41.
新米画材商は最後に私の髪飾りを懐かしそうに褒めてから公爵邸を去った。
「その髪飾り、大変お似合いです。そうずっと伝えたいと思っていました」と。
私は一人応接室に戻ると残っていた茶菓子と一緒に紅茶を啜った。
貧乏臭いかもしれないが勿体ない精神が勝ったのだ。
「髪飾り……よく覚えていたわね」
私は指先で自分の髪に触れる。
この薔薇を象った銀の髪飾りはエリカの母親の形見だ。
原作内でもケビンに別の髪飾りを与えられるまでは常に身に着けていた。トレードマークみたいなものだろう。
きっと画材店に異母姉ローズの使いで絵の具を受け取りに行く時もいつものように身に着けて行った筈だ。
そしてそれを覚えているあの元店員はかなり記憶力が良いのだ。
(なのにエリカの中身が別人だとは気づかないのね)
オルソン伯爵夫人もオルソン家の使用人たちもそうだ。
温厚で無垢なエリカと私は全然違う性格をしている。話し方だってかなり違う筈だ。
なのに繰り返し同じように扱おうとして全員痛い目を見た。
それはきっと誰もエリカの中身など気にしていなかったからだ。
先程カーヴェルが自分を家具に譬えたように使用人時代のエリカを伯爵家の人々は人間扱いしなかった。
「奥様、只今戻りました」
ロンとレオに伝言を頼んだカーヴェルが応接室に戻って来る。
「レオ様は既に画材商から興味を無くし謝罪も不要とのことでした」
「そう」
私はその回答に対し特に驚かなかった。
レオはその場で相手の無礼をきつく咎めたし言いたいことを全部言ったので良い意味で後腐れ無いのだろう。
「ロン様はやはり考える時間が欲しいとのことでした」
「わかったわ」
こちらも大体想像通りだ。新しい店主は今のところ穏やかな性格で子供たちのどちらとも相性は悪くないだろう。
そもそも立場上そこまで密接に関わるとも思えないが。
私がそんなことを考えているとカーヴェルはやけに真剣な顔をしていた。
「奥様」
そして普段以上に背筋を伸ばして私を呼ぶ。
「何かしら」
「画材商の後任ですが、今後は私や使用人を介しての付き合いが宜しいかと」
予想外なことを言われ驚きに軽く目を見開いた。
カーヴェルは少し緊張した表情をしている。
「差し出がましい物言いをして申し訳ございません」
そう謝罪する彼はあの画材商がエリカに向けている感情を察しているようだった。
「ですが決して二人きりになるようなことはお止め下さい」
重ねて念押しをするカーヴェルに私は苦笑いを浮かべる。
「わかったわ。それに直接話す機会も今後そこまで無さそうだしね」
「有難う御座います」
「お礼を言われる筋合いは無いわ。私自身でもそうしようと思っていたから」
そう答えながら私はあることに気付いた。
今この部屋には私とカーヴェルの二人きりだ。
だからと言って邪な何かが起こるとは思わない。
それぐらいにはこの赤髪の執事を既に信頼している。
けれど。
(原作ではカーヴェルはエリカに淡い恋心を抱いていたのよね)
決して口に出したりはしなかったが漫画の中で彼の好意は読者にわかるくらいには表に出ていた。
ただそれは彼女の後ろ姿や庭で子供たちと遊んでいるところを微笑んで見つめるとかそういう仕草だったから登場人物の中で気づいた者は居ないだろう。
(そもそもカーヴェル本人は自覚していたのかしら)
ふと歪んだ好奇心のようなものが胸に沸いた。
「ねえ、カーヴェル」
「何でしょうか、奥様」
「もし貴方がこの屋敷の中の誰かを好きになったらどうするのかしら?」
彼は珍しく眼鏡の奥の目を見開いた。




