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13:譲歩(2)

 慣れとはこう言う事かと、アイラは日々身をもって実感していた。はじめは怖くて仕方がなかった存在も、いつの間にか隣にいても平気になった。手袋越しでも繋げなかった手は、何もなくても触れられるようになった。


 そして、目下の問題であったダンスも、目隠しなしでもなんとか踊れるようになった。


「シオン様、色々とご協力いただいて本当にありがとうございます」


 そんな日々を乗り越えたアイラは、数多苦労をかけたシオンに深々と頭を下げて礼を言った。


 通常の社交場であれば、何人もの男の人と踊らなければならないのだが、アイラにとってそれは不可能に近かった。ならばせめて、夫であるシオンとは完璧に踊れるようにしよう。そう練習を始めてはみたものの、手すら繋げない状態でどうしたものかと思っていた。そんな最中、シオンから目隠しようとの提案があり、とんでもない状態で練習を続けること約一週間。


 なんとか、手袋も目隠しも何の障壁もなく、二人は踊れるようになったのだ。おおよそ10分少々ではあるが。


「この程度で上手くいったのなら何にも気にしなくていいよ」

「いえ、そんな……シオン様としかできなかったかと思います」


 シオンはなんて事ないように言っているが、何も見えない状態で踊るなんて簡単にはできないだろう。普通に踊るよりも多少は気疲れもあっただろうに、そんな素振りも見せないシオンに、アイラは感謝の言葉しか出なかった。


「これなら本番もなんとかなると思うけど、どこか不安はあるかな?」


 そう優しく問いかけてくれたシオンに、アイラは言いにくそうに言葉を選んで言った。

 

「そうですね、あの、できれば、あまり私の方を見ないでくれると、助かります」

「えっ…………そんなに、嫌だったかな……?」


 なるべく言葉は選んだのだが、どうしても直球になってしまった表現に、シオンは悲しそうな顔をした。仲が深まったと思っていたが、やはりまだ難しかっただろうかと不安になったのだ。


「いえ!嫌とかではないんです!その……あまり見られると、恥ずかしい、ので……」


 そんなシオンに対して、アイラはしっかりと否定した後に、顔を赤くして目を逸らしながら本心を口にした。


「……そっか、そうだよね!ごめんね?そんな事言わせてしまって」


 思いがけない言葉を聞いたシオンはと言うと、先程まで落ち込んでいたのが嘘のように、表情をぱっと明るくした。そして、いつもの様にキラキラとした笑顔を向けて、未だ恥ずかしそうにしているアイラを愛おしそうに見つめていた。


「アイラちゃんは何も心配しなくていいよ。過度な視線は送らないし、誰にも送らせないからね」

「ごめんなさい、こんなお願いをしてしまいまして……」


 アイラは申し訳ないと少し眉を下げながらも、他人からの視線も反らすとまで言い出したシオンに、そこまでしなくともと内心思った。


「当日は俺の隣にいてくれたら、上手くフォローするからね。変に誰かと話さなくても良いし、無理してお酒とか飲まなくてもいいからね」

「ありがとうございます。あの、頼りにしています」


 頼りにしています、その一言がシオンの胸に大きく響いた。何重にも感じていたアイラとの壁が、一気に崩れ去ったように思え、そしてより一層アイラを守ろうと強く心に誓った。


「じゃあ頑張ったし、何か美味しいものでも食べようか。エレンにお願いしにいこう」

「はい!動いたからかお肉が食べたい、と思いましたが……ああ、でも駄目ですね、あんまり食べると太りそうなので、しばらくは控えめにしておきます……」


 好きなものが食べられると一瞬ワクワクしたのだが、ふと思い出したアイラは目に見えてしょんぼりとしていった。


「ん?別に今も気にならないし、食べても大丈夫だと思うよ。それに、俺はよく食べるところも好きだよ」


 しょげているアイラに、シオンは最大限の愛を伝えた。体型なんて何にも気にしなくていい、それどころか心配だからもう少し太って欲しい。折れてしまいそうに細い手足も、か弱そうな肩も、たしかに美しくはあるが不安になってしまう。


 それに、これ以上綺麗になられてしまったら、どこぞの王族貴族に見染められてしまったら大変だ。今更手放す気もないけれど、万が一、億が一くらいの可能性で彼女に好きな人ができてしまったとしたら。


 考えただけで黒い感情が湧き上がってきたシオンは、一人小さく首を振って嫌な考えを押し消した。


「いえ、駄目です。ドレスが入らなくなってしまいますので」


 色々と考えていたシオンに、アイラはピシャリと言った。真剣な顔をして。


「サイズまで測って、たぶん恐ろしいくらいのお金をかけて作ったドレスが、もし太ったなんて理由で作り直さなければならなくなったら……もう、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、城内を顔を上げて歩けません」


 そう熱弁するアイラを見て、そんな事気にしなくていいのにとシオンは思った。王族なんだから、多少は豪遊したっていいのに。まあ、そんなところも好きなのだが。


「じゃあ、パーティーも全部終わったらにしようか。どこでも好きなところに行こう」

「本当ですか!私ずっと行ってみたいところがあったんです!」


 さり気ない誘いに、何の疑いも警戒心もなく乗ってきてくれたことに、シオンは一人嬉しく思いながら、頷いてアイラの言葉を聞いていた。


「あの、ガナンシェ王国の再北部にチョコレートの聖地があるって伺ったんです。一度行ってみたいんですが、少し遠くて、なかなか……」

「ああ、いいよ。一緒に行こうよ。俺も小さい頃一度行ったきりだからね、楽しみだよ」


 シオンの返事に、アイラは目を輝かせながらうんうんと首を縦に振り嬉しそうにしている。


「ありがとうございます!私、がんばります!」


 そう言って満面の笑みを見せたアイラに、シオンの心は性懲りも無く掴まれたのだが、そんな事は本人はもちろん知らない。

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