66.
前世の頃から暴力は好きでもないし得意でもない。
しかしそれでもわかっていることは一つある。
鳩尾は大して力を入れず攻撃しても悶絶する程痛い。
それを私は前世の育児で身も心も思い知っていた。
息子たちは心優しく反抗期でも暴力などふるわなかった。
そんな彼らが私に与えた数少ない痛み。
それが幼児時代の全力しがみつきからの鳩尾へのヘッドアタックだった。
全力とはいえ子供の力だ。なのに声も出せない程の激痛に震えた。
そして覚えた。力だけでない、角度が重要なのだと。
異母姉の体の内側へ刺すように抉りこんだ拳は柔らかくその体に沈んだ。
ローズがコルセットをつけていなかったことに幸運と同時に違和感を覚える。
外見にだけは異常に気を使う女性だったのに。
「がっ、はあ……っ!」
苦悶し体を曲げながら前へ倒れ込む体。カーヴェルの拘束が外れたのだろう。
それを避けつつ私はローズの頭が地面に激突しないように服を軽くつまみ勢いを調整した。
その上で私はローズの後ろにいたカーヴェルへ叫ぶ。
「そのまま地面へ押さえつけて!」
言葉に反応したように彼はローズを背後から地面へと押さえつけた。
カーヴェルは眼鏡が無くなり、代わりに目の横に引っかき傷のような物が出来ている。
恐らく暴れるローズの爪が引っ掻いたのだろう。
血が滲んでいるのを見て私はぞっとした。
少しでも位置がずれていたら彼は失明していたかもしれない。
「う、おえっ、離しなさい!無礼者!馬鹿野郎!」
「無礼なのも馬鹿なのも貴方よ」
地面に俯せの態勢で成人男性に体重をかけられれば幾ら狂っていても暴れることは出来ないらしい。
いや、油断は禁物だ。
私はローズを見張りながら告げた。
「何で貴方がこの場所に居るの。誰かに連れて来られたの?」
「ふんっ、あんたに言う筈無いでしょ」
「つまり言えないような相手なのね?妻帯者?それとも犯罪者かしら?」
私が挑発するように言うとローズは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そんなわけないでしょ!あの人は私と結婚してくれるって言ってくれたんだから!」
案の定私の挑発に乗ったローズだが発言内容は意味不明だった。
「結婚?貴方先程までアベニウス公爵夫人になりたがっていたのに?」
この国では重婚は許されていない筈だ。
首を傾げている私をローズは憎々し気に見つめる。悪意と狂気に満ちた瞳はギラギラと刃のように輝いていた。
「そうよ、公爵夫人にもなるわよ!妾の子のあんたが私より恵まれるなんて絶対許さない!!」
自分が今どの場所で何を言っているのか理解していないのだろう。
それとも理解した上でそれを正当な主張だと思っているのだろうか。
私は溜息を吐いた。胃がむかむかする。
これは私が感じる不快感なのだろうか。それともローズの異母妹として十何年虐げられていたエリカの怒り?
わからない。けれど私は口を開いた。言わなければ耐えられなかった。
「……考え違いをしているようだけれど、私の母は貴方の父親に無理やり乱暴されたのよ。被害者であって妾などではないわ」
貴方、犯罪者の娘の癖によく今まで偉そうにしていられたわね。
私がそう発言すると周囲は水を打ったように静まり返った。




