【第7話】 問い
結斗:
(……ん?
知らない番号からだ……。)
「もしもし?
──えっ!
はい、わかりました。
すぐに向かいます!」
通話は、それだけで切れた。
結斗:
「森川、ごめん!
お母さんが倒れて、今病院にいるみたいなんだ!
命に別状はないって言われたけど、心配だから行ってくる!
誹謗中傷が酷い場合は、早めに相談するようにな!
じゃあ、また!」
森川:
「お、おう!
おれのことはいいから、早く行ってあげて!
またな!」
結斗は通話を切ると、
すぐに走り出した。
結斗:
(最近、体調が良くなかったもんな……。
やっぱり、全部がうまくいくなんてことは……ないか。)
◇
──病院にて。
引き戸を、勢いよく開ける。
結斗:
「お母さん! 大丈夫?」
母:
「結斗。⋯⋯心配かけて、ごめんね。
全然元気なんだけど、
念のため、今日だけ入院することになったわ。」
言葉とは裏腹に、
母はどこか、疲れているように見えた。
働き始めてから、
母とゆっくり話す時間も、減っていた。
こうして改めて向き合うと、
やはり、以前より痩せている。
結斗:
「お母さん、無理しないで。
……僕は、ちゃんとやれてる。
だから、僕を信じてほしい。」
結斗は、ふと視線を逸らした。
結斗:
「なかなか言い出せなかったけど……
今度、二人で旅行に行かない?
たまには、ゆっくりしようよ。⋯⋯ね?
──だから、
体調を整えて、元気になったら行こう。」
母:
「……っ。
そんなことまで、考えてくれてたのね。
──ありがとう。
最近は、結斗に助けられてばっかりね。
これは意地でも、
元気にならないと、いけないわね。ふふっ。」
母の目に、うっすらと涙が滲む。
それでも、しっかりと笑ってみせた。
結斗:
「今まで助けてもらってたのは、僕のほうだよ。
気にしないで。
……じゃあ、約束ね。
一緒に行きたい場所があるんだ。」
母:
「もう、決まってるのね?
どこなの?」
結斗:
「それは、また今度。
楽しみにしてて!」
結斗は病室を後にした。
安堵と同時に、
胸の奥に、小さな不安が残る。
◇
その夜、結斗は一人、
静かに考えを巡らせていた。
(法をいじったことで、確かに多くの人が救われた。
──でも、森川のように⋯⋯。)
少し前なら、気にもされなかったことが
問題になり始めた。
何かをすれば、何かを失う。
すべてを守るなんて、やはりできない⋯⋯
──これが現実。
もう、迷う必要はない。
法さえ守っていれば──。
この世は……
法が、すべて……か。
◇
──翌朝。
母:
「ただいま。」
結斗:
「おかえり!
こんな朝早くに……。
もっと、ゆっくりしてくればよかったのに。」
母:
「家のこともあるし、
じっとしているほうが、かえって駄目になりそうだから
朝一番で、飛び出してきたわ。ふふっ。」
結斗:
「……ほんとに、大丈夫?
でも、無茶はしないでね。
──じゃあ、僕は仕事に行ってくるから。」
母:
「はいはい。
気をつけて、いってらっしゃい。」
◇
──事務所にて。
今日も電話は鳴り続けていたが、
昨日の経験と新たなマニュアルが活かされ、
わずかな余裕が生まれていた。
真弓:
「光条くん、おつかれさまです。
少し、よろしいでしょうか。」
結斗:
「ああ、勿論。どうかしたの?」
真弓:
「先日お話した、私の行きつけの店の件……
覚えていますか?」
結斗:
「覚えてるよ。
炎上で、閉店に追い込まれたって店だよね。」
真弓:
「はい。
今朝、店の前を通ったんですが、
また、オープンするみたいなんです。」
結斗:
「再オープン、楽しみだね。
先日、ニュース番組でも言っていたけど
補償が始まってるみたいだからね。」
真弓:
「はい。
とても楽しみなのですが、
どうしても、腑に落ちない点がありまして。
炎上対策や規制の話は、
これまでも問題視されてきました。
ただ、被害者への補償については、
国として具体的に動く気配は、全くありませんでした。
今になって、急すぎると思いませんか?」
結斗:
「時間はかかるけど、国も常に法改正はしてるし、
たまたま、このタイミングだったんじゃないかな。」
(……違和感を覚えてる?)
