14:見据えた先(6)
会場に戻ったアイラは、きょろきょろと左右を見渡してすぐにシオンを探した。大丈夫だと分かってはいるのだが、離れる前に多くの令嬢に囲まれていたのを思い出し、どこか心配になってしまったからだ。
そんなアイラには、進行形で数多の視線が集まっている。もうすぐダンスの時間が始まるため、未来の王妃と一度挨拶も兼ねて踊っておきたいと言う思いと、わずかな時間だけでもアイラの側に立ちたいと言う邪な思惑が交錯しているのだが、本人はまだ気づいていない。
「アイラ様、お一人ですか?もし良ければ王子がいらっしゃるまで、私がお相手をさせてください」
「え?」
先程起こった出来事への苛立ちと、シオンを見つけなければと言う焦りで、周りをあまり見ていなかったアイラは、突然声をかけられた事に驚いた。
「ご迷惑でしたか?」
「……えっと、いえ、そんなことはないのですが」
話しかけてきた男は、公爵家の嫡男だった。ルベルト家よりは小さいが、この家も王家と関係は長く、無碍にはできない相手だとアイラもすぐに分かった。
そして、注目を浴びている中、一人ぽつんと立っているアイラを気遣い話しかけてくれた事にも気付いたのだが、それと同時にアイラはどうしようと内心焦っていた。
「ありがとうございます、その……ちょうどシオン様と待ち合わせをしていまして、そろそろ会えるかと思いますので」
気にせずにどこかに行ってください、と言いたかったがもちろんそんな事は言えない。それどころか、アイラが遠慮していると思ったのか、男はまだ食い下がってきた。
「そうでしたか。しかし、お一人では周りも気にされるでしょう、王子の元までご一緒いたします」
そう言ってすっと手を差し出してきた。たしかに公爵家の嫡男が話しかければ、他には誰も声をかけられないだろう。この人には、仲のいい婚約者がいることは、アイラも事前情報で知っていた。何の下心もない、それどころか優しさでしかないのだが、その手を自然に繋ぐことはできなかった。
広い会場の中、たった一人で立たされて、差し伸ばされた見知らぬ男の人の手を取ったら、そのまま暗がりに引っ張られてしまうイメージが、どうしても拭えなかったのだ。
アイラの手には、じんわりと汗が滲むのが分かった。心臓がいつもより早く脈打ち、肺に空気が入っていかない。そんな様子をおかしく思ったのだろう、男が心配そうにアイラを覗き込もうとした時、後ろから声をかけられた。
「アイラちゃん!」
聞きたくて仕方がなかったその声を聞いたアイラは、はっと我にかえり後ろを見た。その先には、慌てた様子で早足で近寄ってくるシオンの姿があり、ほっとしたアイラは安堵感で泣きそうになった。
「シオン様……」
ふいに出したその声は、あまりに掠れてしまい聞こえたかどうかは分からない。しかしシオンは一人にさせたことを後悔したような顔をしながらも、アイラを安心させようと微笑んでくれた。
「ごめんね、長いこと待たせたしまって」
シオンは、ふわりと自然にアイラの手を引き、男との距離が取れるように自分の方に引き寄せた。
「君もありがとう。妻の話し相手をしてくれていたんだね」
「いえ、とんでもないです。王子がいらしたのでしたら、心配いりませんね。私は失礼いたします」
そう言うと男は、礼儀正しく少し頭を下げて去って行った。アイラはぼんやりとその様子を見ていたが、そう言えば何のお礼も言えてないと思い出した。すぐに声をかけようかと思ったが、その頃には人の中に紛れてしまい、姿を見つけることはできなくなっていた。
「ごめん、一人で不安だったよね。もう少し早く抜け出せたら良かったんだけど……」
「いえ、私こそ、上手く振る舞えず申し訳ございません。一人でふらふらとして……先ほどの方ともうまくお話しできず、変に思われてしまったかもしれません……」
シオンの妻としてこの場に立っているのに、面目を潰すような真似をしてしまったと、アイラは落ち込んでいた。
もっと王太子妃らしく振る舞わなければ。こんな様では、他に同じような力を持った人が現れたら、私なんて本当に捨てられてしまう。アイラの中に、言いようのない不安が湧き出てきた。
「大丈夫だよ、社交界なんて変な人ばかりだから。アイラちゃんのことも、ちょっと恥ずかしがり屋さんなのかな、と思われたくらいだよ」
暗い表情をするアイラに対してシオンは、気にする必要ないと、あっけらかんと答えた。そんな思いがけない返事に、アイラは目を丸くして固まってしまった。
「そう、ですか?え、そんなものですかね……?」
「そうそう、無礼なことをしたわけでもないし、失礼に当たるわけでもないから大丈夫だよ」
他の女の子なんてどうしようもない子たくさんいるよ、とシオンは言ってのける。アイラの心配を他所に、本当になんて事ないかのように言うため、アイラもそうなのかもと思うことができた。
「そんな事より……アイラちゃん、俺と踊ってくれますか?」
気づけばダンスの時間になっていたようで、周りではたくさんの人が、パートナー同士仲良く手を取り合ったり、男性が相手を誘ったりと、全体的にそわそわしていた。
もちろん、アイラの目の前にもシオンの手がすっと出されている。アイラは一瞬、その手をみて戸惑ってしまったが、何の恐怖心も嫌な感情もないことに気づき、自然に手を差し出すことができた。
その手を嬉しそうに繋いでくれたシオンの顔を見て、先ほどまで落ち込んでいた感情も、不安だった思いも全て消え去り、ふっと心が温かくなるのを感じた。
その感情の正体は、まだアイラには分かっていないのだが、はにかんだ笑顔には幸せと言う言葉しか似合わなかった。
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