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14:見据えた先(3)

 公爵との会話を終え、二人がその場から離れた後は怒涛の挨拶ラッシュだった。王家が参加している以上は仕方がない部分もあるが、これは主役を食ってしまったのではないかと思われるほど、シオンとアイラの周りには次々と人が集まってきた。


「はじめまして。この度はご結婚なされたとのことで、おめでとうございます。今後とも私共をよろしくお願いします」

「ああ、ありがとう」


 勢いよく、髭面の強欲そうな男が話しかけてきて、アイラは必死に誰だったかを思い返す。たしか、そうだ、伯爵家の誰かだったはず。必死で覚えた顔と家系図を思い返すと、ぼんやりと記憶が蘇ってきた。なんとなく覚えてはいるが、たしか大したことない位であったため、さらっと覚えたような気がする。


 そんな事を思っているアイラだが、もちろんそれを悟られないように笑顔で誤魔化す。そうこうしている間に、別の人が話しかけてきた。


「これはこれは、美しい妃殿下ですね。王子が羨ましい」

「……いえ、そんな、恐縮ですわ」


 少し頭髪の薄い、背の低い男性がアイラを見定めるように上から下まで見た後、じっとりとした声で話しかけてきた。


 そもそもシオンを差し置いて挨拶をしてくるなんて、失礼ではないかと思うのだが、この男にとってはどうでも良い話なんだろう。


 嫌な視線に、アイラは心臓が騒つく感じがしたが、気づいていないふりをして会話を続けた。


「今後とも、よろしくお願いしますね」


 笑みを浮かべて返したアイラに気を良くしたのか、男はそう言うと手を差し伸べて挨拶を求めてきた。親しい間柄では分かる行為だが、今初めて会った王族に、それはマナー違反ではと思うが、無碍にすることもできない。


 ただ触れたいだけとしか思えない行為に、アイラは吐き気すらした。気持ちが悪い、一度その感情を実感すると、その場にいる全員が恐怖の対象のように思えてきた。


 とは言え、無視することはシオンの顔にも泥を塗るだろうと、アイラはゆっくりと手を伸ばした。


「……ええ、こちらこそ、」


 手を伸ばしていくにつれて、アイラは目の前がモノクロになっていく様な錯覚がした。もう少しで手が触れると寒気がしたその時、シオンの手が視界の端を横切った。


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


 そう言ったと同時に、男の手に触れかかっていたアイラの手はすっと後ろに引かれたため、一瞬何が起きたか分からず固まってしまった。


 しかし、どこかピリリとした空気を感じて前を見上げると、男から伸ばされていた手を取り、少し苛立って見えるシオンの姿があった。


「……っ、ええ、王子殿下、光栄でございます」


 笑みを浮かべてはいながらも、目は全く笑っていないシオンの様子に男は吃り、冷や汗をかきながら

答えた。


「そうか、それは良かった。君の家族たちが、これからもこの国で変わらずに生活できるよう、精々がんばってね」


 そう嫌味を言うとシオンは、無理やり会話を終了させて、アイラの手を引いて歩き出した。王家の怒りを買ったと、男は青い顔をしているが、周りにいた人達もフォローすることもなく、ただ憐れんだ目をしていた。


「あっ、シオン様……あの、」


 そんなあしらうかのように対応して良いのかと心配になるが、シオンは気に留めることなく歩みを進めていく。


 思うところはあったが、まあ、失礼なのは向こうだし、言っても王子だし、ある程度高圧的な振る舞いは許されるかな。止まる事なく歩いていくシオンに手を引かれながら、アイラはそう考えていた。


「全く、失礼なやつらだ」


 シオンは一直線にテラスまで歩いていき、外に出て窓を閉めた瞬間、くるりと振り返ってそう言った。いつも温和なシオンにしては珍しく怒っているように見え、アイラは驚いていた。


「あんな奴らと丁寧に会話なんてしなくていいよ。どうせ金や権力にしか興味がないんだ。その上、アイラちゃんの手に触れようとしただなんて……許されないよね」


 シオンは、ため息を吐き苛立ちながらそう言った。いつになく感情を露わにしているシオンは、怒っているのだが、アイラは何故か可笑しくなり笑ってしまった。


「……どうして笑ってるのさ」

「いえ、ごめんなさい。その、なんだか、シオン様もそんなところがあるんだなあ、と思ったら可笑しくて」


 そう楽しそうに話したアイラに、シオンはどこかきまりが悪そうな顔をしている。拗ねているのか、少し尖らせた唇は、いつもよりも幼く見えた。


「でも、ありがとうございます。手を出された時はどうしようかと思っていたので、助かりました」


 あの瞬間、もしそのまま手を取っていたら、少なからず社交界の場に立てるようになったこの努力が、全て無駄になっていたような気がする。


 知らない人の、明らかな下心のある行いは、分かりたくはないが察せられてしまうものだ。さすがにこの年になってまで、誘拐や連れ去りなどはないかとは思っているが、なかなか消えてくれない嫌な思い出が、また鮮明に蘇っていたのは確かだろう。


「本当はあんな事されないくらい、俺に威厳があったら良かったんだけどね」

「いや、ああいう人は誰であれ気にしませんよ」

「……たしかに。アイラちゃん可愛いからなあ、注目されちゃうよね。うーん……今度カルメラにベール付きのトークハットでも作らせようか。そうしたら目立たないかも」

「それは、逆に目立つような気もしますが……」


 シオンとアイラは、パーティーの喧騒から離れて、そんななんて事ない会話を楽しんでいた。こんな時間がいつまでも続けばいいのに。アイラはそんな事を思ったが、もちろんそれは許されない。


「面倒だけど、そろそろ戻ろうか」

「……そうですね。探されてしまっているかもしれませんし」


 アイラは名残惜しい気持ちになりながらも、シオンの言葉に素直に頷き、二人はまた会場の喧騒の中に入っていった。

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