64.
異母姉のローズに子供たちとカーヴェルが絡まれている。
すぐ駆け寄りたいのを我慢してアイリの所へ戻った。
すると追いついたのか王妃たちも集合している。
私は息を吸うと言葉を発した。
「申し訳ございませんが、緊急の用が出来た為私と侍女は離脱させて頂きたいと思います」
「まあ、どうして……?」
「家族の危機なのです、そして遊園地自体が危険になる可能性もございます」
王妃は私の言葉に目を丸くする。
「私の姉があちらで騒ぎを起こしています。まともな様子ではありません」
視線を野次馬たちに向ける。何故彼らはあそこまで暢気に見物できるのか。
ローズの表情や顔こそ詳細に確認できなかったが、ヒステリックな声で異常さは即理解出来た。
貴族たちだけでは無い。
遊園地の警護もどうなっているのだろう。
そして王女と王妃の警備も。
かよわい女一人が騒いで暴れていたところで危険性は無いと判断しているのだろうか。
もっとか弱い存在である子供たちが絡まれているというのに。
無意識に下唇を噛んだ。
「わかったわ、私たちは馬車に戻ります」
「ええ、いやよ!まだ遊びたいわ!」
王妃の決断に王女は全力で抗う。
波打ちそうな感情を抑え付け私は王女に話しかけた。
「少し離れた場所に沢山の縫いぐるみやお土産を売っているお店があります。カフェでは美味しいケーキも売っているそうですよ」
「ぬいぐるみ、おいしいケーキ……」
こちらの提案にきらきらした目で興味を示す王女に微笑みかけ、私は王妃に視線を戻した。
「奥様たちもお疲れの御様子ですし、そちらで買い物をしながら休息されてはいかがでしょうか」
そして気が済んだら帰って欲しい。口に出さない願いが届いたかわからないが王妃は頷く。
「そうするわ。今日は本当にありがとう、このお礼は必ず致します」
「こちらこそ、大してお役に立てず申し訳ございませんでした」
「では又ね、アベニウス公爵夫人……アリア、アネット私たちは縫いぐるみを見に行きましょう」
「あの、わたし大きなくまさんが欲しいの!」
「あったらね」
そう会話をしながら母子とその侍女は遠ざかっていく。
よく見るとその動きに連動するように屈強な男たちも離れた場所から一定のタイミングで移動していた。
帯剣もしている。成程、あれが護衛か。
これで王妃たちの世話から離脱することが出来た。
一仕事終わったような気になるが、寧ろここからが本番だ。
「アイリ、危険かもしれないけれどついてきて貰える」
「はい」
私は自分の侍女に告げて、野次馬貴族たちが集まるところへ戻った。
ざわざわと揺れる人ごみにやはり違和感を覚える。
誰も恐怖を浮かべず口にしていないのだ。
他人事気分だとしても、流石にこれは変だろう。
頭のおかしい女が路上で暴れているのだから、突然標的を変えて襲い掛かるかもしれないのに。
(貴族ってここまで平和ボケしているのかしら)
私はうんざりしながらアイリに指示を出す。
「遊園地の警備を捜して、暴れている不審者を捕まえるように頼んで貰える?」
「かしこまりました。ですが奥様は?」
「私は姉と会話を試みるわ」
「危険です」
「だとしても、子供たちよりは私に標的が移った方がマシだわ」
「警備員の到着を待たれては」
「……残念ながら近くにいないのよ、妙な事にね」
苦笑いを浮かべる。それしか出来ない。
血眼になって探したが本当に居ないのだ。気味の悪さを感じた。
「カーヴェルとクレイグもいるし、子供たちを逃がせれば後は上手くやるわ……やれたらだけれど」
「すぐに、警備員どもを連れて参ります」
言葉とともにアイリは私から離れる。どんどん遠くなる後ろ姿を見守ることをせず私は野次馬に向き直った。
通れそうな隙間を見つけそこに体を滑り込ませる。時々聞こえる会話が勝手に耳に入って来た。
「こちら何の演目かしら?」
「そうねえ、あの女優の化粧とドレスから考えると……」
「しかし酷いわね、あのメイク。私なら死んでも嫌だわ」
「あの執事役の俳優、とても綺麗な顔立ちをしているわ。素敵ね」
「うふふ、パトロネスを募集していないかしら」
「子役たちも品があるわね、どこの劇団を雇ったのかしら」
成程、ここにいる野次馬たちはローズの暴走を遊園地側の出し物だと勘違いしているのだ。
その誤解にカーヴェルや子供たちの容姿の良さが一役買っているのを皮肉に思いながら私はやっと中央へ躍り出た。
「馬鹿な真似は止めなさい、ローズ!」
力の限り叫んで異母姉を睨みつける。
そしてぎょっとした。
「何よ、その恰好……」
良く見ればドレスは明らかに安物で、それだけでなく赤黄色緑の布をおかしな具合で組み合わせている。
見栄っ張りで自分の容姿に自信のあるローズなら絶対着る筈が無い衣装だ。
そして顔を見れば完全な白塗りで目の周りは真っ黒に唇は真っ赤な口紅が大きく塗りたくられていた。
まるで、ピエロだ。
それもホラー映画に出て来るタイプの。
前世の知識を思い出しながら、私は変わり果てた姿のローズの瞳がこちらを認識しぎらつくのを見た。
いや本当に彼女は、異母姉なのだろうか。
だとしたら何故、ここまで異常な姿になっているのか。私はもう一度彼女の名を呼んだ。




