42.
彼の表情を認識した瞬間血の気が引く。
(私は今、何を、言った?)
セクハラとパワハラの合わせ技みたいな質問を口にした。
しかも大した理由も無く興味本位で。下衆極まりない。
「わ、忘れて頂戴……!」
慌てて自身の発言を打ち消す。
けれど一度口にした発言を無かったことになど出来ないというのはわかっていた。
「お望みなら忘れます」
カーヴェルは表情を静かな物に戻し私に告げる。
それが本心かも考えず私は安堵した。そして後悔が波のように押し寄せる。
「有難う、そしてごめんなさい。 ……次からはもっと考えて言葉を口にするわ」
「私に謝罪する必要はございません。それに奥様が不安になる気持ちも理解出来ます」
差し出がましいことですが。そう口にするカーヴェルに私は頭の中で疑問を浮かべた。
先程ろくでもない質問をしたのは原作のカーヴェルのことを思い出したからだ。
彼は原作のエリカに密かな恋をしていた。
けれど今目の前にいる彼は違う。
なのに何故私が問いかけた理由を理解出来るというのだろう。
「家令補佐だったブライアンは色恋沙汰で破滅したような物ですから」
「あ……」
侍女のマレーナと結託しカーヴェルを陥れようとした男を思い出す。
マレーナの思想や計画のインパクトの方が強いが彼もろくでもない人間だった。
「ですが私はあのようには死んでもなりません。己の感情より家令としての務めを優先致します」
「そう……」
その頼もしい言葉に複雑な気持ちになる。
もしアベニウス公爵家の誰かの身が危険にさらされたならカーヴェルは躊躇わず命を捨てて助けそうだからだ。
実際漫画の中の彼はエリカを助けて溺れ死んでしまった。
「貴方の忠誠を疑うつもりは無かったの。でも私や子供たちの為でも危険な真似はしないでね」
「奥様の優しい御心に感謝致します。ですが、その命令にだけは頷けません」
眼鏡の奥の琥珀色の瞳が頑なな光りを放つ。
きっとその意志は揺るがないのだろう。
カーヴェルの家令としての使命感と誇りは強固な岩どころか山のように思えた。
「わかったわ。なら私も子供たちも危険な真似はしないように気を付けるとしましょう」
軽く溜息を吐きながら返すと珍しくカーヴェルはにっこりと笑い「有難う御座います」と礼を言ってきた。
別に礼を言われることではない。よく考えなくても当たり前のことだ。
(ただ……一番の危険人物が現在夫の立場に居るのよね)
正直子供たちの教育に悪過ぎるのでずっと王都に居て欲しい。
特にレオと相対させたくない。次期当主の彼に絶対真似して欲しくない大人の姿だからだ。
だからと言って戻って来るなと手紙に書くわけにもいかない。
考えても疲れるだけだと判断し私は椅子から立ち上がった。
「お菓子も食べ終えたし私は自室に戻るわ」
「はい」
私の動きに合わせカーヴェルが扉を開ける。
廊下を歩いていくと何か賑やかな空気を感じた。
「何かしら」
「確認してまいります」
そうカーヴェルが答え私の前から去る。
そして数分後戻って来た。
「レイン様がお戻りになりました」
「そう」
「メイド達に花束と焼き菓子を土産に持ち帰られたようで、それで一部のメイド達がはしゃいでいたようです」
「……そう」
まあレインはそういうことをしそうな人物ではある。
しかし彼女は伯爵家のメイドの手当の為にわざわざ伯爵邸に居残った筈だ。
あのオルソン伯爵夫人が花束と菓子を土産に持たせるとも思えないのできっと寄り道をして来たのだろう。
万が一持たせたならそれはそれで意図が怖い。
「食事が必要か確認して、落ち着いたら私の部屋に来るように伝えて頂戴」
「かしこまりました」
私がそう伝えるとカーヴェルは恭しく返事をした。




