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15:気がかり(1)

 バタンと寝室の扉を閉めたアイラは、ふらふらとよろめきながらベッドまで歩き、そのままパタリと横たわった。


 終わった。長い一日だった。


 ベッドでうつ伏せになったまま、アイラはそう思った。小さく視線だけをずらして時計を見ると、もう夜中の二時を過ぎていた。そんな現実を見て、余計に疲労感が増してきたアイラは、朝食の断りを入れなかったことを後悔していた。


 明日起きてみて、どうしてもベッドから出たくなかったらまた謝ろう。もうどうにでもなれ。


 疲れていたアイラは投げやりになりながら、もそもそと布団に潜り込んだ。


 ぎこちないながらもダンスは終わり、周りに不信感を与えない程度に距離も縮められていたと思う。一曲終わった後、他に誘いを受けないようにさっさと退散したことには、何か怪しまれたかもしれないが、まあ忙しいと言うことで片付くだろう。


 会場を後にして、精神的にも肉体的にも疲労困憊の中、馬車に揺られること約二時間。馬車を降りた時点で既に日は超えていた。


 その後もドレスを脱いで、メイクを落とし、風呂に入りと何だかんだしていたら、こんな時間になった。


 疲れた。


 アイラは走馬灯のように一日の出来事を思い返した後、泥のように眠った。このまま目が覚めないのではないかと思えてくるほど、それはもうぐっすりと熟睡した。



 

「……さ、アイ、……アイラ様」


 名前を呼ばれる声がして、はっと目を覚ますと、呆れた顔でこちらを覗き込んでいるニナの姿があった。


 ニナはやっと起きたかと言う顔をしているが、目が覚めたばかりのアイラは何がどうしてこうなっているのか、理解できずにただぼんやりとしていた。


「アイラ様、大丈夫ですか?ぼんやりされていますが」


 寝ぼけ眼でぼうっとしているアイラに対して、ニナは面倒臭そうに再び声をかけた。


「…………え、なんでニナが?あれ、今、何時……?」


 とぼけたことを言っているアイラに対して、ニナは何を言い出したのかとため息を吐いて答える。


「朝の九時です。もうとっくにご朝食の時間は過ぎていますので、こうやって起こしに来ました」

「………………えっ」


 そんな馬鹿なと、アイラは口を開けてぽかんとしてしまった。疲れたとは思っていたが、まさか寝過ごしてしまうとは。規則正しく生きてきたアイラは、朝寝過ごすなんて経験がなかったため驚いている。


「どうされますか?王子からは、疲れているだろうからゆっくりして、とのお言葉は預かっていますが……休まれますか?」

「あー……ううん、パーティーのお礼も早くしてしまいたいし、もう起きるわ。申し訳ないのだけれど、飲み物だけ準備してくれる?」


 そう言ったアイラに、ニナは何か言いたそうではあったが、かしこまりましたと準備に取り掛かった。


 そんなニナが部屋から出て行くのを見届けて、アイラはのそのそと、冬眠から目覚めた熊の様に布団から出てきた。


「……っ」


 やっとの思いで上体を起こし、立ちあがろうとした時、頭がずきんと痛んだ。予想外の痛みに、アイラは頭を押さえて顔を歪めるが、寝過ぎたかな、と思いながらアイラは重たい体を持ち上げて立ち上がった。


「アイラ様、こちらに置いておきますね」

「うん、ありがとう」


 ニナが一人用の丸テーブルに、紅茶のセットを準備しながら言った。気を遣ってくれたのだろうか、一口サイズのサンドウィッチも置かれている。


「……顔色が悪いようにも見えますが、本当に大丈夫ですか?」

「えっ、そう?たぶん、うん、寝過ぎたのかもしれないわ。大丈夫だから、シオン様にもこのまま仕事をすると伝えてくれる?また何かあったら呼ぶわね」


 アイラはそう言うと、訝しそうにこちらを見るニナを無理やり部屋から出した。実際のところ、頭痛は収まる気配がなかったし、なんとなく体も重たかったのだが、ただの疲労で変に心配させるのもと思った。


 もう一つ、昨日の出来事がアイラの中では引っかかっていた。シオン様はもしかしたら、私の聖女の力だけを求めているのかも。一度そう思ってしまうと、疑念はどんどん湧いてきた。


 ただでさえ、パーティーの時は隣に立っていただけで役にも立てず、翌日は疲労を理由にして全く起きてこない。その上、仕事までほっぽり出したとなると、さすがに合わせる顔がない。


 アイラはゆっくりと紅茶を口にして、体調の悪さに気づいていないふりをした。


「えーっと、今日中にしておきたいのは……パーティーのお礼の手紙を書いて、お礼の品物も手配して、どんどん来ている招待状の返信をして、くらいにしようかな」


 翌日の分も含めて、取りこぼしがないように仕事をリストアップしていく。頭痛はガンガンと悪化しており、今や耳鳴りすら聞こえてくる。


 いつものアイラであれば、このままベッドに潜り込んでいただろう。しかし、一国の王妃になるかもしれないのに、このまま甘えていてはいけない、と奮起しペンを手に取った。


「まずはお礼の手紙ね、便箋は……これがいいかな」


 白い紙に金箔で縁取りをしてある、上品な手紙を一枚取り出した。これだけでいくらするんだろう、失敗しないようにしなければ、そんな事を思い、見過ごすことのできない頭痛を抱えながら、アイラは当たり障りない文章を書き始めた。

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