65.
「今すぐ鏡を見ることを勧めるわ、ローズ」
私はそう言って、変わり果てた姿の異母姉を見た。
見れば見る程酷い姿だ。
彼女の元の姿を知らなければ女道化として受け入れられるかもしれない。
しかし長年同じ屋敷で暮らしていたエリカの記憶は今のローズの姿を拒絶する。
ローズはヒステリックで男好きで常に派手でけばけばしい令嬢だった。
しかし確かにその外見は美しかったのだ。
大勢が見る前で似合わない服装と化粧で立っていられるような女性では無い。
なのに現に彼女は貴族たちの前で見世物として笑われている。
つまり今のローズは正気では無い。
(もしくはローズを騙して道化に仕立て上げ笑っている誰かがいる)
或いはその両方か。
どちらにしても厄介なことには違いなかった。
「は? 誰よあんた……」
不快そうにこちらを見たローズは首を傾げる。
どうやら私がエリカだと気付いていないらしい。
(貴方、結婚を押し付けて来た時にこちらの顔を見て嫌味を言ったでしょうに)
異母妹の顔さえも忘れる程狂ってしまっているのか。
知らず唾を飲み込んだ瞬間、カーヴェルが叫んだ。
「奥様、その人物から離れてください!」
彼の声にローズの肩がピクリと震える。
そして地を這うような声が真っ赤な唇から出て来た。
「は? 奥様ってあんた……エリカなの?」
「……そうだけれど」
「エリカの分際でこの私を呼び捨てにするなんて、又鞭で打たれたいのっっ!!」
その叫び声こそが茨の鞭のような刺々しさで耳を打った。
ひっと恐怖に怯える声があちらこちらから聞こえる。子供の声のようだった。
(可哀想に……)
遊園地に来たのはこんな化け物もどきと遭遇する為では無いだろう。
私はカーヴェルが背に庇っている子供たちに視線を向けた。
必死に家令へとしがみついている。
頼みの綱の下男クレイグは何故かいなかった。
私がローズの気を引いている内にカーヴェルはレオとロンを連れて安全なところに避難して欲しい。
ただそれを口に出して命じればローズの意識は先程と同じように子供たちに向いてしまうだろう。難しいところだった。
少し考え私はわざと挑発するような笑みを浮かべた。
「鞭で打つって……それをして父親に叱られたのを忘れたの?」
「なっ」
「本当に忘れっぽくて困るわ、でもそういう病気なのだから仕方ないわね」
私はまだ観劇気分で見ている連中に視線だけ向ける。
「お集まりの皆様方、実はこの無様な光景は劇でも催しでもございませんの」
私の姉は病気なのですわ。そう続けて言うと人混みがざわめいた。
「彼女はローズ。オルソン伯爵家の長女ですが心を患った為、長年奇行を繰り返しておりました」
「あんたもお父様に言われてきたの?! どいつもこいつも私を病気扱いしないで!!」
ローズが鬼の形相で言う。
父親にも既に同じことを言われていたのか、それは初耳だった。
ならオルソン伯爵が彼女を好きにさせていたのは諦めもあったのだろうか。
ローズではまともな結婚など出来ないと。
(だとしても伯爵家の後継問題はどうするつもりだったのかしら)
そんなことを考えているとローズがこちらへと近寄って来た。
つまりそれはカーヴェルと子供たちから離れているということだ。
「私は狂っていないわ、間違ってもいない。アベニウス公爵はどちらと結婚しても同じだと言っていたのだから……!」
「ケビンが?」
聞き捨てならない台詞に思わず呼び捨てにしてしまう。しかし私の声など掻き消すようにローズが叫んだ。
「今から私が公爵夫人に成り代わっても同じってことよっっ!!」
言い終わると同時にドレス姿とは思えないような動きでローズは私に襲い掛かる。
自分がホラー映画の登場人物になった気分で私は異母姉を避けようとした。
長い爪がこちらに伸ばされる。
つまり武器を持っていないということだ。後ろに下がりつつ顔を腕でガードする。
「止めろ!」
「ぐうっ」
しかしローズの指は私に触れることは無かった。
背後からカーヴェルがローズを羽交い絞めにして拘束したからだ。
「離しなさい、使用人風情が!」
「離しません、奥様……お子様たちを連れてお逃げください!」
「離せ、離せぇっ!!」
ローズが手負いの獣のように暴れる。それでもカーヴェルは必死に押さえ込む。
「レオ君、ロン君、こちらに来なさい!」
私がそう言うと青い顔をした子供たちが私に駆け寄って来た。
レオはロンの手を引いている。私からも彼らに近寄った。
「あの女、お前を誘拐したって、自分を母親として認めないと二度と会わせないって言ったんだ……!」
「何ですって……?」
卑劣な脅しに対し改めて怒りがわく。そんな私の背で女の悲鳴が聞こえた。
声はローズのものでなかったが私は振り返る。
その瞬間、カーヴェルの眼鏡が地面へと落ちるのを見た。
私は自分の頭に血が上るのを不思議な程冷静に感じる。
そしてゆっくりと二人に近づくと暴れるローズの無防備な鳩尾に拳を深く捻じ込んだ。




