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【第7話】 問い

結斗:

(……ん?

知らない番号からだ……。)


「もしもし?

──えっ!


はい、わかりました。

すぐに向かいます!」


通話は、それだけで切れた。


結斗:

「森川、ごめん!


お母さんが倒れて、今病院にいるみたいなんだ!

命に別状はないって言われたけど、心配だから行ってくる!


誹謗中傷が酷い場合は、早めに相談するようにな!

じゃあ、また!」


森川:

「お、おう!

おれのことはいいから、早く行ってあげて!

またな!」


結斗は通話を切ると、

すぐに走り出した。


結斗:

(最近、体調が良くなかったもんな……。

やっぱり、全部がうまくいくなんてことは……ないか。)



──病院にて。



引き戸を、勢いよく開ける。


結斗:

「お母さん! 大丈夫?」


母:

「結斗。⋯⋯心配かけて、ごめんね。

全然元気なんだけど、

念のため、今日だけ入院することになったわ。」


言葉とは裏腹に、

母はどこか、疲れているように見えた。


働き始めてから、

母とゆっくり話す時間も、減っていた。


こうして改めて向き合うと、

やはり、以前より痩せている。


結斗:

「お母さん、無理しないで。

……僕は、ちゃんとやれてる。


だから、僕を信じてほしい。」


結斗は、ふと視線を逸らした。


結斗:

「なかなか言い出せなかったけど……

今度、二人で旅行に行かない?


たまには、ゆっくりしようよ。⋯⋯ね?

──だから、

体調を整えて、元気になったら行こう。」


母:

「……っ。


そんなことまで、考えてくれてたのね。

──ありがとう。

最近は、結斗に助けられてばっかりね。


これは意地でも、

元気にならないと、いけないわね。ふふっ。」


母の目に、うっすらと涙が滲む。

それでも、しっかりと笑ってみせた。


結斗:

「今まで助けてもらってたのは、僕のほうだよ。

気にしないで。


……じゃあ、約束ね。

一緒に行きたい場所があるんだ。」


母:

「もう、決まってるのね?

どこなの?」


結斗:

「それは、また今度。

楽しみにしてて!」


結斗は病室を後にした。

安堵と同時に、

胸の奥に、小さな不安が残る。



その夜、結斗は一人、

静かに考えを巡らせていた。


(法をいじったことで、確かに多くの人が救われた。

──でも、森川のように⋯⋯。)


少し前なら、気にもされなかったことが

問題になり始めた。


何かをすれば、何かを失う。

すべてを守るなんて、やはりできない⋯⋯

──これが現実。


もう、迷う必要はない。

法さえ守っていれば──。


この世は……

法が、すべて……か。



──翌朝。


母:

「ただいま。」


結斗:

「おかえり!

こんな朝早くに……。

もっと、ゆっくりしてくればよかったのに。」


母:

「家のこともあるし、

じっとしているほうが、かえって駄目になりそうだから

朝一番で、飛び出してきたわ。ふふっ。」


結斗:

「……ほんとに、大丈夫?

でも、無茶はしないでね。


──じゃあ、僕は仕事に行ってくるから。」


母:

「はいはい。

気をつけて、いってらっしゃい。」



──事務所にて。


今日も電話は鳴り続けていたが、

昨日の経験と新たなマニュアルが活かされ、

わずかな余裕が生まれていた。


真弓:

「光条くん、おつかれさまです。

少し、よろしいでしょうか。」


結斗:

「ああ、勿論。どうかしたの?」


真弓:

「先日お話した、私の行きつけの店の件……

覚えていますか?」


結斗:

「覚えてるよ。

炎上で、閉店に追い込まれたって店だよね。」


真弓:

「はい。

今朝、店の前を通ったんですが、

また、オープンするみたいなんです。」


結斗:

「再オープン、楽しみだね。


先日、ニュース番組でも言っていたけど

補償が始まってるみたいだからね。」


真弓:

「はい。

とても楽しみなのですが、

どうしても、腑に落ちない点がありまして。


炎上対策や規制の話は、

これまでも問題視されてきました。


ただ、被害者への補償については、

国として具体的に動く気配は、全くありませんでした。


今になって、急すぎると思いませんか?」


結斗:

「時間はかかるけど、国も常に法改正はしてるし、

たまたま、このタイミングだったんじゃないかな。」


(……違和感を覚えてる?)


