのに……。)
話の断片を聞きながら、
結斗は真弓へ視線を向けた。
真弓:
「⋯⋯。」
真弓もまた、
同じことを考えていたのか、
静かに頷いた。
一度、法のおかしさに気付いてしまうと、
多くの法が、いかに加害者側に偏っているかが見えてくる。
知れば知るほど、嫌になる。
もう疑問ではない。
それは、疑いになった。
──続く──
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