25.
寝起きかつ早朝に面倒な仕事が唐突に増えた。
便箋を睨みつけているとアイリが紅茶をテーブルに置いてくれる。
濃く淹れてある紅茶に多めの砂糖で頭を無理やり覚醒させた。
「えっと……」
ケビンからの手紙は幸いなことに分かりやすかった。
前置きが無く事実と要求と文句だけ書いてある。
王都にある貴族御用達の社交場に何故かエリカの異母姉ローズが最近出没している。
そして「本来は自分がアベニウス公爵の婚約者だったのに妹に奪われた」と吹聴している。
これはアベニウス公爵家がオルソン伯爵家に舐められているという事だ。
だから妹であるお前が何とかしろ。ローズを野放ししている実家もどうにかしろ。
要点を纏めるとこうだ。本当にわかりやすくはある。
「でも、自分で対処すればいいのに」
思わずぼそりと呟いた。いやケビンの言い分はわかるのだ。
妻の家族が阿呆なことをして夫に迷惑をかけている。だから妻が対処しろと。
(だけどこんな朝方に使いを出すなら自分でローズを黙らせた方が早くないかしら?)
その社交場というのがどこかなんて私はわからない。
多分漫画内で悪友の第二王子クリスに付き合わされていた豪華で広々とした酒場辺りだろうか。
ビリヤードをしながらクリスがケビンに「例の新妻とは最近どうだ?」と話を振っているシーンを思い出す。
もしくは小規模の貴族の交流会とかだろうか。
アベニウス公爵家当主の権限で出入り禁止にすれば良いし、ローズは全くの嘘を吐いているので事実を開示すれば良い。
そこまで考えてあることに気付いた。
(成程、私に自分が惚れていると少しでも誤解されたくないのね)
実際はローズが直前でケビンとの結婚を嫌がって、異母妹である私が身代わりで差し出されたのだ。
結婚することだけが目的だったケビンは大して文句も言わずそれを受け入れた。
しかし第三者からしたらローズやオルソン伯爵家に抗議することなく花嫁の入れ替えを受け入れたのは有り得ないことだ。
公爵家が格下の伯爵家にここまで虚仮にされて向こうの要望を全部受け入れている。
そして野次馬はそこに納得出来てなおかつ面白がれる理由を見出そうとするだろう。社交場にいる連中なら尚更だ。
一番わかりやすいのは「ローズよりエリカの方がケビンの好みだった」辺りだろう。
だからその事実をケビンはあまり知られたくないのだ。
そして今回ローズの行動を不快がって私に早急な対処を求めたのもきっと同じ理由。
異母姉の嘘だらけの言い分でもケビンが姉より妹を選んだというのは共通しているから。
(離婚前提だから悪女と噂なら誰でも良かったと言えばいいのにね)
そう、第二王子のクリスに独身を止めさせる条件としてケビンは王族に強引に再婚させられた。
だからクリスの結婚が決まったらさっさと離婚するつもりで格下かつ娘が悪女と有名なオルソン伯爵家を選んだ。
離婚して捨てても周囲は「悪女だしな」と納得しやすいから。
(悪女と噂されてる女と結婚したのがそもそも悪いと同時に言われると思うけれど)
本人に指摘するつもりは無い。
正直ケビンが貴族連中に裏でどれだけ馬鹿にされようがどうでもいいからだ。
そんな事を考えながらペンを握る。
とりあえず姉が迷惑をかけていることの謝罪は書いておく。
父親に対し異母姉の行動を抑えるよう通達済みな事も続けて書く。
ローズだけでなくその母親もローズの婿を手に入れる為にアベニウス公爵家の名前を使っているらしいことも報告しておく。
ケビンから更なる叱責が来そうなので気持ちだけなら黙っておきたいが、そうもいかない。
こちらだってローズや実家に対し無対処では無いのだ。
けれど常識を知らない人間に俊敏さで負け後手に回ってしまった。理不尽すぎて腹が立つ。
本日実家に行って父親に抗議し、ローズを屋敷の外に出さないよう公爵夫人として要請すると手紙に書く。
命じるの方が良いかと思ったが、書き直すのも面倒でそのままにした。
(……でも昨日のレオと画材商の関係を思い出すと、ここで迷いなく命じると書けた方がきっと公爵夫人として正しいのね)
性欲は強い癖に家庭内の権力は弱い父親、浮気した夫でなく無理やり手籠めにされたメイドを責め立てる継母。
そして何を考えて生きているのかわからない異母姉。
アベニウス公爵家も滅茶苦茶だがオルソン伯爵家も未来が全く見えない。
伯爵夫婦の血を引く子供はローズだけで、彼女の年齢はこの国では行き遅れ扱いで恵まれた結婚は難しい。
レインが独身なのはわかる。彼女は独身のまま生きていく計画性も理由も覚悟もある。
けれどローズは伯爵家の女当主として生きる覚悟も能力も無さそうだ。他にやりたい職業がある訳でもない。
両親はそんなローズを未だに好き放題暴走させてどういうつもりなのだろうか。オルソン伯爵家を当代で終わらせるつもりなのだろうか。
「……それならそれでいいけれど」
出来れば一生会いたくない面々と対峙することに憂鬱になりながら私は書き上げた手紙に封蝋をしてアイリに託した。




