56.
ひとまず様子を偵察したいとカーヴェルに介助され馬車から降りる。
すると確かに少し離れた場所に馬車が二台停まっていた。
片方は問題無い。正規のスペースに馬車を停めている。
その横がアベニウス公爵家用だが、行く手を阻むように鎮座している馬車が邪魔だ。
あの馬車がどかないと我が家の馬車を駐車出来ない。
そして決められた場所に駐車している馬車もあのままでは出ることが出来ないだろう。
前世で大型スーパーに行った際の駐車場トラブルを思い出した。
「……妙ですね」
「何が?」
カーヴェルの呟きに私は反応する。
「あの周辺は遊園地入り口に近い為高額な駐車料金がかかります」
「しっかりしているのね」
「ですのでアベニウス公爵家の場所をあの馬車は陣取らなかったのでしょう」
そう言ってカーヴェルは最早路上駐車の様相を見せる馬車に視線をやる。
確かに既に停まっている場所より空いている場所に停めればいいのにそれをしていない。
「つまりあの馬車は高位貴族とは争いたくないということ?」
「そう思われます、ですが……」
そう言って彼は視線を使用人同士が争う二台の馬車同士に向ける。
大き目の派手な装飾をしている馬車と奥の小柄な馬車。
「あの馬車……小さいだけで、乗客の身分が低いという訳では無いのかしら」
「私はそう思います」
「本当にお金が無ければもっと遠くの安い場所を借りる筈だものね」
もっとも貧しければ移動式遊園地という娯楽施設になど赴かないだろう。
そんなことを考えながら私はカーヴェルにクレイグとアイリを呼んでくるよう命じた。
権力を用いて相手を黙らせる作戦なら箔付けが必要かと判断したのだ。
あとは単に暴力沙汰になりかけた時に屈強な男性がいた方が安心できる。
(あの片方が常識を知らないのは確かだもの)
そう私は騒ぎ声が聞こえている方角を見た。
「だから、金なら払うと奥様は仰っているのだ!」
「金銭の問題では無いとこちらはずっと申し上げております」
「なら何が問題なのだ!」
「あの、双方落ち着いてください」
「私たちは落ち着いております、向こうが一方的に騒ぎ立てているだけです」
「なんだと!」
強圧的に喚く男の使用人とそれに毅然とした対応を取る女性。
その間でおろおろとしているのは恐らく駐車場の管理係だろう。
そしてもっと近づくとあることに気付いた。
(ああ、馬車の中から騒いでるのもいるのね)
片方の馬車の窓は空いていた。
そこから女性の顔が見える。
美人ではあるだろう、だがそれ以上に強情そうだと思った。
「いい加減にしなさい、私を誰だと思っているの?!」
「どの家かは分かりませんが伯爵夫人とのことですよね、何度も叫ばれたので存じ上げております」
「だったらさっさと主人に云って粗末な馬車をどかしなさいよ、花火に間に合わないじゃない!」
「お断りいたします」
「お前、何様よ!」
聞いているだけでうんざりする。
そして予想通り無理を通そうとしている側は身分を笠に着ていた。
なら私の公爵夫人という身分が役に立つだろう。
しかし気になるのは伯爵夫人を冷たくあしらっている女使用人の態度だ。
(使用人……なのよね?)
その割に一切伯爵夫人相手に臆していない。
理不尽な相手への反骨や主人への忠誠だけでは無い何かを感じた。
そして粗末と叫ばれた馬車だが私にはそうは見えない。
伯爵夫人の乗る馬車より小さいだけに思える。そして繋がれている黒馬は毛並みが輝くように艶やかで美しかった。
豪胆な性格のようで近くで争っている人間の声も大して気にしていないようだ。
逆に伯爵夫人側の馬は落ち着かない様子だ。
「小さい馬車の方が自称伯爵夫人より格上に思えるのだけれど……」
だとしたら何故身分を明かさないのだろう。
私の口にしない疑問をカーヴェルは上手く汲み取ってくれたようだ。
「恐らくお忍びではないかと」
「成程ね……」
私は納得して歩みを進める。
その間にも毅然とした態度の女性に伯爵夫人側の使用人は掴みかかりそうな様子だった。
それを必死に遊園地側の係員が止めようとしている。
「どうあっても私どもがこの場所を譲ることはありません、無駄な時間を使わずまだ空いている場所に停めるべきでは?」
「何だとこのっ」
「お止め下さ、っ」
男の使用人が振りかぶった拳が制止しようと近づいた係員の頬に当たる。
「いい加減にしなさい、見苦しい」
私は声と共に騒動に介入した。




