15:気がかり(3)
差し込む朝日を浴びて、心地よい眠りから目覚める。美味しい食事と、充実感のある仕事と、合間に運動がてら散歩をして、規則正しく生活していく。
アイラの日常は長らくこうだった。王族として、聖女として国を守っていくためには健康第一。誰よりも元気でいなければと生きてきたのだが、シオンの噂を聞いてからそれらは全て崩れてしまっていた。
夜もよく眠れず、太陽の光を見ると頭痛が悪化し、体調不良から仕事が手につかない。なんとか浄化だけは続けているが、以前より体力がなくなっているのがわかる。食事も喉を通らず、疲れていることを理由にほとんど部屋から出ていない。
これでは駄目だと分かっているのだが、どうにも体が動かないのだ。
「アイラ様、休まれてはいかがですか?顔色が悪いようにも見えますが」
それでもアイラは、働かない頭を必死に動かしながらなんとか事務仕事を進めていた。大した内容でもない書類なのに、それを何枚も確認していくとなると、なかなか時間がかかるものだ。
側から見ても無理をしているようにしか見えないアイラを心配したのか、あまり自ら首を突っ込もうとしないニナがとうとう指摘をした。
「ううん、大丈夫よ。きっと、部屋が暗いからそう見えるのよ」
「……そんな事はないかと思いますが」
しかしながら、ニナの忠告にもアイラは全く耳を貸そうとしない。しかしながら、なぜこうも頑なに仕事をこなしているのか、ニナには疑問でしかない。
「業務量を少し減らされてはいかがですか?侍女など下の者に任せてもいいものもあるかと思いますよ」
そんなニナの発言に、アイラは一瞬表情が固まる。性格上、表に感情を出すことはないのだが、内心では思うところがあったのだろう。それに気づいたニナはこれ以上の追求はダメかと口をつぐむ。
「……そうね、もう少し私が慣れたら、他の人にも任せるようにするわ。まだ、人にお願いできるほど仕事ができているわけではないから」
変なところで真面目なんだよなと、ニナは心中で舌打ちをする。どう考えても本調子じゃない主人を、本来であれば無理やりにでも止めるべきなんだとは思うが、この調子では言う事は聞きそうにもない。
「この城にいる侍女でそんな事を気にされる人はいないかと思いますが」
「そんな事分からないでしょう?たしかに良い人ばかりだけど、色んな人がいるからね」
まるで何かあったかのような言い分に、ニナは首をかしげる。嫌味でも言われたのかと考えたが、言っても聖女の姫にそんな事ができるだろうか。まあどれだけ聞いたとしても、たぶん本心は話してくれないだろうと諦める。
「本当に大丈夫よ?もう、ニナは心配性なのよ」
どうにも腑に落ちていないニナに、アイラはこれ以上は追求してくれるなと言いたげに告げた。
「……分かりました。でも、何かあったらすぐにいってくださいね」
「うん、分かってる。大丈夫だから、ニナも仕事に戻って?」
それだけ言うと、アイラは視線を机の上の資料に移し、再び仕事を始めてしまった。そんなアイラに、今はどうすることもできないかと思い、ニナは部屋を出て行った。
納得いかない様子でニナが部屋から出たのを見て、アイラは張り詰めていた気持ちを切るかのように、深く息を吐いた。
心配されるのもわかるくらい、普段と様子が違うのだろうと言う事はアイラも理解していた。事実、体調は悪い。発熱こそしていないものの、頭や体の節々や内臓や、常にどこかが痛い。
早くなんとかしなければいけない事は分かっているが、原因はほぼ全て寝不足にあるのだ。早く寝たら良いだけの話だが、最近ベッドに入ると色々な考えが頭に浮かんでしまい眠れなくなっていた。良くない噂に思考を持っていかれている場合ではないのだが、どうしても頭から離れてくれない。
「……一回休もう」
このまま無理やり仕事をしていても、良い方向には向かないだろうと、持っていたペンも資料も一旦離した。
とりあえず、朝から飲み物しか飲んでいないため何か食べるかと、アイラは立ち上がる。空腹は悪、そう思って勢いよく伸びをした瞬間、目の前が真っ暗になった。
「え、あれ……痛、いたたた」
倒れてはいけないと、なんとか机に手を付いて転倒は免れたが、足に力が入らずしゃがみ込んでしまった。
それと同時に、胃なのか腹なのか分からないが、臍のあたりに締め付けられるような激痛が走った。
「っ、なに、これ……」
あまりの痛みに、胃がひっくり返るような吐き気が襲い、アイラは咄嗟に口を抑えてうずくまる。
立ち上がって、誰かを呼ばなければ、このまま倒れてはいけない、そう思いながらも視界はだんだんと狭まっていく。
また迷惑をかけるわけにはいかない、これ以上シオン様を幻滅させてはいけない。そう思い気力を振り絞るが、それでも体には力が入らない。
「… アイラ様!」
薄れゆく意識の中、焦ったように駆け寄ってくるニナの声が聞こえたが、それに返事をする事はできなかった。
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