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【第8話】 自信と懐疑

結斗は、

力強く一文を塗りつぶした。


──カンッ。


青い光が滲み、

文字は音もなく崩れ落ちていく。



真弓:

「光条くん。


それ、説明していただけますか?」


結斗:

「──っ!」


(さっきまで所長と話してたのに……

急ぎ過ぎた!)


「白石さん……

えっと……、これは──。」


真弓:

「安心してください。

誰かに言うつもりはありません。


言っても信じないでしょうし、

私も実際に見なければ、

ありえないことだと、信じなかったと思います。


私の違和感の原因は、

今の現象で、間違いありませんか?」


結斗:

(……白石さんに、誤魔化しは通じないな。)


「そう……みたいだね。

白石さん、後でゆっくり話さない?


正直に、話すことを約束するから。」


真弓:

「勿論構いません。

仕事後に話しましょう。


──それでは、後ほど。」



午後の業務が一段落し、

所内には、いつもの落ち着きが戻りつつあった。


その静けさを切るように、

田中所長の声が聞こえてきた。


田中所長:

「先日、詐欺被害の件で──

はい、ご安心ください。

国から補償が──」


真弓:

「……。」


真弓は結斗と目を合わせ、

小さく、納得したように頷いた。



──仕事後。


真弓:

「お待たせしました。

それでは、行きましょうか。


私の行きつけだった店が

再オープンしたみたいなので、

そこへ、行きませんか?」


結斗:

「わかった。

約束通り、そこでゆっくり話そう。」


真弓:

「はい。」


二人は自転車に乗り、店へと向かった。


何も知らないまま、

明かりの灯った、あたたかな雰囲気の店が、

二人を出迎えた。


店長:

「おっ! いらっしゃい!

久しぶりだねえ、また来てくれて嬉しいよ。


訳あってずっと閉めてたんだけど、

ようやく、また開けることができてね。


店名を【Light】改め、【Second Light】として

再出発したんで、またよろしくね!」


店長は満面の笑みで、

棚から袋を取り出し、差しだした。


店長:

「今日は再オープン記念で、お菓子を配ってるんだ。

よかったら食べていって。」


真弓は僅かに微笑み、お菓子を受け取った。


店長:

「あ……。」


真弓:

「どうかされましたか?」


店長:

「いや、なんでもない。

ゆっくりしていってね。」


二人は、落ち着いたテーブル席に腰を下ろし、

ゆっくりと会話を切り出した。


真弓:

「光条くん。

本当に、ありがとうございます。」


結斗:

「……え?

どの、件について?」


真弓:

「全てです。


先程の店長の顔、見ましたか?

私は何年も通ってきましたが、

あんなに嬉しそうな表情は、

一度も見たことがありません。


あの笑顔は間違いなく、

光条くんが取り戻したものです。」


結斗:

「あ、うん……。


でも僕は、

許せなかったことを正しただけで……

結果的に、この店にいい影響が出ただけなんだ。


白石さんにお礼をされるようなことは、してないよ。」


真弓:

「いいえ。


その結果は、

誰が、どんな手を使っても

勝ち取れなかったものです。


私からだけではなく、

世界から感謝されてもおかしくないことを、

あなたはしました。」


結斗:

「……。」


真弓:

「私は、この世界に

ずっと、違和感を抱いていました。


ルールを守る人間は蔑ろにされ、

ルールを守らない人間が、なぜか守られる。


それが当たり前になってしまった、

この理不尽な世界を──


光条くんなら、

生まれ変わらせることができる。


そうですよね?」


結斗:

「──世界って」


真弓:

「そうです。


今の法は、圧力とシガラミで硬直し、

変えたくても、変えられません。


ですが、光条くんなら世界の意思とは関係なく

理不尽に苦しむ人たちを、救うことができます。」


結斗:

「僕なら……か。


白石さんは……

この現象について、深く聞いてこないんだね。

もっと、いろいろ聞かれると思ってた。」


真弓:

「私は、苦しむ人を助けられたら、

それだけでいいんです。

助け方は、問いません。」


結斗:

「でも、約束だから。

ちゃんと話すね。」


結斗は、

事の始まりから、今に至るまでを全て話した。


真弓:

「なるほど。


自分の行いが善か悪か、

判断が難しかったからこそ、

私に確認する意味で、話してくれていたのですね。


それなら──


改めて言います。

光条くんのしてきたことは、

正しいです。」


結斗:

「でも……

変えたせいで、僕の友達が──。」


真弓:

「森川くんのことは、残念には思います。


ですが、職務中に立場を利用し、

本来関係のない、私的な事情を持ち込んだ点には、

問題があります。


そして何より、

その法の改変があったからこそ、

多くの人が救われた。


実際に、光条くんは

その声を、たくさん聞いてきたはずです。


守られるべきなのは、

法のもとでルールを守る、誠実な人間です。」


結斗:

