60.
確かに善意で助けたわけではない。
でもこれはあんまりではないだろうか。
自分たちでは解決できなかったトラブルを解決して貰った相手に更に寄りかかろうとするとは。
(まあ、前世を含めれば今回が初めてでは無いけれどね)
そういう相手とは出来るだけ速やかに迅速に縁を切るべきだ。
私の理性と経験は即座に答えを返す。
問題は相手がそれを許してくれるかだ。
私は公爵夫人、そして相手はどうやら王妃らしい。
王妃の割に出会ったばかりの人間に助けを求めるとは随分と人手不足なことだ。
皮肉を呑み込み私は小さな馬車の元へ近寄る。
馬車の窓が開いていて幼い少女のように可憐な顔が私を見下ろしていた。
「あなた、昨日ばあやが読んだ絵本の女王様ね!」
いや違う。幼い少女のようなじゃなく、本当に幼い子供だ。
ロンと同じ年か少し下に見える。流石にこの娘が王妃では無いだろう。
そんなことを考えていると中から静かな声が聞こえた。
「アリア、急に話しかけては駄目よ」
「だってお母様、私早く遊園地であそびたいのだもの!」
それはレオやロンたちだって同じだ。反射的にそう思う。
けれどこんな子供に言っても仕方が無い。
私は臣下の礼をして母親が顔を出すのを待った。
自分の為に礼儀作法の教師を雇っていて良かったと心から思う。
「楽にしてください。今日は王妃としてこの場を訪れた訳では無いのですから」
そう優し気に言われたが私は姿勢を崩さない。
だって先程彼女の侍女らしき女性が「王妃様」と彼女を呼んだのだ。
身分を隠すなら徹底すべきだし身分を明かしたならその立場で振舞うべきだろう。
「いえ、私が今こうしているのは相手が王妃殿下だからでございます」
「……そうね。だからアネットも私の身分を貴方には明かしたのね」
「お母様、いつになったら私たち遊園地に行けるの?!」
母親たちの会話の温度など気にせず王女は無邪気だ。
しかしこんな娘を連れて身分を隠して遊園地を楽しむなど出来ると思っていたのだろうか。
なんだか急に馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「王妃殿下、私も本日は子供たちと参っております。ですので付き従うことは難しいです」
「……その子供たちと一緒にというのは?」
「まだ貴き方たちと同席出来る程の経験を積ませておりません、ご容赦を」
私がそう言うと馬車の中から溜息が聞こえた。
「そうね、私が我儘を言い過ぎました。アリア……又来年に」
「いやーーーーーーっ!!」
王妃の言い聞かせるような台詞を王女の絶叫が掻き消した。
まるで耳を見えない力で殴られたようだ。
王妃が慌てて馬車の窓を閉める。
前世の育児で私も騒ぐ子供を前に似たようなことをしたことがある。
罪悪感がちくりと刺された感覚がしたが私にはどうも出来ない。
立ち尽くしていると、スッと横に王妃付きの侍女が立った。
「どうして王妃のお忍びなのにこうも無計画なのだとお思いでしょう」
「……そんなこと決して思ってなどおりませんわ」
「実は今回の遊楽を王女殿下に焚きつけ……いえ提案したのは第二王子殿下なのです」
突然クリスの存在を出されて、心臓が飛び上がる。
そして嫌な予感が足元からせり上がって来た。
「自身がエスコートするから大丈夫だと国王夫妻を説き伏せ、王女殿下に期待をさせ、そして……」
「……そして?」
「友人の家に顔を見せると先に発たれた結果、突然の体調不良で王都に引き返したとのこと」
私は正面を向いたままだが侍女がこちらを凝視しているのはわかる。
そして彼女が何を言いたいのかを。
クリス王子は行き先を王妃たちに告げた。
その上で公爵邸で不快な何かがあったと匂わせて約束をキャンセルした。
結果として王妃一行は予定通りに遊園地を楽しめなくなりかけている。
そこに丁度良くアベニウス公爵夫人である私が現れたという訳だ。
(……それは本当にただの偶然かしら)
ここまで画策したかはわからない。
でもあの明るく見えて陰湿そうな男ならするかもしれない。
今、明確にわかるのは隣の侍女がこちらに王妃の要求を呑めと圧をかけてきているということだ。
もし拒めば面倒なことになる。
私やカーヴェルのクリスへの行動は間違っていない。
名乗らない相手を公爵邸に招き入れることなんて出来ない。
「貴方が正しくても、貴方は公爵夫人なのですよ」
そう心を読まれたように囁かれる。
嘲笑う意図は感じられない。ただの事実だ。
腹が立ったがそれを表明するわけにはいかない。
私は深呼吸を一度した。
「では私が一人で王妃殿下たちのお供を致します、子供たちは見逃してくださいませ」
それでもつい嫌味めいたものを言ってしまう。
いや権力で抑えつけられ要求を呑まされるのだからこれぐらい良いだろう。
離れた場所で心配そうにこちらを見ているカーヴェルを振り返った。
子どもたちそれぞれの侍女、そして子供たちが懐いている彼を連れて来たのだけが不幸中の幸いだ。




