57.
その場にいた人物が一斉にこちらを見た気がした。
改めてしっかりした服装をしていて良かったと思う。
「……どの家の者よ」
馬車の窓越しに自称伯爵夫人が訊ねる。
私が答えようとするのをさりげなく遮ってカーヴェルが口を開いた。
「この方は公爵夫人にございます」
「こっ、公爵夫人……?!」
驚いて青い顔をしたのは使用人に詰め寄られていた遊園地側の係員だった。
反応が過剰だと思いながら他の人物を眺める。
(……大袈裟に驚く方がまだ可愛げがあるわね)
伯爵夫人とその従者である若い男は明らかにこちらを見下している。
言い争っていた侍女と思われる女性使用人は表情を硬くして無言だった。
後者はこちらを警戒し見定めているのだとわかる。
しかし前者の今にも嘲笑しそうな表情は頂けない。
「もしかして、嘘だと思っているのかしら」
私がそう言うと待ってましたとばかりに馬車の中から嘲りの声が聞こえる。
「当たり前じゃない、お前みたいな女なんて私は見た事無いわ」
十七歳から社交デビューしてるこの私が。そう伯爵夫人は高慢な笑みで言う。
つまり自分が知らないからお前は公爵夫人などではないと言いたいのだ。
幼い子供並みの視野の狭さだ。私は呆れる。
「私が伯爵夫人だから格上の公爵夫人を偽ろうとしたのでしょうけど、怖いもの知らずにも程があるわね」
「……恐れ入りますが、知識に問題があるのはそちらの方かと」
静かな声でカーヴェルが言い返す。彼にしては中々に棘のある内容だ。
しかし伯爵夫人とやらは意外なことに怒鳴り返さなかった。
ただ、じっと私からもわかる程にカーヴェルに対し視線を注いでいる。いや最早ぶつけているに近い。
「お前、綺麗な顔をしているわね。気に入ったわ」
「……は?」
思わず声が出る。確かにカーヴェルは美形だがこの場面でそんな台詞が出て来るとは思わなかった。
「ねえ、あんな変な女より私に仕えなさいな」
「コローナ様!!」
伯爵夫人の言葉に対しその使用人が声を荒げる。
それには妙な怒気が混じっている気がした。
「何よルシアン、焼餅?」
「わかっていらっしゃるなら、戯言はお止めください……」
「うふふ、可愛いわねお前は」
クスクスと伯爵夫人がわざとらしく笑い、男の使用人が拗ねたように返す。
その光景を目にして変な味の飴を口に入れられたような気分になった。
(レオとロンがこの場にいなくて良かった)
多分この二人は貴婦人とその従者という関係だけで終わらないのだろう。
私の知り合いで無いなら夫の居る身で使用人に手を出そうが自己責任で勝手にしてくれと思う。
しかしカーヴェルにまで誘いをかけようとしたのは見逃せない。
「でも、見目の良い従者を雇うのは私を飾り立てる宝石を買うのと同じよ」
「ですが……」
「女というのは美しい男たちに愛されて輝くものよ」
「……耳が腐りそうな戯言はそこまでにして貰っていいかしら」
言葉で割って入ると不快そうな目で睨まれる。
不快なのはこちらの方だ。
「私の名はエリカ・アベニウス。最近アベニウス公爵に嫁いだ者よ」
「えっ」
「社交界には出ていないから知らなくても仕方ないけれど、紛れもない事実だわ」
伯爵夫人は先程までの魔性の女気取りが嘘のように間の抜けた顔をする。
「新聞には載っていた気がするけれど」
そう告げると何故か睨んできた。
別に伯爵夫人なのに新聞に目を通しもしないのかなんて私は口にしていないのに。
「ちなみに向こうに停めてある馬車に家紋が刻まれているわ」
私は扇で方角を指した。厳密には停めるしかなかった馬車だ。
そしてこの二人には正直近づいて欲しくない。
「そしてあんな変な場所に停車している理由は、貴方の馬車が邪魔で私たちが借りた場所に辿り着けないから」
言いながらかなり広い駐車スペースに視線を向ける。
ようやく私の言っていることが事実だと気付いたのか、男性使用人が無言で後退っている。
尻尾を巻いた犬の様だ。本当に犬なら可愛らしいが。
主人である伯爵夫人は強張った表情で唇を引き結んでいる。
「貴方、使用人との恋愛ごっこがしたいならこんな場所じゃなく目立たない隅で行うべきでは無くて?」
誰もそんなもの見たくもないのだから。
私は犬を追い払うように扇を振った。




