14:見据えた先(5)
そんなアイラの思いが伝わってしまったのだろうか、男はふっと小さく笑ってみせた。普段は穏やかなアイラだが、その行いにはさすがにカチンと来るものがあった。
言葉に出すことはなかったが、帰ったら絶対にありとあらゆる事を調べてやる。何をしている人なのか、どんな関係があるのか、いつこの仕返しができるのか調べ上げてみせる。そう心に決めていた。
「……王太子妃様は、ご存じでしたか?シオン王子は一度、王位を捨てようとしたことを」
男の試すような物言いに、とうとうアイラも顔を顰めた。言葉の意味も意図も分からないし、別に分かりたくもない。挑発に乗ってはいけないと、頭の片隅に理性は残しているが、いい加減にしろと言う言葉が喉元まで出かかっていた。
「どう言う意図でおっしゃったのかは分かりませんが、噂話には興味がないので」
アイラはピシャリと嫌味も込めて返した。普通であれば、王族にそんな態度を取られたら少しは焦るものだが、それでも男の様子は変わらない。それどころか、どこか面白そうに顔を歪めているようにも見える。
「王子には弟がいらっしゃるのは、知っていますか?」
「……ええ、もちろん」
「その弟の方が、何倍も優秀だったと言う話は、聞いたことがありませんか?」
仮にも目の前にその妻がいるにも関わらず、なぜそんな嫌味が言えるのか。自分を挑発して、何になるのだろうか。
純真無垢な聖女が怒ったと噂をしたいのだろうか、それとも揶揄って夫婦仲を壊したいのか。色々と思い浮かべてはみるが、どれもしっくり来ない。
「弟様は、本当に素晴らしい方でした。頭も良く、真面目で、人望も厚く、国のことを一番に考えていらっしゃった。ふらふらとしていらした、王子とは違って優秀でいらした」
「……………………」
アイラは黙って次の言葉を待った。わざわざ、くだらない戯言を否定する気にも、怒る気にもなれなかったからだ。
シオンが優秀でないはずがない。そんな確信に近い思いがアイラにはあった。浄化体制を整えたいと言った時、国政なんて何も分からない自分の発言を受け止め、全て的確に素早く反映していったあの様を見て、無能だと思うはずがない。
弟がどれだけ優秀だったのかは知らない。悪く言うつもりもないが、土地の浄化すらまともにできていなかったのだから、たかが知れているだろうと、アイラは冷たく思った。
「しかしながら、いやいや残念なことに、弟様は駆け落ちをされてしまった」
「えっ?」
突然の発言に、うっかり声をあげたアイラを見た男は、獲物を見つけたと言いたげに口角を引き攣らせた。
アイラは感情を出したことに後悔したと同時に、言われた言葉の意味を考えていた。駆け落ち、そんなこと今時あるのだろうか。余程の位の違いでなければ、王族であれ割と許される気がするけれど、そんなに厳しい状況だろうか。
アイラは色々と考えるが、どれもが想像でしかなく考えが纏まらない。
「王子とは違い優秀だった弟様は、ご両親の期待に応えようと必死に努力されてきました。それを面白くなく思った王子は、第一継承権を捨てると自ら宣言し、騎士団長の座に就きました」
男は止まる事なく話していく。ゆっくりと、昔話でも語るかのような口調は、確かにアイラの耳にしっかりと届いたのだが、言われている内容と現実の状況がかけ離れすぎているため、うまくイメージができない。
「今思うと、全て王子の掌の上だったのかもしれません。王位を棄てると言い弟様を油断させ、自分は今まで王族が立ち入る事のなかった騎士団の内部に潜り込み、それを自らの手中に収めた。そのタイミングで、弟様をそそのかして駆け落ちまで至らせ、王位を確固たるものにしたのではないか、そんな話がまことしやかに囁かれています」
全て憶測でしかないと分かっているが、たしかに事実な部分もあるのあるかなとアイラは思った。まず、どんな理由かは知らないが、弟が駆け落ちをしたのは本当だろう。ここで変な嘘を付く理由がない。
また、シオンが王位に就きたがっていなかったのも真実だろう。両陛下に対する態度も、王族として生きている自分に対する嘲笑のような感情も、その話を聞いてアイラは納得できた。
「騎士団、王位だけではなく、シオン様は最終的に聖女様まで手に入れた。権力と軍事力だけでは物足りず、まさか神の力までとは……さすがとしか言いようがありません」
大人しく聞いていたアイラだったが、その発言は受け流すことができなかった。いくらアイラでも、聖女の力が欲しくて自分と結婚したわけではないことくらい分かっていた。
たしかに成り行きではあったかもしれない、もしかしたら何らかの思惑が働いたのかもしれない。でもそれは、アイラ側だって同じだ。
どんなに酷い態度を取っても受け入れてくれたシオンに、そんな憶測だけで物を語る人間がいるなんて。
さっき王族は私情では動かないなんて思ったが、あれは撤回する。こいつは絶対にどこかで仕返しをしてやる。アイラはまた固く決意した。
「興味深いお話をありがとうございます。私たちの結婚を、そんな風に見る方もいらっしゃるのですね、よく分かりました」
アイラは嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まないと、蔑んだ目をして言い返した。
「あなたが何を言いたいのかは分かりませんし、私には分かる必要もない話でしたね」
さっきまで大人しく黙っていたアイラの、はっきりとした物言いに男は少したじろいだが、それを認めたくはないのだろう、頭を下げることも焦った表情を見せることもなかった。
「私はこの目で見たものしか信じません。それが、平等に国を統べる王族にとってあるべき姿かと思いますので……ああ、王家とは縁もない貴方には関係のないお話でしたね」
それだけ言うとアイラは、失礼しますと踵を返して会場の方に戻って行った。
アイラも珍しく怒っていた。言われのない噂話を目の前で聞かされて、馬鹿にされているとしか思えない。
しかし、そんな思いと同時に一抹の不安を見過ごす事もできなかった。もし、本当に聖女の力だけを求めているのだとしたら。たまたま、今は私しか丁度良い対象がいないから、婚姻関係を続けているだけで、もし他に同じ力を持った人が現れたら。私は用済みになってしまう。
いや、でもそれなら離婚しようなんて賭けに出るかな。そこまで策略するなんて無理があるよね。たしかに、いやでも、とアイラは否定と肯定を繰り返しながら会場に入っていった。
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