58.
「……思い出したわ」
「は?」
馬車の中から女が言う。
そして私への意趣返しのように扇子をこちら側へ突きつけた。
「あの呪われた公爵家に貧乏伯爵家の妹の方が後妻になったって、お前金で買われたのね」
そう得意げに言う伯爵夫人に私は怪訝な目を向けた。
まず実家のオルソン伯爵家が貧乏だというのを今初めて知った。
続いてアベニウス公爵家が世間から呪われた公爵家と呼ばれていることも。
(いえ、この女が勝手に呼んでるだけかもしれないわね)
私は内心でそう呟く。
相手は私を傷つけ精神を揺らがせるのが目的なのだろう。
だとしたら必ずしも事実を口にする必要は無いのだ。
ただ、ここに子供たちが居なくて良かった。そう思う。
「旦那様に金で買われた覚えは無いけれど」
「それはお前が知らないだけでしょう、確か姉妹揃って男好きの悪女とか」
「先程から噂話を真に受けるのがお好きなのね」
「家の為に必死に男漁りをして公爵家という当たりを引けたから得意げなのかしら?」
孝行娘ね。
そう言葉とは裏腹に伯爵夫人は嘲笑を隠さない。
確かに悪女という噂が無ければケビンはオルソン伯爵家から後妻を選びはしなかっただろう。
なのである意味孝行娘かもしれない。
(噂を振りまく為頑張ったのは異母姉のローズだけれど)
当然本人にそんな意図は無い。男遊びがしたいからして、自分の悪評を隠す為異母妹を巻き込んだだけだ。
しかしローズが男好きの悪女であるという事実はこうやって全く隠蔽されていない。
ただ、使用人と男女の関係になっていることを隠しもしない女に馬鹿にされる謂われは無い。
「確かに伯爵夫人と名乗りながら公爵家相手に無礼な態度と言動を続ける貴方よりは親孝行かもしれないわね」
「……まだ私より上の立場でいるつもり?」
「つもりじゃなくて上なのよ。貧乏伯爵家の悪女だろうが今の私は公爵夫人なのだから」
当たり前の事実を告げると自称伯爵夫人は悔しそうに舌打ちをした。
この世界では身分や立場を振りかざす人間程立場を弁えないのは何故なのだろう。
口喧嘩で勝てばそれらを覆せるとでも信じているのだろうか。
「さて、そこまで言ったのなら貴方にも名乗って貰うわよ。どの伯爵家なのかをね」
「……答える義理は無いわ」
「あるわよ、貴方の夫に貴方の無礼な態度と言動について抗議する必要があるもの」
私がそう言うと女は顔を青くした。
「夫は関係ないでしょう?!」
「あるに決まっているわ、貴方自身が名前で無く伯爵夫人という立場を名乗ったのだから」
配偶者の地位を借りて威張っているのだから無関係である筈が無いのだ。
己に対しても若干耳が痛くなることを私は馬車の中の女へと告げた。




