24.
深夜、雷鳴の鳴り響く音で私は目を覚ました。
けれど目に入るのは暗闇の中浮かび上がる天井では無い。
ちゃんと寝間着に着替えて自室の寝台に横たわった筈なのに私は知らない部屋に居た。
広く豪奢な部屋は夜なのにカーテンも閉めず雷鳴が鳴る度に少し遅れて刹那明るくなることを繰り返す。
それ以外の光源は燭台で燃えている蝋の光だけだ。
良く似た背格好の男が対峙して立ち尽くしている。
ベッドの中で眠っていた筈の私も恐らく同じように立ってその光景を見ている。
けれど体を動かすことも声を出すことも出来ない。自分に体がある感覚すら無い。
(多分これって夢ね)
私はそう結論付ける。だとしても変で嫌な夢だ。
だって男たちはどちらもケビンの顔をしているのだ。二人揃ってこちらを見たら声も出ないのに悲鳴を上げてしまいそうだ。
幸か不幸か同じ顔の男たちは私に一切気づいていない。互いに鏡写しのように睨み合っている。
ケビンは顔とスタイルはとても整っているのでまるで双子の美男子俳優の芝居を見ているようだ。
そう言えば彼には弟が居たのだと私はここでようやく思い出した。
(だとしたら目の前の二人はケビンと弟の……なんて名前だったかしらね)
まるで興味のないドラマを流し見るような気持で居る。
しかし片方の手に物騒な物が握られていることに気付き、悠長な気持ちは吹き飛んだ。
「……俺を殺すつもりか?」
「そうだよ、僕が兄さんを殺すんだ」
二人のやり取りで私はどちらがケビンか理解する。
そして抜き身の剣を持っている方が弟だ。現代では既に故人になっている溺死した筈のケビンの弟。
しかし目の前の光景だと死ぬのはケビンの方に思える。
(返り討ちにされたのかしらね)
暢気なことを考えながら心臓は早鐘を打っている。だって今から殺人が起こりそうなのだ。
実は先程叫んで止めようとしたけれど空気すら喉から吐き出されなかった。喉があるかすらわからない。
「今更か?」
「遅すぎたことは反省するよ、僕がもっと早く勇気を出すべきだった」
「僕が、か……どうせお前の意志じゃなくあの女の差し金だろうに」
「兄さんがどう思おうが兄さんを殺すのは僕の意志だよ」
「そう思い込まされてるだけだ、あの女は人を操るのが上手い」
操る先を俺からお前に変えただけだ。
「だとしても道を間違えたのは兄さんだよ」
「兄さんか……俺はお前を弟だと思ったことなんて無い」
「だろうね、では……民と家の為に死んでくださいアベニウス公爵」
「ハッ、死ぬのはお前だっ!」
ケビンが叫ぶと同時に懐から短銃を取り出す。
相手も剣先をケビンの胸に向け同じ顔の二人が互いを殺そうと接近する。
見たくないのに目が離せない光景が私の前で繰り広げられる。
しかし決着がつきそうなその瞬間、轟音が鳴り響き全てが真っ白になった。
■□■□
「……様っ、目を覚ましてください、奥様!」
必死そうな声が耳を打つ。
それに釣られるように私は瞼を開いた。
黒髪の侍女が心配そうな顔で私を見ている。
「アイリ……」
私が掠れた声で呼び返すと彼女の顔に安堵が浮かぶ。
いつもは冷静な侍女がここまで表情を揺らがせていることに内心驚きながら私はその上にある天井に懐かしさを覚えた。
「夢だった、のね……」
ほっとしながら体を起こそうとする。その際に自分が拳を強く握りしめていたことに気付いた。
肌に食い込む程のそれに内心驚く。
「御無礼をお許しください」
「構わないわ、うなされていたのでしょう」
「はい……止めてと繰り返し仰っていました」
「そう……」
夢の中では空気みたいなものだったが現実では口にしていたのか。
そのせいか喉が渇く。察したアイリがグラスに水を注いでくれた。
「私は大丈夫よ……その、昔のことを夢に見ただけだから」
異常な姿を見せたことの言い訳をアイリにする。
真っ赤な嘘だが本当の事を言う訳にもいかない。
ケビンとその弟が殺し合う姿を夢に見ていたなんて不吉な事を。
(そもそも何であんな夢を……?)
確かにケビンのことは嫌いだし、このまま屋敷に戻らずにいてくれとも思う。
だけどそういった私の願望が反映されたにしては随分とややこしい内容だった。
過去にケビンとその弟について聞いた事実を無意識に反映させたにしても辻褄が合わなかった。
(ケビンの弟が亡くなったのは溺死だし、ケビンって当時既に公爵だったかしら)
夢に整合性を求めることは愚かかもしれない。
だけど私が前世で見たけれど忘れた「一輪の花は氷を溶かす」知識が反映されている可能性もあった。
(もしくは私の墓に子供たちとかが続刊を供えてくれたとか……?)
そんなことを考えているとアイリが心配そうに見て来る。その指先が迷うように動いている事に気付いた。
そう言えば外はまだ明るくない。朝食の時間より二時間ほど早いだろう。
普段起きる時間では無い。それなのにアイリは私の寝室に入って来た。
「……何か急な用件があったの?」
夢の件を頭から追い出し私は侍女に尋ねる。
アイリは即封筒を私に差し出した。
「旦那様からの伝達使が先程訪れて、手紙の返事を奥様から頂きたいと」
「こんな時間に?」
私は驚きながらベッドから離れる。
サイドテーブルに真っ白な封筒が置かれていた。
「これね」
私が指し示すとアイリは首肯する。
私は封蝋を剥がし便箋を出した。雑なのか神経質なのかわからない文字にそれだけでうんざりする。
それは私に実家のオルソン伯爵家をどうにかしろという内容だった。