真弓:

「──そう、ですね。


今回の改正は、とても意味があると思います。

まだまだ理不尽な法は多いですし、

これからも、改正が進むといいですね。


あの、……光条くん。

お知り合いに、国会議員の方とか、

いらっしゃいますか?」


結斗:

「え?

いや、いないけど……どうして?」


真弓:

「いえ、

あまりにも、光条くんと話したことが、

次々と現実で改善されている気がして。


法改正に関われる方と、

お知り合いなのかと、思ってしまいました。


でも、考えてみれば、

個人でどうにかなる話ではありませんね。


すみません。

変な質問をしてしまいました。

仕事に、戻りますね。」


結斗:

「ははっ。 いいよ、全然。


実際、知り合いにいたら、

直接、討論してみたいくらいだよ。」


一瞬、考えるように、

結斗は眼鏡を押し上げた。


(……なぜだ。

確実に、何かを感じ取られてる。


田中所長や、事務員さんは

当たり前のように受け入れているのに……。)



田中所長:

「──はい。お気持ちはわかりますが、

現状の法では、どうすることも……

おっしゃる通りかと──」


ガチャ。


田中所長:

「ふう……。」


結斗:

「……また、難しい案件ですか?」


田中所長:

「ああ。


誰が悪いという訳でもない案件ほど、

辛いものはないねえ。」


結斗:

「差し支えなければ、勉強のためにも教えていただけませんか。」


田中所長:

「君は、体調が悪いのに、

病院で"異常なし"と言われた経験はあるかい?」


結斗:

「はい。……何度かあります。」


田中所長:

「病の特定は難しい。

精神的なものもあれば、肉体的なものもある。


その時点では問題が見つからなくても、

後になって、重大な病が判明することもある。

今回は、まさにそのケースだ。


"問題ない"と言われ、様子を見ていた結果、

症状が悪化した。


病院に責任を問えるのか、という相談だった。」


結斗:

「……責任は、どこに?」


田中所長:

「明らかな手抜きがあれば別だが、

ガイドラインに沿って検査が行われていれば、

予測不能とされ、責任は問われない。


医療は、"成功保証"じゃないからね。」


結斗:

「医療にも限界はあるとはいえ、

……悔しいですね。


あの時、しっかりと診てくれていたら⋯⋯

って、どうしても思ってしまいます。」


田中所長:

「どちらかが悪なら、話は簡単なんだけどね。」


結斗:

「……勉強になりました。

ありがとうございます。」


(……こればかりは、法だけでは救えない)


結斗は、机の上の書類を指先で押さえたまま、

動かなかった。


その背中を、

真弓は、書類を整理しながら、

ほんの一瞬だけ、視界に入れた。


すぐに視線を落とし、

何事もなかったように、ペンを走らせた。



──数日後。


ストーカー案件もようやく落ち着き、

所内は、いつもの空気を取り戻しつつあった。


コピー機の音に紛れて、

三人の会話が僅かに聞こえる。


田中所長:

「──本当に、許せないな……

何とかしたいが──」


事務員:

「人の善意を踏みにじる行為は──」


真弓:

「逮捕されたとしても、

被害の補償は──」


田中所長:

「……ないものは、どうすることも──」


僕の耳には、

断片的な会話が残っていた。


結斗:

(……学費。

……母親が必死に貯めたお金。


このままじゃ──


……そうか。

ここを──)


結斗は、迷いなく一文を塗りつぶした。


──カンッ。


青い光が滲み、

文字が、静かに崩れ落ちていく。


真弓:

「光条くん。


それ、説明していただけますか?」



──続く──

もし何か少しでも感じていただけたら、

リアクションを残していただけると嬉しいです。

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