「……そうだね。


全員を良くすることなんて、できない。

どちらかしか助けられないなら──

当然、被害者を助けるべきだ。


うん……少し、スッキリした。


白石さんに見られたときは、

正直、どうなるかと思ったけど……

話せてよかった。」


真弓:

「これからは、一人で悩まないでください。

私も、一緒に考えます。

二人で、あるべき姿に変えていきましょう。


悪に、救いは必要ありません。


……私のように苦しむ人を、

もう、増やしたくありませんから。」


結斗:

「……。


僕は……助けたい。


何も言えずに、

我慢している姿を見るのは、もううんざりだ。


──だから白石さん、

手伝ってほしい。」


真弓:

「はい。」


真弓は、まっすぐ結斗を見つめ、

ゆっくりと頷いた。



二人は、この現象について深く話し合った。


影響の少ない法文を使い、

何ができて、何ができないのかを

慎重に確かめていく。


分かったことは、まだ少ない。


・実行できるのは、結斗本人だけ

・消すことはできても、書き加えることはできない

・一度消したものは、元に戻せない


そして──


何かを救えば、

何かがこぼれ落ちる。


それは、

二人の間で、自然と共有された認識だった。


だからこそ、

慎重でなければならない。


真弓:

「──特に、

今のところ、問題はありませんか?」


結斗:

「そうだね。

体も至って健康だし……

特に、変化はないよ。」


真弓:

「わかりました。

──けれど、この異常な現象については

まだ、全貌は見えていません。


判断は光条くんに任せます。

ですが、無理は絶対にしないでください。」


結斗:

「わかった。

異変があったら、必ず相談する。


よし、今日はもう遅いし、

正すべき法については、また改めて話し合おう。」


真弓:

「光条くん、念の為にもう一度。


私達は、

あなたのしてくれたことで、救われました。


少なくとも──

私は、そう思っています。


だから、

自分の判断を、過度に疑う必要はありません。」


結斗:

「うん⋯⋯。

ありがとう、白石さん。

それじゃあ、また。」



──自宅にて。


テレビをつけ、

いつものようにニュース番組を流す。


男性キャスター:

「続いて、週刊誌報道を巡る問題です。

2年前に──

無実の可能性が高いことが──

現在も、名誉の回復には至っていません。」


コメンテーター:

「正直に言いますけど、

これは“報道の自由”の話じゃない。


週刊誌は疑惑を出す。

間違ってたら謝る。

賠償は数十万、よくても数百万程度。


一方で、報道された側は、

仕事を失って、家族を失って、

人生そのものが終わる。


これ、どう考えても釣り合ってませんよ。

もう“言った者勝ち”が、

制度として成立しちゃってるじゃないか。」


男性キャスター:

「一方で、報道の自由は

民主主義を支える、重要な権利です。


疑惑報道がなければ、

表に出なかった不正があったのも事実です。


現行法の枠組みでは、

一定の歯止めは機能している、

という見方もあります。」


コメンテーター:

「“一定の歯止め”で人生が壊れた人は、

救われないままですけどね!


その歯止め、誰のためのものですか?

あなた、自分の家族が同じ目に遭っても、

同じことが言えるんですか?」


男性キャスター:

「──次のニュースです。」


結斗:

(真偽に関係なく、言ったもの勝ち……か。


間違ってても、儲かる。

それが放置されている法は……

何を守ってるんだ?


慎重に使わないとな……。

明日、白石さんに話してみよう。)




──翌日、事務所にて。



今日も、

次々と案件が舞い込んでくる。


結斗:

(何かを解決しても、

また別の問題が生まれる。


なぜ、こんなにも──)


真弓:

「光条くん、おはようございます。


何か、ありそうな顔をしていますね。

あとで話しませんか?」


結斗:

「あ、おはよう。

ちょうど僕も、白石さんに話したいことがあって──。」


二人は仕事後に話すことを約束し、

それぞれの業務に戻った。



田中所長:

「──そうですねえ。

そこまでは、残念ながら──

はい、ありがとうございます。

また何かございました際は──」


ゆっくりと受話器を置き、

机の隅にずっと置かれたファイルを眺め、

小さく呟いた。


田中所長:

「ふう……。

相変わらず、飲酒運転が後を絶たないな……。」


事務員:

「──いっそ、免許剥奪くらい

できても──。」


田中所長:

「それができれば……

でも、可能性だけで裁くことは──。」


結斗:

(その“可能性”で、

何も悪くない人が巻き込まれる“可能性”だって、

十分にあり得るのに……。)


話の断片を聞きながら、

結斗は真弓へ視線を向けた。


真弓:

「⋯⋯。」


真弓もまた、

同じことを考えていたのか、

静かに頷いた。


一度、法のおかしさに気付いてしまうと、

多くの法が、いかに加害者側に偏っているかが見えてくる。


知れば知るほど、嫌になる。


もう疑問ではない。

それは、疑いになった。



──続く──

もし何か少しでも感じていただけたら、

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