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16:二人の関係(4)

 一筋の光も見えない暗闇の中に、ずぶずぶと沈んでいるような夢を見た。まとわりつく生ぬるい空気は気持ちが悪く、それと相反するようにひんやりと冷たい手足は自分のものではないような気すらした。


 目を開かなければ、そう思いながらも、アイラの瞼は一向に動いてくれようとしない。何もかもが、自分の意志とはかけ離れていて、もう二度と自分の体は戻ってこないのだとすら思えた。


 それでも、遠くから微かに自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。あまりにも熱心に呼びかけてくれるその声は、ずっとこのまま聞いていたい気もしたが、本能的に目を覚さなければと思った。


 眩しい……………


 アイラの視界が、少しずつ光を取り戻し、一番初めに思ったのがこれだった。


 未だにぼんやりとしている頭は、これが現実なのか夢の中なのか判断がつかない。何も考えられず、ただ真上を見続けていると、パタパタと足音が聞こえた。


「アイラ様、目を覚まされましたか」


 そう声をかけられ、ゆっくりと横を見ると、こちらに歩いてきているニナの姿があった。


「ニナ、わたし……?」

「眠っておられました。力を使いすぎたのでしょう、三日ほど、それはもうぐっすりと眠っておられました」


 そう告げたニナに、アイラは返事もできずぽかんとしていた。力を使いすぎた、なぜそんな事が起こるのか。アイラが一人そんな事を考えていると、ニナが怪訝そうな顔をして言った。


「……大丈夫ですか?頭は動いてますか?」


 ぼんやりとした頭ではあるが、ニナはこんな時でも冷静なのかと思った。三日も寝ていたのならもう少し心配してくれてもいいのに、そう思いながらアイラは返事をした。


「大丈夫よ、ちょっとぼんやりしていただけ。でも私、いつここに戻って……」


 どうやって戻ってきたのか、自分の発言で改めて状況を思い出した。そうだ、シオン様を助けるために、力を精一杯使って、そこからの記憶が全くない。


「え、そうだわ!シオン様は……シオン様はどうなったの!」


 思い出したアイラは、勢いよく状態を起こして言った。なんて大事な事を忘れていたのか、アイラは先程までぼんやりしていた脳内が、どんどんクリアになっていくのが分かった。


 そして、何も返事をしないニナの様子を見て、血の気が引いた。まさか、力不足だったのではないだろうか、そう思った時そっと扉の開く音が聞こえた。


「アイラちゃん!目を覚ましたんだね!」


 声の方を見ると、泣きそうな顔で、それでも安心したようにこちらに駆け寄ってくるシオンの姿があった。


 アイラはその様子を見て良かったと安堵し、口を開こうとしたところを、シオンは勢いよく遮った。


「どうしてあんな事したんだ!力を使い切るなんて、そんな命に関わるような事、俺のためなんかに……」


 そう真剣な顔で言うシオンに対して、アイラは一瞬言われている意味が分からなかった。アイラにしてみれば、心配をかけたのも、危険だったのもシオンでしかない。それを、こっちの話も聞かずに何だって言うんだ。アイラはそう思っていた。


「王子がいらっしゃいましたので、私は失礼しますね。何かありましたらお呼びください」


 なんとなく面倒なことになる雰囲気を感じたのか、アイラがぼんやりとしている隙を見て、ニナはさっさと部屋から出て行ってしまった。


 その様子にシオンも気を抜かれたのか、小さく頷いた後、ベッドの横に置かれていた椅子にそっと座って黙り込んだ。



「……こっちの台詞です」

「うん?」


 アイラは俯き、肩を小さく震わせながらそう言った。あんな、死にそうな姿で帰還して、何を勝手なことを言っているのか。どんな思いでいたと思うのか、アイラは言ってやりたいことがたくさんあったが、どれも思いが溢れすぎて言葉にできなかった。


「私が、どれだけ心配したと思ってるんですか。無事に帰ってくると、何の心配もないと出て行って……死にそうだったんですよ?あんな姿見せておいて……」


 アイラは、ほとんど泣きながらシオンに訴えかけた。シオンも無事で、泣く必要なんてどこにもないのだが、色んな感情で涙が溢れてきてしまっている。


「もう会えないかと、もう二度とお話しできないのではないかと、思うと……私、本当に怖くて……」

「……うん、ごめん」


 アイラの様子に、確かにそうだと思ったのだろう、シオンも素直にそう言った。それでも俯いたまま、こちらを見てくれないアイラに、一体どうしたら良いのかとシオンは一人悩んでいた。


 なんとなく沈黙が続いてしまい、これは何か言い出さなければとシオンが思い始めた時、アイラが静かに話し出した。


「分かりました、私、シオン様がいないと駄目みたいです」

「えっ、うん、どうしたの急に」


 さっきまでどうしたら慰められるかと悩んでいたところに、突然嬉しくなってしまう言葉を言われ、シオンは何故か焦っていた。


「好きです、私……シオン様のことが大好きです。こんなところで言うのもあれですが……でも、そうなんです。もう、どこにも行かないでください」


 俯いていた視線を上げ、シオンの方を見つめて言ったその言葉は小さく震えていた。瞳には涙がまだ溜まっており、シオンは嬉しい気持ちと、こんなに苦しめてしまったのかと言う後悔の気持ちで、どんな顔をしていいか分からなくなってしまった。


「ごめんなさい、私……こんな急に、」


 苦々しい表情で黙ってしまったシオンを見て不安になり、アイラは申し訳なく思って謝ったのだが、それを止めるかのように、シオンはアイラを抱きしめた。


 突然の出来事に、アイラの涙も引っ込み、小さく驚きの声を上げたが、シオンはそんな事お構いなしに強くぎゅっと抱きしめた。

 

「行かないよ、アイラちゃん。ずっと一緒にいよう」

「………………はい」


 抱きしめられても、どこも嫌じゃない。緊張もしていない、昔の思い出も蘇らない。ただただ嬉しい。アイラはそう思いながら、シオンの首にそっと腕を回して答えた。


「アイラちゃん、俺も大好きだよ。助けてくれてありがとう。でもこれからは、俺が守るから、もう二度と心配かけさせないから、だから……これからも一緒にいてください」


 アイラはそう言っているシオンの耳が、少しだけ赤くなっていることに気づいた。それを見て、胸が温かくなるのと同時に、こちらも恥ずかしくなってしまい、シオンの肩に顔を埋めて頷いた。


「はい、私こそ、よろしくお願いします」


 今までも、出会った時からずっと結婚していたのだが、初めて夫婦になれた気がした。アイラは抱きしめられた腕の中で、そんな幸せな思いでいっぱいになった。



 アイラは後に、王子を死の淵から救った奇跡の聖女として国内外から崇められる事になり、シオンは着々と国王に上り詰め、類稀なる有能な王だと歴史に名を残すのだが、もちろん今の二人はそんな事は知らない。


 二人で歩む道は、まだ始まったばかりだ。


 end.

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

一旦、完結とさせて頂きます。

また機会があれば続きを書きたいと思っています。

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