真弓:
「──そう、ですね。
今回の改正は、とても意味があると思います。
まだまだ理不尽な法は多いですし、
これからも、改正が進むといいですね。
あの、……光条くん。
お知り合いに、国会議員の方とか、
いらっしゃいますか?」
結斗:
「え?
いや、いないけど……どうして?」
真弓:
「いえ、
あまりにも、光条くんと話したことが、
次々と現実で改善されている気がして。
法改正に関われる方と、
お知り合いなのかと、思ってしまいました。
でも、考えてみれば、
個人でどうにかなる話ではありませんね。
すみません。
変な質問をしてしまいました。
仕事に、戻りますね。」
結斗:
「ははっ。 いいよ、全然。
実際、知り合いにいたら、
直接、討論してみたいくらいだよ。」
一瞬、考えるように、
結斗は眼鏡を押し上げた。
(……なぜだ。
確実に、何かを感じ取られてる。
田中所長や、事務員さんは
当たり前のように受け入れているのに……。)
◇
田中所長:
「──はい。お気持ちはわかりますが、
現状の法では、どうすることも……
おっしゃる通りかと──」
ガチャ。
田中所長:
「ふう……。」
結斗:
「……また、難しい案件ですか?」
田中所長:
「ああ。
誰が悪いという訳でもない案件ほど、
辛いものはないねえ。」
結斗:
「差し支えなければ、勉強のためにも教えていただけませんか。」
田中所長:
「君は、体調が悪いのに、
病院で"異常なし"と言われた経験はあるかい?」
結斗:
「はい。……何度かあります。」
田中所長:
「病の特定は難しい。
精神的なものもあれば、肉体的なものもある。
その時点では問題が見つからなくても、
後になって、重大な病が判明することもある。
今回は、まさにそのケースだ。
"問題ない"と言われ、様子を見ていた結果、
症状が悪化した。
病院に責任を問えるのか、という相談だった。」
結斗:
「……責任は、どこに?」
田中所長:
「明らかな手抜きがあれば別だが、
ガイドラインに沿って検査が行われていれば、
予測不能とされ、責任は問われない。
医療は、"成功保証"じゃないからね。」
結斗:
「医療にも限界はあるとはいえ、
……悔しいですね。
あの時、しっかりと診てくれていたら⋯⋯
って、どうしても思ってしまいます。」
田中所長:
「どちらかが悪なら、話は簡単なんだけどね。」
結斗:
「……勉強になりました。
ありがとうございます。」
(……こればかりは、法だけでは救えない)
結斗は、机の上の書類を指先で押さえたまま、
動かなかった。
その背中を、
真弓は、書類を整理しながら、
ほんの一瞬だけ、視界に入れた。
すぐに視線を落とし、
何事もなかったように、ペンを走らせた。
◇
──数日後。
ストーカー案件もようやく落ち着き、
所内は、いつもの空気を取り戻しつつあった。
コピー機の音に紛れて、
三人の会話が僅かに聞こえる。
田中所長:
「──本当に、許せないな……
何とかしたいが──」
事務員:
「人の善意を踏みにじる行為は──」
真弓:
「逮捕されたとしても、
被害の補償は──」
田中所長:
「……ないものは、どうすることも──」
僕の耳には、
断片的な会話が残っていた。
結斗:
(……学費。
……母親が必死に貯めたお金。
このままじゃ──
……そうか。
ここを──)
結斗は、迷いなく一文を塗りつぶした。
──カンッ。
青い光が滲み、
文字が、静かに崩れ落ちていく。
真弓:
「光条くん。
それ、説明していただけますか?」
──続く──
もし何か少しでも感じていただけたら、
リアクションを残していただけると嬉しいです。




