13:譲歩(1)
ふわっと吹く外の風に当たりながら、アイラはほっと一息ついた。ドレスを作りに行こうと言われてから数日、怒涛に諸々の準備が進められていった。
靴職人を城に呼んだと、言われるがままに付いて行った先では、何十足とある靴を見させられたり、何回かに分けてエステをすると、顔に体にとあちこち手入れされたりと、優雅ながらも慌しい日々を送ってきた。
「うーん、良い天気。こんな日は、ぼんやりお散歩でもできたらなあ……」
そんな忙しない毎日の中、ふと一息付けたアイラは青空を見上げながら、ついぼやいてしまう。シオンの助けになると決めた時に、忙しくなる事も、色々と面倒ごとが増えるであろうことも覚悟はしていた。覚悟はあったため、逃げたいとか止めたいとかそんな気持ちはないが、根は引きこもりのため急に全てを受け入れることはできない。
「今日はこれからダンス練習!がんばろ!」
アイラは気合を入れ直すかのように、腕を思いっきり伸ばして言った。指導者とは何度も踊り、なんとか基礎は身につけたと思うが、今日はとうとうシオンと踊る約束をしている。
いつかはこんな日が来るとは分かっていたが、いざ予定が決まるとアイラはドキドキしてしまい、上手く眠れない日が続いていた。
「あー、緊張するなあ……」
そうぽつりと言ってはみたが、アイラはふと思う。何に緊張しているのか。怖いとかではなく、緊張。どうしてかな、アイラはなんとなく疑問に思ったが、まあいいかと思い直して考えることをやめた。
「あ、いたいた。アイラちゃん、そろそろ時間だから迎えに来たよ」
アイラが脳内で右往左往していると、わざわざ探したのだろうシオンが、少し心配そうに声をかけた。前よりも仲が深まったとは言え、物理的な距離はなかなか縮められてはいない。拒否されないかと言う不安は残っているのだろう。
「シオン様!ありがとうございます、私も今からお伺いしようと思っていました」
そんなシオンの不安を他所に、アイラはぱっと花が咲いた様な笑顔を見せた。その姿にシオンは目を見開くが、悟られないようにとすぐに表情を戻して言った。
「それは良かった。じゃあ、せっかくだから一緒に行こうか」
「はい!」
そう言われたアイラは、少し駆け足でシオンの元へと向かっていった。そんな二人の間を、ふわりと風が抜ける。その風に押されるように、二人は並んで歩き出した。
今まではどこかぎこちなく話していた二人が、普通に話せるようになってどれくらいだろうか。大っぴらに口にはしないが、仲睦まじく歩く二人の様子を城の侍女達は嬉しく思っていた。
もちろん二人は、まさか見られているとも知らず、大きめのホールまで歩いていく。手を取ることも、腕を組むこともないが、その距離に違和感はない。
ゆっくりと歩を進めること数分、二人は太陽の光が差し込む大理石の貼られたホールに着いた。
「時間もないし、さっそくだけど始めようか。音楽家はいないから、曲もないしとりあえずの練習だけどね」
シオンがにこやかに言った。緊張させまいと、なるべく普段通りを意識したが、アイラはぐっと唇を固く結び、深く頷くだけだ。
そんな様子を見たシオンは、少し不安そうではありながらも、ふっと笑ってみせた。
「じゃあ、アイラちゃん。いいかな?」
そう言うとシオンは、片手を胸に当てて軽く頭を下げ、そっとアイラに手を差し出した。
「……っ、はい」
アイラも覚悟を決めたように、一度強く目を瞑り、大丈夫だと自分に言い聞かせてシオンの手を取った。大丈夫、怖くない、シオン様は他の人とは違う。アイラは心の中で何度もそう繰り返す。
そんなアイラの手を、シオンは優しく引こうとしたが、指先が小さく震えていることに気づきぱっと手を離した。
「大丈夫……じゃないよね」
「…………ごめんなさい、私、どうして……」
シオンはもちろん怒ってはいないのだが、開けた部屋に二人だけが立っている状況では、ぽつりとつぶやかれた声は嫌に乾いて聞こえてしまった。
アイラ自身も、冷たくされているわけでも、呆れられているわけでもないことも分かっているのだが、どうにも言うことを聞かない自分の体に嫌気がさし、俯きがちに謝った。
「いいよ、気にしないで!無理はして欲しくないけど、頑張ってくれている事が俺は嬉しいよ」
これはシオンの本心でしかなかった。アイラの行動の理由が全て分かったシオンにとってみれば、自分のためだけに努力してくれている状況こそが嬉しかったのだ。
「そうだ、お互い手袋をしてみようか。安易な発想かもしれないけれど、大丈夫かもよ?」
そう言ってシオンは自らの手に、白い厚手のグローブをはめた。そして、アイラにも同様に女性用のグローブを差し出して、手につけさせた。
「はい、じゃあもう一度」
シオンはめげなかった。嫌われていない以上、落ち込む理由がどこにもないからだ。ポジティブ極まりないシオンとは反対に、アイラの顔色は思わしくない。
怖い人ではない、嫌いじゃない、嫌われたくもない、たくさん譲歩してくれているのに、手の震えがどうしても止まらない。それどころか、ヒールを履いている足まで震えてきて立っているので精一杯だった。
「………………ごめんなさい」
足元から崩れてしまいそうになりながら、アイラができたことはただ謝るだけだった。
そんなアイラを見たシオンは、少し考え込んだ後に、そうだと思いついて言った。
「俺、目隠ししてみようか?」
「……え?」
さっきまで俯いていたアイラだが、何を言い出したのかと驚き顔を上げた。それを見たシオンはようやく顔が見れたと、少し嬉しさを感じながら続けた。
「目隠しして踊ってみようよ。それならほら、俺なんにも見てないし、きっと怖くないよ」
そう言う問題だろうかと、自分で言っておきながら疑問に思ったが、そんな疑問は知らないふりをしてアイラの言葉を待った。
「そんなことできるんですか?」
「できるできる、ちょっと待っててね」
そう言うと、どこからか白い大きめの布を取り出して、するすると自分の目を覆った。
「ほら、怖くないよ?」
なんだこれ。シオンはそう思ったが、アイラからはすごいですと感嘆の声が上がった。そう言ってくれるならいいかと自分の感情に蓋をして、見えないながらに繋いだ手は何故だか震えていなかった。
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