67.
「私の母は死ぬまで使用人服と粗末な部屋と食事しか与えられなかった。病気なのに薬すら与えられずあっさり死んだ」
それのどこが愛妾扱いだと言うのか。
私はローズを睨みつける。
「オルソン伯爵は屋敷で働いている若く美しい娘を欲のまま襲った。ただそれだけのことでしょう」
「だったら、だったら何であんたは私の妹扱いなのよっ!」
成程。彼女はそれが長い事引っかかっていたのか。
確かに自分は貴族であることが拠り所のような人間は使用人の産んだ娘が異母妹になるのは許せないだろう。
しかしある意味自業自得だと思う。
「何でって……貴方がオルソン伯爵家の娘として満足に役目を果たせないと判断したからではなくて?」
「なっ……」
「貴方は散々好き放題生きて来たけれど、それが叱られず許された理由は何だと思ったの?」
そう、ずっと不思議だったけれど今口にして腑に落ちた。
オルソン伯爵は実娘のローズを手駒として見ていないのだ。
だからこそ利用できなくても問題無いようにエリカというスペアを実子として認めたのだろう。
生まれた時から認知されていた訳では無い気がする。
エリカの記憶にある勉強などを教えようとしていた時期、あそこが怪しい。
私とローズの年齢差は七歳。
十四歳の頃にローズが見放されていたとしたら辻褄が合う。
(その割には全部が中途半端だけれどね)
エリカの体に傷をつけることだけは妻子にすら禁止したが教育などについては本当に最低限だった。
しかしその中途半端さこそがオルソン伯爵という人間の個性なのかもしれない。吐き気がする。
「貴方がまともな令嬢だったら母も私も解雇という形で解放されて、奴隷よりはマシな生活を送れたでしょうね」
「ハッ、当主に手を付けられたメイドにろくな嫁ぎ先など無いわよ」
上手い罵倒を思いついたと感じたのかローズが得意げに言う。
「だとしてもあの屋敷で暮らすよりはずっとマシよ。そもそも結婚だって無理にする必要は無いわ」
母は貴方と違って手に職があるもの。そうローズに告げる。
実際メイドとして別の屋敷に再就職したって良かったのだ。
そうしなかったのはきっと娘一人をオルソン伯爵家に置いて逃げることが出来なかったからだ。
「男遊びに夢中で結婚しなかった貴方はとうとう結婚できなくなってしまったわけだけれど、今後はどうするつもりなの?」
「そんなの、そんなの……家を継ぐに決まっているじゃない!」
「そう、だとしたら当主教育はとっくに終わっていて既にオルソン伯爵の片腕として活躍してらっしゃるのでしょうね?」
当然そのような事実は無いと知っていて言っている。
「だらしない下半身の父親を持ったことには同情しているのよ。お互い様だけれどね」
「エリカ……あんた」
「でも強い女を気取る癖に弱い立場にしか噛みつけないのは無様だとずっと思っていてよ、お姉さま」
そう言って私は笑った。
いつかこの言葉が返す刃となって自分に突き刺さってでもこの場で口にしたかった。
「不貞や裏切りに怒るなら自分の父親こそ責め詰りなさいな、弱い立場の使用人の女を虐め殺して得意げにする前にね」
貴方も貴方のお母様も。
私がそう口にした頃にはローズの目は血走り、噛み締めた歯の隙間からは荒い息遣いが聞こえていた。
私が憎くて罵倒したいのに適当な言葉が見つからなくて苛立っているのだろう。
だって私は純朴なエリカでは無い。口の悪さにはローズの何倍もの年季が入っているのだ。
「大人しくしなさい。そうでなければ貴方の父親は今度こそ貴方を完全に見捨てるわ。除籍されるかもね」
実はもう見捨てているかもしれないけれど。それは言わずにローズを睨みつける。
彼女も視線で殺そうとする勢いで睨み返してきたが力任せに暴れることはしなかった。
結局、こうやって力関係が完全に逆転したなら受け入れ大人しくなるのか。
「奥様!」
輪の外からアイリの呼び声が聞こえる。
彼女の後ろには制服姿の従業員たちがいる。
やっとこの問題児な異母姉の引き渡し先がやってきた。
そのことに安堵しつつ、野次馬貴族たちの視線を今更だが鬱陶しく思った。




