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16:二人の関係(3)

 慌ただしく人が動いている中、アイラは一人座り込むことしかできなかった。医者はまだかと言う怒号、できることはないかと右往左往する人々、現実を受け入れられず泣き出す侍女。それら全てがアイラには灰色がかって見えた。


 呆然とした頭でも、アイラにははっきりと分かった。あの状況では助からないと。周りも分かってはいるが、それを口にすることはできないのだろう。なんとかならないかと必死に動いているが、誰もが動いているだけだった。


「お医者様が到着されました!」


 バタバタと動く侍女たちは、呆然と座り込むアイラを誰も気にかけることはできなかった。もちろん、アイラもそんな事を気にするほど余裕はなかった。


 慌てた様子で現れた医者は、シオンの状態を見て表情を曇らせた。言葉には出さないが、これは無理だと経験が悟ったのだろう。しかしながら、何もせず王族を見捨てることもできないため、必死に処置に取り掛かる。


「…………アイラ様」


 青ざめながらシオンを見ていたアイラに、ニナが後ろからそっと肩を支えながら声をかけた。それにも、ほとんど表情を変えずにアイラはゆっくりと振り返った。


「……こちらにいては処置の邪魔になります。アイラ様、立ってください」

「ニナ、でも、私……このまま放っておくことなんて、できないわ」


 こんな時でもニナは優しい言葉をかけることはなく、ただ冷静にアイラに話しかけた。


「そうですね、でも何ができますか?ここにいて、アイラ様に何かできることがありますか?」

「…………それ、は」


 ニナにそう言われて、アイラは何も言葉を返すことができなかった。気丈に振る舞ってここまで来たは良いものの、状況に押されてへたり込む事しかできていない。


 人手なんて少しでも多い方がいいのに、自分がここにいるせいでニナはこの場に居ざるをえない。たしかに、邪魔でしかない。でも、今ここを退いてしまえば、もう会う事はできないかもしれない。


 もう、会えない……?


 アイラはその事実を再度認識してしまい、あまりの恐怖に叫び出したくなった。心臓が嫌に早く動き、呼吸がうまくできない。自分までパニックになってはいけないと分かっているが、落ち着こうと思えば思うほど恐怖で体が固まってしまう。


 苦しいからなのか、悲しいからなのか分からないが、涙で視界がぼやけた時、横から鋭い衝撃が走った。


「アイラ様、しっかりしてください」


 アイラは咄嗟に頬を押さえて、ニナの方を見上げた。一瞬何をされたのか分からなかったが、遅れてきた痛みを実感し、ニナに打たれたのだと気づいた。


「アイラ様、よく考えてください。あなたは誰ですか?何ができますか?」

「…………わたし、は、」


 自分に出来ることなんてない、どうにもできないと座り込んでいたアイラは、ニナの言葉の意味を何度も考えた。


 私は何の知識もない王族で、シオン様に頼ってばかりで、どうしようもない人間で。


 たった一つできるのは、浄化だけ。

 持っているものは、聖女の力だけ。


 そこまで考え、アイラははっとした。やったことはもちろんない。できるとも思わない。でも、わずかな可能性にかけるしか、今はないような気がする。


「ニナ、ありがとう」

「……私は何もしておりません」


 アイラの言葉に、ニナは苦々しそうな表情で返した。聖女の力は、万能ではない。土地の浄化や、簡単な怪我を治せる薬なんかは作ることができるが、人体自体への回復なんて事が本当にできるかは分からない。


 ましてやアイラは、平和第一の国で育ってきたため、そんな方法学ぶ必要もなかった。怪我を治した経験すらないアイラに、ぶっつけ本番で酷な事をさせたら、何が起こるのか。アイラも無事でいられるのか、何の確証も持てなかった。


「…………アイラ様、お気をつけください」

「大丈夫よ。私、こう見えても聖女の力は強いの。今使わなければ、こんな力何の意味もなくなってしまうわ」


 そう言ったアイラの目は、先程までとは違い真っ直ぐ前を見据えていた。すっと立ち上がり、一歩を踏み出したその振る舞いに、迷いはどこにもなかった。


 そして、そのままの勢いでシオンの方に近づいていき、処置をしている医者に向かって言った。


「退いてください」


 その一言に、医者はシオンから視線を外してアイラの方を見上げる。その表情は、諦めと哀しみで溢れたいたが、アイラはそれを一蹴するかのように再度冷静に告げた。


「早く、退いてください。私がなんとかします」

「……しかし、姫君、いけません。たとえ貴女に力があったとしても、その力を今使っては」


 今、この状態のシオンに使ってはどうなるかと医者ば言いたかったのだろう。しかし、もちろんそれを口にすることはできない。


 アイラはそんな事は分かっていると、医者を無視してシオンの隣にしゃがみ込んだ。


「姫君、ダメです……!私たちがなんとかしますので!」


 医者は全て分かっているのだろう。消えかかっている命を取り戻すような行いは、人道を外れている。例え聖女であれ、そんな神がかった事をしてしまえば、反動がアイラにかかってくるかもしれない。


 それを理解し、必死に止めようとしているが、アイラは聞いていないふりをして、そっと両手を組んだ。


 なんのための聖女の力よ。

 大事な人を、誰よりも大切な人を救えなくて、何が聖女よ。


 そう思いながらアイラは、体の中にある全ての力を押し出すようなイメージで、全神経を集中させた。


 お願いだから、私の全ての力を使ってもいいから、シオン様を助けてさせてください。


 そんな強い願いに比例するかのように、アイラの周りには目を刺すような眩しい光が溢れてきた。白とも金とも言えるようなその光は、シオンとアイラを包み込み、周囲の人間は呆気に取られるしかなかった。


「………………アイ、ラちゃん?」


 アイラは、全ての神経を聖女の力を出すことだけに使っていた。自分がどうなっても良い、聖女の力も全部持っていって構わない。


 全身の血が沸騰しそうなくらい熱い。

 力の放出に耐えられていないのか、体が引き裂かれるように軋んでいる。

 痛い、それでも、ここで止めるわけにはいかない。


 全力で力を出し続け、薄れゆく意識の中で小さく聞こえた、ずっと聞きたかったその声を聞いた時、アイラは安堵と喜びで緊張の糸が切れ、ふっと目の前が真っ暗になった。


 良かった。助けられた。

 そんな思いで笑みを浮かべながら、アイラはそのまま床に倒れ込んだ。

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